第49話試作品

「つまり、誰が王位継承権を得ても、どうしてもわだかまりができてしまう。それをどうにかする事が出来ないか、という事でいいんだな?」

「ああ、そうなるな。継承権争いは、王子達が小さいころから既に行われ、多くの貴族達の間で派閥が出来上がってしまっている。だが皆等しくこのギガ大国の貴族だ。一枚岩に、とは言わんが、皆が同じ方向を向いていなければ如何に強国だろうと、案外もろく崩れてしまう。特にノアの箱舟との戦いの最中にそんなことをしていたら、いつこの国が滅んでしまうかわかったもんじゃない」


 決戦を前に、カフェの個室でアドルフから相談された内容はそんな感じだ。それを聞いて、テツはとある考えを口にする。


「なら、皆で食事をすればいいんじゃないか?」

「は?食事?そんなもんで上手くいくのか?」


 同じ釜を食う、なんて言葉があるように、皆で食事をするという事は、それだけで皆が心通わせるきっかけになるだろう。だが、それだけでは足りない。これまで十数年戦ってきた相手なら、そう簡単には心を開くことはないだろう。


 だが、初めから皆が同じ志を持っているなら、話は別だ。更にアドルフから詳しく話を聞くと、貴族になる者、つまり功績を残し爵位を得たり、親の後を継ぎ爵位を得る時、どちらの時も等しく、王に、国旗に誓いを立てるという。謁見の間に赴き、そこで王から剣を受け取り、それを王と国旗の前で跪き誓いを立てさせられる。


 それならやりようがあるな、テツは呟く。貴族たちは王にと同じくギガ大国という国に仕えている。なら、内乱で戦い心が離れ離れになったとしても、自分達が何に仕えているのか思い出させればいい。後はその方法と、タイミングだ。テツはその事をアドルフに確認し、そして言葉を続ける。


「つまり、料理の出し方に工夫と仕掛けをすればいい。特別な料理を用意し、そしてそれを食べ終わった皿の中央には、この国の国旗が描かれていれば。後はそれを言葉で誘導すればいい」


 レストランとは不思議な所だ。そこには色々なドラマがあり、店には思いもよらない注文が入る事は珍しくない。「カップルで喧嘩をしたから、間を取り持ってほしい」「告白するからいい雰囲気にしてほしい」など男女間の問題や、「取引が上手くいくよう、いい雰囲気にしてくれ」など仕事の間を取り持つことは勿論、「政策が上手くいくように」「相手の国の人でも失礼のないように」と言った政治関係、国家間の問題の間を取り持つこともある。


 耳を疑いたくなるような内容なんて、珍しくもない。だがそれらは実際に依頼され、店側は何とかそれらをこなすしかない。それらを本当に意味でどうにかするのは、本人たち次第としか言えない。だが、長年そう言った依頼を受け続けると、だんだん分かってくることもある。例え全く知らない相手でも、会った事のない国の人だろうと、案外そのきっかけを作る事は出来るのだと。


 特にテツは高級レストランで長年働いてきた。そういう所には、男女間の問題より、会社間の取引、政治の問題などの依頼が多いい。だからこそ、テツには分かる。やってやれない事はないと。


 その事をアドルフに話す。経験ならある。後は情報があればいいと。テツの言葉で、皆が何に仕えているのか気が付き、疲れている彼らに、同じ机で食事をとりながら、料理と言葉で訴えかければいいと。


「いや、悪くないかもしれないな。案外そういった当たり前のことが大事な時もある」


 テツの説明にアドルフは納得し、二人は詳しく話を詰めていった。


「それで?この更に描かれた国旗に気づかせる前に、どんな料理を作るんだ?」


 場所は変わり、王城の厨房。テツの話を聞いたボブは顔を顰め、そしてテツに聞く。実際テツの話は、ボブからしたら不可能に思えた。だが、テツは堂々と「できる」と断言した。ボブがこの短い付き合いの中で分かったことは、テツが出来ると言ったら本当にやって見せてしまう男だという事だ。その料理の腕はもしかしたら自分以上かもしれない。だからボブは顔は顰めテツを疑う仕草を見せているが、実際心の中ではわくわくしていた。


 ばらばらに割れた貴族の心を、自分達の料理で一つに纏める。今迄さんざん貴族の無理難題な注文をこなしてきたボブでさえ、今回は最高難度の仕事だと思う。だがもし、それを自分達の料理で成し遂げたのなら。その事を思うだけで、ボブは抑えきれない気持ちに駆り立てられていた。


「貴族達の心はバラバラだ。だからまずは「自分達が何に仕えているか」気づかせる。問題はその方法だが」


 「自分達の心」という料理を用意し、自分達でその殻を破らせる。中からはいい香りがする料理を用意し、腹ペコな彼らはそれにくぎ付けになり無我夢中で食べる。そしてそこに国旗が浮かんでくる。そこで話す内容を踏まえて、テツはボブに料理の全体像を話した。ボブはそれを黙って頷きながら聞き、そしてテツが話し終えると「悪くねぇ」と呟いた。


「いや、寧ろいい考えだ。昔から料理には様々な力がある。喧嘩をしていた国同士が一緒に食事をとり、それをきっかけに仲良くなる。負けそうな戦場で皆が同じ釜の飯を食い、一致団結した彼らが戦争に逆転勝利、そんな話だってあるくらいだ。いや、寧ろいけるかもしれん」


