第31話テツの休日3
翌日、朝はゆっくりと宿で過ごし、10時30分過ぎに宿を出た。大会会場は港近く、ここから歩いて10分程。十分間に合う時間だ。
「なんだよ、朝から暗い顔して。怖気づいたかおっさん?」
テツはあれからずっと彼の事を考えていた。その為、久しぶりに料理の事を一切考えられずにいた。
「ああ、昨日の話を考えていてな」
「昨日の?ああ、引きこもった理由についてか。やめようぜ。前世の話だ。今はこうして外に出れてるだろ」
確かにそうだ。彼は死んで、そして外に出るようになった。それだけでも立派な事だと言えるだろう。テツはダイスケの頭をくしゃくしゃと撫で、ダイスケは「なんどよ」とそれを照れながら払いのける。
「なぁダイスケ。俺さ、勉強が苦手だったんだ。というかあまり興味なかった」
「は?朝からおっさんの昔話か?」
「まぁな。おっさんだって、たまには昔の事を話したくなるものさ。聞いてくれるか?」
テツの言い方に、ダイスケは聞くしかなくなりテツの言葉に耳を傾ける。
「大人ってさ。昔はお前と同じ子供だったんだよ」
「は?当たり前だろそんなもん」
「ああ、当たり前だ。子供が年を取り、、そして大人になる。じゃあ大人ってなんだ?正確にはいつから大人なんだ?」
テツの問いにダイスケは答えられない。そんなものに答えなんてないからだ。
「小さい頃はさ、いつかかっこいい大人になるんだって誰しもが思う。だが気が付けば大人になっていて、そして気が付くんだ。俺は小さいころ描いていた大人になれているのか?と」
実際それで「なれた」と言える人間はすくないだろう。「なれていない」と答える人が大多数だ。小さい頃はなんにでもなれる気がした。でも実際就職するのも大変、働くのも大変。思い描いていた大人はこんなんじゃない、ってさ。
「結局、大人だって子供みたいなもんさ。そこに大した境界線はない。大人が出来ない事を子供があっさりやってのけるなんて事はざらさ。じゃあなんで小さい頃、大人たちがかっこよく見えたんだと思う?なんであんな大人達みたいになりたいと夢見ると思う?」
ケーキ屋さんになりたい。宇宙飛行士になりたい。お花屋さんになりたい。子供達はそれぞれ夢を見る。じゃあ何故そんな夢を見るのか。それは実際にそこで働いてる人たちを見たり聞いたりしているからだ。かれらの背中を見たからだ。
「大人ってのは不器用なのさ、しかもかっこつけたがる。毎日必死に取り繕って、笑顔振舞って、そして頑張っている。それは家族の為、自分の為、遊びたいから、もっと偉くなりたいから、理由は様々だろうさ」
それでも大人は働く。生きていく為だと言えば、そうだろう。だけど、それでも勉強して、必死に理想の自分を探して追い求める。
「大人たちがかっこいいと思うのはさ。大人達が自分の足で立ち、努力をしているからさ。大人になっても、責任をもって、成長しようと努力しているからさ」
大人だって泣きたい時だってある。どうしようもなくなって膝を付くことだってある。それでも大人は負けず嫌いだから、かっこつけたがりだから、それでも戦うし、努力をする。
「生きるって事は怖いだろ?でも生きるって事は戦うって事なんだ。実際俺たちみたいに人間いつ死ぬかなんてわからない。でもその中で人間は戦い、そして幸せを求める」
その幸せは些細なことかもしれない。ゲームを買うために戦うのかもしれないし、結婚するために戦うのかもしれない。だけど、人間は努力することに出来る生き物だ。戦う事のできる生き物だ。
「努力する大人の背中を見て、子供はそれに憧れるんだ。頑張ってる人間はいつだってかっこいいから」
テツがそう言うと、ダイスケは「あ!」と声を上げ、走り出す。気が付けば目の前にはすでに沢山の見物人と、そして大会会場が見えた。
大会会場は大きな舞台の上に調理器具が並んでいるだけの簡単な作りだった。そのわきにテーブルに座ってそれを見守る人が10名程いる。彼らが審査員だろう。
「まずい!俺達騙されたんだ!大会開催時間は本当は10時だったんだ!残りあと30分しかない!材料も残ってないよ!」
どうやらそういう事らしい。解説者だろうか。「風魔法」を使い、大きな声で料理人たちの解説をしている男性が、テツ達に気が付き声を上げる。
「おおっと!!ここで「流れ人」の登場だ!残り30分を切っているぞ!寝坊でもしちゃったかな?」
解説の声に観客たちは声を上げて笑いだす。ダイスケは顔を真っ青にして立つつくし、観客たちはダイスケが舞台に上がれるように道を開ける。
そんな中テツはニヤっと笑い、ダイスケの肩を優しく叩く。
「いいかダイスケ。よく見ておけ。大人はかっこ悪いかもしれない。だけど努力してきた人間がどれほどかっこいいか、今からお前に見せてやる」
