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まさか、こんなことになるとは思っていなかった。
「ちょっと揺れるけど我慢してね」
背中を合わせた未希が吹き付ける風にかき消されないように声を張り上げる。
「マジでそんなん使うのか?」
振り向いた日向が見つめるのは未希が抱えている見慣れない道具。
「あ、舐めてるな、コイツの実力、お気に入りじゃないけど、結構やるんだよ」
未希がそう言って掲げてみせる骨董品に、日向は一抹の不安を覚える。
「ちょっと黙ってないと、舌噛むよ」
未希は引き金にかけた指を強く曲げる。
それと同時に小規模な爆発音が風切り音すらを巻き込み掻き消してしまう。
ラインメタルMG3、未希の持つ銃の中でも何百という弾丸を絶え間なく撃ち続ける汎用機関銃というカテゴリーに属する武器だ。
未希が撃ちつける先にいるのは……。
『よく出来た、オモチャだなぁ、パパとママに買ってもらったのかぁ!?』
さっきまで未希を追い掛け回していた巨大兵器、名前は
MSは怒涛の速さで絶えず吐き出される弾丸を余すことなくその身に受けながらも、怯むことなくその巨体を走らせている。
「RX、速度上昇プラス50km/h」
マガジンを交換するタイミングで未希は、日向と搭乗しているそれに指示をする。
『了解、設定速度ヲ50km/h上昇、0.5秒後ニ加速完了』
それは未希の声に反応を示した。真っ白なボディの
オートパイロットシステム、人工知能搭載、瞬間最高速800km/h、の未希の切り札。
それのハンドルを握っているのは、大型二輪の免許を所持している未希……ではなく、無免許の日向だ。運転はオートパイロットシステムに任せているので安全面は問題ない。
問題といえば、未希が日向に背を預けるようにして進行方向とは反対向きに体を正面に向けて、迫り来るMSに銃撃を加えていることだろう。
「なあ、ドクター」
「なに? 銃身取り替えたら、すぐに撃ち始めるから、手短にお願い」
汎用機関銃の構造上、銃身が熱っされ精度が下がるため、何百発かごとに銃身を取り替える必要があるのだ。
すっかり落ち着きを取り戻したところで、日向は再開したときに見た、未希の異質さが気になっていた。
体格差、速力差、パワー差はあらゆる点で勝っている部分はなく、さらにパフォーマンスが低下している状態でトドメの一撃が目前まで迫ってきているというのに、貪欲なまでに諦めなかったのだ、この未希という存在は。
「なんであの時、諦めなかったんだ? あんな絶望的な状況だったのに、お前はそれこそ攻撃されている間にも活路を見出そうとしてた」
一瞬、なんのことかと考えた未希は、すぐにMSに蹴り飛ばされそうになっていた瞬間のことを言っているのだと思い当たった。
「ああ、あの時か、なんでって、そりゃあ……可能性は自分で絶たない限り、ゼロじゃないからだ」
そんなの当たり前だろうという口ぶりだった。
「それって、どういう……」
「手短にって言ったでしょ。この話は後でしてあげるから、ほれ、もうちょっと続くよ」
再び弾丸をばら撒く、しかし、適当な区切りをつけて掃射を止め、器用なことに高速で動いているバイクの上で普通の二人乗りの形に乗り換えた。
『んだよ、もう終わりか? つまんねぇなぁ、もっと足掻けよォ!』
なんかMSの中の人間は無駄にテンションが高いが、未希はクールに無視する。
「全然効いてる様子がないが?」
「これでいいんだよ、RX、目的設定地点まで、可能な限り速く」
『了解、目標地点マデ残リ10km、積載量ヲ算出、現時点デノ最高加速可能速度400km/h、目的地到達マデ一分三十秒、タイヤノ磨耗ガ激シイ、目的地ニ到着後、再起動マデノ間ニ、交換シテオクコトヲ推奨スル』
そう言い残してRXは一気に加速し、目的地まで直進する。
