第6話ギルドマスター

 この宿で働き始めて3週間。閉店後アドルフが珍しく神妙な面持ちテツに話しかける。


「おいテツ。あいつら明日戻ってくるってよ」

「そうか。やっとか」


 アドルフの言うあいつらとはアドルフが以前パーティを組み、そして身ぐるみはがらされ置いていったパーティだ。


 アドルフはこの三週間パンツ一丁で酒を飲んでいただけじゃない。(何故か癖になったらしく酒を呑むときだけはパンツ一丁になるんだが)ちゃんとクエストをこなし金を稼ぎ、同時に彼らの情報を集めていたらしい。


 ギルドでギルド証を再発行した際、アドルフの死亡届が出されていた。受付嬢の話では彼らがギルドにやってきて「魔物に襲われて」と言い真っ先に出したようだ。


 だがギルド職員も馬鹿じゃなかった。


 Cランクパーティの彼らがこんな辺境の始まりの街で魔物に襲われて仲間を失うだろうか?そして同時に彼らの身だしなみは綺麗だった。とても魔物と戦い苦戦したようには見えなかった。


 そこでギルドは彼らがどちらかの嘘をついていると判断した。


 一つ、仲間をわざと囮にして殺した。一つ、ギルドランクを誤魔化している。


 前者はあり得ない話じゃない。だとすると一緒にいた業者もグルだろう。後者だろするとギルドの信頼に関わる。もし誰かを使ってクエストを代わりにやってもらいランクを誤魔化していたなら大問題だ。


 そこでギルドは後者を確かめるために長期のクエストを発行。Cランク以下では出来ないような難易度の物をだ。


 そして勿論彼らにばれないように見張りも付けた。ギルドの『そういう時の為の監視役』、つまりギルド内で喧嘩が起きたり不正が起きた時解決する為にいる用心棒の様な人をだ。


 昨日ギルドからアドルフに「監視役から連絡があり明日街に戻る」と言う報告を受けた。


 ここで彼らがCランクに見合った実力があった場合、前者の「囮にした」を証明することは難しい。ギルドからしたらどちらが本当の事を言っているかわからないからだ。


 だが今回不幸中の幸いか、彼らにCランクの実力はなくそして彼らはクエストを失敗した。


 それだけでこの街に帰ってきた彼らはギルドから尋問されるだろう。さらに監視役の報告で分かったことが、彼らが旅の途中で喧嘩をし大声で「こんなクエスト受けずにいつも通りカモを見つけて身ぐるみはがして稼ごう」と言いあっていたらしい。


「全く拍子抜けも良いところだ。俺が奴らをとっつ構えて後悔させてやりたかったのに。ギルドが優秀過ぎたな」


 アドルフはそうぼやきながら酒を煽り語った。


「しかしギルドってのは優秀なんだな」

「ああ、そりゃそうさ。ギルドは世界中にあり、その実力から時には国王でさえギルドに口出しが出来ない。その職員たちも、まぁ全員じゃないが各ギルドにはそれなりに優秀な人間が配置され日頃からこういうトラブルの対処にあたっている。彼らの腕を見くびった連中は総じて今後ギルドの名を見るだけでブルっちまうほど後悔させられるのさ」


 日頃から魔物と戦い命がけで生きてる彼らを纏めるギルドにもそれなりの実力が求められる。


 テツが思っていたよりギルドはしっかりとした組織らしい。


「で?じゃあ彼らはこの街に帰ってきたらもうお終いか?」

「ああ、だろうな。ランクを誤魔化していたなら軽くてランク降格、それかギルドから追放だ」

「悪かったら?」

「投獄だ。今回は今までも何人か俺みたいにカモにされていたらしいから間違いなく投獄だろうな」


 聞けば投獄とは地球の刑務所のように綺麗な場所ではなく、飯もでるかわからないしただギリギリ生かされるだけの所らしい。


「しかしよくいままでそいつらバレなかったな」

「そりゃ今回俺はお前のおかげで生き延びられた。だが今までの奴は、まぁ誰もギルドまでたどり着けなかったんだろうさ」


 「全く胸糞悪い話だ」とアドルフは再び酒を煽る。言葉は濁していたがつまりそう言うことらしい。


 テツは今までの犠牲者のご冥福を祈りながら木のコップに入った残りのビールを一気に飲み干した。


 テツは何となくそんな奴らの顔を拝みたくて次の日アドルフと共にギルドに向かう。まぁ心情的に野次馬のようなやつだ。 


 ギルドの前で待っているとついに彼らはやってきた。彼らはボロボロの服装でそのか御身は「クエスト失敗」の文字が見えるようだった。


「おい、久しぶりだな。クエストお疲れさん」


 皆舌を見て歩いていた彼らは、皮肉を込めて話すアドルフを見てぎょっとする。


「な、なんでアンタがいきてんのよ!?」

「マジかよ……。やっぱりあん時殺しとけば……」


 その言葉を聞いたテツは理解する。ああ、こいつらは根っからの犯罪者だと。


「ま、まぁ待て。おいおっさん。良く生きてたな。俺達心配で心配で!」

「クレイグ……!!」


 青い顔をする彼らを手で制しして二人の前に出る男がこのパーティーのリーダーなのだろう。


 クレイグは突然アドルフに頭を下げるとわざと周りに聞こえる様に大きな声でアドルフに謝る。


「すまなかった!そしてありがとう!貴方のおかげで、貴方が自分を犠牲にして皆を助けてくれたおかげで俺たちは助かった!もう死んだと思ったが生きていてくれてありがとう!!」


