3


「面倒なことになったな。ったく」

『ボヤいても仕方ないでしょ、とにかく、未希を探し出すのよ』


 日向が黄金の環片割れを撃破してる間に桜と司馬、そして、いつの間にか目覚めていた蔦原によってもう片方も撃破されていた。

 二人は菊月が持ち合わせていた純銀製の手錠で拘束され、教師たちに引き渡される、はずだった。

 だが、艦内に避難するためのハッチが閉鎖されていたのだ。

 花蓮が仕入れた情報によれば、敵が増援を阻止するため内部セキュリティーをハッキングし中と外を繋ぐ扉を閉鎖した。ということらしい。

 結果、甲板に残っていた二つの小隊は閉め出されてしまったというわけだ。

 日向たちは捕獲した二人を菊月たちに任せ、この状況に詳しいであろう人物、未希を探すことになったのだ。


『見つけるのはそう難しくないわ。通信は切断しても、大まかな位置情報は通信機から発せられてるから、日向大分近いわ、付近をよく捜索して』

「そうは言っても、アイツの隠密能力はめちゃくちゃ高いぞ。万一隠れてたりしたら、丸一日掛かっちまうけ、ど……見つけた」


 ビルとビルの間の隙間から見えた。一本向こう側の通りに未希が。

 しかし、様子がおかしい。

 黒い帽子も外套も身に着けていない、結んでいた銀髪も解けている。

 何より動きが不自然、よろよろと壊れたゼンマイのオモチャを無理矢理動かしてるような、そんなぎこちない動きでどこかへ歩いている。

 そんな未希に迫る影があった。

 日向たちと同様に未希も敵と戦っていたのだ。ただ、その相手は日向の想像を遥か上を行くものだった。


「な、なんだよ……あれ……?」


 それは高さ十数メートルの人型の何かだった。

 巨大な筒状の得物を持ったそれが、何なのか、表現の仕方を日向は知らなかった。

 日向に代わって的確な表現を持っていたのは花蓮。


『まさか、ロボット!?』


 前時代のSF作品に数多く登場した架空の兵器。いつしか廃れてしまい、人々の記憶ではなく、一部のマニアが蒐集する映像作品群の中に埋もれてしまっていた。

 ちなみに、とっさに花蓮からその名前が出たのは、件の一部のマニアの一人だからだ。

 巨大なブリキ人形はまっすぐに未希を追い、人間で言うところのつま先の部分で小さく細い未希の体を今にも蹴り飛ばそうとしていた。

 そんな、絶望的な状況にも関わらず未希の目には何かを為そうという強い意志が宿っていた。


「どうして……そんなことより、まずい!」


 そう日向が口に出すよりも先に、桜は駆け出していた。

 この世の誰よりも、自分の窮地よりも、桜は未希を優先する。そのためならどのような無茶も越えてみせるのだ。

 その一瞬の出来事は限界を超えた挙動を見せた桜だから出来た芸当だろう。

 蹴られる寸前、瞬きでもしてる間に未希が木っ端微塵になるであろう一瞬に、桜は未希を姫抱きかかえ、日向のいる物陰までUターンして戻ってきてみせたのだ。


「どうして、キミがここに……? 桜」


 あっけに取られたような顔をしている未希の瑠璃色の瞳はいつもよりも潤んだ青になっていた。





『それで、あの、ロボットは何? 一体、ここはいつから、悪徳と野心、退廃と混沌とをコンクリートミキサーにかけてぶちまけたゴモラになったのよ?』

「むせる、じゃ、無くて、確かにパイルバンカー持ってたけど、どう見てもATじゃないでしょ、どっちかといえばMS……ってこの略称じゃ同じじゃないか、ってそうじゃなくて、どうして、キミたちはこんなところにいるんだ、避難勧告が出ていただろ?」


 どうして古いSFアニメのネタが未希に通じるのかはこの際は置いておいて。一人、あの巨大兵器に立ち向かっていた未希は自分がズタボロになっているのにも関わらず、避難もせず立ち入り禁止エリアにやってきた日向たちを笑顔で叱りつける。


「笑顔なのに、目が全然笑ってないよ……私たちは風紀委員の人達の避難誘導を手伝ってたんだよ」

『土地勘のない生徒は避難場所まで迷ってしまうかもしれないって、どっかのお人好しが言ったから、ナビゲートしてあげたのよ。提案したのはそこの馬鹿、まあけど、その甲斐あって私たちと風紀委員以外は全員避難が間に合ったけど』


 その話を聞いても未希は納得していない。


「人助けをしていたのも結構なことだし、逃げ遅れたのも仕方ないことだ、けどなぜわざわざ戦場に出てきたんだい? どこか安全な場所に身を隠しておかなかった?」

「怪しい二人組に襲われた」


 一瞬、未希の眉根がピクリと動いた。


「何とかぶっ倒して、風紀委員の連中に監視してもらってる。で、今、方舟でなにが起こってるのかを確かめたいと思った。だから、この状況に一番詳しそうなお前を探しに行こうということになったんだ」

