第35話漸く厨房へ

 スクルス王と宰相は、戸惑いながらもテツの要求を飲むしかなかった。自分は生涯料理人、厨房を見せてらもうのが何よりの報酬だ、と言われて「いや、爵位を与えるから貴族になりなさい」と本人の希望を跳ねることは出来ない。交渉とは曖昧な言葉で相手を上手く誘導することも大事だが、同時にハッキリとその意思を伝えて相手に有無を言わせない事も大事である。


 今回、スクルス王達はテツを甘く見ていた。この世界に詳しくない料理人くらい、上手く掌の上で転がし自分達の思い通りになると思っていた。だがテツは三ツ星レストランのシェフでオーナーだった。そう言った立場になるためには、それなりの交渉術と経験が必要となる。その為今回はテツに軍配が上がった訳だ。


 悔しそうに顔を顰める宰相に対し、スクルス王は腹の中で笑っていた。自分は狸オヤジだ。これまで戦場でも政治でも、自分の思うがままに操ってきた。それがどうだ。たかが料理人一人に上手く攻撃を躱されてしまった。これが面白くないわけがない。スクルス王の中でテツの評価はうなぎ上りだった。


「失礼いたします。第一王子、ヘンリー・フォン・スクルス様、第一王女、リナ・フォン・スクルス様、第二王女サラ・フォンスクルス様がお見えになっています」


 扉の前でメイドが綺麗な姿勢でそう告げる。わざわざフルネームで言ったのは、恐らく料理人で流れ人のテツの為だろう。会社でも、例え相手が分かっていても「〇〇様がお見えです」より「〇〇会社の〇〇様がお見えです」の方がいい。その方が確実に相手に伝わり、お互い失礼のないお互いミスが無くなるからだ。


「失礼します。メアリー王女、お久しぶりですね。無事で何よりです」

「メアリー王女、本当に良かったわ。行方不明と聞いた時は本当に心配で心配で……」


 ドアが開くなり、用意していたかのような言葉を述べ、ヘンリー第一王子とリナ第一王女はメアリーに歩み寄る。だがメアリーは予想していたのか、その事に驚く様子もなく立ち上がり、しっかりと彼らの対応していた。


「お久しぶりでございます。そしてご心配おかけしました、ヘンリー様、リナ様、それにサラ様。皆様のおかげで無事王都までたどり着くことが出来ました」


 メアリーは二人と握手すると、ヘンリー王子たちは宰相の隣に座る。ヘンリー王子は綺麗なショートカットの金髪をして、スクルス王に似て綺麗な顔をしている。鍛えているのだろう。その体つきもしっかりとしていて、非のつけようのない容姿をしている。


  リナ第一王女は綺麗な金色の髪を腰まで伸ばし、まるで絵画から出てきたような美貌を誇っている。出るとこは出て、引っ込むところは引っ込んでいる。まるでモデルのようだ。二人とも20歳前後だろう。顔付きは大人のそれだ。


 サラ第二王女は15歳くらいだろうか。まだ顔に幼さが残るものの、それでもとても綺麗な顔をしている。あと数年もしたらリナ第一王女のように綺麗な女性になるだろう。そして少し控えめな性格をしているのか、今の所言葉を発せず、こちらに軽く会釈をするだけで席に着いた。


「アレクサンドロスはどうした?あいつはまたサボりか?」

「ええ、アレクの奴は見つからなかったとメイドが嘆いていましたよ。まぁアイツは今に始まった事ではありません。放っておきましょう」


 ヘンリー王子の言葉にスクルス王はため息をつく。アレクサンドロスとは第二王子だ。テツは実はその位は事前にアドルフに話を聞いていた。


 スクルス王の第二妃の子、ヘンリー第一王子。第三妃の子、リナ第一王女。そして第一妃の子、サラ第二王女とアレクサンドロス第二王子。


 第一第二という順番は、この国では生まれた順番に着けられるそうだ。そして第一妃の子、第二王子のアレクサンドロスは不真面目な王子として有名だという。授業や訓練はしっかりやるが、他の王家としての責務は果たさず、毎日遊び歩いているという。それに対して他三人は優秀で真面目。次期国王の座には、この三人の誰かがなるだろう、というのが周りの人の評価らしい。


「君がテツ君か。噂は聞いているよ。とても腕の立つ料理人らしいじゃないか。そして同時に武の腕もある。どうだい?僕の下で働いてみないかい?」


 この部屋に来た時のように、王子たちがメアリーと当り障りない挨拶をした後、ヘンリー王子がテツに向き直り話す。


「あら、テツさんはむさくるしい男達といるより、私といる方が楽しいはずだわ。私の部下には女性が沢山いる。どうかしら?私の部下になってみない?」


 ヘンリー王子とリナ王女は、二人ともテツを向いているが、その心はお互いを睨んでいる様だった。一方サラ王女はテツを見つめるだけ。テツにとってとても居心地の悪いものとなる。


