第40話相談事2

「ふふっ。そう固くならないでよ。アドルフが近くにいたって事は、君も知っていると思ってさ」


 一瞬静寂に包まれれたが、王子が優しい声でその沈黙を破る。すでに王子は先ほどまでの柔らかい雰囲気に戻っていた。彼はテーブルに置いてあったクッキーを手に取り食べる。


 王子の声にハッとなったテツは、一度ハーブティーを口にしようとして気が付く。自分の手を開くと、そこにはうっすらと汗をかいていた事に。どうやら今の一瞬の時間で、テツは王子に引き込まれていたようだ。でもそれは恐怖ではない。恐らく尊敬だ。自分の体が少し熱くなっているのを感じる。謁見のまで感じた、王に感じた覇気のようなものだろう。


 そして苦笑する。彼が遊び人?不真面目?そうかもしれないが、中身は王様同様、一種の化け物だろう。カリスマ、とでもいうべきか。彼には人を惹きつけ、従わせる力があるように思えた。


「アドルフの事はご存知なのですか?」


 そんな自分のことを悟られないように、テツは王子に聞いてみる。このまま彼のペースでいたら、気が付かないうちに自分は彼に従ってしまう気がした。だが彼は組織の事と、アドルフの事は口にした。彼が敵か味方か分からない以上、相棒の情報を渡すわけにはいかないからだ。


「勿論、僕が小さいころから彼には世話になっているよ。まぁアドルフの事も、組織の事も話さなくていい。僕が彼の見方がどうか分からない以上、君も簡単に口を開くとは思わないしね」


 でももう少し腹芸を学ぶべきだよ。そう話し、微笑む王子にテツは顔を顰める。言葉にはしていないが完全に自分の考えを読まれている。王様同様、彼も狸のようだ。


「まぁ僕が知りたいのは、組織を知っているかどうか、それだけなんだ。問題はその事を話さなければ進まないからね」


 微笑み話す彼に悟られないよう、テツも微笑みながら必死に頭を働かさせ口を開く。


「申し訳ありませんが、組織、とは何のことか分かりません。もし差し支えなければお教え頂けませんか?もし王子の抱える問題を解決する案を考えなければならないのに、その事を知らなければ話が進まないのであれば、ですが」


 微笑み話すテツに、王子は内心驚く。なかなかどうして。テツ君はこういった腹の探り合いは苦手そうなのに、意外と出来るじゃないか、と。


 もし王子がここで組織の話をしなければ、この話はここでお終いだ。何故ならそれを知っている前提で話を進めなければ相談にすらならないから。テツの聞き方ならアドルフの事も庇いつつ、王子から情報も聞き出せる。もし王子が何も話さなければそれもよし。情報は聞けないが、アドルフを庇えるし同時に「アレクサンドロス第二王子は何か探りを入れてきた」とアドルフに忠告もできる。どちらをとってもテツには損はない。


「そうだね。知らないなら仕方ない。まずは組織の事を話そうか」


 表情を変えることなく話す王子にテツは少し驚きながらも必死に表情を変えずそれを聞く。絶対に相棒の足を引っ張らない為に、少しでも力になれるように。


「といってもさすがに全部は話さないけどね。組織の名前は「ノアの箱舟」名前の由来はよく分からないが、彼らはそう呼ばれている」


 目的は世界征服。子供じみた目的だけど、彼らは本気らしい。始まりは教会のちょっとした事がきっかけらしい。教会は知っているかい?そうか、教会とは女神さまを祀り、人々に安らぎを与える場所。まぁそれは建前として、実際は皆が祈りを支える場であり、病院や孤児院としても機能している。彼らは光魔法、つまり傷を癒す魔法を得意とする人が多く集まっているからね。お布施、寄付金、医療費で運営している組織だ。


 その規模は世界規模、故にどの国でも教会は政治に関わってはいけない法がある。そんな大きな組織が政治にかかわってしまったら、それこそ色々と面倒だからね。


 昔、その教会で問題が起きた。それがいつの事かは分からない。問題が起きた、と言うよりは、問題が起き続けていた、と言うべきか。ああ、そんな難しい顔しなくていいよ、ちゃんと説明するから。


 怪我人は教会へ、今も昔もそれは変わらない。だが魔法は万能ではない、全ての人間を治せるわけではない。毎日毎日怪我人が運び込まれ、頑張っても頑張っても、目の前で人が死んでいく。仕方のない事なのだけれど、その事に耐えられない人は少なくない。まぁ気持ちは分かるよ。政治だって法だって万能ではない。どんなに頑張ったって不平不満はでるし、それによって死ぬ人だっている。僕等もそういうのを何度も見ているからね。


 普通の人なら辞めて、少し休んで他の職に就く。そんな中、そんな現実に耐えられずこう考えた人がいたそうだ。


「「悪いのは自分じゃない。世界が悪いんだ。だったら世界を自分の思うがままに作り変えてしまおう。そうすればもう悩まなくて済む」ってね」


 王子は一度そこで切り、そしてハーブティーを口にする。一方テツは顔を顰めたまま動かない。なんとも馬鹿げた話だ。なんとも身勝手な話だ。もし本の中の物語なら、鼻で笑って本を閉じているところだ。