「そ・こ・で、あのウィーン、ガッシャンって感じの奴から、逃げてるボロボロの未希を見つけて、拾ったっていうこと」

『そもそも、絶体絶命のピンチから救ってやったていうのに、感謝の言葉も無くイキナリお説教とか、どの口が言ってるんですかぁ?』


 珍しく頑なな未希に花蓮はいい気分をしないのか、いつもの五割増しで強い口調になっている。


「はぁ……成り行きとは言え、助けに来てくれたことには感謝している。謎の人物に関しても侵入を許したNNNの落ち度だし、キミたちに危険な目に会わせてしまったことも謝罪する。それでも、キミたちにこれ以上危険が及ぶのを看過できない。だから、今の状況は説明するが、状況を飲み込んだら直ちに安全な場所に避難してくれ」


 やはり未希も日向たちが探してくれたおかげで助かったという自覚があったらしく、死ぬほど気乗りしないけど、と前を置きをして今の状況を掻い摘んで日向たちに説明する。


「方舟にやってきた当初から、僕は艦長から黄金の環の活動再開に伴い防備強化のために方舟の周辺調査を任されていたんだ」


 度々、学校から姿を消していたのはそういう理由からなのだろう。

そこで、黄金の環が次に標的に定めた場所が方舟であることを突き止めたんだが。諸々の事情があって、方舟内で黄金の環の捕獲作戦が本日決行されることになってしまった。僕の力不足で敵を招き入れることとなってしまった……すまない」


 敵の方が一枚上手だったとはいえ、やはり、方舟の外と中では学生に及ぶ危険度が段違いであることと、現状、窮地に陥っていることから未希の屈辱と後悔は計り知れないだろう。


「敵の人数、潜入方法も特定できていたのは行幸だった。だが細心の注意を払うように指示をしていたのだが、さっきの巨大兵器、情報になかった代物により部隊は壊滅した。そのため、控えスペアの僕が出張ることになったんだ」

「ちょっと待て、部隊が壊滅しただと? まさか……」

「あんまり考えたくない事態だが、最大戦力の三角も敵の罠に掛かって行動不能だ」


 少なくとも方舟には三角を越える戦力を持つ魔術士はいない。

 そんな三角を突破した連中を相手に、未希はたった一人で立ち向かっていたというのだ。


「隠していたところで気休めにしかならないから言うけど、今の状況は最悪だ。おまけに、敵の狙いはおそらく絶対防御結界。本来、トップシークレットの絶対防御結界の情報を敵が掴んでいた。つまり……」

『つまり、NNNに内通者、裏切り者がいたってことね。しかも、上層部に』

「……ああ、当然、方舟の艦長もグレーだ。だから、僕は今、司令部からの通信も絶っている」


 こんなに苦しそうな未希の姿を、この場の誰も見たことはなかった。

 正真正銘の孤立無援。どうしようもないくらいの戦力差を支えてくれるものもなく、こんな小さな体一つで何とかしようとしていたのだ。

 自分が震えていることも気がついていないほどに追い詰められて。


「なんとかはするが、方舟も完全に安全とは言えなくなっている。絶対防御結界を破壊後、敵がどう動くかはわからないが、一先ずは身を隠しておいてくれ」


 まだ絶対防御結界が作動しているから見た目に大きな怪我はないが、それでも、本当なら傷だらけになっていてもおかしくないほどのダメージを負っているはずなのだ。なのに、それでもなお未希は諦めていない。


