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「覚悟する必要はない。泣いて詫びる必要も、命乞いをする必要も。俺に必要なのは、お前の死という事実、ただそれだけだ」
「以前よりはマシになっているようだが、その程度で調子に乗るなどおこがましいにも程がある。いいだろう、相手になってやる、元より、葵の名を持つお前を生かしておく理由などない!」
トリガーが襲ってきたあの日よりも、日向の心の炎は燃え上がっていた。
もう二度と、失いたくないと思ってた。それなのに、それなのに……。
「絶対に殺す!」
燃え上がる心に呼応する熱を拳に乗せて、技を放っていく日向。
「零ノ型――」
「空木」
「なッ!?」
トリガーは日向が放とうとした薊一刀流の技で返した。ぎりぎりで身を捩った日向だが肩に僅か掠める。
見よう見まねではない。むしろ、日向より完成度の高い技で。
「葵は殺す、ゆえに熟知しているさ、貴様らの剣技を。そして、その脆さも!」
今度は刀を抜いてトリガーが斬り付ける。葵邸を襲撃した際にも見せた片手青眼の構え、隙がまるでない。
一つの指輪により運動能力の上がった一撃だが、攻めて来るなら日向の格好の的だ。
「壱ノ型――」
「軽い!」
タイミングを合わせた抜刀で攻撃を受け止め、弾き返そうとするが、逆に押し込まれてしまう。
「無駄だ、薊一刀流は俺には通じない」
自分から踏み込めば同じ技を被せ、より高い精度、素早い出で返され、カウンターを狙っても純粋な力で押し返されてしまう。
幾度試行錯誤を凝らしても、あらゆる手法が封じられその歴然とした力の差を見せ付けられる。
この男には、勝てないのだと。
「やはり、大して面白いものでもなかったか……元より楽しむようなものではないが、少しは気も晴れるかと思ったのだが」
その言葉の通り、心底つまらなそうに、まるで歯が立たないまま体力を消耗した日向に目をやる。
体のあちこちに擦り傷を作り打ちのめされた日向は、それでも、止まらない、ただ、募り重なった恨みを糧にトリガーになおも立ち上がる。
「まだだ、絶対に……殺す……」
「その気迫で相手の危機感を刺激し手を出させカウンターで勝負を決めるのが薊一刀流の十八番だが、お得意のカウンターも俺には届かない」
決して、日向の怒りが弱いわけではない、魔力への変換が追いつかないほどに怒りは絶えず湧き上がっている。蛍火も魔力を熱にくべ続けている。
それでも、トリガーに届かない。
魔力増幅器でしかない『一つの指輪』が強化する魔力量は確かに凄まじい量だが、日向の発生させる魔力量も常人を遥かに越える。
出力に大きな差はない。
「その胸に抱く思いも身を結ぶことはない。個人の下らない感情ごときに時間を使っているほど俺には余裕はないんだ。存外にしぶとかったが、お前にはさっさと消えてもらう」
膝をつく日向はトドメを刺そうと近寄ってくるトリガーのフードの隙間からその瞳を見る。
まるで鏡写しのようだった。
憎悪、その目に宿るものは日向と同じだった。
ただ、それは日向に向けられたものではない。もっと大きく広い範囲に向けたもの。
思いの強さ、それは『今』を変えないように留まろうとする者と、『今』を変えようと突き進もうとする者の違いだった。
「何様のツモリなんだよ、お前は!」
袈裟に斬り下ろされる刃を肩で受け止め、逆に掴み取る。最初に出くわした黄金の環が使っていた手法を無理矢理真似たのだ。
当然斬れるし、出血もする。さっき戦った敵の言っていた我慢すればいいという問題でもない。
それでも無刀取りなんて達人の技を習得しているわけでない日向の精一杯の一矢報いる手段だった。
「
歯を食い縛って肩に食い込む刃の感触を無視し、空いた左手でトリガーの顔面を殴りつける。
「残り……十二発だ。お前らが何をなそうとしてんのか知らねぇが、我が物顔で他人の世界をめちゃくちゃにして、殴り返されないとでも思ってたのか!? 剣を取るってのはそういうことだ!」
