第8話Aランクモンスター

「逃げろ!!敵うわけねぇ!!」

「ふざけるな!なんでいきなりA級モンスターが出てくるんだ!」


 突然の地竜の出現に皆固まったがそこは冒険者、すぐに切り替え大慌てで逃げ出す。Aランクの魔物と言うのはAランクパーティー7人でようやく倒せるかどうか、と言うレベルだ。こんな辺境にそんなパーティーはいないし、Cランク以下の彼らが何人束になったとしても足止めにもならない。


「ちっ!ここは私に任せて皆は早く逃げろ!」


 そんな中一人立ち向かおうとするギルドマスター。彼女は元Aランク冒険者の一員だった。


 ここで今まともに戦えるのは彼女だけだ。だがそんな彼女も流石にこの状況には顔をしかめる。


 一人でもある程度は何とかできるかもしれない。だが決定打に欠ける事と、戦った際この街の被害が甚大だからだ。


 目の前の地竜は全長20mはあり、全身に生えている鱗は固く剣など刺さるはずもない。真っ赤に燃える瞳と数メートルある牙は見た人間は死を感じるほど鋭く恐ろしいものだった。


 だがそんな中一人違う事を考えていた男がいた。


「地竜、龍、だと!?」

「おいテツ!何してやがる!逃げるぞ!ここは危険だ!」


 アドルフは逃げようとテツの腕を引くが彼はピクリとも動かず地竜を見つめていた。


「おい!聞いてるのか!?」

「おいアドルフ!!地竜って事は!つまりは龍だな!?」

「ああ!?今はそんな事どうでもいいだろ!奴は化け物だ!逃げるしかない!」


 その言葉を聞いてテツはニヤリと笑う。


 化け物?


 つまり強い。


 つまり魔力を多く所持している。


 つまり、旨いんだな?


 テツはアドルフの手を振り切り腰に差してあった包丁を一本抜き取ると地竜の前に立つ。


「おいお前!逃げろ!!何してる!!」


 ギルドマスターがそんなテツに向かい叫ぶが、彼はそんなギルドマスターに向かい指を口元に当てると「しー」っと囁く。


「あまり大きな声を出すな。風味が逃げちまう」


 イケメンのそんな仕草にギルマスは顔を真っ赤に染めるが今はそんな状況じゃない。彼の中まであるアドルフの方を見るが、彼もテツの行動に唖然とし何もできないでいる。


 ギルドマスターは死を覚悟する。


 あんなイケメンが死ぬなんてこの世の終わりだ。何が何でも助けて見せる、そう心に誓う。


 だがそんな気も知らずテツはゆっくりと、そしてはっきりと地竜に向かって話しかける。


 本来彼はそんな度胸のある方ではない。だがこの女神さまにもらった体のおかげだろう。自分ならできるという確信に近い自信が全身をめぐり安心感を与えてくれる。


「おい、地竜。落ち着け。お前も突然こんな所に連れてこられて驚いてるだけだよな。大丈夫だから。どう、どう」


 怒り叫ぶ地竜だったが、目の前に堂々と歩いてくる人間をターゲットに決め睨みつけるが、何か様子がおかしい事に気が付く。


 その人間から一切自分に対しての殺気が感じられなかった。


 だが油断は禁物。地竜はその人間を睨みつけながらゆっくりと近づいていく。


「大丈夫。大丈夫だから」


 そう言うテツには理由があった。


 生き物を殺す際、あまりストレスを与えると筋肉が収縮し、その肉は固くなってしまう。だから素早く気づかないうちに殺してあげるのが美味しい料理を頂くコツだ。


 こんな大きな化け物にそんなことが出来るのか?とテツ自身も思うが、そんな思考は彼の頭の中にある地竜を食したい、という欲求に負け消える。


「大丈夫、大丈夫だか、ら!!」


 この中でその動きが見えた人間はギルドマスターだけだろう。


 そしてギルドマスターもまた、その経験からその瞬間動いていた。


 テツはその手に持った『洋出刃包丁』を握りしめ、そして地竜に向かって飛び上がると地竜の頭部の鱗の隙間に包丁を滑らせその鱗を数枚綺麗に剥ぐ。


 地竜も突然のテツの行動に反応しきれず思わぬ先制攻撃を許してしまったが、そこはAランク魔物。すぐに反応し頭を揺さぶりテツを振るい落とす。


 だが地竜はテツに構わず逃げるべきだった。何故ならこの場にはもう一人の化け物がいたからだ。


「はぁああああ!!」


 ギルドマスターはテツが鱗を剥がした部分、頭部を狙いその背に背負っていた大斧を振り下ろす。


 トカゲにとって頭部は弱点だ。だからこそそこにある鱗は分厚く固い。なのにそれをテツは簡単に剥いでしまった。


 なんという技術と動きだ。


 その事に驚きながらも、そこを狙わない手はないと思いギルドマスターは迷わず狙う。


「ギャアアアアア!!!???」


 地竜は弱点を思い切り斧で叩きつけられその衝撃で思わず倒れる。


「やったか!?」


 ギルドマスターは一瞬そう思うが地竜の生命力は強くまだ死んではいなかった。


 原因は地竜の大きさだろう。いくら人間からしたら大斧でも地竜からしたら少し大きめな棘にしか感じない。


 しかしそれでも大ダメージを受けた地竜は怒り、その魔力を口に溜める。


「ブレスか!?まずい!!」


 ドラゴンブレス。


 それはドラゴン特有の魔法で、口に魔力を溜め放出するというシンプルなもの。だがその効果は絶大で、小さな町なら一撃で滅んでしまうほどだった。


 そんなものをこの街中で。その事を考えただけでギルドマスターは背筋が凍る。


「テツ!!これを!!」


 そんな時、地竜から落ちまいと鱗に捕まっていたテツに一本の大きな槍が飛んでくる。


 ギルドには様々な冒険者が集まり、そして同時に様々な武器もあるまる。そんな中で変な物も多く集まってしまう。5mはあろうか、その槍は誰が使うか分からずギルドの武器庫に保管してあった物をアドルフが見つけ、そしてテツにぶん投げた。


 それだけでアドルフの意図がわかる。


 テツがそれを受け取ると、先ほど鱗を剥いだ部分に思い切り突き刺す。


「ギャアアアアア!!」


 だが地竜が己の危機を察し暴れたせいで奥深くまで刺さらず、致命傷とまではいかない。


「だが、それで十分だ。あとは任せろ。そして、あとで告白させてくれ」


 ギルドマスターは誰にも聞こえない声で顔を真っ赤にしながらそう呟き、テツが使った槍の所まで移動すると、思い切りそれを叩き込む。


 街全体に聞こえるほどの断末魔、そしてその後街は静寂に包まれる。


「や、やったのか?」

「倒した、倒したぞ!」

「我らのギルドマスターが地竜を倒した!!」


 一人、一人と叫び、その声は波紋のように広がり、街は歓喜に包まれた。


 こうして始まりの街の滅亡は防がれたのだった。

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