結局、未希は有効な攻撃を与えることなく敵から遠ざかってしまう。
「ドクター、さっきの話なんだが」
完全に撒いたことを確認し、一息つくと、改めて日向はさっきの問いに触れる。
「言葉の通りだよ、諦めるっていう行いは見えてないだけの極太のロープも容易く断ち切ってしまう。多くの場合は見えない細い糸だけどね。それでも、断ってしまうのは勿体無いし、そうすることは失敗を許容することと同義だ」
「どこまでも理詰めだなお前は、けど、たしかに道理だ。愚問だったな。やっぱりお前は俺なんかよりすげぇよ」
以前、不意に見てしまった大量の傷跡、アレは未希の徹底した合理主義と不屈の意思の表れなのだろう。
未だに、ソコまでの執念に近い意思の正体は分からないが。決して無謀な自己犠牲の上に成り立っていたものではないことが判明し、少し、日向は安心していた。
「分かったら気持ちを切り替えるんだ。こっからが本番なんだ、気合を入れておきなよ」
妙に安心した表情を見せる日向を不思議そうに見る未希だが、日向がこの問答に満足したなら特に気にすることもないと、この話題を切り上げると、未希が指定した目的の場所に辿り着いていた。
「もう、あのデカブツ見えないが、本当に追ってきてるのか?」
「大丈夫、何のためにゴムをすり減らしてタイヤの跡を付けながら走ったと思うんだい。さあ、初戦のリベンジマッチだ、出来の悪い玩具をスクラップに変えてやろう」
目的地は学校の敷地で港側の最端にあるグラウンド。日向はここで一度も授業を受けていないので正しい名称は知らない。
明らかに戦闘訓練場といった様相のいつもの演習場とは雰囲気を異にしていた。
「なんか、普通のグラウンドっぽいな。サッカーのゴールもあるし」
「そりゃ、ここは運動部が使う場所だしね。魔術使いだってサッカーしたい人もいれば野球がしたい人、陸上競技をしたい人だっている。正しい意味で学校の運動場だよここは」
サッカーコートが二枚ほど張れる広さに、運動場全体を見渡すための監視塔、そして運動場全体を囲う緑のフェンス。
中学の頃に戻ったかのような錯覚にすら陥る。
「みーきっ! 頼まれてたこと終わったよ」
グランドの奥から先回りしていた桜が駆け足で寄ってくる。なんと、日向と未希はバイクに乗っていたというのに、自らの足だけで彼らを置き去りにして数キロの距離を走破したのだ。
「少し疲れたけど頑張ったよ、褒めて褒めて!」
「ありがとう桜、おかげでスムーズに作戦が進められるよ」
全然疲れてる様子はなく、むしろ元気良く未希に抱きつく桜。
「アレだね。桜が集めてくれたのは」
優しく桜の頭を撫でつつ、未希はグランドの真ん中に集められたものを確認する。
『とりあえず桜に見つけたものを手当たり次第ありったけ集めてもらったけど、ホントに良いの? こんなことして』
桜が集めて山積みにしているモノは、サッカーゴール、陸上の鉄球、用途不明のポール、その他諸々の金属品だった。
「大丈夫、緊急事態だし、経費なり賠償なりで損害は補填できるよ。んじゃ、ここからは僕たちの仕事だよ日向」
未希はしゃがんで地面に手を付ける。
「
桜が集めた金属類が大きな音を立てて落ちた。
未希が金属類が置いてあった地面をくり貫いて、砂があった場所に金属類が埋め合わせるように収まったのだ。
「よし、日向、仕上げをお願い」
「いや、やんのはいいけどよ、下、ってか船内のほうは大丈夫なのか?」
「心配ないよ、意外と甲板ってのは分厚く出来てるのさ。だって町をまるっと一個乗っけてるんだから、それなりにしっかりしてないとまずいだろ? 5mくらい掘ったってなんてことはないさ。それに、一番厚いとこの素材はキミの竜爪より耐熱耐久に優れてる」
「なら、いいか」
日向も未希の真似をするように地面に手をあて、掌を伝い、熱を地面に放出する。
「いい、熱量だ」
瞬く間に未希が穴に落とした金属をどろどとに熔解される。
