第51話打ち上げ

「なぁなぁ、テツさんや」

「なんだい?アドルフさんや」

「ありがとうな。色々と」

「それもう10回は聞いたぞ、アドルフさんや」


 食事会が無事終了した。貴族たちは次の日、早朝には自らの領地へと戻っていく。そんな忙しい彼らを思い、スクルス王が「少しは休んでいったらどうだ?」と気を使うが、誰もがそれを断り、領地へと戻っって言った。


 そんな彼らの顔を見て、スクルス王は安堵する。誰もが嫌々領地へと戻って行っているのではない。皆の目には強い火が灯り、誰からも更にこの国を良くしようという意思が見て取れたからだ。


 次の日からアレクサンドロスはスクルス王と共に働き、王から様々な指導を受ける事となっている。それをサラ王女を筆頭にヘンリー王子とリナ王女もサポートしている。


 今まで語らなかったが、アレクサンドロスが勝ち残れたのは、サラ王女がいたからともいえる。王位継承権で蚊帳の外にいると思われたサラ王女のサポートがあり、初めて彼は勝ち残った。二人一組と言うのは卑怯なように感じる者もいるかもしれないが、それはアレクサンドロスが「使える者は使った」ともいえる。それにより、サラ王女にも注目が集まり、今後この二人が中心となってこの国を支えていくことになりそうだ。


「なぁなぁ、テツさんや」

「なんだい、アドルフさんや」

「ありがとうな」

「アドルフさんや、11回目だ」


 食事会の後、アドルフはアレクサンドロス王子やサラ王女、それらを支えた貴族達と共にささやかな宴会が行われ、それに参加していた。

 

 一方テツは、そんな彼らから直接お礼を言われ喜ぶコックたちと打ち上げを行い、それに参加。


 だが月が真上に上る頃、二人はそっと抜け出し、以前訪れたカフェの個室に集まり二人だけでのささやかな打ち上げを行っていた。


「なぁなぁ、アドルフさんや」

「なんだい、テツさんや」

「お前さん、いつからパンツ一丁だったんだ?」

「何言って……。あれ?テツさんや、なんで俺は服を着ていないんだい?」


 月は沈み、既に日が昇っている。だが二人は、それでもグラスを片手に語り合っていた。


「しかし、アドルフさんがアレクサンドロス王子についているとは気づかなかったな」

「ふふふ。俺様は凄いからな。なんでも器用にこなせるのさ」

「なら俺の助けがなくても、妻のクロエの事も器用に手なずけられそうだな」

「……テツさん、その話は今はよしてくれ。そして俺を助けてくれ。後生だから」


 思い出したくない事を思い出し、顔を顰めるアドルフを見て、テツはくつくつと笑う。先ほどまでの戦いが嘘のように、いつもの落ち着く空間がここにはあった。

 

「まぁ、アレクサンドロス王子とは子供の頃に一度会っただけだったからな。誰も気が付かなかったんだろうさ」

「なら、連絡とかはどうやって行っていたのさ。誰かを使っていたのか?」

「そうなるな。因みに、その連絡役には、テツさんも一度なっているんだぞ?」

「は?どういうことだ?」


 以前、アレクサンドロス王子がこのカフェの個室でテツに相談事をした際だ。色々あってテツはあまり深く考えていなかったが、考えてみれば、何故王子がテツに大事な相談事をしたのか、とうのが鍵だった。


 アドルフが信頼した相手、それがテツ。ならばアレクサンドロス王子がテツを信用するのは言わずとしても分かる。だがテツからしてみれば、いきなり王子の事を信頼する事などできるはずがない。ならばテツはどうするか。必ず相棒のアドルフに相談をするだろう。


「つまりだな。テツさんが考え王子に話した作戦を、テツは必ず俺にも言いに来る。寧ろこなきゃ相棒とは言えないだろう。相棒が戦っている相手の情報をくれ、信用できない相手から相談事をされた。その情報は俺に伝えないなんてありえない。王子はそう見越してテツに相談した。そうすればどんな結果であれ、テツは必ず俺に話をしに来る。結果的に誰にも疑われることなく、王子が効いた作戦は俺の耳にも入るって寸法だ」


 まさか、気づかないうちに自分までもが王子の掌の上にいたとは。その事を聞かされたテツは苦笑するしかなかった。上手い事やるもんだ。アドルフも王子も、自分じゃそんな方法は考え付かなかっただろう。


「勿論連絡役もいる。だが、時として、そうやって一見関係なさそうな人を使えば、誰にも気づかれることなく連絡が出来たりする。そして連絡役は、まさか自分がそんな風に使われているなんて気が付きはしない。ならば傍から見ていても、そんな人が連絡役だとは思わない。こういう方法も用いれば、上手い事身を隠しながらやり取りが出来るってもんだ」


 どうだと言わんばかりに自慢げに語り、アドルフはクラスを傾ける。テツは素直に関しながら聞き、同時になんでこのおパンツ野郎はこういった事に関しては超一流なのに、女に対してはあんなにも駄目なのだろうと残念な気持ちになっていた。


「なぁなぁ、アドルフさんや。何故一度しかあった事ない王子に仕えてんだ?他の王子達もお前さんの事を信用していたんだろう?なのに何故アレクサンドロス王子を選んだんだ?」

