4-2
「いつでも始めるといい」
今回の授業は試合形式で格闘技のように正方形で区切られた範囲をフィールドとした武器、魔術ありの一本先取。
菊月はしなりの悪そうな金属製の柄と刃先が短剣のように短い軽槍を持ち、桜を誘うように棒立ちで刃先をはす向けている。
「おっけ」
誘っていることは承知している桜だが、そんなものを臆することはない。
武器を持つことなく、音を立てずに地面を蹴り出す。桜お得意の縮地で二者の距離が瞬時にゼロになる。
無駄口を叩く間も無く勝負を決めに入るつもりの桜、接近したあまりにも僅かな瞬きに狙いを定め、容赦なく顎を砕くための拳を引き絞る。
日向ほど桜の動きに目が慣れていれば、ガードないし回避に苦はないだろうが、慣れていなければまともに『見る』ことすら出来ない桜の動きに反応は出来ない。
だから順当に殴り飛ばせば桜の勝ち、のはずだった。
「……おっとっと、こわ」
突き出そうとした拳を引っ込めた桜は菊月を通り過ぎ最初にいた場所と対辺の
「気づいたのか」
「なんとなく嫌な予感がしたんだよ」
具体的な脅威の正体は不明だが。動物的な直感で、菊月の肌に触れるのを直前で避けた桜。
「初見看破など珍しくもない。これはただのふるい分けだよ。こんなのにも気づかずに終わるようなら、ただ口先だけだということだからな」
菊月は刃先をコンと地面に当てると光のラインがバチバチと音を鳴らしながら不規則に飛び散る。
彼女の肌の表面に電流が流れていて、触れた瞬間に桜に電気が渡る手筈だったようだ。
「電気? 蝿取りみたい。珍しいね、そんな危険なの使う人初めて見た」
魔力はあらゆるエネルギーと互換性がある。
それは電力であっても例外ではない、現に、世界中の発電は魔力によって賄われている。
だがそれは機械による変換技術が確立されているからで、魔術使いがどれほど丈夫とはいえ内臓を損傷すればただではすまない以上、生身で魔力の電力変換などリスキーな真似をする人間はいない。
「工夫次第さ、それに自ら定めた注意事項に忠実に従っていれば、さして危険なものでもない」
リスクを恐れているのではなく、使い方を誤らないように律している。ハイリスクな力を手堅くモノにしている。
たしかに、これで高校一年生なら十分にトップクラスだろうなと、あの三角ですら感心するほど。
「近づくと蝿取りみたいいにバチってなるのか……」
「かと言って、近づいてこないなら……」
得意の肉弾戦を封じられ次の策を講じる間もなく、今度は刃先をしっかりと桜に向けて菊月が攻める。
流石に人間の域を片足踏み外している桜には及ぶまいが、それでも、十分に平均を上回る速度を伴い、触れれば必死の槍で突っ込んでくるのはかなりの脅威である。
「なるほど、だから柄まで金属なの」
触れさせれば勝ちなのだから、取り回しがよく、なおかつ広い範囲に接触面がある槍は確かに相性がいい。
今度は菊月の能力を把握するために彼女より僅かに上回る程度で、余裕を持って回避に専念する。
(結構バチバチしてたけどどうして菊月ちゃんは感電しないんだろ?)
理系に関しては、というか勉学全般に弱い桜はその理屈にはテンで検討がつかない。
(やせ我慢じゃないよね。特異体質で電気抵抗が高いのかな? けどそれじゃあ、そもそもあんなにバチバチ流れないよね)
自分で生み出したものだからダメージはゼロなんてことはあり得ない。
日向が直接自身の肉体に加熱を施さないのは、そういう意味でもある。
なのに、皮膚に電気が通っていて感電していないとはどういうことなのだろうか。
「やっぱ、頭よくないとだめなのかな……」
傍で未希が解説してくれるなら糸口も見つかるかもしれないけど、どうにもただ観察しているだけでは暗中模索の状態が続いてしまう。
「逃げているだけでは埒が明かないぞ!」
それもそうだ、桜はと思い、とにかく触れずに攻撃する方法に転じることにする。
鋭い突きを通り抜けた桜は、振り向きざまに両方の袖から柄のない刃だけの短刀を取り出し、それぞれ右ふくらはぎ、左肩と相対する位置に投げつける。
「その程度ッ!」
近接でだめなら遠距離で、は安直過ぎたか。
付け焼刃の抵抗は激しい雷音と共に手馴れた槍捌きで弾かれる。
「生憎、誰も彼もが次善の策に遠距離を選択するものでな、いい加減飽きてきている」
「けどあなたも決め手に欠けてるよね」
「正直、その点は評価している。私もそれなりに足に自信があったのでな、ここまで躱されるとはおもっていなかった」
やはり菊月は手堅い。魔術使いの大多数は中遠距離の戦闘手段を放棄しているという傾向から、完全に近接を封殺する手段を選択し、相手をじわじわ削っていく。
一撃必殺の短期決戦型インファイターの桜は相性が悪い。
「何とかして隙を作って投擲でちょくちょくと……いや、それはちょっと……」
結構逃げ回っていたためか桜のスタミナはそれなりに減ってきている、対する
菊月も回避に専念していた桜を追い続けるのに普段以上に体力を使っているため額に汗を浮かべている。
