桜が心配している件の未希だが、まさに窮地に陥っていた。


「そこにいるのは、解っている観念して出てきたらどうだ」


 未希のいるビルが特定され、司馬はすぐ傍まで迫ってきているのだ。

 どうやら相手にとって未希が隠し玉ダークホースだったように、相手にも正体不明の隠し玉がいたらしい。


(二人に着目しすぎたのが裏目に出たな……だとしてもこうも簡単に見破られるなんて)

 


~演習開始前~



「なあ、俺たちは一体何を手伝わされてんだ」

「僕の命綱の設置。それをそのへんに設置してちょうだい」


 これで十五個目。とにかく高い場所を選んで未希は日向と桜に手伝ってもらって、ある装置を設置していた。

 演習開始前の準備時間というものが一時間ほど与えられており、その間の準備に制約はない。罠を張るのも準備の一つなのだ。


「さてあと五個くらでいいかな。それだけあれば大幅に時間が稼げる」

「で、結局何なんだコレ? どう見たって綱じゃないし、かといって武器でもない」

「わたしも気になる」


 日向は設置しているモノを片手に未希に問う。

 彼が手に持っているのは装置の一部でスプレー缶のよう長筒のモノにいくつか大きな円状の穴が開いていて、ピンのようなものが付いている。


「仕方ないな。予備はあるし試しに見せてあげるよ」


 日向からスプレー缶(仮)を受け取った未希はおもむろにそれのピンを引っこ抜いた。

 上部の留め具のようなものが外れる、が、何も起きない。

 すると未希はスプレー缶(仮)を手放し、それに背を向けて距離を取り出した。

 全くもってそれがどういうものなのか理解できていない二人は、ただ呆然とスプレー缶(仮)がどうなるのかを観察していた。

 数秒後、二人は地面に打ち伏せられていた。


「目が……」

「耳が……」


 一分ほど転がり続けてようやく二人はよろよろと立ち上がった。

 身体的なダメージではない。やられたのは網膜と鼓膜。


「ふむ、やはり魔術使いの回復力は凄まじいな」


 一人、それの効果を熟知していたため難を逃れた未希は冷静に感心していた。


「じゃねぇよ、何だよこれ。やべぇまだ視界が白い」

「まだ耳がキーンってなってる」

「これはスタングレネード。フラッシュバンとも言われている。非殺傷手榴弾だ。主に付近の一般人に怪我を負わせず敵の無力化を計る目的に使われている。閃光の正体はマグネシウム。マグネシウムは加熱することで白色の閃光を発生させるんだ。爆発は致死性こそないけどかなりでかい音がなるように炸薬が調整されている」

「仕組みなんて聞いてねぇよ。これがなんでお前の命綱になるんだよ」


 ああ、そっちね、と表情のみで返答し、未希は日向の要望通りの解答にシフト。


「僕はコレと固定観念を利用した心理的な罠を張ろうと思っている」

「こてーかんねん?」

「難しく捉えることはない。ようは『こうなったのだから、こうなっているはずだ』っていう思い込みを使うんだ」


 いまいちしっくり来ていない二人により詳細を噛み砕いて説明する。


「キミ達は僕の戦い方を知っているから効果は薄いだろうけど、例えば離れた場所で轟音と眩しい光が同時に発生したら、キミ達はどう思う?」

「ヤバそう」

「お祭り」

「………………まあ、日向の言うとおり危険そうなことが起こっていると大抵の人が思うわけだ。そこで僕がアクションを起こすと同時に遠隔操作で起爆させれば、僕がその地点にいると誤認させることが出来る。そして複数同時に起爆すれば、あたかもその中に本物が混じってるかのように思わせる」


 この罠のポイントは未希の使う攻撃は本来、光も音も発しないという点にある。


「光や音に囚われず良く観察すれば、発見される可能性はあるが。それに気が付くまでの時間稼ぎには十分だろう」



「全然十分じゃなかった……! 詰めが甘かったか?」


 未希の能力の真価は、二つの条件が満たされてこそ発揮する。

 一つは相手の射程距離レンジの外にいること。

 そしてもう一つは、相手に見つかっていないこと。

 見事に二つの条件が突破されてしまっていた今、未希はマネキンか人型の的ほどしか役に立たない。


「かくなるうえは――」


 条件を満たせることに特化した道具を詰めたポーチから、本来の用途のために持ってきているスタングレネードを取り出し、ピンを引き抜いて司馬の足下に転がす。

 爆発音と同時に未希は身を潜めていた場所から飛び出し、そのまま地上30mのビルの屋上から飛び降りた。


応急処置Erste Hilfe


 それにタイミングを合わせ自分が羽織っている真っ黒な外套に術を掛ける。

 彼は自分のイメージを口に出すことで素早く術を形に出来る。特に物体の変形、造型の速度は他者の追随を許さない。

 黒い外套は繊維レベルまで分解され、未希のイメージする形に変える。


緩衝材Polster!」


 一部の繊維は空気を多く含んだ綿状に、そして残りの繊維は綿を包む布となり、未希一人分サイズのクッションとなった。

 防具として装備している外套なだけあって強度は十分、落下の衝撃を受け止めると、すぐさま元の外套の形に戻し、物陰に隠れる用意をする。


「フラッシュグレネードによる硬直効果はおよそ一分、余裕は十分」


 数ある閃光と轟音の中にどうして未希がいないことに全て回るより先に気が付いたのか。

 どうして、そこから未希の居場所を特定できたのか。

 未希の疑問は尽きないが、それよりもまず距離を置かないといけない。


「逃がさん!」


 しばらくは前後不覚に陥っていなければおかしいのに、司馬はすぐさま未希同様飛び降りて追ってきたのだ。


「なんでッ!?」

「うちのオペレーターは優秀でな。早い段階で光と音の特徴に気が付いてくれたんでな、スタングレネードを使ってることを見抜いてくれた。ネタが割れれば俺の敵じゃない。その上、こんなものを用意してくれた」


