3-2
「ウチの馬鹿が迷惑を掛けたようだな」
時間が飛んで放課後。いつも三角と特訓してる演習場にて日向と蔦原が対峙している。
その傍らには花蓮、桜、念のためにと引っ張られてきた未希、そして、見慣れない顔が一つ、堀が深く大柄で筋肉質、がっちりとした体育会系といった印象の少年。今回役に立たなかった蔦原のストッパーだ。
「いいんじゃないかな、これも経験だよ。気に病むことはない、えっと……」
「司馬だ、司馬直人、まあ白雪はあんま教室にいないから憶えてなくてもしかたないか……一応、お前の前の席なんだがな……」
すまない、と頭を下げてる未希より少し離れた場所に紫煙をくぐらせてる男が一人。
「ったく、なんだって餓鬼の喧嘩に俺が狩り出されなきゃならん」
「私闘はまずいので先生立会いのもと『補習』って体にしておかないとなんですよ、どうせ三角先生暇ですよね?」
これを提案したのは花蓮だった。
なんのルールを設けずに殴り合いなどしたらただの喧嘩になってしまう。目的はあくまでも蔦原のご機嫌取り、それで私的な理由による喧嘩、暴行事件なんてマイナスを被るのは割に合わない、ということで公的な決闘を成立させるため三角の立会いを求めたのだ。
「はぁ、やるのはいいが、手っ取り早く終わらせろよ」
渦中の日向はというと、日中意外と大人しかったケイカと話していた。
「思ったより大人しかったな」
「そりゃもう、私は幽霊のベテランだからな
まさか日向も褒められるとは思っていなかったので少しばかり、面食らってしまった。
ケイカはこの反応の薄い日向という少年は対幽霊に向いているな、と思った。
歴代の担い手はリアクションが大きくよく白い目で見られていたのに対し、恐らくきょとんとしてるであろう今の状態ですら変化が見られないのだから。
「まあ、波風を立てないのはいいが、上手く花を持たせてやれよ。下手な演技は彼のプライドを傷つけるだけに終わる。確執も残ったままでこの茶番の意味がまるで無くなるぞ」
「その辺は上手くやるさ、攻撃を上手く受けるのは薊一刀流の十八番だろ」
鞘に仕舞われている蛍火を掲げるようにしてケイカに示す。
「まあ、お前の問題だし、くれぐれも今後に尾を引かせない程度にな」
アドバイスというか、なんとも曖昧な助言をしたあとケイカは日向の背後から見物し始めた。
「なんやらぶつくさ呟いっとたが精神統一でもしてたか? ご高潔なことで」
20mほど先にいる蔦原の一々突っかかってくる物言いにも日向はだんだん慣れてきていた。まさか、コイツ相手に沸点に達することはまず無いだろうという確信を持ち、安心してこの茶番を遂行できるとも思っていた。
「好きなタイミングで始めてくれよ、準備は出来てる」
「いいやろ、先攻を寄越したこと後悔させたる!」
蔦原が持ってる武器は現代的なデザインの
魔術使いの中距離の主流といえば、魔術か弓かに二分される。
一世代前に戦場を席巻していた火薬を用いて鉛を撃ち出す『誰でも指先一つで火力を出せる』というテーマの『銃』という武器種は魔術との相性の悪さ、破壊力の不足により下火に、特に個人携行火器の類は完全に廃っていた。
相対して、弓は魔術使いの性質に合致していた。
単純で明快な仕組みは魔術による補助が容易であり、
「SET」
蔦原は腰の矢筒から一本番え、硬く張られた化学繊維の弦を引き絞っていく。引き成りの弓は弧と呼ぶより、半円といった方がいいほどにしなる。
日向は自覚した、蔦原の言うように自分はどこか彼を侮っていたということに、そして、それは驕りであったということに。
これでもかとピンと張った弦と弓を変形させるほどの腕力、元の形状に戻ろうと必死な弓のエネルギーは細い一本の矢に集約されている。
「――SHOOT!」
日向が目を丸くしていたことが伝わったのか蔦原はほくそ笑みながら自身の力で抑え込んでいた弦を解放する。
弓が元の形に成ることで放たれた矢はほんの僅かな風斬り音を鳴らし、音を越え、空を穿つ。その先にいる日向の
「……まあ、このくらいやってくれへんかったら、張り合いないわな」
意外そうに目を細める蔦原、その先には元の位置から一歩も動じず、二本の足で立っている日向だった。
「おそろしく速い攻防、僕でなきゃ見逃しちゃうね」
「未希、ヤムチャ視点の私達に解説を」
この僅かな時間に何が起きたのか、それを正しく把握できてるのはこの場では未希だけだった。
「簡単な話しだよ。蔦原くんが放った矢を日向が甲の篭手で弾いた。それだけのことが一瞬に集約しただけさ」
