「三角と戦って、学んだことがある」


 基本を踏まえながらも、そこに自分を見つける戦い方を。

 日向は帯刀していた蛍火を鞘ごと地面に突き立てる。

 胸に当てた右手が赤く染め上がり、周囲の空気が揺らめく。


「刀の力で火力が増した程度で俺は倒せんぞ、葵の御曹司。今すぐ貴様の祖父や不死鳥と同じ場所に連れて行ってやる」

「葵の御曹司、か、そう言った目で見られるのが大嫌いだった。けど、誰よりもその肩書きに囚われていたのは俺だった」


 薊一刀流の正当後継者だから、規範である祖父に近付こうと、祖父が放つ光を頼りに後を付いていった。

 だから、突然篝火を無くし、暗がりに放り出された少年は動けなくなった。


「祖父ちゃんがいなくなって、見つけたことがある」


 どれほど太陽に焦がれその姿を追い、形を似せた向日葵ひまわりは太陽になれないと。

 呼吸を整え、怒りの熱が物理的な熱に変換されたことで冷まされた頭で考える。

 最善の選択を、最良の一手を、最高の一撃を。


「菊月や蔦原たちとの出会いに、教えられたことがある」


 本気で向き合うことの強さ、逃げていても始まらないことを。

 トリガーの目を真っ直ぐに見据え、奴の感情を見る。


「ドクターと出会って、知ったことがある」


 誰よりも人間らしく、感情に忠実でありながら、自らを律し、誰かを守ろうとする強さを。

 瞼を下ろし、神経を研ぎ澄ます。


「花蓮の声を聞いて、思い出したことがある」


 なぜ、強くなりたいと思ったのか。

 なぜ、祖父に憧れたのか。

 『自分』らしさの根源が、その声にあった。

 イメージする。勝ち筋を、負け筋を、一秒先の自分を、一秒先の相手を。


「そして、お前を恨んで、得たものがある」


 失い、悩み、迷い、そして、足りない自分に向き合えた。強くなる機会を得られた。皮肉な話だが。


「失ったものを取り返せないなら、せめて俺は今を守りたい。お前が今を壊して未来を創ると宣うなら、それがどんなに素晴らしいモノであっても、俺はそんな未来を認めない」


 目を見開き、打ち砕くべき敵の姿を焼き付ける。


「薊一刀流、零ノ型」

「性懲りもなく薊一刀流で挑んでくるか。いいだろう、貴様の剣も、葵の血も、貴様らの写し身で砕いてやろう」


 あえて得意の片手青眼を解き、刀を鞘に納めたトリガーは蹲踞そんきょかと見紛うほど、腰を低く下ろした独特な居合の構えをとる。


「薊一刀流、弐ノ型」


 出の早い突きや徒手の相手に対応するため入り身、転身に重点を置いた薊一刀流弐ノ型。

 本来、抜刀術は相手の攻撃を払う『抜き付け』、無防備になった相手に放つ『留め』から成る二撃必殺の剣技だ。しかし、弐ノ型は『抜き付け』を全型の中でも最高速の初速による回避で省略し、最初から『留め』に入る一撃必殺の型。


「歯を食いしばれ、トリガー、今からお前を殴り飛ばす」


 淡々と普段と変わらない、仏頂面で目前の敵を見据え、蛍火を手放し駆け出した。


「錘を手放した程度で! 葵の名を捨てた程度で! 俺の剣閃に及ぶわけがないだろう!」


 日向が間合いに入り、トリガーは鯉口を切る、一つの指輪が輝きを放ち、突き出されたに反応し不可避の一閃が放たれる――。


「何!? 左、だと⁉」

「違うな、俺は捨ててなんかいない」


 突き出された日向の左手が開き、灰銀の医者から託された懐中時計が辺りを照らす眩い閃光を放ち、トリガーの視界を奪い取る。


「葵の名に俺が近づくんじゃない、葵を俺の形に変えるんだ」


 葵に縛られている日向が、薊一刀流から外れた邪道の手段を使うはず無いと高を括っていたトリガーは不意の目眩ましに虚を付かれた。


「砕けろ! 奥義我流変成」


 蛍火を手放したのは少しでも体を軽くするため、離れていても契約は続いている。


「穿破、紅龍爪ッ!!!」


 全力の怒りが熱に変わり右手に宿る。

 格好つけた名前だが、要するに熱した拳による全力の正拳突きだ。そもそも抜刀術が主体の薊一刀流に徒手の奥義は存在せず、『穿刃紅龍爪』という一転集中の突きの奥義を日向の得意分野である零ノ型にアレンジしたものだ。

