第12話鶏肉のビール煮

「シェフ!!本当にありがとうございました!!」

「「ありがとうございました!!」」


 予定通り一か月間宿にて指導してきたダイの家族にお礼を言われる。宿を去る前日の夜、アドルフを加えた5人はささやかなドンの卒業と二人の旅立ちを祈ってパーティーを開いていた。


「お前は本当に良く着いてきてくれたよ。今迄沢山の人間を指導してきたが、お前はその中でも優秀な部類だ。胸を張っていい。今後何か困ったら食材に聞け。必ず答えてくれるから」

「ウィ!!シェフ!!」


 プロにしか分からない言葉だが、ダイは嬉しそうにその言葉を受け取る。


「ギャハハハ!お前は本当によくやったよダイ!あっぱれだ!お前はあっぱれだ!!」

「お前は残念だがなアドルフ。何故飲むたびにパンツ一丁になるんだ」


 既に酔いが回っているアドルフはいつも通りパンツ一丁で酒を呑み楽しんでいた。


 そんな時ダイが真剣な表情でテツにお願いをする。


「シェフ。お願いが。今迄指導していただいた中で唯一「鶏肉のビール煮」だけがシェフからちゃんと合格を頂けませんでした。できれば最後にもう一度教えていただけませんか?」


 そうだったか、とテツは思い返す。確かに以前テツは「悪くない」とは言ったが「美味かった」とは言わなかった。彼の中でそれを乗り越えなければ卒業とは言えないのだろう。


 その真面目な男に胸打たれたテツは「分かった」とダイを連れ厨房へ向かう。後ろから「真面目だなー!」というパンツ一丁のおっさんを無視しながら。


「いいか?ビール煮は簡単な料理だ。肉を焼いてビールで煮る、それだけだ。だがシンプルな料理程その腕が試されるんだ」


 テツは必死にメモを取るダイに優しく丁寧に教える。


 もうこの男と肩を並べて調理をすることはないかもしれない。店を一歩出でればこの大男は同業者で仲間でありライバルだ。


 だからこそ、同じ志を持つ彼にテツは最後まで全力で教えることにした。


 食材は、・ニンニク・玉ねぎ・ジャガイモ・マッシュルーム(キノコなら何でも可)・オリーブオイル・肉(今回は鶏肉)・ブーケガルニ(香草の塊、なくてもいい)・白ワイン・砂糖・塩コショウ・ビール・小麦粉


 調理は簡単。


 まずは下処理として鶏肉を好みの形にカット、塩コショウをして小麦粉をまぶしておく。


  次に鍋でニンニク、玉ねぎ、ジャガイモ、マッシュルームを炒め塩コショウをし、玉ねぎが透けてきたら鶏肉を炒める。肉の表面が焼きあがったら一度食材を鍋から取り出し皿などに置いておく。


「さ、ここで質問だアドルフ。何故一度食材を取り出す?」

「はい!ビール煮はその名の通りビールで煮る料理です!そのままずっと煮込み続ければお肉がぱさぱさになってしまうからです!」

「正解だ。それに一度砂糖をカラメリゼしなくてはならないからな」


 次に鍋に砂糖と水を入れる。そのまま火を入れておくと砂糖にだんだんと色がつきカラメル色になる。


「いいか?前回お前はビビって色が大してつかない状態で入れた。だから深みが出なかったんだ」


 これはこの世界のビールがあまり苦くなく飲みやすいから言える。苦いビールの時は砂糖はあまりカラメル色にしなくていい。まぁここは好みだから何度か作って確かめてくれ。


 砂糖が程よく色づいたらそこに白ワインビネガーと白ワインを入れる(料理酒と酢でも可)。白ワインのアルコールを飛ばしたら肉が浸るくらいビールを注ぐ。


 この時ビールがあまり得意でない方はビールを半分、コンソメ半分などでもいい。好みに合わせ分量を好きに変えればいい。


 あとは先ほど炒めた物と、ブーケガルニを加え20分ほど煮る。最後に生クリームを加えれば完成だ。(生クリームは入れなくてもいい)


