第50話フルコース2

「オードブルでございます。こちらは『32種類の野菜の真空調理』したものになります。『真空調理』とはあまり聞き覚えのない言葉かと思いますが、これは、密封した袋に入れ、低温で約4時間火を入れた野菜という意味であります。どうぞお召し上がりください」


 皿の上には色鮮やかな野菜が並び、それはまるで幻想的な花畑の様だった。既にアミューズを食べた皆は、先ほどとは違い皿が自らの前に置かれた段階で、我慢できずに我さきとそれを食べだしている。


「おお、これはアスパラだな。まさかあのアスパラがこんなにも甘く口の中で蕩けるなんて……」

「こっちは食用花用に品種改良された、「バラの花」だな?紅茶などで使われる花が食べられ、まるで口の中が花畑の様に香りが広がっていく……」


 野菜一つ一つがその個性を活かされ、まるで32種類の料理を一度に味わっているかのような感覚になる。皆それぞれの野菜を口にし、無意識のうちにそれを語り合い楽しそうに食べ比べている。彼らは忘れているかもしれないが、その話相手の中には、先ほどまでいがみ合っていた相手も含まれていた。だがそんなことを忘れてしまうほど料理は素晴らしく、これを口にして語り合わない事などできないでいた。


「実はこれらの野菜は、皆様がスクルス王様に献上した野菜達を使わせて頂きました。故に、この野菜は、このギガ王国で取れる素晴らしい野菜達といえます」


 テツの説明に王は驚き辺りを見回し、王と目が合いそれらを持ち込んだ貴族たちは嬉しそうに王の顔を見つめた。王の顔を見れば、この料理に対しどれだけ満足しているのが一目でわかる。その野菜を持ち込んだ貴族たちは、王が驚き自分と目が合うと嬉しそうに「自分のです」とアピールするかのように胸を張る。


 これらの野菜は、袋に入れ蒸気を使い空気を抜き、82~84℃で調理されたものになる。野菜とはグルテンやペクチンを含んでいる為、80℃以下で「は変性せず甘味や旨味が上手く引き出せない。


 真空調理の最大のポイントは、その旨味を一切逃さず、さらに少ないソースで味をしみ込ませしみ込ませる事が出来ることだろう。実はテツは、この方法を32種類の野菜全てを別々の袋で調理し違う温度て調理していた。それをすることによって、全ての野菜が最大限の旨味を発揮できるからだ。


 これはこの世界の野菜の旨味を知っているボブがいたからこそできる料理ともいえる。ボブがテツにその野菜にあう温度を知り、それを地球の「真空調理」という技法を用いり、この素晴らしい一皿を実現させることに成功した。


 野菜を袋に入れ、少量のコンソメを入れ湯煎する。そのコンソメの塩加減なども、ボブの助言を聞きながら調理している。その為野菜一つ一つの味が微妙に違いそのポテンシャルを100%引き出せ、どれを食べても違った味に感じ32種類食べ終わっても飽きない味となっている。


 それらを食べ終わると、再び皿の中央にはギガ大国の国旗が姿を現す。食べ終わった皿をメイドが下げだすと、皆が等しくソワソワしているのが見て取れる。彼らは既に次の料理を待ちきれないでいるのだ。それを見たテツは微笑み、そしてメイド達に合図を出し次の料理が運ばれてくる。


「次はスープとなります。こちらはガムリス公爵様が統治し、エリン伯爵様が管理している東の食材だだけを使った物、『オマールエビクリームスープ』となります。東で取れた野菜のみを使いスープの甘さを引き出しました」


 スープは淡いピンク色をしている。スープの上にふわふわの泡のような者が浮かび、そこには贅沢に大きくカットされたオマールエビが入っていた。スープの上には香ばしく焼いたオマールエビが小さくカットされて浮かんでいる。


「おお、これは素晴らしい。スープには沢山の野菜の甘味がし、オマールエビの香ばしさ、旨味が凝縮して入っているようだ」


 皆に釣られ、思わずそうコメントしたスクルス王はスムリス公爵とエリン伯爵の方を見る。公爵と伯爵は、そんな嬉しそうなスクルス王と目が合うと、彼らも嬉しそうに胸を張って王に会釈をする。自分達が持ち込んだ食材が、王にここまで喜んでもらえたのだ。彼らは自らの領地が誇らしかったのだ。


 スープはオマールエビの殻や味噌をふんだんに使いそれらを炒って出汁をとっている。その為オマールエビを余すことなくその味がしみ込んだスープといえるだろう。香ばしくも甘いスープ。その身を蒸しと揚げ、二種類の調理法を用いり入っている為、オマールエビを十二分に楽しめる様になっている。


 更にスープの上に載っているふわふわな部分。これはスープにクリームを足し、初級風魔法の「ウィンドボール」を使い維持しスープを泡立てたものだ。機械では実現できない程早く回る「ウィンドボール」をその場で維持し拡散させることで、クリームを入れたスープは一気に泡立ちふわふわの泡となる。それを乗せ口にすると、まるでオマールエビの味のする綿菓子のような食感を楽しめる様になっている。