「無論だ。代償もなく、得られるものなど、この世には存在しない!」
今度はトリガーが日向の腕を掴み返す。これにより両者ともに左右の腕が封じられた。
「俺自身が報復を願うのに、他人が報復を望まないなどと考えるほど、傲慢に成ったことなどない。だが!」
両手を防がれ回避が取れない日向にトリガーは強く頭を打ち付ける。
「その恨みすら踏みにじってでも、俺は俺の理想を遂げる! それほどの覚悟を持たねば、世界を変えることなど出来ない!」
遊び半分で戦ってたMSの奴とは明らかに違う。
最初の黄金の環も相応の覚悟はしてきていた。だが、それ以上の他人の思いを踏みにじる覚悟がこの男にはあった。
「何もかもが思うがままに進むなど思っていない。そんな生半な覚悟で、俺は一線を越えちゃいない! 剣を取る覚悟なら俺にも出来ているぞ! 葵 日向ッ!」
日向の怒りに感化され、トリガーの感情も激化する。
「どうりで、強いはずだよトリガー……けどなぁ!」
今度は前のめりになったトリガーを日向が足蹴にし突き放す。
「たとえ刺し違えてでも……」
『ふざけないで!』
その声は、日向の内側から響いてきた。
『冗談でも、刺し違えるとか、命に代えてもなんていわないでよ……』
日向はこの感覚に覚えがあった。
久しぶりの懐かしい感覚。そう、コレは花蓮と同調している感覚だ。
「花蓮…………悪いが冗談じゃない。俺はどうしてもコイツを殺さないといけない。分かってるだろ、同調してるお前なら、ドクターが殺されたことが!」
『そんなこと、しなくていいから……戻ってきてよ!』
涙ぐんだ声色で、花蓮は日向に叫ぶ。
「まさか、お前『未希は敵討ちなんて望んでない』なんて言うんじゃないだろうな?」
『言わない。アイツは『死者は意思を持たないし、何も言わない。何かを語るのは生ける者の特権だ』って言うのよ。だから、未希もお祖父ちゃんたちも関係ない。これは私の言葉よ。お願い、帰ってきて、アンタには死んで欲しくないの……もう、あの頃には戻れないかもしれないけど、アンタがいなくなったら、それこそ私たちの日常は壊れてしまう』
花蓮の言葉が、いつか日向とケイカと結んだ契約を思い出させる。
そう、始まりは、今を変えないため、進む針を押し留めるように逆走し続けること。
自分の命まで燃やし尽くしてしまったら、それが果たせなくなってしまう。
同調してることにより、花蓮の感情が直接日向に伝わってくる。
「……ああ、そうだったよな。俺は何のために……強くなりたいって思ったんだよ、って話だよな。それに約束したもんな」
それこそあの灰銀の医者が悲しんでしまう。
ふと、懐に仕舞っておいた、今となっては忘れ形見になってしまった未希から預かった銀時計を手に取る。
「けど、退くわけにはいかない」
『どうして!?』
「もう死ぬつもりなんて毛頭ないさ。けど、をここで退いたところで一時の凌ぎにしかならない。だから、ケリをつける。確かな、今この瞬間の思いを、明日の今を守るために俺は戦う」
怒りも憎悪もまだ残っている。けど、それ以上に、求める今があるから、見たい明日があるから、日向は戦う。
その意思を見た花蓮はもう口を出さない。ただ、日向を信じて見守るしか、彼女に出来ることはない。
「トリガー、一つ、真理を教えてやる。壊すなんてのは全てのモノに当然のように訪れる終わりって運命を早める程度の何の価値もないことだ。けどな、壊れないように留めるってのはそんな運命に抗う行為だ、だからこそ運命と等しい力を持つ、らしいぜ」
それは幼い日の日向が、白雪未希をドクターと呼び始めたころに、習ったことだった。
どうして、今まで思い出せなかったのだろう。
「今からはお前を殺すための戦いじゃない。俺が今を生き抜くための戦いだ! この胸に宿る炎、消せるものなら消してみろ、小悪党!」
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