第16話クラーケン戦2

 大きな船までの間には未だ小舟が何隻か漂っている。戻ることも進むこともできず、その乗り手を失ってしまった小舟たちだ。だが今は感傷に浸っている場合ではない。


「どうする気だ?あの船まに辿り着くことすら至難の業だ「くそ!はえぇぞテツ!」ん?」


 後ろから声がして振り返れば、息を切らしたアドルフが膝に手をつきこちらを睨んでいた。


「アドルフ、悪いが今からあのクラーケンとやらを捌いてくるからここで待っててくれ」


 テツの言葉を聞いたアドルフは「やっぱり」と呟きあきれ顔でテツを見る。深呼吸し呼吸を整えたアドルフは、騎士隊長に向かい話しかける。


「騎士ケイト。アンタと取引をしたい」

「取引だと?」


 この状況で取引?周りの皆がアドルフを怪訝な顔で見つめる中、アドルフは気にせず話を続ける。


「そうだ。取引だ。俺たちは冒険者だ。報酬のない戦闘はしない」


 その言葉に騎士ケイトは鼻で笑い答える。


「冒険者らしい言葉だ。まだ成功してないのに報酬の話とは。で、何が欲しい?金か?」

「いや、あのクラーケンを倒したら、その素材が欲しい。それでどうだろうか」


 アドルフの言葉に騎士ケイトは目を見開き驚くが、すぐくつくつと笑いだす。


「よかろう。あれはお前達の好きにすればいい。あれをどうにかできたらな」


 交渉成立だ、ニヤリと笑う二人の意味がテツには分からなかったが、どうやら話は終わったようだ。


「テツ、俺も連れていけ。お前ならできるだろ?」


 アドルフの問いにテツは一瞬悩むが、黙ってうなずく。確かにこの体ならできるだろう。だが戦闘中にアドルフの身まで守れる自信がないテツはその不安をぬぐい切れないでいた。


「安心しろ。俺は意外と強いんだぜ?」


 不敵に笑みを浮かべるアドルフに、テツは「わかった」と答え、彼の体を抱えるとテツは駆け出した。


 大きな船までの間には、その漕ぎ手を失った小舟が何隻も漂っている。今は感傷に浸っている場合ではない、深く考えないようにしながらそれを足場に駆ける様に大きな船に飛び乗った。


「もう無理だ……」

「援軍はまだか!?」


 先に船に辿り着いてしまった騎士たちが必死にクラーケンに応戦しているが、その大きな足は無慈悲にも彼らを叩き潰していく。既に船は穴だらけだ。この船も後どれだけ持つか分からない。


「で、どうする?」


 アドルフはテツに短く作戦を問う。クラーケンは船よりも大きく、その足はメインマストよりも太かった。とても包丁で斬り落とせるような体格じゃない。だがやるしかない。


 タコは心臓が3つに脳が9個もある。例え頭を斬り落としたとしても動き続けるだろう。弱点と言えば真水に着けることだが、海から流れる運河の中でそれは出来ない。だとしたらダメージを与え続けるしかないわけだ。


「この船は砲弾が付いている。アドルフは騎士たちに協力を求めてそれであいつを吹き飛ばしてくれ。俺が何とかアイツの気を引く」

「おいおい、簡単に言ってくれるな。どっちもかなり厳しいぞ?」

「やれなきゃ死ぬだけだ」

「ま、そうだな。こっちは任せろ。お前さん死ぬなよ?女を知る前に死ぬなんて笑えないぜ?」


 二人はニヤリと笑い拳をぶつけ合う。


 さあ、調理の開始だ。


 タコの下処理はぬめりを取ることから始まる。基本的には真水で洗い、塩をふりもみこめばそれが取れる。だがあの巨体ではそれが出来ない。


「ならもう一つを試してみよう」


 テツはクラーケンに向かい飛びかかる。船に気を取られているクラークんは豆粒のように小さいテツには気が付かず、そのまま船を攻撃し続けていた。なら好都合だ。


「アイスウィンド!!」


 初級氷属性魔法を使い、突き出した手から冷風を出しながその足の一つに着地する。大きな足の一部ではあるが、テツの「アイスウィンド」により表面が凍り足場が出きる。滑りやすいがぬめりよりはマシだろう。


 未だその魔力の底が見えないテツは、「アイスウィンド」を使い続けその足の上を走り回る。


 タコをのぬめりとりとしてもう一つの有効な方法とは冷凍することだ。そうすることによってタコのぬめりが一気に取りやすくなる。


 ぬめりは水の抵抗を無くして滑らかに動きやすくする為についている。この巨体だ。ぬめりが無くなり水の抵抗をもろに受ければその動きは鈍くなるはず。これがテツの考えた戦闘方法だ。


 だったら温度に弱い水の生き物だから「ファイアーボール」をぶつけて焼いたほうが早いのでは?と思うかもしれないが、そこはコック。それでは新鮮なタコが茹蛸になってしまう。もったいないという理由からだ。