「これ、淵まで熔けないか?」
「大丈夫だよ、底の一番強い素材を引き伸ばして側面に使わせてもらってる。即席の溶鉱炉っていったとこだね」
そう、未希たちはあの巨体の動きを封じるために熔鉄の落とし穴を作っているのだ。
「さて、上手くいくもんかね」
『上手くいかなきゃゲームオーバー、それだけよ』
縁起でもないがそれも事実だ。
絶対に失敗は許されない。
●
『タイヤ痕はここまでか、くそ、取り逃がしたか? まさかあんな高校生があんなマシン持ってるとは、いや、あのチビはNNNか、なんにしてもリーダーにバレたら大目玉だ』
MSは不満を洩らしながら、タイヤの痕跡が途絶えている。
「おい! てめぇの目は節穴か!」
魔術によって音量を上げられた声が、グラウンドの端から端までに響き渡る。
MSの対面の端に、蛍火を帯刀した日向が立っていた。
二者の間には、即席の熔鉄落とし穴。未希が上手いこと見た目では判別できないようにカモフラージュしてくれている。
大きさはあの巨体の肩幅より余裕がある程度、けど、片足でも落ちれば、行動不能になる。
『あのチビに付いてた餓鬼か、ノコノコと目の前に現れてくれるなんて、ありがと――よっ!』
あろうことかMSは、その巨体を跳び上がらせた。
『見え透いてんだよ! 目の前の地面一帯が本当は地面を溶かした落とし穴になってんのも! この塔にもう一人隠れ潜んでることもよォ!』
跳び上がったMSは監視塔の屋根をその手に掴み、それを真ん中でへし折り、地面に奴が「地面を溶かした落とし穴」と言った地点に叩き付ける。
「わわっ! 危なっ!」
だが、浅い。
『な、誰だお前!』
監視塔を掴んだことで、若干長めに滞空しているMSは驚きの声を上げた。
そこにいると思っていたのは、奴のいうところのチビ、つまり未希。しかし、中から転げ落ちるように逃げ出したのは、奴が未確認の少女、桜だった。
「見え透いてるんだよ。キミの動きを止めた時点で、暗視用の
すべて、未希には診えていた。
だから、カモフラージュした日向の作った高温の池を発見できることも、この程度の距離なら監視塔を使って飛び越えられると判断することも、ついでに監視塔にいる誰かを潰そうとしたことも、すべてお見通しだった。
そして、空中にいたMSは真上からの一撃で、例の高温の池に突き落とされた。
『なんだ!? 何が起きた!』
慌てたMSは一先ず高温の池からの脱出をはかろうとするが、その願いは叶わない。高熱の池はたちまち、冷やし固められ、関節や細かいパーツの隙間に入り込んだ熔鉄が稼動を阻害し動きを封じ、胴より下を堅い地面に埋め込む。
『馬鹿な! 高温で溶かした砂だぞ! そう簡単に冷えて固まるはずが……』
その答えを、光を反射させながら宙を舞う透明な結晶見て、MSの中の奴は直ぐに理解した。
『氷だと!?』
顔は見えないが、目を剥いていることだろう。自身を地に落とし、動きを封じたモノの正体が、巨大な氷の結晶だという事実に。
魔術の本質は『力を作用させる』つまりはプラスの方向に働かせる能力であるため、減算法である冷却は魔術で再現するのは難しい。
空冷、水冷などの対象外に術を行使する冷却手段はあれど、冷媒もなしに瞬間凍結などという『魔法』に片足突っ込んでる域に個人で到達した例は、世界でも僅か一例しか確認されていない。
だから、その一例を引き当ててしまったなんて、奴は思いもしないことだろう。
『これだけの範囲を一瞬で冷やし固めるだけの量の氷だと!? そんな水どこに?』
「氷とは水の個体における状態の名称だから、正しくは氷じゃない。けど、大枠では常温で液体、気体の物質が凝固点に到達し個体となった状態も氷、と呼ぶから間違いでもないか」
声は上空から。
『上!?』
当然のようにソイツは宙を漂っていた。
未希は初めから、この落とし穴の上でスタンバイしていたのだ。
『空中で、氷を作っただと!?』
