第14話気の合う二人

「この辺りでいいだろう」


 日も暮れ始め、二人は草原の街道から少しそれた場所で野宿をすることにした。


「よっと」

「本当に便利だよなアイテムボックスって。チッ、俺も欲しかったぜ」


 テツは街を出る前、アドルフのアドバイスを受けながら旅に必要な道具一式を買い、食材も大量に買い足していた。


「しかしこのアイテムボックスってのはどれほどの量が入るんだろうな」

「確か自身の魔力総量が多ければ多い程入るって話だぜ?一般商人なら小屋一つ分って聞いたことがある」


 それが事実なら相当凄い事だ。戦闘を得意とせず、魔力をあまり使うことのない商人は魔力総量

が少ないはずだ。それでも小屋一つ分とは、地球だったら物流に改革が起こるな。


「ああ、それと気になっていたんだが鑑定すると『アイテムボックス』の項目に『極』って付いているんだがこれなんだ?」

「は?……はぁあああああ!?極!?極だと!?というか鑑定!?テツそりゃ凄い事だぞ!」


 極と言うのは文字通りその魔法を極め、その効果が最大限に発揮できるという事らしい。人が生涯修行しても、そこまで行くかどうか、というレベルだそうだ。


「しかも鑑定持ちかよ。もうそれだけで食っていけるぜ」


 鑑定もアイテムボックス同様持っている人は少ないらしい。


 魔法には先天性と後天性がある。火魔法、水魔法などの五大原則魔法と呼ばれるものは後天性に辺り、誰でも手に入る。だがアイテムボックスや鑑定と言った特殊な魔法は先天性にあたるため生まれつき持っている人しか手に入れることが出来ない。


「だからそれだけでその人は重宝されるのさ。全く流れ人ってのは反則だな」

「ならアドルフも一度死んでみてはどうだ?」

「馬鹿いえ。流れ人は十数年に一人しか現れない。って事はそれだけ生まれ変われる人は少ないってこった。そんな博打打てるかよ」


 確かにそうだ。テツは自身が本当に幸運だったんだなと改めて再認識する。


「さ、準備は出来たぜ。お前さん火魔法は使えるか?」

「ん?ああ、項目にはある。で?どう使うんだ?」

「は?お前魔法の使い方知らないのか?」

「するわけなんだろう。俺はコックだ」

「だから何だ。というか魔法を使わずにあの身体能力かよ。最早化け物だな」


 魔法の中には無属性魔法と言うものがあり、魔法をその身に纏い自身を強くする『身体強化魔法』や武器に魔力を纏い強化する『部分強化』などがあるらしい。


 その後テツは料理を作り、アドルフが周囲の見張りを行う。


 此処に来るまでテツはアドルフの戦闘を何度も見てきた。彼は強い。というか戦闘慣れしている。その戦い方は理にかない、テツは思わず戦い方の教えを乞う程だった。


 テツはその日夜遅くまでアドルフに魔法を習い、何とか基礎をこなすことが出来た。


「なぁ、地球が凄いって事は分かったが、お前さん家族とかいなかったのか?」


 辺りを照らすのは二つある月と星だけ、子守歌のように歌う虫達の音色を聞きながら、寝袋に入ったテツにアドルフは話しかける。


「ああ、親父は生きてるぞ?今もフライパンを握っているはずだ。おふくろは小さい頃に死んだらしいから、家族は親父だけだな」


 そう言いながらテツは何となく親父の事を思い出す。だがその目に映るものはいつも厨房でフライパンを握る大きな背中だけだった。


 思い返せば料理の話以外特にしたことのなかったテツは少し後悔していた。


「親父も料理一筋の男だった。だから俺はその背を負追い、そして追い越すことが親孝行だと思ってた。だが今思い返せば何もしてやれなかったな。一度くらい自分の店に招待してやるんだった」


 地球の事を思い返すと、案外後悔が多い人生だったと反省する。女も知らない、親孝行をしてない。親に子共も見せてやれてない、というか死んでしまったし。


「そうか、でもそう思えるって事はいいオヤジさんだったんだな」


 そう言うアドルフの背中は何となく寂しそうだったが、その表情が見えないテツはどう話しかけていいか悩む。


「俺は妾の子なんだ。だから家を出た」


 そんなテツに構わずアドルフは自分の過去をぽつりぽつりと話し始めた。妾の子と言う意味は何となく分かっていたが、この世界においてそれがどういう扱いを受けるのか分からないテツは黙って彼の話に耳を傾ける。


「俺は父親には年に一度しか会えなかった。母親には会えたが、それも幼いころに死んでしまった。お前と同じだな。一応それなりに教育も受けされてもらえたから良かったが。だから俺は普通の家族の家族ってもんを知らないんだ」


 そこでテツは「ああ、こいつは何かが言いたいんじゃなくて、ただ聞いて欲しいんだ」と理解する。


 テツとアドルフは短い付き合いだが、この一か月と少し、毎日酒を呑みかわしている仲だ。すでに浅い仲ではない。


「まぁなんだ。俺はハーレムを作るのが夢だ。その為に、妻たちを幸せにするためには幸せな家族を知らなければ、と思って聞いただけだ」


 アドルフ頭を掻きながら、照れ隠しなのかそっぽを向き話を終わらせる。


「まぁ、普通の家庭が何なのか俺には分からない。だが人を愛することは誰にでも出来る事だ。ちゃんと大事にすればそれは返ってくる。それを大事にすれば、普通の家庭と言うものはいつの間にか手に入れられるんじゃないか?」

