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「普通、射手とか狙撃手って人質を取ってるようなクソ野郎の眉間に穴開けるのが仕事だろ? なんでその射手が人質に取られてんだ」
「姿が見えないからとっくに逃げたと思っていたが、一体どうして?」
その理由に桜は心当たりがあった。
自分が大量の短刀を突き刺して、行動不能にしたまま、その辺に放置していたことを。
「どうしてだろうね……」
「そんなことよりだ。なんでお前らがここにいる『黄金の環』!」
そんなこと扱いされる蔦原だが、正直、重要なのは蔦原が人質に取られていることよりも、方舟にテロリストが現れたことだ。
NNNの総本山の一角、方舟、その防備はそんじょそこらの艦艇とは一線を画している。
具体的な物理的な防衛設備を上げていけばキリがないし、セキュリティなどのシステム的な防衛設備もまた指折り数えることは出来ないほど何重にも張られている上に、周囲に隠れる場所など一つも無い、見晴らしのいい太平洋のど真ん中だ。
「どんな手品を使ったか知らんが、不審者は捕縛対象だ!」
「…………」
二人の黄金の環に菊月、日向がそれぞれ攻撃を仕掛けた、まるで蔦原を気にせず。
「ま、待て! コッチには人質が……」
「関係ねぇよ!」
黄金の環が盾のように掲げる蔦原が見えてないのか、一切怯むことなく日向は殴りかかる。
そして、あろうことか蔦原ごと殴り飛ばしたのだ。
「ここは方舟なんだ。普通の脅しが効くと思ってんのか? 人質なんざ、ただかさばるだけの重石だぜ」
「くそっ、忌々しい! 絶対防御結界か!」
敵は蔦原を盾にした甲斐もあってかそこまで大きなダメージもなく立ち上がる。
日向の指摘どおり人質がまるで役に立たないことを思い知り、その辺に蔦原を転がし、短剣を取り出し闘う意思を見せた。
「ここじゃ、どうやっても殺せないのが残念だが。代わりに、吐いてもらうぞ、『指輪の男』トリガーの情報を!」
黄金の環のマークを見てから、日向は冷静さを失っていた。
以前、蔦原にキレたのとは爆発力も、持続力も段違いに怒りが脳内を支配していた。
『まずいわね、魔力の生産量に消費が追いついてない。このままじゃ、また……』
すでに、日向の体温は平熱を大きく上回っている。先日倒れた時よりも酷く発熱しているに違いない。
それでも二本の足で立って闘争心を剥き出しに出来ているのは、目の前に忌むべき相手がいるから。
「トリガー……? ああ、お前らはそう呼んでるらしいな、うちらのボスを。んで、ボスをそんなに恨んでるってことは、そうか、お前が葵家の御曹司か」
「今は黙っていいぞ。話はぶっ倒してから聞いてやる。零ノ型――剣菖蒲!」
あの日、蔦原に放った一撃よりも何倍も火力の上がった鋭い一撃が放たれる。
だが――
「なに驚いたような顔してんだ。さっき、お前が言ったばかりだろ」
間違いなく今の日向の全力の一発が鳩尾に入ったのに敵は身じろぎ一つしていない。
「死なないんだろ? 方舟の上なら。だったら、ちょっと踏ん張って痛いの我慢すりゃ――ほら、こんな簡単に捕まえられる」
そう言い聞かせるように呟いた敵は自分の腹に突き刺された腕の肘を固め、逃げられないようにホールドする。
火力は確かに上がっていた。
しかし、仰け反らせるほどの威力が出なかったのは、おそらく、発熱によって体術的なパフォーマンスが下がっていたのが総合力を低下させた原因だろう。
「幸先がいい、名門の御曹司を人質にできるのは」
掴まれていない左手で小突いて抜け出そうとするが、パワーが落ちている日向では抜け出せない。
このままでは、また何もできないまま――
「切り離せ、Sign、
縦に振り下ろされる刃が無理矢理日向を繋ぎ止めていた敵の腕を払いのける。
打撃による鈍痛は耐えられても、刃物の鋭い痛みと感電のコンボには我慢強かった相手も流石に耐えられなかったようで日向を手放してしまった。
「無事か葵!」
「菊月か……大丈夫だ。もう一人の方は?」