さっきから『!?』を多様しすぎな気もしないでもない。一昔前のヤンキー漫画、不良漫画と呼ばれるものでは頻繁に用いられていたらしい。
体格や運動能力に恵まれなかった未希は、極端に魔術に特化しているがゆえに希少な凍結魔術は勿論のこと、複雑な工程による高難度さに重ねて莫大な魔力を消費し続ける個人には荷が重過ぎる飛行魔術すらも容易く扱える。
『くそっ! フザけんな、だとしても、たかだか砂を熔かし固めたモンで、硝子ごときで動けなくなるわけないだろ!』
「誰が硝子の落とし穴だっつった? 少しは頭を捻れよ、ここは学校の運動場なんだぜ、溶かして固めるのに適してるものなんか他にあるだろ?」
『まさか……サッカーゴール……!?』
「それだけじゃねぇよ。陸上部の砲丸、棒高跳びのアレ、金属バット、とにかく、手当たり次第の金属を溶かした。砲丸が意外と積んであって量には困らなかったぜ」
熱分布図カメラと言っても、具体的な温度を計測できるわけではない。おおかた摂氏八十から九十度を越した温度はまとめて表示される、だから、落とし穴のなかの熔解物が摂氏二〇〇〇度近いと気がつかなかった。
『俺がここに着くまでにそんなことしてる時間は……三人目の餓鬼か……!』
MSの中の奴は始めから未希と日向の二人しかいないと思い込んでいる以上、態々手間の掛かる手段を使わないと、その場であるものを利用した、そう判断する可能性が高い。
だから、万一失敗しても気負うことはないと、簡単に跳び越えるという選択を取った。
「問答の時間が惜しい、それではキミにはこの舞台からご退場を願おう」
未希は手を真下に交差するように重ね、術を形にするためのイメージを構築する。
「
未希の口から歌うように紡ぎ出されるのは、ドイツ語の詩。
存在しない空想の風景を現出させるには、これが最も向いているのだそうだ。
手の平の先に、大気が集う。
互いに押し合いながら、詰めて、詰めて、詰めて……それぞれの場所に固定される。
大気の大半を占める窒素。一昔前の科学番組なんかではよく、零度以下まで冷やせる液体として、題材になってたりしたが、条件はややこしいが窒素だって凍る。
もとの体積から、およそ三万分の一に凝縮された窒素、今はまだ不安定な空気の塊だ。
「
呟いた言葉と共に、空気の塊はその姿を変える。
「
それは、十字架を象った氷晶の剣。大きさはMSの半分ほど、それでも未希自身よりもはるかに巨大だ。
そして、生み出された十字架は空気を圧縮するときに出来た空間の穴を埋めるように、一点に向かって弾き出される。
その勢いは凄まじく、MSの頭頂部に突き刺さり、柄に当たる部分が頭から飛び出ているような間抜けな形になった。
「出来れば鹵獲しておきたかったけど、仕方ない、弾け飛びなよ――
指を鳴らすと、凍った窒素は魔力の枷から解き放たれ、もとの状態、すなわち、三万倍の体積に戻ろうとする。
内部で急激に膨張した窒素の圧力に耐えられず、MSは内側から破裂し、内部を外気に晒す。
「高い耐久に胡坐をかいてるから、始めの連続射撃が無意味な抵抗だなんて思うんだ」
未希が大量に撃ち込んだのは、ジャケットに銀と錫と色々混ぜた合金を使った弾の先端が窪んだホローポイント弾と呼ばれる種類の弾丸で、本来なら肉のようなやわらかいモノに効率よくダメージを与えるための弾だが、錫ややわらかい特殊な素材と混ぜ合わせることで硬い標的にヒットすれば、弾頭は変形し対象に吸着するようになる。
銀は魔力を流出させる。だから外装を強化していた魔力を、外装にくっついた銀の弾丸が少しずつ外気に洩らしていたのだ。
「古来より、魔なるモノを滅するは銀の弾丸、ってね」
地面に降り立った未希は得意げな顔をして、いつものような微笑みを日向たちに向けるのだった。
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