「まぁまぁ二人とも。テツ君とはすでに話がついている。勧誘はなしだ」


 そんなテツを見かねて、スクルス王が助け舟を出してくれる。苦笑しスクルス王を見ると、彼はすまなそうな顔をしてテツを見ていた。


 王子たちはもういい年だ。いつ時期国王が決められてもおかしくはない。現在彼らは争い貴族などの支持を集めている最中だ。つまり勢力争いが行われている最中らしい。


「ここからは国同士の政治の話し合いになりそうですね。一冒険者の私が関わっていい話ではなさそうです。私はそろそろ失礼させてもらいますよ」


 テツを離すまいと、両脇から服の裾を掴むメルとミルの頭を撫で、テツは立ち上がる。


「そうか。気を使わせて悪かったな。暫くは城でゆっくりするがいい。各方面には話をしておこう」

「お心遣い感謝いたします、スクルス王よ。では」


 テツはそう言うと、ゆっくりと部屋を後にする。それでもテツはその背に、「まだ諦めていないよ」という気持ちが、ヘンリー王子とリナ王女の視線から感じられた。


 その後、テツは客室に案内されたが、暇なのでメイドに早速厨房に案内してもらった。慣れない貴族との会話にストレスを溜めたテツは、料理でもして気分転換したかったからだ。


「ここがこの城の厨房になります」


 城の厨房に連れてこられたテツは、驚くことばかりだった。まず厨房に入る前に、扉を二つもくぐり、そしてその扉の前には騎士が数人待機していたからだ。


「料理と言うのは、国王様をはじめとするこの国の偉い方々を殺せる一番手っ取り早い手段にもなります。その為、ここの料理人になるためには、信頼された人物しかなれず、同時に毒を入れられないように常に厳重な警備をさせています」


 驚くテツにメイドがその理由を話してくれた。科学捜査と言う概念がないこの世界では、毒を混入されたらそれが誰の行った事かが分からない事がほとんど。勿論監視カメラだって存在しない。その為、信頼された人物、そして多くの監視の目を置くことが大事だという。


「おい!何勝手に厨房に入ってきてんだ!出てけ!」


 テツとメイドが厨房に入ると、一人の太った男性が声を上げ、その声に反応しテツ達に注目が集まる。厨房は地球のそれに引けを取らない程綺麗で、様々な器具があった。


「こちらはこの城の料理長のボブさんです。ボブさん、こちらは冒険者のテツ様です。彼は国王様のお客様であり、ここに自由に出入りすることを国王様がお認めになっている方ですよ」


 メイドがわざとらしく声を張り上げ、厨房にいる全員に聞こえる様に話す。さすがに国王の名前を出されたら誰も文句は言えない。それでもボブだけは顔を顰めテツと向き合う。


「国王様からの命令なら仕方ない。だがな、ここは俺たちにとって神聖な場所であり、戦場でもある。例え国王様が許そうと、勝手な真似だけは許さねぇ」


 ボブはまるでクマのような太い腕を組み、クマのような濃い顔でテツを睨む。だがそれに対し、テツは彼の言葉が嬉しかった。彼の考え方が自分と同じだったからだ。


 メイドは「私は此処に居りますので」と扉の前で立ち、ボブはとりあえず正体の分からないテツに脅しの意味を込め、出来るだけ怖い顔をして厨房の説明をする。


「いいか?ここではこの城の全ての人間の食事を作っている。つまり、この城全ての人間の命を握っているといっても過言ではない!この部屋では俺のいう事を絶対守ってもらう!それが出来なければ出てけ!……っておい聞いているのか!?おい!!」


 そんな彼の気も知らず、テツは彼の話を聞かずにある一点を見つめ、そしてボブに問いかける。


「な、なぁ。彼らは何をしているんだ?」


 ボブがテツの視線の先を追うと、料理に魔法を使っている若い料理人が複数名いた。


「ああ?あいつ等は今仕入れた食材を魔法で凍らせて保存しようとしてんだ。そんな事も見て分からないのか?」

「ま、魔法?おい、もしかして、他のコックがしてるあれも、料理に魔法を使っているのか?」

「はぁ?当たり前だろ。料理にだって魔法は使う。使えるもんはなんでも使う。それがここのルールだ。……っておい!どうした!?」

 

 ボブの言葉を受け、テツは両手を頭に置き、そして膝から崩れ落ちた。それを見てボブはテツを心配するが、既にその声はテツには届いていなかった。


「ああ、ああ!!なんてことだ!そういう事か!!この世界に来て素晴らしい食材に出会えた!だが、だが何か足らなかった!あの蜃気楼を掴むのには、食材だけでは足らなかったんだ!」


 天を仰ぎ、天に手を伸し叫ぶテツに、厨房中の視線が集まる。同時にボブは思う。どうしよう、思ったよりやばい奴が来た、と。


「ああ!女神様よ!感謝いたします!そうか、料理に対し魔法をか!そうだ、そうすれば、地球の全ての調理が可能になる!それだけじゃない!地球で出来なかった料理も、全ての不可能が可能になる!素晴らしい、素晴らしいぞ!あの蜃気楼が、ここでなら掴めるかもしれない!料理の神髄が、ここにあるかもしれないんだ!!」


 まるで舞台俳優のような振る舞いをするテツに、ボブは最早どうしたらいいのか戸惑い、ただテツを見つめることしかできないでいる。


「おい、ボブ!決めたぞ!ここで俺を働かせてくれ!ここでならあの蜃気楼が掴めるかもしれないんだ!地球の三ツ星シェフの実力と、異世界の魔法の技術があればあの蜃気楼が!!」


 満面の笑みで意味不明な事を言うテツに胸倉を捕まれ迫られたボブは、恐怖のあまりその大きな顔をコクコクと何度も縦に振る。


 こうしてテツは王城の厨房で、修行させてもらう事が決まったのだった。

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