 スープを食べ終わると、今度は器の中央にはガムリス公爵家の紋章、その周りにはエリン伯爵家や、東を統治する貴族たちの家紋が描かれている事に気が付く。それを皆が確認した後、メイド達がそれを下げ、新たな料理を運んでくる。


「続きまして魚料理となります。こちらはダンベル公爵が統治、カプリ伯爵が治管理している北の食材だけをふんだんに使った料理、『様々な魚のソテー、ココナツ風味のソース』となっております。魚の下には運河で取れた貝類と海藻類を使ったリゾットをご用意しました」


 皿の上には、様々な魚の切り身が重なり円形に置かれている。そしてその下には緑色をしたリゾット、周りには淡い黄色をしたソースがかけられ、色鮮やかな仕上がりとなっている。


 すでに辺りには運河にいるのかと錯覚してしまうほどの潮の香が漂っている。誰もが待ちきれずにフォークを手にすると、それを口に運んだ。


「ああ、なんて香ばしくぷりぷりとした魚だろうか。それが何種類も味わえるなんてなんて贅沢なんだ」

「それだけじゃない。このリゾット。これだけでもなんて美味しいのだおろうか。口の中で磯の香りが広がり、香ばしく焼かれた貝類がまるで躍っているかのように口の中で弾ける」

「ソースも素晴らしいぞ。これらの沢山の食材を一纏めにし、爽やかな味わいが飽きを感じさせない」


 これまでだけで、短時間で沢山の食材を口にしているとどうしても口の中が疲れてしまう。だがそれを、フルーツソースの酸味と甘みが彼らの口の中の疲れを癒し、これまで以上に食欲をそそる一品となっていた。


「そう言えば北ではクラーケンやサーペントが現れたんだったな。よく討伐したものだ」

「それを言ったら南勢でも現れただろう。それを少ない被害で討伐に成功したんだ。彼らの働きも素晴らしかった」


 いつの間にか、彼らは料理の話から、それらが運ばれてきた場所の話になる。たわいもない話かもしれないが、気が付けば皆は分け隔てもなく楽しそうに料理を楽しみ、その話に花を咲かせていた。


 スクルス王が北の貴族達の方を見ると、彼らは嬉しそうに王に向き直り頷き、王もそれを見て頷く。彼らはあっという間に料理を平らげ、今度は更の中心には北を統治する貴族たちの家紋が描かれていた。ここまで来ると、テツが意図する事が皆には伝わっていた。


「続きましてメインディッシュ。バランド公爵が統治し、プリムス伯爵が管理する西の食材を使わせて頂きました。「ミラクル牛を三時間かけて焼いたステーキ。西の野菜のロースト、ソースは西のワインを使った物になります」


 ミラクル牛は、この国一高級とされている牛肉で、それを三時間かけて焼いたステーキ。三時間、と言う言葉に皆が驚くが、何故そんなに?と聞く前に、皆は無意識のうちにフォークとナイフを手にし、それを口に運んでいた。


「な、なんだこれは!?これがミラクル牛だと言うのか!?」

「す、素晴らしい。噛んだ瞬間肉が弾け、旨味が爆発的に口の中に広がっていくぞ!」


 それらを口にした者は、誰もが驚き次々にそれらを口に運んでいく。北の貴族達はハッとなり王を見ると、それに気が付いた王は微笑みながら彼らに頷き、皆再び料理を楽しんだ。当然食べ終わった皿の上には西の貴族達の家紋が描かれている。


 肉の三時間ロースト。肉を出来るだけ高音で焼き、周りのたんぱく質を固め一気に旨味を閉じ込める。その後、220℃という高温のオーブンで10分火を入れ、取り出し10分休ませる。そしてそれを3時間続け出来た料理がこれだ。


 それをすることによって、肉のうまみを完全に閉じ込めることが出来る。周りのたんぱく質を固められた肉は一切のうまみを逃がす事無く焼くことが出来る。そしてオーブンで少し火を入れ、休ませる。そうすることによって、肉の中にはゆっくりと火を入れ、中まで火を通す事が出来る。肉汁が溢れる原因は、肉に火が入ると熱の圧力で細胞が押しつぶされるように縮まり、ある一定以上縮まった細胞は頑張って元の大きさに戻ろうとする。その反動で旨味が溢れ、それが肉汁となってあふれ出てしまう。


 今回、まずは周りを固め、そしてゆっくると休ませながら火を入れている。それにより、細胞はあまり押しつぶされることなく火が入っていく。つまり、肉汁が一切溢れることなく肉が焼けるという事だ。


 それを噛み切った瞬間、肉が持つ本来の旨味、肉汁が口の中で溢れる。普通の調理では考えられない程、肉のポテンシャルが詰まった料理が完成するのだ。


 これを食べたボブでさえ、感動しあまりの美味しさにテツにこの素晴らしさを一時間語り続けたほどだ。それほどまでにこの調理法は画期的だったといえるだろう。


「最後にデザートとなります。これはシーモア公爵が統治し、スタンリー伯爵が管理している南の食材をふんだんに使った物となります。『様々なフルーツのタルトとシャーベット、ムース』です。勿論これらにつかった砂糖なども南の領地で作られたものとなります」