「春原と司馬に任せている。それより、七夕からお前を退かせるように頼まれた」
「花蓮が?」
救出されたときに膝をついてしまった日向は、立ち上がろうとする。
しかし――
両足は何かに掠め取られ、体を地面と縫い付けてしまう。
「なんで、こんな時に、また……!」
体が思うように動かない。地面と鎖で繋がれたように。
体力の限界、発熱による消耗が瞬く間に日向の活動を制止させる。
これでは、あの日、家族が殺されたときと同じだ。
思いが募れば募るほど枷となって、邪魔をする。
動けないまま、見ているだけしか出来ない。
「そんな状態では戦えない。あとは私に任せろ」
こんな自分が嫌だから、三角に付き合ってもらってまで強くなりたかった。
「どうして、なんだ……呪われているのは俺なのに、どうして、周りがいなくなっていくんだ……弱いのは俺なのに、どうして、みんなが死ななくちゃいけないんだ」
もう守られているだけの自分は嫌だ。
そんな思いすら自らの枷になってしまう。
『日向……』
また、日常が壊される。
少しはマシになった。
あの日を思い出す夢も見る回数が減っていた。楽しいと思える瞬間が増えていた。
方舟での生活が。
殺したいという思いは、虚しく空回る。
三角の助言も的を外していたらしい、と諦めきれない思いと諦めが混在する思いの中で自身の不甲斐なさを悔いていた。
「辛そうだな」
そんな日向の目の前に現れたのはケイカだった。
「どこ行ってたんだよ。それに今更何しに来た」
「少し高みの見物をな。だがそれも飽きてきたし、あまりの不甲斐なさに手を貸してやりたいと思ったものでな」
ケイカは手を差し出す。
「先達の助力だ。背を押してやろう」
諦めないための力がすぐそこにある、気持ちではどうしようもなかったモノが。
「今一度思い出せ『原初の思い』を」
何も、劇的なモノを求めていたわけではない。
日々の天気が定まっていないのとか、テレビのプログラムが違うとか、そんな、些細な変化だけの停滞した小さな日常で良かった。
けど、それは、ただ願っているだけでは簡単に崩れてしまう、砂時計のような時間制限付きのものだった。
停滞とは、決して現状維持と同義ではなく緩やかな衰退である。
だから、砂時計のようにこぼれていってしまう衰退を、無理矢理でも押し留めたいと、『停滞』し続けるための『変化』を欲したのだ。
「俺の周りの小さな日常だけでいい。そんな小さな世界だけでいいから、それが変わらないでいてくれるだけで、失われないだけでよかったんだ! だから――
それを邪魔するモノ全部殺せるだけの力が欲しい!」
「理解してるじゃないか。殺意とは単純な害意ではない。そう思いたくなるほどの『初まり』がある。表裏一体なんだよ、まだ、及第点だが、お前に権利を与える。私の手を取れ、葵 日向」
差し出された手を掴み取ると。ケイカは日向を引っ張り上げ立ち上がらせる。
「解放出来る鍵の欠片はすでにお前の中に」
胸の中に湧き上がる何か、それは異物だが違和感はなく、日向と融和してく。
「この胸に湧き上がる感情の名を持つ揮発油に、僅か燃ゆる光の欠片、点せ……」
それは火花程度の炎に満たない蛍火。それが溜まりに溜まった感情という燃料に触れ、激しく赤い光を散らす業火となる。
竜爪はより一層の輝きを増し、煌々と赤白い熱を帯びる。
日向の周りには陽炎が揺らめいている。それほどの熱が竜爪に集中している。
「私は言わば出力装置だ。行き場をなくし体を蝕む毒となった魔力を放出するための。中々の熱量だが上手く使いこなして見せろよ」
竜爪の熱量だけじゃない、反比例して日向自身に籠もっていた熱が引き身体能力が万全な状態へと戻っている。
いや、それどころか程よくウォームアップされていて筋肉の挙動がスムーズになっている、十分どころか十二分に動ける。
「PHAZE1解錠完了! 『蛍火』――BLAZE UP!」
●
「学生の割に動けるな。スカウトしたいくらいだ!」
「卑劣なテロリストに褒めてもらっても、嬉しくない!」
