3-3

「思ってたイベントじゃない。なんというか、触れてはいけないモノを見てしまった気がする」


 未希が脱衣所から退室し、交代するように日向が風呂に入る。ケイカは風呂場と扉一枚挟んだ脱衣所から話しかけていた。


「普通少しは隠そうとするだろ、相手が気にするしないに関わらず。それなのにアイツは何だ、あんな山ほどある傷跡をさも生まれたときからありますよと言わんばかりに」

「よく考えたら、ドクターって奴はそういう奴だよ。合理的だが、モノの勘定に自分を入れない」


 未希にとって自分のことは二の次、三の次、それどころか、一番優先度が低いのかもしれない。

 だから自分の羞恥よりも、他人のことが先行していた。と考えれば、あの未希は未希らしいといえる。


「あの無数の傷跡がなにより物語っていた。精神的に再起不能になってもおかしくない傷跡が一つや二つじゃない。それなのになんだってあの少年は微笑んでいられる? まるで他人事のように」

「アイツにとっちゃ他人事の方が胸を苦しめるだろうさ、何がアイツをそうさせてるのかは分からないがな。だから俺はあまりアイツに頼り過ぎたくないんだ」


 得体の知れないの献身、きっと未希は、自分の死すら厭わない。

 それはある意味英雄的とも取れるだろう。自分の身と他人の身を天秤に掛けて他人に傾けられるなんて考え方は、しかし、言ってみればそれは自分の身を徹底的に軽んじているのだ、特に未希の場合はそれが顕著である。


「お前以上に危ういかもしれんなあの少年は。確かに、アレに心配をかけるのは極力避けたい気も解る。だからといって、お前もアイツに気を使いすぎていれば本末転倒だ。どこか落とし所を見つけるしかないんだろうが……難しいな」

「そうだな……」


 汗を流すのが目的で長湯する気のない日向は最後に身体や頭を洗ったあと、ざっと掛け湯をして風呂を上がる。


「あ……」


 そして上がってから、ケイカが脱衣所で待機していることを思い出した。


「ふむ……我が旦那様方が凛々しい佇まいであったが、気にすることは無い、そもそも人と竜は比べるものでは……」

「いらんお世話だ!」

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