 待ってました、と南の貴族達は顔を上げ、それに気が付いた王は微笑み彼らを見る。


 南ではフルーツだけでなく、食用花なども数多く栽培している。その為皿の上には花畑のような、フルーツ園のような色鮮やかな食事材たちが並んでいた。


 タルトはどこから食べても、プチプチっとフルーツが弾け口の中に広がる。シャーベットは爽やかな酸味が口の中に広がり、これまでの肉や魚の油を流し、爽やかな気持ちにさせてくれる。ムースはほのかな甘みとフルーツのお酒を使っている為、甘くも大人な味わい、どれから食べても美味しく、様々な食感が楽しめる様になっていた。当然皿の中心には貴族たちの家紋が描かれていた。


 食事が終わる事には、始まる前には考えられない光景がそこには広がっていた。誰もが笑顔で、料理の話、各地の食材の自慢話、最近あった出来事なと、様々な話が行きかい花を咲かせている。

 

 そこには既に敵も味方もなかった。皆が等しくギガ大国の一員で、皆が一つになっていた。


 その光景をスクルス王は微笑みながら見守り、アレクサンドロス王子は期待以上の結果に満足そうだ。アレクサンドロス王子の話に落ち込んでいたヘンリー王子とリナ王女も、今なら自らの行ってきた事が間違いだったことが分かる。ただいがみ合うだけでは、国は成り立たない。ここにいる者全てがいて、それがギガ王国なのだと。アレクサンドロスはコックまでも使い、彼らの心をここまで一つに纏めて見せた。完敗だ。そう思う彼らの顔は悔しさもあろうが、どこか満足したような表情をしていた。


満足そうに腹をさすりながら語らう皆を見回し、テツは頭を下げる。その際アレクサンドロスと目があい、王子は満面の笑みでテツを見つめ、テツも微笑みながら会釈をし、そして後ろに下がっていった。


「さて、食事には満足できただろうか?これらの料理が伝えたかった事も、皆なら既に気が付いているだろう」


 アレクサンドロスが立ち上がり声を上げると、皆は一斉に口を閉ざし、そして皆がアレクサンドロスの目を見て話しに耳を傾けていた。アレクサンドロスはそんな彼らを見て、微笑みながら話を続ける。


「この国は素晴らしい。これほどまでに素晴らしい食材に溢れている。そしてそれらは、君たちが管理し、職人たちが栽培したものだ。彼らの努力の結晶、そして君たちがそんな彼らを支えてきた。ここにいる王でも、僕で、王族達ではない。君たちが作り上げた物だ。そして君たちが支え作り上げた技術が集まり、村となり、街となり、国となる。僕はそんな君たちを心より誇りに思う」


 アレクサンドロスの言葉に、自然と皆の背が伸びる。皆が代々家を守り、街を、国を守ってきた。その自覚があるからこそ、改めて王子にそれを褒められ、嬉しく思わない者はいない。


「先ほど僕は「使える物は使え」と言ったが、それがどれほど難しいかは皆が分かっているはず。如何に力で人を押さえつけようとも、金で人を使おうとも、そんな物はいつまでも続くはずがない。それは歴史が証明している」


 僕はまだまだ未熟だ。スクルス王の様には国を上手く運営していくだけの力がない。だが、今回の戦いで、この素晴らしい料理を食べ、僕は理解した。この国には素晴らしい君たちがいる。他国から国を守り、こんな素晴らしい食材を育て、この国を豊かに出来る君たちがいる事を再確認できた。僕だけならうまくいかない事も、君たちがいれば、この国はもっと発展できる。もっと素晴らしい国に出来る。僕はそう確信している。


 アレクサンドロスは、次期国王指名された際、国王から承った聖剣を抜き、胸の前で構える。


「ギガ大国に仕える者達よ!この剣に集え、僕に付き従い、この国の国旗に誓え!これからもその力を最大限に発揮し、この国の為に働くと!君たちが求める限り、僕は最後までそれに応える事を此処に誓う!大陸最強の戦士たちよ!大陸最大のギガ大国に仕える者達よ!僕に力を、知恵を貸してくれ!我等がギガ大国の為に剣を!!」


 アレクサンドロスの叫びに、皆が椅子から立ち上がり、そして跪き剣を胸の前に構える。


 まだまだそれが本心からくる行動ではない者もいるかもしれない。だが、食事会が始まる前のように、アレクサンドロスの事を見下す者は、既にここにはいなかった。アレクサンドロスはこの食事会を通して、皆が自分が時期国王になることを、何とか認めさせることに成功した。心はまだまだバラバラかもしれないが、皆が同じ方向を向き、この国の元で力を振るう誓いを再度立てさせることが出来た。


 食事会は大成功と言えるだろう。そんな光景を王やアレクサンドロスは満足そうに見つる。こうしてアレクサンドロス主催の食事会は無事幕を閉じるのだった。

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