「以前、俺の母親は幼い頃に亡くなったという話をしたのを覚えているか?」


 長い戦いがひと段落したからかもしれない。テツの質問に、アドルフはどこか遠くを見ながらも、嫌な顔をせず問いに答えてくれた。


「それから暫く経ってから分かったことだったんだが、母親は病気で死んだんじゃなくて、父親に殺された事がわかったんだ」


 アドルフから語られる内容にテツは驚きながらも、グラスをテーブルに置き真剣に彼の言葉に耳を傾けた。


「父親は公爵。この国において王族の次に偉い地位の人だった。そして同時に、あいつはノアの箱舟の一員でもあったんだよ。昔、この国に組織が紛れ始めた。だがそんな奴らがこの国で暴れるためには、必ず隠れ蓑が必要なんだ。国で暗躍するためには、全ての貴族を敵に回していては必ずすぐに潰される。そういう時は、大抵後ろには誰かしら居るはず。今回、それが俺の父親だったんだ」


 組織は人を洗脳するための麻薬のような物を開発しようとしていた。そして俺の母親が実験材料に使われ、そして死んだ。その事を知った時、俺は父親を殺して自分も死のうと思っていた。犯罪を犯したとしても、それが父親だったとしても、公爵を殺すことは重罪だ。だが俺はそれが許せなかった。だからあいつを殺そうと考えた。それが25歳の時だ。


 だがその事に、スクルス王が気が付かないはずがない。スクルス王は公爵家と共に、組織を叩きつぶそうとしていた。だがそれに待ったをかけた者がいた。それがアレクサンドロス王子だ。


 そこまで語ると、アドルフはグラスに残った酒を一気に飲み干し、そしてテーブルに置くと話をつづける。


「信じられるか?当時8歳だった少年がこう言ったそうだ。「公爵家は必要だ。ならば公爵を殺し、長男にそれを継がせてこちらのスパイにしてしまえばいい」と。そしてスクルス王はそれを認め、アレクサンドロス王子は俺の前に来てこう言った。「君の父親の公爵は殺してあげる。だがそれだけでは第二の君の母親を生むだけだ。公爵が死のうと、組織は死なない。奴らはまた新たな被害者を出すだけだ。僕の元で働かないか?そうすれば、必ず組織を叩き潰してあげるよ。僕と共に、それを特等席で眺めない?」と」


 8歳の少年とは思えないセルフに、テツは目を見開き、アドルフは苦笑しながら空いたグラスに酒を注いだ。


「全く笑っちまうよな。15歳で家が嫌になって飛び出し、25歳で親を殺そうと思った。それを8歳の少年に止められ、手を差し伸べられた。どっちが子供かわかんなくなるような状況だった。だが気が付けば俺は王子に手を伸ばしていたよ。この方なら、本当にそれをやってのける。何故かそんな確信が持てたんだ」


 それから俺は冒険者として腕を鍛えながら、国中の組織の拠点を探して周った。だが、王子から決して手を出さないよう言われていたから、見つけたら他の者に任せていたがな。俺はあくまでスパイ。その存在を知られてはいけない存在だったから。


 そこまで話すと、アドルフはグラスを手に取り、酒を呑む。内容は想像以上に重いものだったが、グラスから口を離し、語り終えたアドルフの顔はどこか晴れ晴れとしたものだった。


「あれから10年。本当にそれをやっちまうんだもんな。決戦の日、組織は城に集まり、俺は王子の隣でこの国に入り込んだ奴らが全員捕らえらていくのをみていた。まさに特等席でだ。胸のすく想いだった。母親が死んでから、心の中にあったつっかえが取れた気がした。ここまで本当に長かった……」


 グラスを見つめるアドルフの目には、黄金色のウィスキーの液体の中に今まで見てきた事や想いが映っているのだろう。彼は暫くグラスを見つめ、テツは彼が満足いくまでグラスを傾けながら待っていた。


「なぁなぁ、テツさんや。テツさんは、これからドラゴンを追いかけるのかい?」


 暫くして、グラスを見つめていたアドルフは顔を上げ、テツを見つめる。テツはその問いに間髪入れず頷き肯定する。


「ああ、俺の目標は変わらない。あの蜃気楼を掴むために、俺は龍を倒して最高の料理を作るんだ」


 真っ直ぐ力強く話すテツに、アドルフは微笑み頷く。


「そうか。なら俺もそれを手伝うとするかな」

「いいのか?お前さんはこれから色々とやることがあるんじゃないのか?」

「まぁ、なくはない。だがな、俺はお前さんにでっかい借りが出来ちまった。お前さんはそんな風には思わないだろうが、今回の件で、俺たちはお前さんに感謝しているんだ」


 誰も考え付かないような作戦、そして食事会の料理。それがあって初めて作戦は綺麗に纏まった。その事はアレクサンドロス王子も感謝していたという。


「これから貴族になるって言っても、それはまだ先だ。俺がやりたいことはやった。叶えたかった願いは叶えた。今度はお前さんの番だ。王子しかり俺しかり。お前さんに全力で協力するつもりだ」


 本当にいいのか?テツは疑問に思ったが、そんな事を言わせないぞと、アドルフ笑いながらグラスを手に持ち、その手をテツの方に突き出してきた。


 全く、このおパンツさんはどこまでお人よしなんだか。テツも彼に習い、グラスを手に取り笑いながら口を開く。


「じゃ、これからドラゴン退治の旅だ。頼むぜ、相棒」

「ああ、任せろ相棒。俺たちが二人なら不可能な事なんてないさ」


 二人はグラスをぶつけ合い、そして酒を一気に飲み干した。


 その後二人は意識がなくなるまで酒を呑み、たわいもない話に花を咲かせた。二人が歴史に名を残す冒険は、まだまだ始まったばかりだった。

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