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「めんどい……」


 それが桜が初めて蔦原と戦って感じたことだった。

 性格もそうだが、その戦い方も鬱陶しい。

 踏み出そうとした先に矢を置くように放つ偏差射撃、二択の動きを潰して道を限定させる。決して蔦原が桜の動きに付いていけているわけではないが思うような動きが出来ないのが歯痒く感じさせる。



「超怖ぇぇ……」


 それが蔦原が初めて桜と戦って感じたことだった。

 のんびりとした性格に反して、俊敏さと獰猛さがそれを助長していた。

 まず目で追えない。なんとか矢を進行方向に放って動きを妨害するのが精々で、常に獲物を狩るよな視線と次にどこに現れるか解らないというプレッシャーがただただ恐怖でしかなかった。


 桜としては蔦原を早々に下し、未希の元に馳せ参じたいのだが、いまいち決め手にかける。

 いつもの近付けないなら短刀を投げるというのも試してみたが、中程度の距離は流石に蔦原の専売特許、ついでに憶えた程度の投擲は簡単に軌道が読まれ回避される。

 夢幻泡影は運の悪いことに手応えを感じる近接使いにこそ有効なわけで、弓矢で攻撃する蔦原とは相性が悪い。

 凶暴な獣同士の戦いにおいて怖気づいた方に勝ち目はないが、相手は臆病なリスか小鳥といった具合の小動物、臆病であるがゆえに脅威に敏感で捕らえづらい。

 蔦原としても、待ちの姿勢をとっていた日向相手なら強気に攻め立てることができたし、弓の持ち味を生かすなら主体的な攻撃をした方がいいに決まっている。

 だが桜は終始攻めの姿勢、立ち止まっていても毛を逆立てて威嚇するような。だから、受動的で消極的な攻撃になってしまう。

 そんな両者が感じているジレンマを真っ先に察知したのは、その場のどちらでもなかった。


『桜、良いことを教えてあげる』

「花蓮ちゃん?」


 通信機の向こうの花蓮が桜を引き止められる。

 そして、この瞬間、桜が全方位に撒き散らしていた刺々しい戦意が丸みを帯びた。

 集中を欠いたか、なんにせよ、蔦原にとっては大きなチャンスだ。


「もろたで!」


 威力より速度を重視、一本でも当てたらそれを皮切りに畳み掛ける。といった算段だろう。

 だが、甘かった。

 桜という獣か嵐が人の皮を被った存在はただの一度も、一瞬たりとも、未希以外の誰にも気を許したことなどない。

 そして、一瞬だけでも外見が人間になれば臆病者は強気に出てくる。

 それが花蓮の狙いだった。気を許すことは無くとも味方と言われれば心中に短刀を忍ばせ警戒しながらも見た目はやわらかくなる。それが桜という少女だと花蓮は十年近い付き合いの中で理解していた。


 

「現し世の影は形を留めず」



 蔦原のミスは急いだこと、先ほどまでと同じく進行方向を限定するように妨害の矢を先に放っていれば勝負が決まることはなかったかもしれない。

 常に敵意のセンサーを張っている桜に、正面からの攻撃を仕掛けるのは愚作だ。

 矢を放った。その瞬間まで桜は確かにいた。

 しかし、射手として追えずとも確実に視界の端には捉え続けていたはずなのに『いない』。

 力強く地を蹴る音も、僅かに聞こえていたはずの風を切り進む音も無い。



「音も光さえも絶ち切る」



 それは純粋な速度が織り成す絶技。

 若くしてプロの護衛として現場に出ていたがゆえの鋭敏な感覚と瞬発力、運動能力としての速度だけでなく、単一化、単純化を徹底した果ての最短最速の極意。

 夢幻泡影が影を残し隙の無い相手に隙を作る技なら、これは僅かな隙に必殺を見舞う技。


「――絶影ゼツエイ


 矢よりも速く、そして、音さえも置き去りにして、ありったけの短刀を蔦原の全身に至近距離で速度を載せて叩きつける。


「マジで蔦原くんに因縁とか無いけどゴメンね。わたしは未希のとこに行かないとだから」


 蔦原に刺した短刀を回収しながら言葉ばかりの謝罪を口にする桜の頭の中には一部の隙も無く未希ことで埋め尽くされていた。

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