PHAZE EX Stop Grain

EX

 目が覚めると、日向は昔に戻ったかのような錯覚を覚えた。

 漂白された空間、かつてはコレが日々の景色だった。

 倒れた後三角に病院に運ばれたのだろう。しかも、個室という贅沢仕様。

 まあ、怪我人など日向以外にはいないだろうから当然といえば当然である。


「懐かしいか?」


 だけど、今は目覚めに当然のようにケイカが話しかけてくる。


「ああ、あの頃は鬱屈した日常にうんざりしてた。今では考えられないほどに変わらない日常が嫌いだった」


 時間を確認しようと上体を持ち上げると、入り口の戸が開かれる音がした。


「あ、ようやく起きたのね」


 花やら果物やらを携えて、花蓮が病室に入出してくる。


「よう、あれからどれだけ経った?」

「二日よ。起きたらのどが渇いてるだろうか水分を取りなさいって、言ってたわよ。ほら、スポーツドリンク」

「さんきゅ」


 花蓮が見舞いの品からペットボトルを投げ渡す。

 よく周りを見渡すと、菊月や蔦原、司馬も来てくれていたらしく、見舞い品がテーブルなどに置かれていた。


「日向……」


 荷物を名前が良く分からない脇に置いてある台に置いた花蓮がベッドの淵に腰掛ける。


「ん?」


 スパン! と花蓮が振り抜いた掌が日向の頬と衝突し、綺麗な音を鳴らした。


「結構痛い……」

「ぶったんだから痛いでしょうよ。なんで、ぶたれたか分かる?」

「止めてくれたのにトリガーと戦ったから」


 思い当たることなど、コレしかない。


「めちゃくちゃ、心配した」

「……ごめん」

「私は、何も出来ないから。桜とか未希みたいに戦えないから。余計にアンタのことが心配なのよ。アンタが何も出来なくて指をくわえてて悔しかったのと同じなのよ、私なんて、アンタ以上に何も出来ないんだから……」


 無力ゆえの恐怖。姿が見えない場所で花蓮は震えていた。

 それは日向が一番よく知っていたはずだ。待たざるを得ない者の不安は。

 瞳に涙を溜めている。

 未希のときも思った。やっぱり傍にいてくれる人には泣いていて欲しくないと。


「悪かった。もう、あんな無茶はしない……って言い切れるほど、俺はまだ強くないんだ……だから、心配なんていらないくらい、絶対大丈夫だって信頼してもらえるほどに強くなりたい。それは昔から変わらない、俺の願いだから」


