第15話クラーケン戦
「待て!貴様らこの山に何の用だ!」
町で一泊した後、山に入ろうとすると騎士達とに呼び止められる。先頭にいる男性はそれなりの地位の人なのだろう。他の人より立派に装飾された鎧を身に纏っていた。
「俺たちは冒険者だ。依頼でこの山に生えているヤシの実を採取に来た。その原因はあんた等も知っているはずだ」
威圧的な騎士に対しアドルフは堂々とそう答える。そんなアドルフを見て騎士は一瞬怪訝な顔をするが、すぐに顔を引き締め話を続ける。
「念のため冒険者証を見せてくれ」
気にに対し冒険者証を提示すると山への道を開けてくれた。「自分達の邪魔をするな」という忠告付きだが。
山に入り騎士達とは別ルートを通り登ると、アドルフが真剣な表情で振り返り先ほどの騎士たちの方を睨む。
「テツ、念のため慎重に進もう。何かトラブルの匂いがする」
「どういうことだ?」
テツからすれば任務に忠実な騎士たちにおかしな点は感じられなかった。だがこの世界に詳しいアドルフの忠告にはしっかり耳を傾けるべきだと判断し、彼の意見を聞くことにする。
「まず軍の規模だ。ありゃ人命救助の範疇を越えている。もしかしたらそれほど危険な魔物がいるのかもしれない。」
確かに騎士の人数はかなり多かった。「それから」とアドルフは続ける。
「あの騎士長は確か王都の侯爵のお付きの騎士だ。王都で何度か見たことある」
テツがよく分からない、と言う表情をすると、それを察したのかアドルフが続ける。
「ここは王国でも辺境、始まりの街の領主の伯爵が統治している。ここいらで何か問題があればその伯爵が動くはずだ。だが彼は王都の侯爵の騎士だ。つまりここの伯爵では手に負えない程のトラブルって事だ」
その後再び山を登りながらテツは分からなかったことを聞き、やっと理解する。
貴族と言うのは五等爵分かれている。まずは王族がいてその下に公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵だ。
そんな位の高い人間が動いたという事は、彼らの任務はこの国にとって重要案件という事になる。
「さっさとクエストをこなしてここから立ち去ろう。一般人が貴族の問題に首を突っ込んでいい事なんか一つもないからな」
過去に何かあったのか、とは聞かない。彼にだって触れられたくない過去はあるだろう。テツは「わかった」と短く答えると彼に着いていき、山の頂上を目指した。
この体のおかげか、山が見た目ほど険しくなかったからか、日が頂上に上る頃には山頂にたどり着いた。酒場のマスターの話ではこの反対側、運河に面した斜面の気に実は成っているという事だった。
この世界にも四季はあり、現在は春だ。山頂を吹き抜ける風は、冬の名残かまだ少し肌寒く、二人は少し身震いをする。
「いい眺めだな」
「ああ、あの騎士達に会わなかったら最高だったのに」
後ろは見渡す限りの草原、前はとても川に見えない程広い運河が流れている。山の木々は春が訪れたことが嬉しいのか、木々は綺麗な新緑を生やし、既に様々な気の実がなっていた。
足元に生える草草も柔らかく、思わず寝そべりピクニックでもしたい気分になる。だが仕事だとテツは自分に言い聞かせる。どの世界でも労働は大事だから。
地球ではヤシの実と言ったら夏の果物のイメージだがここでは違うらしい。もしかしたらまた新たな食材に出会えるかもしれない、テツはそう考え心が躍っていた。
「お前さん、新たな食材に出会えて嬉しいんだろうが、トラブルが待っているかもしれない事を忘れないでくれよ?」
「よく分かったな」
「分かるさ。お前さんは分かりやすい。特に食材や料理の事になるとな」
短い付き合いとはいえ、多少の事ならお互い表情から相手の気持ちを察せられる仲になっている。
「アドルフは残念だったな。ここには元おっさんに男だらけの騎士ばかりで」
「全くだ。さっきの村にも若い女が居なかったからな。クエスト自体はDランクだが、女のいないクエストなんて、それだけでAランクくらいの厳しく辛い苦行のように感じてしまうな」
あざとく肩をすくめるアドルフにテツは笑う。だがそんな気楽な時間はすぐに終わりを告げる事となった。
「ん?おい、あれ!」
笑い斜面を下ろうと思っていたテツに、アドルフが何かを見つけ指をさす。
アドルフの指の先、山の麓であり運河の面した場所に大きな船が三隻停泊していた。その手前には小舟が並び、恐らく先ほどの騎士たちが山の麓に停めてあった小舟から船に向かう途中なのだろう。だがその子船の様子がどうもおかしい。
水面から数えきれないほどの何かが飛び出し、騎士たちはそれと戦っている様に思える。