 だがこの物語の面倒なところは、これが現実に、それも現在進行形で起きている事だ。「ノアの箱舟」と言う組織があるという事は、その馬鹿げた話に賛同して国を襲うほど大きな規模になっている事だ。だから鼻で笑っている場合ではない。


「さて、ノアの箱舟の始まりはそんなところだ。そして今君が思っている様に、その馬鹿げた話に賛同して現在我々王族が対処しなければならない程大きな組織となっている事。まぁ皆がそんな狂った考えの人間ばかりじゃないだろうがね。きっとこれに便乗してお金を稼いだり、悪い事して楽しんでる馬鹿もいるだろうさ」


 だが今はそれは置いといてだ。兎に角ノアの箱舟はある。彼らはこの国を狙っている。それが事実だ。


「そしてこの話の要、それは悲しいことにそれがこの国の貴族を巻き込み、そして王位継承の背後に潜んでいる事だ」


 つまり、今回争う王子達、ヘンリー第一王子、リナ第一王女、僕に、妹のサラの背後にもいるという事だ。


「さて、君に相談したいことなんだが、何も君にそれをどうにかしてほしい、という話じゃない。だから君はそんな難しい顔をしなくていい。それをどうにかするのは僕等の役目だ。だから一度ハーブティーでも飲んで落ち着こう。そんな怖い顔されちゃ、僕は怖くて話したくても話せないよ」


 わざとらしく肩をすくめ王子が言う。テツはハッとなって自分の顔を触る。どうやらいつの間にか自分でも気づかないうちにそんな顔をしていたらしい。既に冷めてしまったハーブティーを飲み干し、そしてポットを手に取ると、王子と自分のカップに注ぎ込む。カップからは湯気が立ち上り、再び部屋には爽やかな花の香りが充満する。二人はその香りを楽しみながら一口飲む。


「ありがとう。じゃ、少し落ち着いた所で話を再開しようか」


 ヘンリー王子達の喧嘩から始まった今度のお王位継承に深くかかわる街宣運動に必ずノアの箱舟は絡んでくる。といってもどう絡んでくるかは既に分かっているけどね。


「街宣運動は三日間行われる。これは次の王を決める為だけでなく、経済を動かすためのお祭りの為でもある」


 多くの人々が次の王になる者を見に来る。つまり商人にとっては稼ぎ時。金が動けば経済が動き、国が潤う。まぁそれは言わなくてもわかっていそうだね。


 そして街宣運動が終わり、その5日後の正午から3時間、国民の外出が禁止されている。理由としてはその日に王が僕らに話があると言っているから、つまり、その日に王が決まるかもしれないから。国民ははその知らせを聞くために待つことになっているんだが、その為に皆が家から出歩枯れては混乱が起きてしまう危険があるからだ。


 具体的には、その日多くの貴族や騎士が城に足を運びその知らせを聞く。そしてその後すぐに自らの治める領地に戻るため、国民が外出していたらその邪魔になるし、それに乗じて悪さする人間も出てくるだろうからね。それを防ぐためだ。


「色々難しい話をして悪かったね。君に相談したかったのは、ここからが本題なんだ」


 さっきも話した通り、ここにはノアの箱舟が絡んでくる。そして彼らが動くのは、その国民が外出を禁じられる正午、次の王を決める時間だ。その時間、王は一人になる時間が出来るんだ。勿論警備兵はいるが、それも最小限になる。理由は王がそれを望んでいるから。


 全ての陣営は街宣前から王子達に付いている。その為王は無防備になりやすい。同時に王は感がる時間が欲しいから、その辺りからあまり人には合わず、自室に籠るそうだ。次に僕らと顔を合わせる時は、僕等に次の王が誰になるのか発表する時。


「ノアの箱舟は、ヘンリー王子、リナ王女、両陣営に潜んでいる。ヘンリー王子陣営は、その時間に王の首を狙う。リナ王女陣営は、それを守る英雄が如く、王都の外から兵を連れ王城に入り、そしてヘンリー王子陣営に潜んだノアの箱舟をうつフリをして王の首を取る。どっちに転んでも彼らに損はない」


 部屋に充満したハーブティーの花の香りのおかげだろう。テツは何とかリラックスし頭を働かせて王子の話に付いていけてる。だが分からない。王子の相談とは?そして何故自分にそんなに色々話してくれるのか。彼が何故自分をそんなに信頼しているのか分からなかった。


「実はヘンリー王子陣営の方は、すでに何とかなりそうなんだ。その辺は妹のサラが何とかしてくれることになっている。そして僕はリナ王女陣営をどうにかしたいんだが、ここで問題があるんだ」