 突然の行動にアドルフもテツも開いた口が塞がらなかった。だが彼のその行動のせいで傍にいた冒険者の反応が悪くなる。


 「なんだ、アイツただの変態かと思ったら仲間を助けてああなっていたのか」「Cランクパーティを助けるなんてやるな」「自分を犠牲に、中々できるもんじゃねぇな」とアドルフたちを囲み褒めだした。


「ふざけんな!お前が俺を囮にして身ぐるみはがしたんだろう!」

「おいおい、もしかして魔物に頭でもやられたのか?マジかよ、思い出せ!「俺が囮になる!」って言って真っ先に魔物の群れにツッコんで行ったじゃないか!」

「そ、そうよ!忘れちゃったの!?……やっぱり頭を強く打ったようね」

「マジかよ。やはり置いていくんじゃなかった」


 反論するアドルフに対しクレイグと仲間は彼に憐みの目を向ける。するとどうだろう。周りの冒険者たちもアドルフの言葉を信じずに彼を憐れむ目を向けだした。


 この世界に監視カメラなんてない。ましてや旅の途中、証明するものがない。


 一人が何を叫んだところで数的不利な状況のアドルフの言葉は誰にも信用されなかった。


「ふ、ふざけるな!!」


 アドルフは思い切りクレイグの頬を殴りつける。


 クレイグはそれをわざと受け入れ、そして数メートル転がった後立ち上がるがそれでもアドルフに対し憐みの目を向け続ける。


「ああ、アンタが怒るのも無理はない。俺は、俺は仲間を守るため、仲間の生存を最優先にして逃げ出した臆病者だ。だが俺の判断は間違っていなかったと今でも思っている!あの状況で誰かを犠牲にしなければ皆死んだと思ったからだ。……だけどそれじゃ冒険者のリーダーとして失格かもな」


 わざとらしく肩を落とすクレイグに彼の仲間は「そんなことはない!」とリーダーを慰めにかかる。


 「確かにその状況のリーダーの判断は難しい」と周りの冒険者たちも同調しだし、アドルフの状況良くなる兆しは一向に見えなかった。


 テツは此処で自分が何を言っても状況が良くならない事は分かっていた。どう考えても部外者が何を言ってもそれは証拠にはならないからだ。だがそれでも彼は言わずにはいられなかった。


「おい、ふざけるな!さっきから聞いてれば!俺がアドルフを見つけた時彼がどんな状況だったか!パンツ一丁で手足に手錠をかけられ魔物に囲まれていたんだぞ!明らかに誰かが何かをしなきゃそんな状況にはならなかっただろ!!」


 テツが叫ぶとクレイグは小さく舌打ちをしたが、すぐに表情を切り替え反論する。


「待ってくれ。まさか俺たちがそんなことをしたとでも思うのか?……とその前に君がアドルフを助けたんだね?まずはその事に感謝しなくては。ありがとう」


 わざとらしく律儀に頭を下げる彼を最早誰も疑ってはいなかった。


 テツとアドルフは悔しそうに下唇を噛む。


 確かに彼らはギルドに疑われ調べられた。このままギルドに入れば無事お縄になるだろう。


 だがどうしてもその前に謝らせたかった。罪を認めさせたかった。


 理由は特にない。単に悔しいからだろう。やられっぱなしでは気が済まない男のプライドか、冒険者の意地か。


 罪を犯され気が付けば警察に捕まりました。現在檻の中で反省してます。と第三者から言われたとしても被害者の胸のつっかえは取れないものだ。


 これは被害者になったことがない人には分からないかもしれないが。


 既に辺りには多くの人が取り囲み度その動向を見ていた。もう状況はひっくり返らないだろう。


「はいはいはい。そこまでそこまで。アドルフも一発殴れたんだからとりあえずそれで落ち着きな」


 そんな状況の中緊張した場に似合わない気の抜けた綺麗な声で一人の女性が手を叩きながら出てくる。


「ギ、ギルマス……」


 腰まで伸ばしたピンクのロングヘアーをなびかせ、綺麗な顔をしたスタイル抜群の女性。その身に似つかわしくない大きな斧を背中に背負う。だが他より明らかに存在感を醸し出した女性に対しアドルフはそう呟く。

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