「また一人であのデカイのに立ち向かう気か?」


 このまま行かせるわけにはいかない。

 きっと、身体的な怪我だけではない、もっと大事なものを失ってしまうかもしれないから。


「いや、アレが僕を見失っているうちに、本命に向かう。キミたちのおかげで活路が見出せた」


 未希はいつものように微笑んでいるつもりなのだろう。

 その笑みはいつもの快活さの影すらも見えないほど、疲弊しきった力ないものだった。


「俺も連れて行け」


 せめて、一人にはさせまいと。日向が捻り出した苦肉の提案だった。


「駄目だ。さっきも言ったけど、これ以上キミたちを危険な目に会わせるわけにはいかない」


 違う、それじゃあ、駄目だ。

 放っておけるわけがない、日向が退き下がるわけがない。

 確かな強さを厳格にしめせていたのなら、日向も退き下がらざるをえなかっただろう。

 そのような、心の奥底で助けを叫んでいるような、今にも潰れてしまいそうな表情では、日向は退けない。


「俺はお前より強い、強くなったんだ」

「強い強くないの問題じゃない、これは僕の仕事だ。キミたちに任せていいものじゃない」


 確かに日向は強くなった。ケイカの力を借りつつも、たしかに一歩、自分の思いを、しっかりと理解して、先に進んだ。

 それでも日向はまだ自分の理想の強さに届いていないという自覚があった。

 いつだって微笑んでいて欲しい人、その中の一人が泣くのを我慢しているなんてのは、許してはいけなかったのに。


「俺たちを守るのは仕事だからか?」

「そうだ、キミには戦わせることはできない」


 絶対に引き止めたいという、思いとは裏腹に、未希は無理矢理押し込める。

 そんな風に冷酷を装っているだけではどうしようもないのに、もっと直接言わなければ届かないのに。


「俺は信頼できないか?」


 未希が黙り始める。

 甘えを許してしまわないように、押し込めるのに精一杯になっているから。


「俺はまだ守られるだけの存在か?」


 気がつけば、日向の声や表情にも感情が乗っていた。

 未希と変わらない、悲痛な叫びを閉じ込めた。


「俺にだって、自分の手で守りたいものがある。俺には、俺には、それすらも出来ないって言うのか!?」


 未希にはわからない、危険から遠ざけようとしているのに、そんな苦しそうなのに近づいてくる日向が。


『あーっ、もう、めんどい、二人とも! 下らない禅問答してんじゃないわよ』


 それまで日向に任せて静観していた痺れを切らして花蓮が話しに割って入る。


『日向が切り出したから私も桜も黙ってたけど、言いたいことがあるならハッキリ言いなさい。どっちも不器用で鈍感なんだから。結局、日向は、というか、私たちは未希が心配で、未希は私たちを心配してくれてる。ただ、それだけの話じゃない。それなのに日向は言葉が足りてないし、未希は取り繕ってばっかなのよ』

「うん、日向はわたしたちが言いたいことを言おうとしてくれてたんだよね。けど、口下手な日向に任せたのが間違いだったよ……だから、わたしが代わりに言うね」


 花蓮に続くように桜は未希と正面に向き合い、自分の思いを伝える。


「確かに、わたしたちの知らないNNNの『誰か』のアナタはわたしたちを守りたいし、守らなければならないんだと思う。けどね、わたしたちの知ってる、ちょっと理屈っぽくて、甘い物が好きで、いつも笑ってて、頭が良くて、頼りになる、『白雪未希』っていうアナタはね、わたしたち、第六小隊の仲間なんだよ。だから、一人で危険なところには行かせられない、わたしたちはアナタの仲間なんだから、わたしたちを頼って欲しいの」

『どっちのアンタが本当のアンタかなんか私たちは知らないし、興味もない。けど、私たちはNNNの『誰か』のアンタなんか知らない、私たちにとって第六小隊の『白雪未希』が本当のアンタなのよ』


 NNNの一人として戦う三角と接するときの未希と、ただの医者として日向たちと向き合う未希。

 二つの顔を持っているがゆえに、二つの自分が重なったとき、どちらも同じ強さで主張してくるのだ。


「つまり、なんだ、その、俺だって、守りたいモノがある。あの日、トリガーから守れなかった日常だ。だから、俺はそれを、今度こそ守りたい、俺の日常の中にお前は必要なんだよ、ドクター」


 二人からの後押しもあり、自分の言いたかった素直な思い。

 そして、それは未希も願っていることだ。

 残ったものを失わないようにしたい、その思いを遂げるやり方がそれぞれ、遠ざけようとしていたのと、傍にいようとした。ただそれだけの違いだったのだ。


「アナタの番だよ、『未希』、アナタの気持ちを教えて」

「僕は……」


 取り繕うことは出来なくなっていた。隠すものは取り払われて、さらけ出された純粋な気持ちが、未希の中からあふれ出す。


「誰にも傷ついて欲しくない、戦ってほしくない! 戦ってボロボロになるのは僕一人で十分だ。僕だって一人は怖いさ、けど、誰かが傷つくことの方がもっと怖いんだよ!」


 潤んだ瞳から、透明が一筋流れ出す。

 無理矢理首を絞めて押さえ込んでいた叫びが枷から解き放たれ、単純な子供のような悲鳴があふれ出す。

 ようやく見せてくれた『弱さ』を、仲間達は受け入れる。


「それは、みんなで分かち合う怖さだよ、一人の怖さは一人だけで抱え込まないとだけど、誰かを思っての怖さは、みんなで一つの怖さだよ、どんなに大きな怖さでも分け合えればなんとかなるって!」


 朗らかな笑顔と共に未希の手を取る。


「大丈夫だ。誰かが傷つく怖さ? んなもんゼロにしてやるよ。それなら、一人でいるより百倍マシだろ」 


 結局、泣かせてしまった。そんな後悔を持ちながらも、もう二度と泣いて欲しくないから、強く、自分への誓いを口にして、未希の頭に手を置く。


『そんな風に心配する人がいる癖に、自分が傷ついて心配しない人がいるとでも思ってるの? 自分勝手な言い分ね』


 強い口ぶり、だけど、それは未希を思う、やさしい声だった。


「お願い……僕を助けて……一人に、しないで……」

 嗚咽まじりで、搾り出した言葉――


「「『任せろ』」」 


 それに応える、三つの頼もしい声が重なって響き渡る。

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