 此処王都は100万の民が住める造りになっている。その門は四方にあり、どこから彼らが進軍してくるのか分からないんだ。実は僕が動かせる兵はそれほど多くなくてね、四方を守り見張る事が出来ないんだ。


「君に相談したかったのは、彼らがどこから攻めてくるか、どこから進軍してくるのか。それを当てる、と言うよりはどうにかしてそれを一カ所に絞れないかと思ってね」


 あまりに壮大な話、あまりに唐突な相談。テツは口を開けて固まってしまった。この世界の事なんてまだよく分からない。王位継承権?知らん知らん。悪の組織?何それ映画?頭では理解した。だが気持ちが付いていかない。そんな壮大な話の中、軍が四方にある門のどこから攻めてくるのか、的を絞って一つにしてほしい?いや、無理なんじゃないかそれ?


「……あー、今更ですがお伺いしたいのですが、何故自分にこんな相談を?もっと適役がいると思うのですが」

「ああ、それはね、僕等の頭じゃ答えが出なかったからさ。地竜の後民を安心させ、クラーケンでは先陣を切り、サーペントでは君のアイディアで完勝したと聞いている。大丈夫、そんな事が出来る君ならきっといいアイデアが出るさ」


 まさかの投げやりだった。満面の笑みで言う王子に、テツは言葉を失った。少なくともこの王子は噂通りの人ではなく、相当頭が切れる。ノアの箱舟の事をここまで把握し、そしてある程度阻止することが出来ると言った。アドルフでさえ何年も戦っている相手を、まだ18歳のこの青年はそう言った。


 だがそんな彼が苦戦している問題に、自分が何が出来る?こういっちゃなんだが、自分はただの料理好きだ。最近は魔法を使い料理を昇華させる事だけに全力を注いでる料理馬鹿だ。そんな自分にどうしろと?


 王子は優雅にハーブティーを飲んでいる。話すことを話して、後はテツが答えをくれると思っているのだろう。なんとも身勝手な話だ。


 地竜戦の後はただ料理を作っただけ、クラーケン戦はただ蛸の下処理方法を参考にして戦っただけ、サーペント戦はただ早く調理がしたくて色々思いつくことを話していただけ。特に特別な事はしていないだろう。


 今だって魔法を使った料理にはしゃいでいるだけだ。そんな男なのだ自分は。料理以外に何もない男なのだ。料理以外には……。んん?魔法?料理?


「あー、王子、少しお聞きしたいことがあるのですが?」

「ん?なんでも聞いてくれたまえ。僕に答えられない事なんてないさ」


 堂々とそう言い放つ王子に、だったらどこから攻めてくるくらい自分で考えろ、とは言えずテツは必死に自分の頭を働かせる。


「これは戦争なんですか?内乱になるんですか?」


 テツの質問に、王子は少し考えたあと口を開く。


「その質問なら内乱だね。確かに組織の狙いは侵略だ。だが今回に限れば、自分達が支持する者を王の座に座らせ、内から操作し国を支配する事が彼らの狙いだ。だから内乱。それも被害は最小限に、誰にも気づかれないようにすることが彼らのベストな勝ち方だろう」


 テツの問いに王子は答える。そしてその顔は既にテツに何かを期待しているかのように、わくわくしている雰囲気を醸し出していた。そんな王子にテツはため息をつきながら、ゆっくり自分の考えを話した。


「いいですか?まず俺はただのコックです。大した案は思いつきませんでした」

「それでもいいよ。思いついたことをなんでも言ってごらん?それにそれが大した案かどうかを判断するのは僕だ。特に何も思いつかなくても怒ったりはしないよ」


 怒ったりはしないががっかりはするんだろうな。彼の期待する表情からそう感じたテツは、一度ゆっくりハーブティーを一口飲んでから、口を開いた。


「一応思いついた案ですが、笑わないで聞いてくださいよ?俺の考えは……」


 城を出てから出れ程時間が経っただろう。そろそろ帰りたくなってきたが、そんな気持ちを抑えてテツは自分の考えを話す。


 すると王子は顔を顰め、次には目を大きく見開き、そして最終的には声を大きくして笑いだしてしまった。


「はぁ。だからたかがコックに期待しないで下さいよ。こんな話身に余ります」

「くくく。ひーひー。ごめんごめん。あー、腹が痛い。そんな案を出すなんて。ああ、こんなに笑ったのはいつぶりだろう。やっぱり君に話をして正解だった。君は最高だよ」


 ほら、笑った。話さなければ良かった。そんな風に思い拗ねるテツに、王子は「ごめんごめん」と言い、ハーブティーを一気に飲み干す。


「別に馬鹿にしているわけじゃないんだ。寧ろ最高の案だよ。これ以上ない案だし、これなら絶対うまくいく。最高だよ。本当に君に相談して正解だった」


 まさか褒められるとは思わなかったテツは目を見開き、彼が心からそう言っていると分かり安堵する。これで少しは力になれたかな?どこかで頑張っている相棒を思い浮かべ、テツ椅子に深く座り直す。

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