 司馬の肩に一羽の鳩がとまった。

 そして、嘴をつつくと、それまで自然な生物としての動きを止め、最初からそうであったかのように一つのオブジェクトと化した。


「生物型の中継器か……まさか、そんなものを飛ばしていたなんて」

「高い位置を陣取っていて、まさか更に上空から索敵されるとは思ってもなかったか?」


 方舟は実質陸上と変わらない鳩がいてもおかしくない環境だ。そしてあまりにも自然な鳩の動き、電子機器が詰まっていれば未希は気が付かないはずがないのだが。


「低質量のエネルギー、光や空気の波なんかの方向転換、それがキミの得意とする術なんだな」


 姿を隠すなんてのは、ほんの一部分に過ぎない、電波を迂回させれば傍受される可能性がグンと下がるし、音の出所を誤認させることだって用意だ。おそらく、スタングレネードを防いだのもその術によるものだろう。

 見た目がゴリゴリな割には変則的テクニカルな術を使う。


「ああ、この前の蔦原と葵の勝負のときに、高速の攻防を仔細に把握できていたのを見て、まさかと思ったから対策を練らせてもらった。高い精度での解析能力、それが特性スキルか、固有魔術なのかは判らんが、どちらにせよ情報を与えなければ後ろを取れる」


 未希は奥歯を噛み締めながらも微笑を浮かべ続ける。内心の焦りを悟られないように。

 率直に言って、司馬は未希にとって天敵だ。

 司馬の予測通り、未希は恵まれない体格を補う能力として『精密解析Analyse』と呼んでいる固有魔術に依存しきった戦い方をしている。

 これは五感で捉えた情報を細分し分析できる能力。

 長距離からの支援もこの能力があってこその正確無比さを誇っている。

 未希の戦闘スタイルは精密解析を主軸に自身の優位性をとことん尖らせ、劣位性をとことん諦めた超支援特化型。

 ゆえに、優位性である精密解析を潰す術を持ち、強引に劣位性の体格で勝負が決まる近接戦闘に引きずり込める司馬は未希の特攻兵器リーサルウェポンといえる。


「見逃しては……もらえないよね……」

「そうだな、折角隊長同士の一騎打ちなんだ正々堂々といこうじゃないか。さあ武器を構えろ」

「……」


 観念したのか、片時も手放さなかったその武器を司馬に向ける。


「それで長距離支援を行なっていたのか? まさか、このご時勢にそんなモン担いで戦場を歩いてる奴がいるとはな」

「こんな骨董品でも重石にしとかないと、風に吹かれただけで僕は飛ばされてしまうからね」


 自虐的に骨董品と称するそれは、魔術使い同士の戦いでは決して見ることがないはずの前時代の武器――銃、だった。

 とりわけ、未希の持っている銃は狙撃銃スナイパーライフルに分類される『BLASER R93』、銃が戦場の花だった時代にドイツで製造されていた傑作。


「コイツをただの蒐集品コレクターズアイテムだと思ってたら痛い目を見るよ」


 未希は銃口の下部に短剣ナイフを装着し、銃剣としても扱えるようにしたR93の引き金を引く。


「菊月への攻撃で、大した威力でないことは把握済みだ」


 司馬が持つのは鈍器としても扱えるようにカスタマイズされた壁盾タワーシールド、自慢の攻防一体の武器で悠々と弾丸を防ぎ、日向たちに使った姿隠しで未希の知覚の外に出ていってしまう。


「コレで詰みだ!」


 背後から掴みかかろうと、姿を隠しながら司馬は未希の間近まで接近していた。

 二人の体格差を考えれば組み付かれた未希に振りほどく術は無い。宣言どおりの詰みだ。


緊急手術室Not Operations seal開設Eröffnung


 おそらく未希は自身の背後まで迫られていることには気が付いていないだろう。しかし、精密解析は現在進行形で起こっていることを分析するだけではない。

 たとえば、歩幅や筋肉量、武器の重さ、自重からおおよその最高速力を割り出すことすら可能なのだ。

 気が付いてはいない。だが、司馬が肉薄していることに確信を持っていた。

 組み付かれる寸前、未希の黒い外套は再び繊維に解かれ、別の形に紡がれる。

 見た目は粗めの網、それが未希の肩幅ほどの広さで囲むように聳え立ち司馬の侵攻を食い止めた。


「布が形を固定した!?」

「捕らえた」


 網に阻まれた司馬の存在を布の糸を絡めた指先で感知し、銃身を起用に回転させ銃剣先を背後に向ける。


「この距離なら銃でも有効だよ」


 銃剣先を網目を縫って姿の見えない司馬に突き刺した。


穿刺Punktion弾薬投与Kugel――発射Feuer!」


 腹部辺りに突き刺した手応えを感じ取り、ゼロ距離で弾丸を放つ。

 環境と時代に取り残された武器とはいえ、その性質が変化することはない。火薬を用いて高速で金属を撃ち出す、という性質は。

 飛礫つぶてほどの威力しかないといっても、この距離で亜音速に到達しうる金属が体内に程近い場所で炸裂すれば、格闘家の拳くらいの威力にはなる。


「この程度で行動不能になってくれるとは思ってないけどね」


 白雪未希。近接戦闘に秀でてはいないが、生存能力と危機脱出能力はどのような状況下においても群を抜いている。

 その様から、NNNの彼を知る人々は彼を『不死鳥』と畏敬の念を込めてそう呼ぶ。

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