「……いい事言うじぁねぇか。それは受け売りか?」

「まぁそんなもんだ。昔師匠に『料理を愛してお客様を愛せばそれは必ず様々な形で返ってくる』って言われたのを変えただけだ」

「ガッハッハ!お前さんらしい答えだ!」


 アドルフはその答えに笑い、そして小さく「ありがとな」と呟く。テツも「ああ」と言い、なんだか照れ臭くなったので無理やり会話を続ける。おっさん二人が、降り注ぐような星の下照れあうなんて少し変だと思ったからだ。


「おっさんになると色々考えちまうよな。急に過去を語りたくなったり、不安になったり」

「ああ、それは分かる。誰かに偉そうに物事を語ってみたくなったりとかな」

「ああ、さっきの話だっておっさんならある事さ。別に恥ずかしがることじゃない。お前がそのハーレムとやらを叶えるまで、暇ならいつでも聞いてやるさ」


 照れ隠しで話した結果、再び照れてしまったので、お互い慌てておっさんあるあるについて話し合う。


 なんだかんだ気の合う二人はその後夜遅くまで語り合うのだった。



「しかしアドルフは色々知ってるんだな。意外と学があると言うか。そう言えばギルドマスターの部屋で話していた時、召喚魔法の事も知っていたしな。王族の禁書庫にしか、とか言ってたし。もしかして結構偉い人か?」


 テツがふと思ったことを口にするとアドルフはあから様に嫌そうな顔をする。


「まぁ、それなりに知識と教養はある。だが今はただの冒険者さ。さ、ここが国境付近のオコト山だ」


 アドルフはあからさまに話題を逸らしたが、別におっさんの過去を根掘り葉掘り聞く趣味はないので山の方を見る。


 始まりの街を出てから5日。


 道中色々あったが、とりあえず無事たどり着くことが出来た。


「思ったより近いんだな国境って」

「まぁ始まりの街はギガ大国の北に位置しているからな。さ、とりあえず今日は近くの町に泊まろう。流石に毎日地面で寝ると腰にくる」


 そんな小言を言うアドルフについていき、二人は近くの町へと足を運ぶ。


「騎士?兵士?が多い街だな」

「まぁ国境付近だからな。この街は騎士たちの駐屯地も兼ねているのさ」


 そう言いながら町に近づくと一人の騎士が門の前でその道を塞ぐ。


「止まれ!身分証を提示しろ!」


 二人は身分証であるギルド証を提示し、特に問題なく通れるが町に踏み入れた時にはすでにピリピリとした空気に気が付いていた。


「何かあったのか?」

「かもな。宿を取ったら酒場で情報収集しよう。何も知らずに張り詰めた原因んじょ中心にいました、なんて事になったらシャレにならん」


 アドルフの言葉にテツは納得し宿を探し、その後酒場に向かう。


 町は木造りの小屋の小屋のような物が多く、その町を取り囲むように少し立派なテントが沢山あった。その全てが騎士の宿泊場らしい。


「いらっしゃい」


 日本にあったら古き良き喫茶店と言った雰囲気の酒場に入り、カウンターに座った二人は酒を頼み少し多めに代金を渡すと、マスターは察したように二人の前に立つ。


「何が聞きたい?」

「最近この街でトラブルはなかったか?」


 そうアドルフが問うと、マスターはため息をつき話始める。


 この町の北は山々が連なり、それを超えると大きな運河が流れている。運河と言っても海のように広いらしいが。それを渡ると異種族の国々があるわけだが、どうも最近その運河で魔物が大量発生し、貿易船が何隻か行方不明らしい。


「貿易船は港町カルプから出ている。異種族の国からも大体それを北にまっすぐ行ったところだ。その両国の国の貿易船がやらた。そしてこの町はその川下にあたる」

「成程、つまり救助に向かうにはこの辺りからの方が速い、と言うわけだな」


 だが同時に運河で大量発生した魔物も流れてきて、陸に上がってくるらしく、救助どころではないらしい。


「事の発端は1週間前位なんだが、それから毎日のように沢山の騎士がやってきて山へ運河へ向かっている。人が増えれば金が回るのはありがたいが、こうもピリピリしていると普段のお客さんが怖がって出て来やしない」


 そうため息をつくマスターに「景気がいいのはいい事じゃねぇか」とアドルフが慰める。


「しかし困ったな。という事はオコト山にも魔物が沢山いるって事だろ?俺たちは山に採取に行かなきゃならないのに」

「採取?もしかして『ヤシの実』をか?」

「知っているのか?」

「知っているも何もあの山にはそれしかないしな。それに沈没した貿易船の積み荷もそれが大量にあったらしい」


 なるほど、だからこんなに大量の採取が必要なのかと二人は納得する。


 此処ギガ大国は大陸一の農作物、農産物量を誇っている。それだけ気候が安定し四季がしっかりしているこの国では自然の果物なども沢山取れる。


 北の異種族はギガ大国の果物を好み、取引に良く使われている。


「まぁ騎士たちが沢山いるから山の方は大丈夫だろうよ。あ、そうだ。うちのヤシの実の在庫も切れそうだったから、ついでに2,3個とってきてくれよ」


 そんな穏やかなやり取りをする二人はこのこれからトラブルに巻き込まれるとは思ってもいなかった。

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