そう言うとテツはゆっくりと観客たちが作った道を歩き出す。
「む、無理だよ!逃げようよ!食材だってないんだよ!恥をかくだけさ!」
観客の中を歩くテツに向かってダイスケは叫ぶと、テツは振り返ることなくぴたりと止まり、口を開いた。
「地球人がどれだけかっこいいか、見せてやるんだろ?」
そう言い堂々と歩くテツの背中は、ダイスケにはとても大きく見えた。
「まさかと思ったが、どうやらこの流れ人は参戦するようだ!食材も既にもうないのに一体何を作るのか!逃げときゃいいものを」
解説の言葉に、観客から再び笑いが起きる。だがテツは堂々と舞台に上がると、辺りを見回し始めた。
「す、すまねぇアンタ。俺たちははアンタが来ないと思っていたから、食材全て使い切っちまったんだ」
テツに気が付いた一人の男性が、テツに頭を下げ、それを見た他の出場者たちも頭を下げ始める。彼らに悪気はなかったらしい。なら後は気持ちよく大会を楽しむだけだ。テツは微笑み、そして彼らに言った。
「いや、いいんだ。遅れた俺が悪い。そこのアンタ、その野菜の切れ端、貰っていいか?」
最初にテツに気が付いた男性が使っていたであろう、野菜達の切れ端を指さしテツは言う。
「あ、ああ。こんなんで良ければ。だがこんなちっちゃな野菜じゃ何にもできないぞ?」
テツは微笑み、そういう男性の肩を優しく叩くと野菜を集めていく。
「おおっと!流れ人が何やら野菜の切りくずを集めていくぞ!?一体内何をする気なんだ!?今度はミカンの皮を受け取った!流れ人ってのはミカンの皮を食べるのか?」
解説の言葉で湧く観客を無視して、テツは皆が残した米や、野菜、魚の骨にちょっとした魚介類を集めていく。誰もが申し訳なさそうに差し出す中、テツは一人笑っていた。
これだけありゃ、最高の料理ができる。
用意されていた空いてる調理器具の前に立ち、テツは食材を並べる。そしてちらりと観客を見ると、その先頭でダイスケが泣きそうな顔でテツを見上げていた。「大丈夫だ、安心してみてろ」テツは微笑みダイスケを見る。さ、取り掛かるか。アイツにかっこいい背中を見せてやらないとな。三ツ星を背負っていた男の大きな背中を。
テツは深呼吸をすると、包丁を握る。
さあ、楽しい料理の時間だ。
初めはテツを馬鹿にしていた解説者は、次第に言葉を無くしテツを見る。観客たちもそうだ。いつの間にか会場は静まり返り、テツを見守っていた。
その堂々とした態度、見入ってしまうほどの包丁さばき、会場を包み込む美味しそうな香り。いつしか全ての人間がテツに見入ってしまっていた。
テツは目に見えないほどのスピードで、魚の骨を、エビの殻を叩き細かくする。野菜をオリーブオイルで炒めた後、それらを鍋に入れトマトを入れると煮込む。残ってた海老の身を叩きすり身にすると、それを円柱型にして鍋で蒸し始める。残った米を半分に分け、半分をソースを使ってリゾットに、半分を薄く延ばして焼いていく。最後に残った野菜達を細く切り分け、そして上げていく。
彼は同時に一体どれほどの調理をしているのだろう。経験者なら分かる。焼く、蒸す、揚げる、それらを同時にこなすのには、全ての食材を理解し、そして管理しなければならない。それだけで彼がどれほどの腕前かわかる。
「んん。美味いな。だが魚に火を入れ過ぎだ。身が固くなっている。合計7.6点」
テツが調理を進めていく中、出場者達は審査員に料理を出し、評価を貰っていく。どうやら時間が来たら一斉に審査をするわけではなく、完成次第料理を審査してもらうやり方らしい。
いつの間にか舞台の上にはテツ一人になってしまっていた。解説者はハッとなって審査を受けた料理について解説を始める。残り時間は5分を切った。
「さ、完成だ」
そんな中、テツが皿をもって審査員たちの前に並べていく。審査員たちは、この短時間で仕上げた事に驚き、そして皿の上の料理の美しさに感嘆する。が、同時に失望する。皿の上にはソースがかかっていなかったからだ。確かに料理は美しくおいしそうだが、味がなければ食べても仕方ない。
「それじゃ、仕上げといこうかね」
そんな審査員の反応を見て、作戦通りだとばかりにテツは微笑み、そしてテツの言葉に審査員たちは顔を上げ、そして驚く。
目の前の男性は鍋とワイン、ミカンの皮を置き、そして手には何故かお玉を持っていたからだ。何故このタイミングでお玉なのだろう。ミカンの皮?審査員や解説者、そして観客までもがテツの行動を予想もできないでいる。
「それでは仕上げに入ります。良くご覧ください」
そう言うとテツはワインをお玉に注ぎ入れる。するとどうだろう。ワインは突然沸騰し、青い火を上げ始めるではないか。そう、テツはお玉を初めから高熱になるまで熱して、そこにワインを注ぎ、フランベをして見せたのだ。