「『わたし』らしくないかな!」
感電しないで触れる方法、一つ心当たりを桜は思い出した。
「狙うのは一撃必殺」
日向は短所を克服することでもとの長所を活かそうとしている。それは、なんだかんだ言っても日向が器用だから挑戦できる道だ。
対する桜は、極端に尖がっている、出来ることはとことんまで、出来ないことはどれだけやっても出来ない。
なら、出来ることをもっともっと磨き上げるしかない。
「葵家専属お庭番衆春原家、御曹司担当『
しゃがみ込んだようにも見える桜の姿勢は、以前、日向と組手で見せた全身をバネにした縮地の構え。
「また真っ直ぐに突っ込んでくる気か!?」
「正解♪」
力強い蹴り出しに反して音は無く、瞬きの間に菊月の眼前に迫っている。
「くっ……」
苦し紛れに菊月が振るった槍だが、確かな手応えがあった。やはりあれほどの速さを持つ桜といえども体力を消耗していれば多少動きが鈍くなるか、と内心で安堵する。
だが、そんな思いは束の間で去り、目の前の感覚が
「――奥義、
眼前の桜の姿は霧散し、菊月は捉えた感覚の正体を認識することになる。
「残像……それに手応えの正体は投げた短刀か……!」
スタートと同時に桜は短刀を投擲、それを追い越して影を残す。視覚と触覚で二重に騙す体術、夢幻泡影。
「くそっ、だが、何故、私の防御壁を突破した? 触れれば感電は免れないはず」
「ん? ああ、昔、未希にどうして電線に止まってるスズメは感電しないの? って聞いたのを思い出したんだけど、結局難しくてよくわかんなかったんだ。けど、ようは地面に脚が付いてなきゃいいんだよね」
桜は夢幻泡影で撹乱し背後を取って飛び蹴りを菊月に食らわした、ただそれだけなのだ。
「その程度の認識で、なんて思い切り」
桜の決断力も勝因の一つだが、運命を分けたのは菊月のほんの僅かな間の油断だろう。
体力勝負に乗り出したまではいいが、闘志が残っている相手を前に胸を撫で下ろすのは致命的だったことだろう。
「少しは驕って伸ばしてた鼻も短くなったんじゃない?」
「………………私は間違ってない」
うつ伏せのまま菊月は不貞腐れている。
「んなことはわかってる。未希が授業に出てないのはいけないことだよ、けど論点はそこじゃないって。謝るのは自分を誇示するために未希を侮辱したこと、今日は未希がいなかったから告げ口はしないであげるけど、ちゃんと反省して」
動こうとしない菊月、もしかして立てなくなったのかと思い桜は手を差し伸べる。
「いい、このくらい」
それを払いのけ菊月は自力で立ち上がる。
「昨日も思ったけど、そういう尊大な態度、辞めた方いいんじゃない?」
「お前も、他人に思ったことずけずけ言うの、控えた方がいいんじゃないのか?」
一筋縄じゃいかなそうな頑固さ、未希のことを悪く言われたのもそうだが、日向の友達候補にもしかしたら……とも桜は考えていたのだが脈なしだろうか。
「……白雪のことは悪かった」
三角への不満感から出た本心からの言葉ではないからこそ、桜の指摘引っ込みがつかなかくなってしまいタイミングを逃していた菊月は謝る口実が出来たことに内心安堵していた。
「いいじゃん! ちょっと面倒くさいけど、悪くないよ菊ちゃん」
「誰が面倒くさいだ。急にフランクになるな! 鬱陶しい」
●
「あれ? 実戦訓練は単位取得済みだから授業免除の申請出してたはずだけど」
後日、暴言を吐いたことと未希が授業に出てないことは別問題と未希が顔を出している午前の間に菊月は未希に話を持ち出した際の未希の回答がコレだった。
徹夜での作業だったのか目の下にクマをこびり付けていて、覇気が無いのは気のせいだろうか。
「しばらく仕事が立て込むから自由参加だけど不参加にしといてって、三角先生には報告してたんだけど……連絡回ってなかった?」
少し離れた場所で授業の準備をしてるフリをしながら聞き耳立てていた三角の肩がピクリと震える。
そう言えば、そんな話を仕事に関する話の合間にちょろっとしたな、と、三角は思い出していた。
「そっか、昨日は日向が休んでたから人が足りなかったのか。僕も参加できたらよかったんだけど……ごめんね、仕事が積まれててそっちを優先させないといけなかったんだ」
「い、いや、私もちゃんと確認してなかったから。そうか、白雪はすでに大学をでていて医者として社会に出ているんだったな」
「あっれ~、菊ちゃん、昨日は『私は間違ってない』って子供みたいに駄々こねてたくせに、随分と対応違くない?」
「あぁん!? 私だって一々突っかかってこられなければあんな風に意固地になったりしない!」
どうやら、堅苦しい菊月の性格と不躾にずけずけと入り込んでいく桜の性格は妙に相性があったらしく、昨日のような険悪なムードはなく、悪友のような軽い雰囲気へと変化していた。
それを傍目に男子三人はヤバイ奴とヤバイ奴が仲良くなったことに戦慄を覚えるのだった。
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