 戦場で、という話はこういった世界にいるボブだから知っている話だ。だがそれを聞いたテツも、自分の考えが間違いではなかったと、考えが確信に変わった。


「じゃあまずは「自分達の心」の試作に取り掛かろう」


 二人を除くコックたちは既に仕事を終え帰り、日付が変わる頃二人は試作に取り掛かる。だがこれはテツが来てから毎晩のように行われている事だ。地球一の料理馬鹿と、異世界一の料理馬鹿にとって時間はいくらあっても足りはしない。一日中仕事をしていた為、二人の体力は既に限界に近い。だがそれでも、二人の眼は輝き、その顔は子供のように無邪気な笑顔だった。


 因みにテツの付き添いのメイドは二人交代制となっており、現在メイドは入り口近くで姿勢よく壁に寄りかかりながら、静かに寝息を立てている。一日中テツの行動を監視していなければならない彼女等の仕事、大変な仕事だ。だがそれが分かっていて尚、この仕事はメイド達の間で密かに人気だった。大変な仕事なのが分かっているテツは、いつも試作の料理やケーキの切れ端をメイドにも食べさせていた。


 今まで食べてきた中で、一番おいしいと言える料理の数々。それが毎日食べられる。嫌な貴族の相手もせず、終わる事のない城の掃除をすることなく、ただ座り偶に美味しい料理にありつける。色々な意味でこんなおいしい仕事は他にはないだろう。


 一つ問題があると言ったら、ある時彼女がその事を同僚に話してしまった事だろう。それを知った同僚が「一日だけ」と言って彼女と仕事を変わってもらった頃がある。その時出された料理が新作のケーキ。それを食べたメイドは大喜びで、「是非友人にも」とテツの多めに作ってもらい、他のメイドにも分け与えその日の話をした。


 その後は言わなくてもどうなったかは分かるだろう。メイド達の間でちょっとした戦争があった、とだけ言っておこう。メイド長が出てくるまでの問題となり、結局最初からテツに付いていたメイドと、その同僚が指名され、この戦争は収束を迎えた。


 テツはボブに説明するために、レシピと完成図を紙に描き渡し、二人はそれを見ながら試作に取り掛かった。


 アミューズ料理、つまり一口大の突き出し料理。日本の居酒屋で言ったら「お通し料理」だろう。


「内容は簡単だ。細かく切った魚介類がたっぷり入った「ケーク・サレ」の上にサーモンのマリネを置き、そこに沢山のフレッシュな香草と香辛料をちりばめる。そこにとろとろに煮詰めたバルサミコ酢とココナツオイルをかけるというものだ」


 ケーク・サレとは、お惣菜入りのパウンドケーキだ。普通の甘いパウンドケーキとは違い、肉や魚、野菜などが入った塩味のスポンジケーキ。その上にサーモンのマリネと香草などを乗せる。


「ならこの球体のバルサミコ酢は……」

「ああ、あの方法でいこう」


 これはテツが地球で行われている方法を、魔法を使って再現したものだ。地球の料理で球体を作る時、基本的には液体窒素が使われる。丸い器の中の周りにソースをつけ、冷凍庫で固まらせれば出来るのでは?と思うかもしれない。確かにそれでも出来るが、それでは固まるには時間がかかりすぎ、ソースのついている場所が偏り、全体的にいびつな形になりやすい。そこで液体窒素だ。


 だがそれが今回はない為、それを魔法で再現する。と言ってもやり方は簡単だ。半分に割れる、ガチャガチャのカプセルのような形のものを用意し、内側にオイルを塗った後そこにソース入れ蓋をする。後はソースがある場所が偏らないよう、手の中で転がしながら「氷魔法」を使い瞬間冷凍する。後は蓋を開ければそこには黒い球体のバルサミコ酢が完成する。オイルが塗ってある為、それは簡単に取れた。


「でも「真っ黒」とまでは言えない色じゃないか?」

「ああ、そこら辺は大丈夫だ。本番は夜。街灯の明かりで会場が照らされているからといっても、昼間のように明るいわけじゃないんだ。だからそこではこれはちゃんと黒くなる」


 テツの言葉にボブは「成程」と納得し、二人は作業を進める。実際に球体では皿の上に乗せた時転がってしまう。その為、下の四分の一程切り落とし、料理が収まり、球体が転がらないような形にする。


「あとはこの温めたココナツオイルをかければ、バルサミコ酢は溶け交わりソースとなる。そしてオイルの温度で香草に火が入り香りが立ちのぼり、皆を視覚でも、嗅覚でも虜にするんだ。ほら、実際ああなった」


 料理の説明をするテツが何かを指さし、ボブはそれを見て「ああ、確かにな」と苦笑する。試作品から香る匂いが厨房を漂い、そしていつの間に先ほどまで入り口付近で寝ていたメイドが何かを訴える様に二人を見ていた。


 最近のおなじみの光景に二人は笑い、メイドを呼ぶと彼女に試食してもらう。それを食べたメイド表情を見た二人は、これはいける、と確信し、そして二人は夜遅くまで試作を繰り返し、メイドは試食を嬉しそうに繰り返すのだった。

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