日向と闘ったときのようにリーチの差でアドバンテージを取れている。それどころか帯電対策されていない分、日向相手よりも戦いやすいはずなのに……。
(動きがプロの軍人みたいだ。慎重に突破口を探してる。春原みたく弱点を看破されるのはまずい)
「あっちの男子はだらしねぇな。女子が一人で頑張ってるのに、ああも簡単にへばっちまうなんて、それとも腰が抜けたか?」
薄ら笑いで、日向を馬鹿にするが菊月はその程度では動揺しない。
「つまらん挑発だな。心にもないことを口先だけ語る者に私は揺るがされたりは、しない。吼え穿て。Sign、
日向相手に放った待ちの槍とは対に、自らの足で迫り貫く槍。刃先にしっかりと電撃を添えつつ。
だが、軽快なステップで回避されてしまう。
「っとあぶねぇ。流石に死なないとは言っても体内に直接ダメージが入る電撃は痛みの格が違うからな、一発で気絶しちまう」
「その割には私の初撃を耐えて見せたじゃないか」
少なからずダメージは通したはずだが、それでも動けている、その事実が精神的なプレッシャーとなり菊月のアグレッシブな攻め手を妨げていた。
「俺は素直なんで褒め言葉は単純に嬉しいぜ。それよか、お嬢さんは本音じゃないと響かないときたか、いいぜただの打ち合いもつまらんし、少しだけ話してやるよ、俺たちの本音を」
菊月の槍を捌きながら黄金の環の男は薄ら笑いを止める。
「本音を言うとな俺たちは同族同士で切った張ったの大立ち回りをしたいわけじゃないんだよ。俺たちの敵は本来大衆なんだから」
「それこそ、下らん人魔戦争以前の古臭い血統主義だ!」
「ホントにそう思うかい? 嬢ちゃんだって感じたことがあるはずだぜ『何で魔術も使えない貧弱な大衆が、数が多いってだけでデカイ顔して自分達の場所を奪っていくんだ? どうして自分達は海の真ん中まで追いやられなきゃならない、項垂れてこそこそ生きてなきゃならない? 理不尽だ』ってな」
「っつ!? 黙れ! お前たちと一緒にするな!」
菊月の中で、初めて日向とちゃんと言葉を交わした日のことが思い起こされる。
明らかに道理に合わないことをしているのは大衆の方なのに、自分達が下手に出なければならないことに、理不尽を感じていないわけがなかったから。
それでも何でも暴力で解決しようとするテロリストに共感などしてはいけないと、自分の倫理で揺らぐ心を縛り付ける。
「図星、だろ。俺も心底思ってるさ。大衆どもが憎いって、悪いのは全部アイツらだ。あんな連中いなくても世界は回る。魔術使いだけで仲良く暮らす理想郷ってのにお前も興味あるだろ?」
「そんな世迷言、出来るわけがない!」
「へぇ……じゃあ、可能性があったら、乗ってくれるのかい?」
「誰が! テロリストなんかに手を貸すか!」
惑わされている。冷静にならねばと焦るほどに、揺らいでいる自分を自覚させられている。
そうして、気がつけば菊月が攻めていたはずの状況が変化していた。
相変わらず相手は感電を恐れて決して槍にも菊月自身にも触れてはいない。
それでも、確実にプレッシャーを与え、菊月の攻撃は大味になっていた。
「まあ別に今答えを出す必要は無いさ、同族の人質は決して殺したりはしない。捕まったあとでゆっくりと考えればいいさ」
「え?」
術を解いてないのに、あろうことか男は菊月の肩に掴みかかった。
そんなことをすれば一瞬で感電してしまう。それを分かっていたから敵は触れずに「いなす」などという難易度の高い手法をとっていたはず。
「汗、かいてるぜ。魔術使いは気温の変化に強い分発汗しにくいらしいが。不安や緊張による発汗は大衆と変わらない。どうした、お得意の電撃を使ってみたらどうだ?」
「
菊月が安全に電気系の魔術が使える理由はその特性にあった。簡単に言えば肌の電気抵抗がゴムやガラス並に高いのだ。
その特性を活かし、服や槍に電気を通すことで、近接の防御を完璧にしていた。
だが、電気を良く通す流動形のものが肌に付着していると毛穴を通して電気抵抗の低い無防備な体内に電気が流れてしまう。
