第38話アレクサンドロス第二王子
「肉は焼けたか!?」
「あと7分で焼けます!」
「ソースあと5分で出来ます!」
王城の厨房はまるで自分のいたレストランのようだとテツは感じた。毎日戦場のように忙しく、何百人もの料理をきっちり時間通りに作る。王族や貴族だけでなく従者達の分まで。騎士達は自分達で日替わりで料理をするらしいが。
「テツ!」
「ああ!いつでも!」
ここに来て一週間。テツは毎晩遅くまでボブと料理の試作を繰り返し、当然のようにその料理は実際に貴族たちに振舞われた。貴族達からも料理は好評で、既に新しく来た料理人、テツの名は王場内で知れ渡っているほどであった。
だがそんな事はテツには関係ない。お客様がいる限り料理を作り続ける。テツにとってそれが全てだった。
「か、勝手に入っては……!!」
「いーの、いーの。責任は僕がとるから」
そんな戦場に似つかわしくない陽気な声がテツやコックたちの耳に届き皆振り返る。そこには高級そうな服に身を包んでいるが、どこか旅人のような身軽な感じの服装に身を纏った青少年が立っていた。
「お、王子!?何故ここに!?」
彼の存在に気がつたボブが、思わず手を止めて王子に声をかける。
「やーやーボブ料理長。忙しい時にすまないね。あ、皆も僕に気にしないでいつも通りにしていてくれ」
「王子、こんな大事な時期に遊んでていいんですか?全く。ほら皆!手を止めてないで働け!」
突然の王子の出現に、皆驚き固まっていたが、ボブの一言で慌てて動き出す。王子はそんな光景を見ながら笑顔でうなずき、そしてテツの前で立ち止まった。
「……何か?」
テツは手を止めることなく王子に問う。料理人にとって厨房は戦場であり、神聖な場所だ。この忙しい時に、たとえ相手が王子であろうとテツは遠慮なく「邪魔だ」という雰囲気を出す。
「ごめんね、忙しい時に。君がテツ君でしょ?流れ人の」
「ええ、そうですが。何が用事が?ないのであれば厨房から出てって欲しいのですが」
テツの言葉を受け、王子は目を丸くし、そしてくつくつと笑いだす。まさか王子である自分を追い出そうとするなんて、もし他のものだったらそれだけで良くてクビ、悪くて奴隷いきだ。それを聞いていた他のコックもテツの言葉にぎょっとし、思わず手を止める。
「ふふ、僕にそんなことを言う人なんて父上くらいだよ。嬉しいね。特別扱いしないでくれて」
「流れ人の俺に王族だとか貴族だとか言われても困りますから。食事が口にあいませんでしたか?」
「いいや。ここのご飯はいつも美味しいし、最近のは特に美味しいからね。君が来てからここの料理は更に磨きがかかった気がする。どこの国にだしても恥ずかしくない仕上がりだよ」
王子の目を見ることなく話すテツに、王子は気にしていないのか微笑みながら答える。他のコックたちは、そんな王子の様子を見て安心し、再び仕事に戻る。
「ああ、僕の事は気にしなくていいよ。君の仕事がひと段落するまでここで待っているから」
王子は近くにあったイスを手に取ると、テツの邪魔にならない所に置き、そこに座りテツを見ていた。その様子を見て、テツは深くため息をつくと自分の仕事を仕上げる。
「どうぞ、これでも食べながらおまちください」
椅子の上で楽しそうに厨房を眺めていた王子の前に、テツはちょっとしたオードブルを出してあげる。確か王子の食事の時間は終わっている。ならばと軽いものを出したわけだ。
「これは?」
「こちらはカナッペという料理です。一口大にカットしたパンの上に食材を乗せて食べる、ちょっとした料理です。王子は食事は済ませていると思いますので、こちらをお召し上がりになってお待ちください」
いつの間に仕上げたのか、と驚きながらも、王子はテツが持ってきた皿の上にある料理を見て感嘆の息をもらす。そこには一口大にカットされたパンの上に、チーズとフルーツが乗った物、コーヒーをしみ込ませたスポンジにホイップクリームが乗ったティラミスのような物など、食後にピッタリな物が色鮮やかに並んでいた。
「んん!これは旨い!パンとチーズ、フルーツが口の中で合わさってまるでケーキのようだ!ん!?こっちはコーヒーの苦みとクリームの甘さがあって、でもでもパンのおかげで重たくない。いいね!カナッペ気に入った!」
誰に言うわけでもなく、一人ではしゃぎながらカナッペを口にする王子にテツはため息をつく。そんなに勢いよく食べたら5分と持たないでたいらげてしまうだろう。何のためにカナッペを出したのか考えて欲しいものだ。
カナッペには似た料理、ブルスケッタというものがある。基本的には同じだが、ブルスケッタはイタリア料理なので、パンの上にオリーブオイルとニンニクを乗せてから具材を乗せる事が多いい。その為水分の多い食材でもなんでも乗せることが出来る。一方カナッペは直接食材を乗せるため、水分の多い食材はあまり乗せない。その代わり、油を乗せない為、フルーツやクリームなどを乗せちょっとしたデザートにもなる。
乗せる食材は何でもありだ。生ハムにチーズにオリーブ、魚介類に肉、合わない食材の方が多いかもしれない。
案の定瞬く間に皿の上を空にしてしまった王子に、テツはため息をつきながら追加のものをし揚げて出してあげる。王子は期待してたのか、それが目の前に来ると嬉しそうに、すぐに手を出し頬張りだした。
「テツ、ここはもういい。暫く休憩してこい」
王子に気を使ったのだろう。ひと段落した時、ボブがテツに声を掛ける。テツは頷き答えると、簡単に調理器具をかたずけ王子の元に向かう。
「お待たせしました。どういったご用件で?」
「お?終わったかい?ならちょっと僕に付き合ってよ。いいよねボブ料理長?」
王子はボブに確認を取り、ボブが頷くのを見るとすぐにテツの手を引き調理場を後にした。
「城の外に出るのですか?二人で?」
「いーから、いーから」
テツの手を引き王子は堂々と手を引き城から城下町へ向かう。本当に良いのか?と辺りを見回すと、数人の騎士が距離を開けて付いてくるのが見えた。テツが申し訳なさそうに頭を下げると、騎士たちはそれに気が付き、軽く手を上げ苦笑した。もしかして、この王子いつもこうやって勝手に出歩いているのか?そう気が付いたテツは、騎士って大変なんだなと苦笑せざるおえなかった。
「どこ向いてるんだい?彼らに気にせず付いてきて!君とはずっと話をしたかったんだ!」
そんなテツに気が付き、微笑みながら王子はテツの前を歩く。王子も騎士達には気が付いているようだ。この自由奔放さ、そして王と謁見した時に見なかった王子。間違いない、この人が不真面目で遊んでばかりという噂のアレクサンドロス第二王子なのだろう。
一体どこに連れていかれるのか、と不安になるテツの気持ちも知らず、アレクサンドロス第二王子はスキップでもしそうな勢いで歩く。テツはもう一度深いため息をつき、彼の後に続き、城下町の大通りを歩くのだった。
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