音速に到達する攻撃には桜との組手で嫌というほど繰り返してきた日向には、飛来する矢の姿を捉えることはできなくても、反射的に裏拳で殴り飛ばすことができたのだ。
「よく見えるもんだ」
「ちょっと人より特別な感覚を持ってるのさ」
未希のことを良く知らない司馬の問いに多くは語らない、ミステリアスを気取ってるつもりらしい。
「攻撃面は
少し胸が熱くなっていることに、日向は気付いていない。
「たった一回、しかもこんなご挨拶の一撃を凌いだ程度で調子に乗んなよ!」
再び矢を番える蔦原、先ほどと変わらず一射、そして、すぐさま二本目を番え放つ。
日向が弾けることを確認した蔦原は今度は弾かれることを前提にした攻撃を仕掛けた。
防御ではなく、回避に近い受け流しを選んだということは受け止めることは出来ない。ヒットさえすれば有効打に成り得ると判断したのだ。
「半分は正解なんだよね……」
この思惑を見破った未希は一人ごちに呟く。
「半分?」
反応したのは桜。
「日向は蔦原くんの矢をパリィできるが、ガードすれば上から持ってかれる。それは正しい、けど、イコールで日向が連射に弱いにはならないんだよね」
門外不出の薊一刀流がどういうものか、蔦原がその特徴を把握しているわけがない。剣士なら近付けないように仕留めればいい程度にしか警戒していないことだろう。
「薊一刀流、壱ノ型――」
一射目を番えた時点で、日向は腰の蛍火に手を掛けていた。
左手で鞘をしっかり固定し、右手を柄に添えるスタンダードな構えの壱ノ型。
飛来する二本の矢、タイミングは体が覚えている。
薊一刀流、その真髄は
踏み込みと同時に一本目の矢は真上に、そして、二本目の矢は日向の後方に。
「何っ!?」
目の前に飛び出た日向に蔦原は驚愕の表情を隠せない。
速い、というだけの理由ではない。
単純に速いだけなら最初から狙いを逸らすために射られる前から動き回ればいいし、そもそも初手も躱せたはずだ。
あえて鈍い素振りを見せ、発射後に回避がない、そう思わせて正面二射を誘ったのだ。
とは言え、日向は決して抜群に速いわけではない。それを補うのは行動の最小化。
足は前に進むために踏み込むだけ、回避は上体を最小限に反らすだけ。
やはり、日向はまだ未熟で最初の矢は回避しきれずに肩薄皮一枚、紙一重分掠めてしまい、絶対防御結界により矢は通過することなく上に跳ねてしまったわけだが。
肩を走る鮮烈な痛みに顔をしかめる日向だが、それでも蔦原を間合いに入れた。
後は斬るのみ。蔦原は一本取られたと思い、潔く敗北を認めようとしていた。
「あ」
しかし、次に訪れるはずの衝撃は待てども訪れない。
――カラン
緊迫した空間を裂き弛ませる間の抜けた音。
その正体は日向の手から滑り落ちた、蛍火。
斬り下ろそうとした寸前で、日向は本来の目的を思い出した。蔦原に花を持たせてやる、という目的に。
だから、あたかも肩口に受けた矢によって
「あーあ……」
「これはひどい」
司馬を含め傍から観戦していた者たちは総じて呆れはて、浮遊していたケイカも頭を抱えた。
「っ――! この野郎ッ!」
日向の演技は猿芝居もいいとこで、あからさまに自ら手放しており、それは当事者どころか、見物人にすら看破されるレベル。
「舐めたことしやがって! 薊一刀流ってのはそうやって相手を見下して棒切れ振り回す流派なんかよ!」
中指立てて声を荒げる蔦原に、日向は悪いことをしたなと思いつつもどうにもこちら側の戦う理由が明確でない以上、この喧嘩に乗り気に成れずにいた。
「そんなんやからなぁ!」
だが、そんな無自覚の傲慢を振りかざす日向の余裕は、次の蔦原の一言が掻っ攫っていった。
「そんな風に余裕かましてっから、お前の祖父さんは足下救われてテロリストなんぞに殺されたんとちゃうんか!」
その言葉は瞬く間に日向を侵蝕した。
「今……祖父ちゃんは、関係ねぇだろうが、クソ眼鏡……!」
静かな、けど明確な怒り。
熱が火砕流のように全身に流れ出す。
「「落ち着け、日向!」」
ケイカと未希の静止が重なる、どちらも危惧しているのは急激に高まる日向の体温。このままでは、体力が一気に消耗してしまう。
「黙ってろッ!」
ケイカと未希どちらにも聞こえるように声を張りげ、地面に転がる蛍火を場外に蹴り飛ばす。
「良いぜ、お望みどおりその眼鏡と顔面を溶接してやる。安心しろ、俺はボンボンだからよ、何本でも弁償してやかっから――ヒートアップ」
打ち鳴らされた竜爪が全身の熱を一点に集中したような熱さを伴った赤い閃光を放つ。
