「折角なら未希と一緒が良かったなー」

「さっきからうるせーよ、しかたねぇだろ、そのドクターからの指示なんだからよ」


 MSを撃破し、中に入ってたパイロットを拘束したあと。

 潜入してきた敵は残り四人、そして二人一組で動いているということから、二手に分かれて、未希と花蓮が目星をつけた敵に狙われそうな施設に向かうこととなった。

 日向と桜は電気供給拠点に、未希と花蓮(正しくは通信のみ)は通信制御施設と外部防衛施設の両方をカバーできる高台へとそれぞれ向かった。


「あ! それ!」

「んああ、ドクターがお守りにだって、分かれる前に手渡してくれたんだ。『胸ポケットにでも入れておけば弾除けになるんじゃない?』だってよ」


 日向が空いた手で弄んでいたのは、未希の銀時計だ。

 二手に分かれることになった際、貸すだけだから、後で絶対返してね。とも言われたが、ならなんで渡したんだ、と日向は思っていた。


「いいなぁ、未希の私物を預けてもらえるなんて」

「こんなん貸してもらってもな……」


 羨ましがる、桜を尻目に日向は花蓮に状況を報告する。


「敵の撃破完了、施設の機材類も無事だぜ」

『こっちも、損害なしで撃破し終わったわ。なんか拍子抜けね、これで潜入してきた『黄金の環』全員確保だなんて』


 おそらく敵としては短期決戦を仕掛けたかったのだろうが、途中に未希や日向たちの足止めを受けて勢いを失ってしまったのだろう。


「多分、戦力としてでかかったのがあのデカブツと俺たちが最初に出くわした二人なんだろうぜ。今撃破した連中は端から戦うことより工作活動優先ですって感じだったし」


 日向としては無事ことが終わって何よりだが、クライマックスと冒頭が入れ替わったかのような不完全燃焼感もあった。


「やっぱ最初の連中が手強かった分、尻すぼみだな」

『徐々に敵が強大になっていくなんてそんなの映画の中だけで十分よ。ほら、もうすぐ内部セキュリティの復旧も終わるし、学校側に色々報告したら帰るわよ、日も暮れてきたことだしね。未希も撤収を――ってアンタなにやって……』

「どうした!? 花蓮!? 花蓮!」


 ノイズを発生させ、それを最後に花蓮との通信が途絶えた。それどころか、通信機が使い物にならなくなってしまった。


「未希とも連絡が取れなくなっちゃた、どうしよ?」

「確か内部セキュリティの復旧が直に終わるって言ってたな、学校の中にも入れるはずだし、一旦、花蓮と合流してなにが起こったかの把握を――っ!? 桜! 後ろ!」


 トラブルがたて続く。通信が途絶えたと思ったら、今度は何者かが迫ってきていた。

 潜入してきた二人は確かに撃破し、未希から譲り受けた銀の手錠で拘束していたはず。闖入者は何者だ!?


「ふむ、未熟とはいえ流石は春原の家の者か、大した警戒心だ」


 迫り来る謎の敵は刃物で桜を斬り付けるが、寸でのところで反応した桜は短刀で防ぎきる。


「お前は!」


 短刀で押し返し襲撃者から距離を取り日向と並ぶ桜。そして日向もソイツに見覚えがあった。

 趣味の悪い深緑のパーカー、フードを目深に被りその隙間からチラつかせるドギツく染め抜いた赤色の髪。そんな奇抜な格好より、ソイツを特徴付けているのが左手の甲に刻まれた刺青と親指に嵌められた黄金の指輪。

 かつて、葵邸を襲撃した張本人。


「トリガー……!」


 燻っていた微熱が熱量を上げるのが体感で分かる。

 激しく憎しみを抱くこの男が、何の脈絡もなく現れた。

 だが、日向には奴の目的も、なぜここにいるのかも関係ない。


「会いたかったぜ、胸が焦がれるほどに……!」

「なんだ、貴様もいたのか葵の御曹司。悪いが、俺はお前ほど執着していない」

「お前の事情なんか、知ったことか! BLAZE UP!」


 今すぐにでもその顔面を殴り倒して消えない火傷を押し付けてやりたいという衝動のままに、日向は蛍火を解放し竜爪に熱を込める。


「……ほう、少しはマシになったということか、尻尾を巻いて逃げるしかなかった病弱なお坊ちゃまが」

「顔面大火傷の予定だったが、その薄気味悪い唇の溶接も追加してやる。てめぇの声なんざ二度と聞きたくねぇからな!」


 心が滾っている日向だが、それを目の前にしているトリガーは全く日向に感心がなく冷めている。


「お前の相手をしている暇はない。計画に遅れが生じている。俺が直々に確認せねば」

「だから、お前の事情なんて知ったことじゃねぇって――」


 竜爪でその憎い顔面を握りつぶそうとする。


「お前のお守りなどしているほど暇ではないと……言っているだろ」


 トリガーは軽くは虫を追い払うように手で払った。ただそれだけだった。


「日向!」


 トリガーの指輪はただの装飾品ではない。

 日向の蛍火同じ魔導具、黄金の環を象徴するそれの名は『一つの指輪ザ・ワン』。

 小説『指輪物語』に登場する万能の指輪の名を冠したそれは、単純な魔力増幅器としての用途を持つ。

 仕組みが単純であるがゆえにその力は目に見えて分かりやすい。

 こんな風に――


「他愛ない」


 襲い掛かる日向も、それをトリガーから庇おうとした桜すらも巻き込んでいとも容易くなぎ倒した。


「やはり、いまだ健在ということか、偽りの太陽の象徴、絶対防御結界『アキレウス』……」


 無傷で気を失っているだけの二人を確認したトリガーは忌々しげに件の絶対防御結界の方向を睨みつける。


「食い止めているのは『不死鳥』か、ならば、その翼を毟り取って、二度と羽ばたけんようにしてくれる」

 