だがそれでテツの行動は終らない。今度は長く螺旋状になったミカンの皮を鍋の上で持ち、そしてミカンの皮の上から火の出たワインをかけ始めた。
火の出たワインは、ゆっくりとミカンの皮にかかり、そして螺旋を描くようにミカンをつたって鍋の中へ落ちていく。
見ている人は思わず感嘆の息を漏らす。螺旋状のミカンの皮全体が青い炎で燃え、そして液体を垂らしていく。それだけでも芸術的な光景なのに、さらに辺りにはフランベされたワインとミカンのいい香りが包んだからだ。
そしてその全てを鍋に注ぐと、手早くかき混ぜ、そしてさらに注いでいく。
「さぁ、完成だ。魚介類のムース、アメリケーヌのリゾットとクロッカン添え。アメリケーヌソースでございます」
誰もがテツの行動に、皿の上の料理に魅了されていた。
オレンジに輝くソースからは濃厚なエビや魚介類の香りだけでなく、ミカンやワインの爽やかな香りもする。見た目も立体感があって美しい。皿の中心には、ソースを使ったリゾット、その上には円柱型になったムース。さらに上に細く切った野菜を上げた物に、その上には円形の何かが乗っていた。
「この一番上に乗っているのは?」
「そちらはクロッカンと呼ばれるものです。訳すなら「瓦」と言う意味になります。リゾットのようにソースを絡ませた米を薄く延ばし、そして低温で焼いたものです。他の物と一緒に召し上がって、その触感をお楽しみください」
審査員たちは我慢できなかったのだろう。テツが言い終わるのと同時にナイフとフォークを持ち、そして料理を口に運んだ。
「ああ、なんて美味しいの……」
「ああ、全てが美味しい。香りもいい。バランスも最高だ……」
口に広がるアメリケーヌソースに鼻から抜けるワインとミカンの爽やかな香り。リゾットのモチっとした触感に、ムースの滑らかな味わい。揚げた野菜のシャキシャキとした触感に加え、クロッカンのパリっとした面白い触感。
その全てのバランスが良く、その全てが美味しい。そして驚くべきは、これがあの残された食材だけで作っているという言ことだろう。
細かく見れば、ソースと、リゾット、クロッカンの味はほぼ同じだ。何故なら同じソースから作っていあるから。だがその見た目も触感も全てが違う。わずかだが、ソースには最後に使用したワインとミカンの香り、リゾットにはコメの甘味が加わり、クロッカンは焼いて作ったため香ばしい香りを放っている。
誰もが夢中になっていた。誰もが虜になっていた。審査員たちの表情から、見た者すべてがわかる。その料理は最高に美味しいと。
「満点だ!!満点!」
「私も満点です!ああ、なんて素晴らしい料理なの……」
俺も満点、私も。審査員たちは気が付けば立ち上がり、そして手を叩きテツを称賛し、その拍手は会場全体に広まりテツを包み込んだ。
大会の結果はテツのぶっちぎりの一位。他の料理人たちは悔しがっていたが、審査員の顔を見たら納得せざるおえないだろう。
「ほら、お前も食えよ」
大会が終わり人々が帰る中、テツはとっておいた一皿を呆然と立ちすくむダイスケに渡す。ダイスケは恐る恐る言った様子でそれを口に運び、そしていつの間にかがつがつと食べ始めた。
「う、うめぇ。うめぇよ!なんだよこれ!こんな美味いもんがあったのかよ……」
その率直な感想にテツは微笑み、ダイスケを見守った。
「その料理は地球でも食べられたぜ?まぁ金はかかるがな。だから人々は働くんだ。いいんだよ。働理由なんてそんなもんで」
テツの言葉を聞きながらも、ダイスケは食べる手を止められないでいた。
「ハーレムが夢。結構じゃないか。かっこいい車が欲しい。結構じゃないか。美味い飯が食いたい、欲しい服がある。その為に働いて、頑張れたらそれだけで素晴らしい事なんだ。理由何ざ何でもいいんだ。働いてつかみ取る。それができるのが大人だ。それが人生ってもんなんじゃないか?」
男なら、好きに生きればいい。人生は楽しんだもん勝ちだ。
料理を食べ終わり、皿を置いたダイスケに優勝賞金だった金貨10枚を無理やり握らせる。
「いいか?その金を女に使うのも自由。武器を買うのもなんに使うのもお前の自由だ。だが後悔無いように使え。お前の好きに使って、お前の未来を切り開いてみろ。お前ももう大人なんだから」
そしていつか俺にかっこいい背中を見せてくれよ。
テツはそう言い、振り返ることなく歩き始めた。今回の事でダイスケがどう変わるかは分からない。だがやれるだけの事は、伝えるだけの事はした。それに最後のアイツの目、あれは大人の目だ。男の目をしていた。もうあいつは大丈夫だろう。
ダイスケはテツが見えなくなるまで、その大きな背中を見つめ、そして金貨を持つ手を強く握りしめるのだった。
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