「はぁああああああ!!」


 慣れない動く足場を魔法を放ちながら走り回る。だがさすがのクラーケンもすぐにその事に気が付く。その八本の足をテツ目掛け槍のように鋭くし放つ。


 だがクラーケンアは知らない。この男が女神さまがうっかり力を与え過ぎてしまった男だという事を。そのやりのように迫りくる足を全てかわし、魔法を放ち続けるその動きが全て計算の内だという事を。


「ったくあれじゃどっちがバケモンかわかんねぇな。テメェら!砲弾の準備は出来たか!?」

「あと15秒で完了します!!しかしあのお仲間は大丈夫なのですか!?」

「気にするな!ありゃ砲弾くらいじゃ死なん!」


 その頃アドルフは船にいる騎士たちをまとめ上げ、砲弾の準備をしていた。初めは反発した騎士達だったが、アドルフの冒険者とは思えない演説と指揮の高さに、協力することとなっている。


「準備できました!!」

「よし、良くねらえ!あんだけでかけりゃどこに向かって打ったって当たる!安心してうち続けろ!放て!!」


 アドルフの合図で船の側面についていた砲弾が次々に火を噴く。その衝撃で船は少し後退するがその事を気にするものはいない。船内には火薬の破裂音と、指示を出すアドルフの怒号が飛び交う。


 次々に飛んでくる砲弾をクラーケンアは避けられず全て被弾していく。その原因はテツにあった。


 次々に凍らされていく手足。テツ自身も気づいてはいないがその魔法の威力は高く、足の内部まで凍らされていた。その結果、ぬめりが取れるだけでなく、動きまで鈍くなっていた。


 同時に凍り付いた足にいるテツを狙い、次々に飛んでくる足が凍った表面の氷ははがし、ぬめりを取っていく。そこに自身の吸盤が当たりはがれにくくなる。それは次第に絡まり、今クラーケンは自身の足に絡まり、ぬめりが取れた足は水の抵抗をもろに受け、動きが鈍くなっていた。


 そこから数分間、足が絡まり攻撃を受け続けたクラーケンは逃げることもできず、遂に倒れ動けなくなった。


「っと危ない」


 その光景に、自分たちが勝ったことに驚く騎士達のいる船の甲板にテツが着地する。先ほどまでの騒音と打って変わり、辺りに静寂が訪れる。


「諸君!!我々の勝利だ!!」


 剣を天に向け、アドルフが吼える。その瞬間船は歓声に包まれた。


「お疲れさん」

「そっちもな。全くお前さんには驚かされてばかりだ」


 テツとアドルフは笑いながらハイタッチをした。その音は歓声のせいですぐに消えてしまうが、二人の信頼は深まったことだろう。


「危ない!!」


 その中で一人の騎士が叫ぶ。死んだと思ったクラーケンが、最後の力を振り絞りテツ目掛けて足を一本振り下ろしていた。


「ったく、いい気分なんだ。邪魔するなよ」


 だがその足がテツに届くことはない。テツが反応するより先に、アドルフがその足を一刀両断し、足は輪切りにされ船の側面へと落ちて行った。


 唖然とする騎士とテツ。クラーケンの足が運河に落ちると同時に、キン、と音をたアドルフは納刀した。


「な?俺は強いって言ったろ?」


 不敵に笑うアドルフにテツは苦笑し、クラーケン戦は幕を閉じた。


「じゃ、素材は貰っていくぜ?」

「うむ。改めて礼を言おう。貴殿らには世話になった」


 クラーケンを倒した後、辺りにいた魔物たちはどこかに消えていってしまった。恐らくあのクラーケンが魔物の大量発生の原因だったのだろう。


 クラーケンの素材はテツがアイテムボックスにしまう。全ては言ったことから、アドルフから化け物認定されていまいテツは不貞腐れることとなるが。


「しかしよく騎士たちをまとめ上げたものだ。やはり貴殿は……」

「待った。そう言う話はなしだ。俺は今は冒険者アドルフ。それでいいだろ?」


 アドルフの言葉に騎士隊長は「ふ、そうだな」と笑い、二人は固く握手をかわす。何か事情があるようだがテツはその事があまり気にならなかった。それよりも早くクラーケンを調理したくてうずうずしているからだ。


 その事に気が付いたアドルフが苦笑する。


「兎に角これで依頼完了だ。そっちの任務が上手く行くことを祈っているよ」

「うむ。感謝する。ではな」


 二人はそれだけ言うと背を向け歩き出す。騎士たちは休むことなく大きな船に乗り込み出航する。クラーケンのせいで出遅れたため休む暇も尚そうだ。


「さ、俺達もさっさとヤシの実を集めちまおう」


 アドルフに促されテツも歩き出す。


 この事がきっかけで二人はこの先トラブルに巻き込まれていくことになるが、それはまた先の話だ

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