「日向、起きて!」


 先に目が覚めた桜に揺すり起こされ、日向は飛び起きた。


「アイツは!? トリガーはどこに!?」

「落ち着きなって、まだ日は落ちていないから気を失ってた時間はそんな経ってないはずだよ」

「ならまだ遠くにはいっていないな」


 そういいながら立ち上がると、辺りを見渡してトリガーの痕跡を探す日向。


「まさか、また挑むつもり? そんなことより学校側に報告した方がいいよ。どうせ二の舞になるだけなんだから」

「報告なんかお前一人でやりゃあいいだろ。俺はアイツに一発叩きこまねぇと気がすまないんだよ」

「そんなこと言われてもねー、未希から頼まれてるし……」


 正直、桜にとって日向の感情なんてどうでもいいし、なんならもう一回気絶させて無理矢理でも撤退させればいいのだが、後々、恨み言が酷そうとか、気絶した日向を運ぶのが面倒とかそれより未希の安否の方が心配とか諸々の個人的な事情もあった。


「んじゃあ、こうしよう。私は真剣に日向に退くように説得した、なんなら決闘したでもいい。それでも日向を引き止められなかったってことにしてくれるんなら、見逃したげる」


 一番角が立たず厄介ごとを避ける最善手を打てた。


「そうしてくれ」

「んじゃ、多分未希が絶対防御結界を死守してくれるだろうから、死ぬことはないだろうから頑張るだけ頑張ってきなよ」


 口ばかりの激励を日向に送ると、桜は学校の方へ走り去った。


「ケイカいるよな」

「一応、言ったところで意味はないと思うが、今のお前じゃ相手にはならんぞ」

「分かってる、けど一発でいいんだ。一発、アイツを殴り飛ばせたら、今はそれでいい。俺が倒れてからトリガーがどっちに行ったか見てたよな?」

「仕方あるまい、コッチだ付いて来い」

 


「こんな場所が方舟の中にあったのか」


 ケイカに示された方向を真っ直ぐ走って辿り着いたのは、人の手が入らなくなって久しいのか舗装された道がボロボロになっている高い広葉樹に挟まれた並木道。

 そんな幽霊道に生い茂る雑草の中に真新しい足跡がいくつか見られる。

 おそらくこの道が絶対防御結界にまで続いているのだろう。


「お前の目的もあるが、絶対防御結界が本当に破壊されるのもまずい。急いだほうがいいだろう」

「分かってる!」


 正確な時刻は不明、だが夕刻と夜が交じり合う黄昏時、日向は燃えるような橙色に染まる葉の中を駆け抜ける。

 そんな道の先、一際、沈む陽を目映く反射させるものがあった。

 氷、それも欠片じゃない、巨大な氷河と表現してもいいかもしれないほどの砕けた氷の塊が道の真ん中に輪のように散らばっている。

 これほどの氷を用意できる人物は未希しかいない。巨大な氷壁で敵の行く手を阻んでいたのだ。そして、この散らばった氷はその破片。

 その輪の中心には、追っていた人物、トリガー。それに――


「ドクター!?」


 トリガーが地に倒れ臥している未希を踏みつけ、地面に杭を打つように奴の得物である刀で掌をいた。


「どういうことだ、どうして出血している!? まさか、もう絶対防御結界は……いや、そんなことより」


 MSに追いかけられていたのとはワケが違う。

 完全に逃げられない、もう手が首に掛かっているも同然。それでも未希は這ってでも先に進もうと、どうにか、この窮地を脱しようとしていた。

 まだ、諦めていないのだ。



「ま、さか……白雪、お前は……!?」



「その氷がごとき不撓不屈さはお前のような合理主義の人間モドキには勿体無い。こうも計画を遅延させられるとは……ああ、あの日、殺しておくべきだった。だが、悪あがきはここまでだ、不死鳥。お前はもう二度と羽ばくことはかなわない」


 とても、あっけないものだった。


「――――!」


 ケイカが隣で何か叫んだコトにすら気が付かないほどに、その事実はあっけなく、受け入れるには現実味を欠き過ぎていた。

 宙に舞う灰銀。

 それは、白雪未希の頭だということを、それが現実だということを日向はしばらく認識できなかった。


「どく……た……ドクター!」


 そんなことが起こるはずがないと思っていた。明日も今日と同じ様に微笑んでくれると思っていた。

 何があっても、どんなにこじれた関係でも、ずっといると思っていた未希の存在が、いなくなるなんて……。

 日向は膝から崩れ落ちながら、その骸に視線を落とす。


「もう追いついたのか。だが、お前も見ただろう? もはや、アキレウスは機能していない、挑めば死ぬぞ?」

「……」

「もはや立ち上がる気力もないか、無理もない二度目だものなぁ? 家族とも言える仲間を殺され、自分は何も出来ないのは」


 そんなトリガーの声は日向に聞こえていない。ただ、日向は思い出していた、未希との約束を。


『一発だ。殺すのは許可しない。全く釣り合ってないけど、罪科は法が定め、法によって行使されなければならない、だから、君はそれで飲み込んでくれ』


 あの日、日向を逃がした未希が取り付けた約束。

 どんなに不服でも、それで納得するつもりだった。けど、その未希はもういない。


「予定変更だ」


 日向は徐に立ち上がり、油断していたトリガーに掴みかかり後方に投げ飛ばした。


「十三発だ。お前に殺された俺の家族一人に付き一発殴る。そして――お前ぶっを殺す……!」

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