PHAZE4 Resonance
1
「なあー、ドクター」
『なんだい、もう演習開始まで一分を切ったよ。そろそろ気を引き締めておいた方がいいんじゃない?』
日向は横目で建物の影になっているベンチで寝息を立てて横になっている桜を見て、緊張感のなさに呆れている。
今は十五時半丁度前、日中の筆記試験を終え、日向たち第六小隊は大規模演習の開始時間までスタート地点に選んだ場所で待機していた。
大規模演習では方舟の甲板部分、つまり市街戦を想定した舞台で小隊単位でのバトルロワイヤル。自分の小隊以外は全て敵として扱う。
小隊長が戦闘不能になれば小隊行動継続困難となり脱落、最寄の船内エレベーターで退場しなければならない。
戦闘域が広くなりすぎると会敵率が下がるので建物内部は禁止。
というのが大まかなルールとなっている。
第六小隊の隊長は未希ということになっている。
「それもそうなんだが、なんでこんなところからスタートなんだ?」
日向たち第六小隊がスタート地点に選んだのは、船の先端に程近い演習会場の最端だ。電気工事が行なわれるということで、学生寮が立ち並ぶ居住エリアは会場から除外されているため沿岸ではなく、比較的船の内側の商業施設などが立ち並ぶエリアにいる。
「後方は見えないが壁になっているわけだろ。退路が無い」
『初めから逃げることを考えるのはあまり感心しないな』
道路の真ん中にいる日向は観測手を買って出て近くにある一番高いビルの屋上で待機している未希と耳に嵌めた通信機を介して会話している。
『僕らは他の隊と比べて人数が少ないんだ、僕らはギリギリになってから編入の手続きをしたからね。戦闘員は小隊と呼べる最低ラインの三人、他の隊は五から六人もいる。複数の小隊との乱戦には向かない』
『そこで、敵からの侵攻方向をある程度限定することで対応しやすくするのが目的なのよ』
未希の説明に割って入ってきたのは花蓮。
彼女はこの場にはいない、花蓮の役割は各小隊につき一人割り当てられている非戦闘員の
通信士を含めたその他の非戦闘員は演習会場ではなく、艦橋で戦闘員のメンバーをサポートすることになっている。
『周囲の採点用に学校側が用意してるカメラのハッキングは完了。未希との視覚共有も完了。鳥瞰、蟻瞰の両方を掌握できた。これで不意を付かれることなく先制をとれるわ。警戒域が狭いから監視がしやすいのも、この地形の優位点ね』
『おしゃべりもいいけどそろそろ始まるよ』
未希がお気に入りの銀の懐中時計の鎖を鳴らしながら取り出して時間を確認する。
「まだそんな古臭いの持ってたのか」
『失礼だな。銀製品特有の味ってやつだよ。お子様にはまだまだわからないのさ』
日向出会った頃から未希がずっと身に着けている光沢を失った銀色と変色して黒ずんだ鈍色が入り混じったアンティークのような不便そうな懐中時計を思い描く。
幾度となく日向は腕時計の方が便利だと説いたのだが、現実主義の合理性の化身のような未希にしては珍しく『お守り』と迷信じみたことを言ったのが印象的だった。
『実戦試験、まもなく開催いたします。受験者は準備してください。繰り返します――』
あちこちに散りばめられたスピーカーから開催直前のアナウンスがされる。
『んじゃ、頑張ろうか。あ、そうだ、日向』
「ん?」
演習開始のアナウンスと同時に、未希が思い出したように、日向に告げる。
『リハビリの結果の締め切りはこれが終わるまでだからね』
「……あ」
『それでは各小隊、状況を開始してください』
日向は完全に忘れていた。
そして、未希が課した『友達四人』のノルマのまだ半分しかクリアできていなかった。
『まあ、そんなことだろうと思っていたけどね』
日向が倒れるなどのアクシデントがあったとはいえ、それでも未希は日向は良い方向に成長していると見ていた。
少しずつではあるが自分の本質、そして弱い部分を見つめることが出来るようになっている。
だが、まだ日向の中で燻っているあの日の傷は消えていない。
●
「運がいいのか悪いのか……」
「俺的には、好都合だ!」
見えない壁沿いに他の小隊を探索していた日向たちが、演習開始間もなくかち合った相手は。
「あの時の仕切りなおしといこうぜ、葵!」
蔦原の属する小隊、だが、妙である。
『彼の所属は第三小隊、戦闘員は、蔦原誠、司馬直人、そして、え? 菊月真弓……?』
「え?」
先陣きって日向につっこんでくる蔦原を制するように前に出てきたのは、いつだったか蔦原と言い争いをしていた菊月だった。
「ホントだ。おーい、菊ちゃーん」
対峙している相手だというのに手を振る桜に菊月は呆れたように一瞥するだけに留めていた。