「さて、これで完成だが、ダイならこの料理を他にどう工夫する?」

「はい!俺ならビール半分、トマトソース半分で「ビールとトマトの煮込み」にしたりします!」

「いい答えだ」


 この料理はシンプル。故にいくらでも工夫できる。


 難しい工程は抜きにしてトマトソースを作り、ビールを入れ肉を入れれば「ビールとトマトの煮込み」になるし、ジェノベーゼソースを加えたっていい。ビール半分赤ワイン半分だっていい。そのアイディア次第では何者にだってなる。


その際のポイントは、先にビールを入れ2/3程煮詰めてからトマトソース(コンソメ)を入れるだけ。それだけでいい。


「さ、さっそく皆で食べてしまおう。もうお前ならできるだろ?」

「ウィ!」


 自分の腕を信じてもらえているのが嬉しいのか、ダイは満面の笑みで答え、二人は厨房を後にした。


「うんめええええええ!!流石だぜテツ!!お前さんは料理の天才だ!!」

「ありがとう。だが天才ではない。だから今でもこうして調理の道を進んでいるのさ」

 パンツ一丁のおっさんの言葉にさも当然とテツは答える。


「シェフでもまだ料理の研究を続けているんですね」


 そしてダイのこの質問が悪かった。テツは「当り前だ!」と立ち上がり天を仰ぐ。


「いいか?調理師と言うのは地球の言葉で「理を調べる者」と書くんだ!つまりこの世の理、その真理を調べ追い求める物だ。それは蜃気楼のように遠く曖昧なものだ。だが俺たちはそれでもそれを追い求めてしまう!なぜだか判るか!?それが答えだからだ!全てだから!人間は未だ何一つその答えを掴めず、日々考え、追い求め、そして死んでいく。だからこそ!今生きてる人間にはその意思を受け継ぎその蜃気楼の正体を掴む義務がある!!」


 突然の演説におかみさんと少女、アドルフは呆然とし、そしてダイだけは「流石師匠!かっけぇ」と涙を流す。


 その後もテツは蜃気楼について語り続け、それを聞くダイを除き3人は最早彼らが何を言っているのか分からず飽きたので、早々とお開きとなった。


「じゃあ、三人とも元気でな」


 テツは宿屋の三人と握手をし、そして店を後にした。


「で?お前さんはこれからどこに行くんだ?」

「ああ、最近肉ばっか食ってるからな。魚が食いたいんだがどこに行けばいい?」

「調べてないのかよ……。少しは料理以外にも興味を持て」


 呆れるアドルフは「ならギルドに行ってついでにクエストをこなしながら行こう」と提案してくる。


「そうしよう。というかアドルフ。お前いいのか?俺に着いてきて。何か目的とかないのか?」


 テツがそう聞くと、アドルフは「待ってました」と言わんばかりにテツに語りだす。


「ふっふっふ。よくぞ聞いてくれました!!いいか!?俺の目標!それは!「ハーレム」を作る事だ!!」


 「ハーレム」が何なのかよく分からないテツは、それが恐らくすごい事なのだろうと思いごくりと唾を呑む。


 だがアドルフは大声で宣言したため、道行く女性は呆れ、同時に男たちは「判るぞ」と何度も首を縦に振る。


「なぁ。ハーレムってなんだ?」

「そうか、テツは知らないか。いいか?ハーレムってのはな、つまり「何人もの美女を射止め、イチャイチャする」という事だ!!」


 そのあまりにも身もふたもない言葉にテツは呆れ、道行く女性はアドルフを不潔な目で睨み、男達は「判る、判るぞ!」と強く頷く。


「男なら美女を何人も誑かし、そしてモノにする!毎日女を抱き、抱いて抱いて抱きまくる!これこそロマンだろ!!あ!ってテツ待ちやがれ!!」 


 道で大声でアホな事を言うおっさんをほっときテツは先にギルドに向かう。日本人からしたらその思考は理解しがたいものだ。特に真面目なテツからしたら尚更だ。


 そんなテツを追いかけ追いついたアドルフは、ギルドに着くまで女の素晴らしさを語り続け、そしてそれを聞いた道行く女性から嫌われていくのだった。


 それに気づいていたテツはあえて何も言わずに「こいつのハーレムってやつはまだまだ遠そうだな」と考えていた。

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