だがそれだけならアドルフも叫び指さすことはない。元々魔物が大量発生しているという情報は聞いていた。問題は騎士たちの目的地の大きな船だ。
「あれは……タコか?」
「ああ、あれは恐らくクラーケンだ。こんな場所からでもその姿がはっきり見えやがる。どれほどでかいんだ」
大きな船の一隻にクラーケンの足が絡まり、船は既に半分程運河に引きずりこまれている状況だった。
「くそ!」
「おいテツ!やめろ!!」
背から聞こえるアドルフの言葉を無視してテツは走り出す。風を切るように走るその姿は、走るというより飛んでいる様にも見える。
騎士がどれほどの強さかは分からない。だが穏やかな日本で育ったテツには、目の前で沢山の人が死んでいくのをただ見ている事などできるはずがない。
当然勝算もある。正確にはあれをどうにかできる自信がある。以前地竜を倒したテツは、自身の力がとてつもなく強い事を知った。それこそ何でもできるんじゃないか、と思ってしまうほどだ。
木々の隙間を縫うように斜面を一気に駆け下りた徹の目の前に広がる光景は想像以上に酷いものだった。
小舟に乗り上手く身動きが取れない騎士たちは、水面から飛び出てくる上半身が人間のようであり、その手に槍を持った魔物に次々に運河に落とされていっている。
その鎧の重さのせいか、魔物の動きが速いせいか、運河に落ちた騎士は抵抗する間もなく次々に魔物の槍に刺されて運河の底へ消えていく。その数は分からないが、既に近くの水面の至る所が真っ赤に染まっていることから相当数やられてしまったんだろう。
「皆うろたえるな!できるだけ近くの小舟に近づくのだ!足場さえ確保できればこんな魚共の遅れをとることはない!」
騎士たちの悲鳴と武器同士がぶつかる金属音が響く中、先ほどテツ達と話した男が何とか状況を変えようと叫び指示を出していた。
だが先頭に対して素人のテツから見てもその状況が変わる様子がない。船は進むことも戻ることもできずに、次々に出てくる魔物と戦うほかなかった。
「ファイアーボール!!」
テツは先日アドルフに教えてもらった初級火属性魔法、「ファイアーボール」を使う。突き出したテツの手の先に上半身程ある大きさの火の玉が出現し、小舟近くの運河に放たれる。
テツは自分の魔力総量は分からない。だが先日数回打っだけでは特に体調に変化はなかった。
魔法を放つとすかさず次の「ファイアーボール」を小舟の周りに次々に放っていく。
「そこの冒険者!!何のつもりだ!」
侯爵の部下の騎士がその事に気が付き、テツに向かって大声で話す。
「こいつらは魔物と言っても所詮魚だろう!?魚は人肌に触れるだけで火傷するほど繊細だ!なら水温を上げれば魚たちは上がってはこれないだろう!!」
テツが火の玉を放ちながら叫ぶ。騎士はテツが魔法を放った辺りを見て頷き叫ぶ。
「全員聞け!自分達の周りの水の中に火属性魔法を放つんだ!詠唱中にやられるなよ!」
テツの考え通り、魔法を打ち込んだ辺りには魔物が出てこなくなった。騎士たちは一斉に魔法を水に中に放ち始める。大きな運河だが、浅瀬でこれだけの人数が一斉に火の玉を放てば水温は必ず上がる。予想通り魔物が飛び出てくる数が減り、小舟は山の麓へと戻ってきた。
騎士たちはすぐさま陣形を組むが、再び水温が下がり戻ってきた魚の魔物の前に打つ手がなく戸惑っている。
「冒険者よ。礼を言おう。貴殿の機転がなければ部下をもっと失う所だった」
先ほどの隊長の騎士がテツにお礼を言いに来た。騎士というのは冒険者を嫌い見下す、とアドルフから聞いていたが、どうやらこの男性は違うらしい。彼に好感を抱きながらも、現状を変えられたわけではないのでテツは顔を引き締めたまま話を続ける。
「テツだ。それよりもこれからどうするんだ?」
大半の騎士たちは戻ってこれたが、すでに大きな船に乗船した者達は今だクラーケンと戦い続け、既に一隻が完全に沈んでしまっている状況だ。
「あそこまで大きな船は我々でもそう多くは用意できない。何とかしたいが、船に近づくことすらできないのでは……」
他の騎士同様、彼も悔しそうに船を見つめるしか今できる事がないようだ。
「なら俺が何とかしていいか?」
テツの言葉に彼は目を見開きテツを見つめる。
「貴殿にあれが何とかできると言うのか?あれはAランク並みの魔物だぞ?一人ではどうすることもできないだろ」
確かにテツはまだDランク冒険者だ。だが彼には自信があり、同時にそれと戦わなければならない理由があった。
「馬鹿言え。コックが食材の前でビビるわけにいかないだろ」
テツはニヤリと笑い、クラーケンを見つめ、腰にある包丁をその手に握った。
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