3-2

「ところで湯浴みでもしたらどうだ。花蓮に拭き取ってもたったとはいえ寝ている間にまた結構な量の汗を掻いている。放っておけば今度は風邪をひくぞ。それに少しは気持ちも安らぐだろう」


 そうケイカに言われて初めて、寝巻きもシーツも水に浸したかのように大量の汗でドボドボになっていることに気づいたので、日向は提案を飲み、浴室へと向かっていた。


「で、なんで憑いて来る」

「あのまま部屋に残っておってもつまらん。お前に憑いて行動した方がイベント発生に遭遇出来る可能性があるだろ?」

「ねぇよ、深夜だぞ。こんな時間にイベント発生なんて――」


 どうせ誰もいないと思って遠慮なしに開け放った脱衣所のドアの先には、ケイカの狙いから若干それた変化球が待っていた。



「え?」



 そこには一糸纏わぬ姿のがいた。 


「…………」

「……………………」


 忘れてはいけない、未希は女子のように可愛らしい顔をしているが、生物学的な性別では男だ。

 お約束を若干外したイベントだが、日向はすぐにこれが笑い飛ばせるようなものではないことに気がついた。

 白人の血が通っているというだけあって日本人離れしたその名の通り白雪のような肌には似つかわしくない、赤黒く変色した何かの『跡』がつま先から手首、上半身の胸まで、形も配置もまばらに、けど無数にこびり付いていた。

 そして、それが傷跡であることを受け入れるのには僅かに時間を要した。

 なぜなら、普段から微笑みを携えて接してくれている未希にそんなものがあるとも思っていなかったし、なにより、未希は今この瞬間少し困ったような微笑を浮かべながら、さして慌てる様子もなくタオルを体に巻いていたから。


 普段丈の長い白衣やを黒いインナーを身に着けているからまるで気がつかなかった。いや、傷跡を隠すためにあえて手足を隠すような服装だったのだろう。

 その割には、タオルで傷跡を隠す素振りはなく未希はあっけらかんとしている。


「……お前、こんな時間に何やってんだ?」


 ようやく日向が搾り出した言葉そんな当たり障りのないものだった。

 釘付けになるほどの異常な傷跡を、話題には出来なかった。

 というより、まるでそれを気にしていない未希を、初めて『恐ろしい』と日向は感じていた。


「お風呂に入ってたんだ。ちょっと読書に集中しすぎて夜遅くになってしまったけど。キミこそ、こんな時間にどうしたんだい?」


 意図の読めない微笑のまま未希は、まるで傷跡など無いかのようにいつもの調子で話す。


「汗かいたから、シャワーでも浴びようと思ったんだ」


 未希があえて触れてこないなら、下手につつくより気にして無い風を装うのが正解だろう。


「どうやら大分、熱は下がったようだね、良かった……」


 日向の状態を観察し、体調が改善していることをその目で確かめた未希はほっと胸を撫で下ろす。

 一安心した未希は、なぜか今さらタオルを自分の身に寄せ、非難の色を含んだ視線を日向に向ける。

 やはり、傷跡をじろじろ見ていたのが気に障ったのだろうか、と緊張する日向だが、その考えは全く的外れである。


「それはそうと、だ……今から服を着るから出ていってくれるかい?」


 そもそも、日向は全裸の未希の前に現れた闖入者である。

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