「ほざいてろ、NNN最強に鍛えられたからって俺TUEEEって勘違い野郎、今度こそ蜂の巣にしてやるさかい、黙って的になっとけ――SET」
一射目よりも深く低い姿勢になり、弓が水平になるほどに番えた矢を引き絞る。
動き出したのは、まさかの日向だった。
怒りで前しか見えなくなり、熱を放出する矛先に駆け出したのだ。
熱を硬く握り締めた竜爪に集中させ引き絞り、反対の掌で狙いを定める。
「ぶっ……殺す……!」
「やれるもんならやってみぃや、ボンボン!」
高熱の竜爪が、存在するだけで他人を煽る眼鏡に届くまでに、そう時間は必要ない。
近づけば近づくほどに矢が放たれたあとの到達速度が上がる。代わりに、射手にプレッシャーが掛かる。
だから蔦原にとって近づかれるのは得策ではなかったし、フルチャージで放つにはまだ少し猶予が欲しい。
「こっちかて、この三年、アホほど鍛えとんねん!」
引き絞りを解くことなく、深く曲げた膝を伸ばしきり蔦原は後方に飛び退き、再度、深くしゃがみ込み
「フルチャージ……完了ッ!!」
だが、すでに鍔迫り合いの間合い。日向の移動ではなく、一撃を放つための一歩が踏み込まれる。
「零ノ型!」
「
一点集中、乾坤一擲の一撃が対峙する。
「――
「――STRIKE(ストライク)ッ!!!!」
……
「手心加えなかったら俺の勝ちだった」
「挑発せぇへんかったら俺の勝ちやった」
戦場に立つ影はなく、対峙していた二人は足を向き合わせて大の字に転がっていた。
蔦原が矢を放つを同時に日向の拳をその顔面に炸裂し、放たれた矢に日向の胴が貫かれた。
そのため、満場一致でこの試合は
「くそっ、お前がホンマただの温室育ちの腑抜けた野郎やったらスカッとしたのに」
「俺もただお前のサンドバックにやってやるだけならなんともなかったのに、余計なことしやがったせいで無駄に腹が立った」
薬の効力を弱めたと未希は言っていたが、まさかそれだけでこうも感情のコントロールが出来なくなるとは日向は予想だにしていなかった。
今回はたまたま熱の放出先があったから良かったが、あのまま熱を内に留めておけばオーバーヒートを起こしていただろう。
熱を放出し終えると、茹っていた頭もすっきりして冷静に振りかえることが出来る。
あのタイミングでの突発的な暴言にさしたる意味はなく、日向に対するフラストレーションを吐き出したに過ぎないことは容易に理解出来る。
「そもそも、お前が下手な手の抜き方するのがあかんねん」
「そもそも、お前が突っかかってこなけりゃ良かったんだろ」
「名家の出とかいう肩書きが嫌い」
「羨むなら、いっぺん死んで転生してこい」
「………………」
「………………」
もう恨み言のストックが無いのか蔦原の口が止まると、日向も特に話すことも無いのでつられて黙り込んでしまう。
「悪かった。カッとなったとはいえ関係ない故人を侮辱した」
座ったまま上半身を起こして蔦原は恥じらいながら頭を下げる。
「俺も、真剣勝負をなあなあで終わらせようとしたことを謝る」
寝転びながら顔を反らしながらだが、日向も謝罪の言葉を口にする。
互いに熱を出し切り、自分の行動を冷静に見つめ非のある部分を認めているようだ。
「まさか、本当に殴り合いから友情を芽生えさせるなんて、馬鹿みたいな作戦を実行するとは……中々大胆なことをするね」
ことの成り行きを正確に把握してない未希はこれが突発的な事象であることを把握しておらず、花蓮の作戦だと思ってるらしい。
「んなわけないでしょ。まあけど、思わぬ収穫ね」
花蓮たちが眺める先にいる二人の少年の横顔はどこか清々しいものだった。
「ところでや、この眼鏡、ちゃんと熨斗つけて返してくれるんやろうな」
蔦原はニヤニヤと厭らしい笑みを浮かべながら、壊れた眼鏡を指さす。
「明日から週末連休だろ、適当に買って代金を請求しろよ」
「言ったな! 言質とったで! アホほど高いの買っても文句言わへんな!」
「アホほど高いなんてたかが知れてるだろ眼鏡なんて、せいぜい数十万だろ」
「な……」
日向は箱入り息子のブルジョアゆえに割と金銭感覚が一般的な高校生とズレているのだ。
「嫌味か、金持ち! なんでも札束で解決出来ると思うなよ!」
不思議そうに首を傾げる日向、だが、今回の蔦原の反応は比較的まっとうである。
「アレは矯正すべきじゃない?」
金銭感覚が
「そうね……」
また頭を悩ませることが増えたと、花蓮は額に手を当てヤレヤレと首を振るのだった。
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