PHAZE3.5 Dr.未希の対処療法

幕間

PHAZE3.5 Dr.未希の対処療法


 灰皿を挟んで背中合わせのような形で三角と未希は最終確認を行なっていた。


「黄金の環が狙ってたタイミングってのが、まさか今日だとはな」


 いつもの三割り増しで気だるそうに三角がゆっくりと煙を吐く理由の答えは、未希と三角、両者の格好からいくらか読み取れるだろう。

 普段、制服の上に白衣姿の未希だが、今は間逆の色彩を身に纏っていた。よく目立つ灰銀の髪を隠すように黒いキャスケットを目深に被り、学園指定の戦闘服の上には帽子と同様に真っ黒な外套を羽織っている。

 そして三角はいつものくたびれたダサいジャージ姿ではなく、NNNから支給されている飾り気の無い正規の戦闘服を別人のように着こなしていた。

 どちらも表情に普段の軽さや明るさは見えず、重圧や緊迫を伴っていた。


「大規模演習、しかも、一年生の実施日。これほどの好機もそうそうないだろうしね」


 精神を安定させるため、普段人前で吸わない未希も今ばかりは火の付いた煙草を咥えている。


「対策は可能な限り練った。万全を尽くすってやつかな」

「万全っつうんだったら、方舟に奴らを招くのは作戦の欠陥じゃねぇのか」

「ここ最近の本州港でのアンチ魔術使い運動の激化のせいだよ。対テロのためとはいえ、民間人の立ち入り制限などしてしまえばそれが悪化する。それが黄金の環の狙いだったのかもしれないけどね」


 先日の異常なまでに過激な対魔術使い排斥運動の背景に、何者かの扇動があったという情報を未希の調査でNNNは把握している。

 黄金の環が望むのは魔術使いと大衆の対立。であれば、わざわざ敵対魔術使いの拠点方舟に乗り込むより、港や大衆の公的機関に攻め入る方が賢明であるのだが……。

 敵の狙いがはっきりとしないのが、未希に言いようのない不安を煽っている。


「すでに始まっているんだよ、戦いは。今日はそれが表面化するにすぎない」


 世界最高峰の防備を誇る方舟を相手に真正面から勝負を仕掛けるなどという愚作を敵が用意している可能性は極めて低い。そもそも、決して高くない攻略作戦の成功率を限界まで引き上げる搦め手を狙ってくるはず。

 準備の段階で情報収集、読み合い、臨機応変に対応するための数多くのパターンの計画、未希は方舟にやってきた時点から休みなく、輪郭の無い敵と戦っているのだ。


「敵が戦列を並べて大挙に押し寄せてくるわけではないが気を抜いてはいけないよ。敵だって、一大拠点を攻めるためにそれなりの準備はしているはずなんだから。特に三角、キミが方舟に常駐していることはオープンな情報なんだ。ピンポイントで対策されていてもおかしくない、意識はより一層高めておいて」

「念押しなんかされなくても、俺はただの一度だって自分を『最強』だなんて驕って怠ったことなんてねぇよ。背負ってるモノと、くだらない重さのねぇ肩書き、秤にかけるまでもない」


 三角は胸いっぱいに煙を吸い、ため息を吐き出すように紫煙を辺りに撒いた。


「だからこそ、俺は今回の作戦に不満がある。白雪、いやNNN第三機関副長Dr.アート、なぜお前は本当に万全を尽くさない? 百歩譲って方舟に敵を招くのは仕方ないって納得してやる。けどな、スケジュール通りに大規模演習を実施したのは何故だ? 演習なんざ延期でもなんでもすればいい」


 方舟の学校運営はNNNの管轄だ。方舟の艦長でもある理事長が一声かければ行事の一つや二つ、予定を変更することなど容易い。

 しかし、黄金の環の襲撃日が判明したというのに、生徒が方舟中に入り乱れる大規模演習を学校側は当初の定刻通りに実施するというのだ。


「三角、テロの本質ってなんだと思う?」

「本質?」

「テロリズムはラテン語で『恐怖』という意味の言葉を語源としているように、暴力による『恐怖』で自身の存在を社会に示すモノだ。良いかい三角、テロはというだけで、人々の不安と恐怖を煽る、最低限の目的が果たされてしまうんだ」


 未希は三角の目の前に姿を見せた。

 俯いた未希が思うのは、自らの力でそれを未然に防ぐことが出来なかった、子供達に傷を負わせてしまったことへの後悔だった。


「だからこそ、テロが子供達の日常に影響を与えてはいけない。今日は僕ら以外にとってはなんでもない日常の一幕で終わらせないといけないんだ。僕らが守るのは方舟や人命だけじゃない、皆の日常もなんだよ」


 俯いた顔を上げ、力強い覚悟を忍ばせた眼差しを三角に向ける。


「はぁ……主に頑張るのは俺なんだけどな。わかったよ、人知れず悪を挫く、なんて、ヒーローっぽくって悪くないかもな。だが、最終防衛ラインの俺が突破されたら、すぐに船内に生徒を避難させるぞ」

「初めからそのつもりだよ。けど、僕はキミを信頼している。背中は任せたよ、僕とキミの狭間が戦場と日常の境界線だ。絶対守り抜いてくれ」


 今回の作戦は方舟と本州を繋ぐ連絡港と一部の区画を立ち入り禁止にして、侵攻を最小の範囲で食い止めるというものだ。

 最大戦力の三角は立ち入り禁止区画の際で最後の砦に、未希は立ち入り禁止区画に学生が入ってしまわないように立ち回るため日常の内側の際に、二人は背中合わせでそれぞれの役割を果たす。


「ちょっと他力本願じゃね?」


 少し緊張が解けたのか、解くためなのか、三角は強張った表情を解き、冗談を口にした。


「僕は自力より他力の方が優秀なんだ、全面的に乗っからせてもらうよ」


 帽子のつばを指先で押し上げ、いつもの微笑を浮かべる。

 そして、紙のケースから一本の煙草をそれぞれ交換する。


「お前の道行きに幸福があらんことを」


 三角から未希に渡った煙草の銘柄は「ラッキーストライク」。


「キミの選択に策略家からの助言を」


 未希から三角に渡った煙草の銘柄は「ウィンストン・キャスター」。

 これは二人がともに戦場に出るときの願掛けだ。終わったあと、互いに渡した煙草を返すという。


「勝手に吸うなよ?」

「誰がこんな無駄に重いのを好き好んで吸うもんか。キミの方こそ」

「誰がメンソールなんて吸うかよ」


 すっと、空いた一本分の隙間にそれぞれの煙草を入れ、颯爽と別々の方向に身体を向ける。


「お前の信頼にも応えてやるよ」

「ああ、守り抜くよ、みんなの日常を」


 二人はそれぞれの戦場へと歩みを進めたのだった。

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