 単純ながら、一撃に込められた力は絶大であり、脇腹に深く刺さった拳はトリガーの意識ごと、その体を吹き飛ばした。


「これが、俺の戦い方、葵の形だ。誰にも文句は言わせない」

 

 

「しっかし、何が『お守りに持っておくと良い』だよ、マグネシウムのメッキ塗ってあるっつうことは、こうした使い方をしろっていってるようなもんじゃねぇか」


 ほったらかしにしてた蛍火を回収すると日向は、勝因となった懐中時計を感慨深げに眺める。

 日向の知る医者が愛用している懐中時計は年季の入った銀製の物で、彼曰く『味』である硫化して黒ずんだ鉛のような銀色のはずだが、渡された懐中時計は形や模様こそ同じものだが、まるで新品のように均一な光沢のあるものだった。

 それを見た瞬間、彼が得意げに説明していたスタングレネードの仕組みを思い出し、一か八か実戦に組み込もうと思い至ったのだ。


「それよりも」


 少しばかり離れたところでのびている、今しがた殴り飛ばした男を確認する。

 是が非でも外れそうになかったパーカーのフードが脱げ、目に悪いドぎつい赤の髪が露出している。うつ伏せになって気絶しているためどのような顔をしているかまでは分からないが。


「救援が来るまでに起きられても困るし、拘束しとかねぇとな、ついでに、どんな顔の野郎か確かめてやるか――」


 トリガーに近づこうと踏み出した瞬間、日向は頭上からの殺気に感づき反射的に後退すると踏み出そうとした場所に三本のクナイが突き刺さる。



「このお方に一歩でも近づいてみろ、貴様を三枚に下ろしてやる」



 突如、音も無くトリガーを庇う様に、動きやすそうな和風装束を身に纏う華奢な少女が現れた。

 顔を木彫りの狐面で隠しているため正確な年齢は計れないが、幼さが残る声色から日向よりも大分年下であることが伺える。

 片手に地面に刺さっているクナイと同じクナイを持っているところから、不意打ちをしてきたのはこの少女のようだ。


「忍者かよ。うちにもそれっぽい奴はいるけど、そこまで如何にもな奴は初めて見るぜ」

「黙れ、今すぐ殺すぞ……」


 表情は見えないが不意打ちの瞬間と同種の殺気を少女は放っていた。


「無理だろ。不意打ちでろくに殺気も隠せないような未熟モンのガキンチョに俺は殺せねぇよ。ウチの忍者モドキの方が上手く不意を突けるぜ。さあ、そこをどけよ」


 少女は図星を突かれ歯噛みをするが、それでも日向を近付けまいとトリガーをより庇うように体を寄せ、退く気がないことを示した。


「その餓鬼言うとおりだ。大人しく投降したほうが、アンタの身のためだぜ」


 日向と少女がにらみ合っている場面に現れたのは、行動不能と伝えられていた三角だった。


「遅くなったな葵。よく戦ってくれた……って言ってやりたいとこだが、さっさと七夕の指示に従って撤退してくれた方が、俺たちの心労が減ったんだがな」

「敵にやられたNNN最強様がよく言うぜ。結果倒せたんだ、文句いうなよ、センセ」

「それマジでやめろ、結構へこむ」


 傷だらけでボロボロの日向を見て、自身の不甲斐なさに三角は歯噛みする。


「まあそれは一先ず置いといて、だ。そこのお前、今すぐ武器を捨てて両手を頭につけろ、分かってるとは思うが逃げ場なんてないぜ」


 三角は内部セキュリティが復活したことにより、十数名の魔術士を引き連れ、トリガーと少女を包囲しに来たのだ。


「妙な真似はするなよ。俺はこの距離からでもお前とそこの転がっているトリガー諸共殺せる。そうしないのはお前らに聞きたいことがたっぷりあるからだ。だが、抵抗するなら止むなしって次第なわけだ」