 花蓮のぶった右手を日向は左手に取る。


「だから、何回だって叩いてくれて構わない。それが、俺の世界が続いてる証になるから」

「その台詞は、ちょっとダサい」


 涙を拭きながら花蓮は日向に久しぶりの笑顔を見せる。


「お、おう」

「そうじゃなくてさ」


 花蓮は空いた左手を更に重ねる。


「ずっと握っていて。握り返す感覚があるかぎり、私はアンタがいることを確認できるから」


 これもまた懐かしい、幼き日の頃はよくこうして手を握り合っていながら本を読んでいた。

 少し照れるが、この一時が永遠に続けばいいのにと、あの日と変わらない思いを抱くのだ。



「いちゃついてんとちゃうぞ、ゴルァ!」



 青天の霹靂のように勢い良く開け放たれた戸から、面倒くさいのがやってきた。


「入りづらい雰囲気作りやがって、折角見舞いに来てやったっちゅうのに! FUCK YOU!」

「まったく、お前ってやつは無粋だな。ここは静かに退散するってのが筋だろ」

「指を立てるな、へし折るぞ」


 飛び込んできた蔦原に続くように司馬と菊月も手土産片手に病室に入ってきた。


「マジですまない、邪魔をして悪かった」

「悪かっただぁ!? こんな甘ったるい雰囲気、ぶち壊して何が悪、いだだだだだだだだだッ! 折れる、マジで折れるって!」

「恋人同士の逢瀬を邪魔するなど醜すぎる。この馬鹿に代わって私からも謝ろう、詫びといってはなんだが、コレを受け取っておいてくれ」


 丁寧に蔦原の中指を関節とは反対方向に折りまげ撃退してから、菊月は頭を下げて手土産を日向に渡した。


「これ、絶対骨折しとるって! 戻らへんもん!」

「安心しろ蔦原、絶対防御結界は復旧済みだ。それに万一怪我をしていたとしても、この病院には丁度腕の良い医者が来ているらしいからな」


 あの頃とは違う、新しい変わって欲しくない色づいた賑やかな日常。

 その道を切り開いてくれたあの灰銀の医者は、もういない。



「ははっ、随分と賑やかしいじゃないか。けど、みんな病院ではお静かにね」



 枕詞のように言葉の初めにくっついてくる軽い笑い声、声変わりをしていない中性的なソプラノの声色。

 それは、もはや日向の記憶の中だけの声のはずだった。

 だから、すっとその場に現れた見慣れ過ぎた銀髪と白衣に、しばらく日向は反応できなかった。


「おはよう、日向」


 その笑顔は、もう二度と見れないと絶望していたはずのものだった。


「ドク……ター……? ドクター!?」

「そう、僕はキミの主治医のちょっと理屈っぽくて、甘い物が好きで、いつも笑ってて、頭が良くて、頼りになる、『白雪未希』だ。それ以外のなんに見えるんだい」


 少しおどけてはにかむ姿間違いなく、日向の目の前で殺された白雪未希、その人だった。


「幽霊……いや、リビングデッドか?」

「幽霊でもなければゾンビでもないよ。確かに僕は一度、あの侍気取りの野郎に過激なゲームばりにすっぱりと首を落とされた。けど、完全に斬り落とされる直前までに、首と体を時間差で癒着させる術式を組んでいたんだ感染症とか多少のズレを度外視してね。だから何とか心肺停止する前に首と体を繋ぐことに成功したんだ。いやぁ、危なかった、心臓を貫かれたり脳を直接狙ってきてたら、さすがの僕もどうしようもなかったからね、首ちょんぱで助かったよ。あははは」

「人間業じゃねぇ……けど、生きててくれてよかった」

「心配を掛けたね。それと、トリガーを撃退してくれてありがとう。追って学校側から第六小隊と第三小隊の両隊に褒賞が贈られるんじゃないかな」


 そうやってなんでもない風を装う未希だが、日向は気が付いていた。未希が白衣の下にハイネックを着ていることを、やっぱり残ってしまったのだ、傷跡が。

 きっと、未希はコレまでもこのように傷を重ねていたのだろう。そして、何もないように笑って振舞う。


「そんな暗い顔しないでよ日向、僕はこんなの気にしてないから」


 流石に首元を見すぎていたからか、未希も日向が傷跡を気にしていることに気が付いた。


「そんなことよりさ、リハビリのノルマだけど……」

「あ……」


 いろいろどたばたしていて日向はまたしてもそんなことはすっぱりと抜けていた。


「及第点、かな。ノルマには到達してないけど、ちゃんと見舞いに来てくれる友達が出来たみたいだしね」


 この数日で気が付けば、新しい仲間が増えていた。

 それは激しくぶつかり合ったことで手に入れた、ばらばらに進んでいた糸が奇跡的に交差した出会い。


「キミは変わらないために、変わることができたみたいだね」


 そして、新しい変わって欲しくない日常を手に入れた。


「そこのキミにもお礼を言わないとね」


 未希がそう言って見るのは、ベッドに立てかけられた蛍火。


「お前、見えてるのか?」

「いや、正直半信半疑だよ。けど、日向が強くなれたきっかけが、きっと僕の知らない誰かとの出会いだったのかも、って思ってね」


 珍しく未希にしては曖昧な理屈だった。

 そして、どこか様子のおかしいケイカは目を丸くして未希を見ていた。


「誰かが言ってたんだ『アナタには人の心がわからない。目に見えてるものだけが現実じゃない』ってね。そう教えられたことを思い出したんだ」

「――っ!?」


 ケイカは日向に背を向けているため、その表情の変化が分からなかった。

 悠久を死してきたケイカに一つ確信に近いものが生まれてしまったのだ。

 そして、彼女はそれを焦るように必死に否定しようとしている。

 そんなことは、でもなければ、ありえないと。


「生きているわけがないのだ……」


 ケイカは自分に言い聞かせる、思わずあの時名を叫んだ自身の愛した人であるはずがないと。

 幼い顔に浮ぶ、大人びた笑顔がケイカに不安の種を蒔く。


「その刀の解釈はお前にまかせるよ。それより、ドクター」


 ケイカの心配事など知る由もない日向は、改めて、未希との再会で生まれた感情を今度こそ、この鈍い医者に確かに伝えるための言葉を見つけたのだった。


「おかえり、ほっとしてる」

「うん、ただいま」

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世界平和よりも大事な話 文月イツキ @0513toma

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