「お前ら仲悪かったんじゃなかったっけ?」
「私だって本意ではない。こんな問題児と組むなど。だが風紀委員としての責務なのだ、保護観察処分者の監視は」
蔦原が問題を起こさないように菊月はお目付け役にされているということらしい。その割には野放しにされている気もするが。
「貧乏くじか、大変そうだな」
「誰が貧乏くじや、最強の
「腕の問題じゃない。話を聞かん奴が一人でもいれば連携など……」
「ほう、腕は認めてくれとるんやな」
「黙れ、何でも自分の都合の良い様に受け取りやがって。それに、前から思ってたけどなそのわざとらしい似非関西弁をいい加減に辞めろ。生まれも育ちも関東のくせに!」
なんか勝手に仲間割れを始めてしまった。
面倒くさいのが二人、掛け合わせるとより二乗になってなお面倒。
『戦闘員が三人しかいないから私たちと同じ作戦をとったみたいね』
「どする?」
「どうもこうも、隙だらけの今が狙い目だろ!」
二人が喧嘩をしている隙に少々卑怯な気がしないでもないが、日向は竜爪に熱を付与し攻撃を仕掛ける。
それに少し遅れて桜も疾風のごとき走りで追随する。
『二人とも馬鹿か! 敵も《三人》なんだぞ!』
「「あ……」」
そう言えばあまりにも影が薄くて、もう一人いたことを二人は忘れていた。
チームメイトの前に現れ、迫り来る二人に向かってその偉丈夫は巨大な鈍器のようなものを横薙ぎにし、二人を後退させる。
「そういやいたな」
「ちょっと酷いんじゃねえか? これでも面倒なのをまとめて二人も面倒見なきゃいけに苦労人ポジションなんだぜ」
初対面ならばまず高一とは思えないその筋骨隆々とした肉体を誇る彼の名は、司馬直人。その腕には隊長であることの目印となる腕章が巻かれている。
「まったく……前衛二人は任せて欲しいってお前らが言ったから任せたってのに……不安だから引き換えしてみれば案の定だよ」
司馬は後ろで喧嘩をしていた面倒な二人に呆れた視線を配る。
流石に喧嘩をしていたとしても巨大な武器を持って馳せ参じた司馬に気が付かない二人ではなく、リーダーが現れたことで咄嗟に喧嘩を中断した。
「喧嘩なんてしてへんし」
「そ、そうだ、少々見解に相違があったから、認識の共有をだな……」
今更言い繕ったところで遅いというのに、二人は咄嗟に言い訳を始める。
「ちゃんとやらないんだったら、どっちか役割交代するか?」
「「それだけは嫌だ!」」
蔦原は日向に、菊月は桜にそれぞれリベンジをしたいという思惑があるためここでポジションを変えられることだけは死守したいらしい。
「こういうところばっかり息が合いやがって……。わかった……ここは任せたからな、喧嘩して倒されてもしらねぇからな!」
言うことを言ったら立ち去ろうとする司馬の前に日向と桜は行く手を阻むように立ちはだかる。
「まあ、未希のとこに行くっていってるようなもんだし」
「簡単に通す理由はねぇよな」
日向と桜は未希の戦い方を知っている。だからこそ明らかに相性の悪い司馬を通すわけにはいかない。
二対三はの状況は不利だと理解しているが、司馬は確実に食い止めたいところだが……。
「悪いが……」
巨体ゆえに動きが鈍そうに見える、万が一脇を抜かれても桜なら追いつけるだろう、と第六小隊の面子は思っていた。
その姿が霞掛かるまで。
「先を急がせてもらう……」
その声がどこから聞こえてくるものなのか、日向にも桜にも解らなかった。
それどころか、司馬の姿はなんの予兆もなく、気が付いたときには跡形もなくなっていた。
『ちょっと何してるの!? 司馬くん素通りしてったわよ!』
モニター越しで見ていた花蓮と離れた地点にいた未希には、ただ司馬が悠然と歩きながら日向たちとすれ違ったように見えた。
『どうやら一方向からのみ自身の姿を外すようにしたみたいだね』
『解説はよ』
『光の屈折の話、水かあるいは光そのものに働きかけて、自分の姿を映す光を曲げたんだ。見る角度の違う僕と花蓮には姿はバッチリ見えてたけど、突破する必要があるのは前の二人だけだから気にしなかったんだろう』
パワーもありそうな上に魔術も達者とは、あまり目立ったなかったけどダークホースだな。などと別段慌てた様子も見せず、向かってくる司馬を未希は悠長に待ち受けていた。
『仕方ない彼は僕が引き受けた』
「お前がやられたら俺ら負けなんだけど!」
『大丈夫、引き受けるだけだから。そっちが終わったら助けてね』
それに未希にはこんなところで、うっかり、戦闘不能になっている余裕などありはしないのだから。
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