 三角は腰の得物に手をかけ、少女に威圧を掛ける。

 どんなに無様な姿を見せたとはいっても、三角の力量は目の前のモノを震撼させる。距離は離れているとはいえ、少女は首に刃を突きつけられたかのように及び腰になる。


「やめろ、手を出すな……」


 少女に警戒しながら、魔導具の回収そして拘束すべく近づいていく。


「このお方は、アポロ様は目的のためなら何だってする悪党だ、それでも、それでも、私にとってはたった一人の――」


 瞳に涙を滲ませながら、立ち向かおうとする少女。そのあまりに気高い執念にその場の人間は思わず目を奪われた。



「その娘から離れろ……!」



「何っ!?」


 少女に目を奪われ、指輪に手を伸ばしていた状態で固まっていた三角が更なる事態に驚愕する。

 日向の全力で気絶していたトリガー、少女がアポロと呼んだ男が立ち上ったのだ。


「アポロ様!」

「もう起きたのかよ。結構しっかり決まったと思ったんだけどな……」


 目覚めた、といってもトリガーは満身創痍の状態でとても戦えるようの状態ではない。

 しかし三角はトリガーの再起に警戒し慌てて距離をとってしまい、トリガーは覚束ない足で少女を逆に庇うように立ちはだかる。


「アポロ様、お怪我の程は!?」

「酷い火傷だ。だが、退くのに支障はない」


 どう見ても強がりだ、貫通まではしていないモノの内臓も多少なりと火傷しているし骨も何本か折れてるはず、とても歩けるような状態じゃない。

 おそらく一つの指輪で痛みを多少緩和しているのだろう。


「よくもまあそんな状態で立ち上がる。魔導具ってのはなんでもありだな」

「魔導具だけの力じゃない、起動させるためには装着者の意思が重要なんだ。装着者の意識が途切れている状態で魔導具が自律稼動することはありえない。つまり、トリガーはボロボロになりながらも底無しの執念で無理やり自分をたたき起こした。嫌な奴だけど大したモンだよ」


 だが、改めて確認すべくもないが、もうすでに虫の息のトリガーをもう一度行動不能にすることなど、三角には造作もない。

 三角は再びトリガーと少女を拘束しようと腰の刀に手を伸ばす。


「――っ!?」


 トリガーは何もしていない、この深手で何かが出来るはずがないのだ。だが、その場の全員、目の前の満身創痍の男に手出しが出来なくなった。

 魔術ではない、魔法でもない。そんな小細工ではない、生物としての本能のような部分でこの男の持つ気迫や執念に恐怖し動けなくなったのだ。


「この借りは忘れんぞ、葵日向。次に見えた時、貴様を決して侮らん、全力で殺す……! 葵の血はこの手で必ず絶やす……! ただの一度の敗北で諦めなどせん、不可能など俺の中には存在しない」


 ただの負け惜しみと、一蹴することは出来なかった、その瞳に宿る執念は日向の心臓を掴んで離さなかった。


「そして、覚えておけ、いずれ貴様らを食らう者の名を、俺の名はアポロ! アポロ=パブロだ」


 トリガー、改めアポロの中に戦いを楽しんでいる。という思いは微塵もない、ただその中にある執念に突き動かされ、義務的に戦っていることが見て取れた。

 その姿に怒りに囚われていた少年の姿と重なって見えた。アポロの姿は怒りに囚われたものの果ての姿なのではないか、そんな考えが三角の影を差す。


「小梅、撤退だ。転移の準備は出来ているな」

「はい、お待たせしました」


 小梅と呼ばれた少女は、起動待機状態の転移礼装を取り出した。


「くそっ、待てっ!」


 三角は動けなくなっていた足を無理やり動かし飛び出すも、既に待機状態に移行していた転移術式を止めることはできず。伸ばした腕は虚しく空を切った。


「なんて奴……」

「こりゃ、大目玉だな」


 思わず日向はその場にへたり込んでしまい、三角は青ざめていた。


「マジで何のためにぶっ飛ばしたんだか……けど、約束は果たせた、よな……」

「おっと……ホント、良くやってくれたよ、お前たちは……」


 緊張が解け、押し寄せる疲労感に倒れてしまいそうになった日向を地面すれすれで三角は抱きかかえ、聞こえてはいないだろうが労いの言葉を掛ける。


「こんな苦労を、子供達に背負って欲しくはなかったんだがな。それが、アイツの望みだったのに……」


 珍しく三角は物悲しげな表情で、誰にでもなく、ただどっぷりと日が暮れて月が昇る空に自分にしか聞こえない声で呟いたのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る