その危険を排除するために、安全装置として自らの意思とは関係なく肌に液体が付着すれば自動的に発電を止める。というパターンの術式を組んでいた。
「一人や二人同じ様なことが出来る奴がいてもおかしくない。結構レアだが、決して電気使いはお前一人じゃないんだ。攻略の仕方が研究されていても不思議じゃないだろ。『電気使いには水を掛ける』結構セオリーなんだぜ。生憎水筒もって来てなかったから余分に虐めちまったがな」
肩を掴んで菊月を固定した男は腹に一発蹴りを加える。
「がっ……!」
腹を抱えて悶絶する菊月を男は少し残念そうに見やりながらも、無駄の無い動きでトドメの用意を済ましていた。
「同じ魔術使いに優しくしたいのは本当だ。お前には素質がある。いつでも迎えてやるよ。その前に、人質になってもらうがな」
男は逆手に持った短剣を項垂れる菊月の首筋に突き立てる。
「零ノ型――
悶絶するほどの痛みが、意識を失うことで紛れると思っていた菊月は、その痛みが消えずに続いてることで自分はまだ倒されていないことを確認した。
短剣を弾いたのは足、止めた当人の判断は、間に合わせるためには跳んで蹴り飛ばした方が早そうだったから、らしい。延髄蹴りの要領で側面を叩くように飛び蹴りを食らわしたのだ。
「待たせたな。もう休憩は済んだ」
「葵……」
「もう一度、選手交代だ」
男と菊月の間に割って入ったのは、葵 日向。
「おねんねはもういいのか? お坊ちゃん」
「悪いな、俺はそういう冗談に上手く返す方法が分からないし、仇敵相手に楽しい冗談を交わす気もない」
「つまんねぇな、まあいい。どうせ、ちょっと休憩した程度じゃ、結局さっきの繰り返しだからな」
今度は敵が先制して短剣を持った拳で攻撃を仕掛ける。
すでに日向の実力を見たから手を出したのだろう。
これは日向としてはありがたい、相手がこの場では死なないと割り切っている以上、零の誘いに乗ってくる可能性は低い。
勝手に食いついてくれるのは、願ったり叶ったりだ。
「壱ノ型――」
後出しのカウンター、鞘から蛍火を居抜き、腕ごと斬り上げる。
初太刀で敵の攻撃を弾き、続く、二の太刀で止めを刺す。
それが基本の抜刀術、壱ノ型。
「
二撃目の狙いは首、斜めに斬り上げた刀身の向きを変え、返す刃で首を刈る。
だが、敵は首を食い千切る刃を敵は弾かれていない方の腕で掴み取った。
「だから、言ってんだろ? 多少痛いくらいがなんだ。何度やっても同じだ」
「そうやって強がっていればいいさ、俺は負けない」
「負けないのは俺の方だ。世界を相手に勝負に出てんだ。こんなとこで学生ごときに負けるわけがないんだよ!」
「変わんねぇよ。俺も、お前も、ただ、自分の望みのために、他人の望みを踏みにじってるだけなんだ。けど、勝つのは俺だ。この願いに掛ける熱意は、どんな願いより、間違いなく強い」
抜刀の際に鞘を握っていた左手で拳を固め、初めと同じく鳩尾を狙って殴りつける。
「何度やっても同じだ。大義の元に動く俺の覚悟はお前のような子供にちんけな願いなんかに折れたりはしない!」
「知るかよ! お前らがどんな大層な名文掲げてるかなんか知らない。大衆と魔術使いの対立? そんなの勝手にやってろよ! 俺たちには関係なかったはずだ! 俺の日常に入り込まなくてもよかったはずだ!」
少なくとも日向にとっては下らない、いや、どんな理由であっても日常を壊す相手を目の前にして、続々と感情の燃料が止めどなく湧き上がっていく。
「世界も、理想郷も知ったことか! 俺の幸せは、俺にとっての世界は! そんなところにはない、お前らが身勝手を通すなら、俺も自分勝手でお前らの夢を燃やして、俺の
突きたてた拳の熱量が上がる。
日向の昂ぶる感情を絶え間なく燃やして、拳そのものが炎のような熱を放つ。
「我慢して見せろよ? 体の内側から焼かれる熱さによ! 無限に湧き出でる怒り、際限なく燃え続け、目の前のクソ野郎を燃やし尽くせッ!」
左の拳に全熱量を集中させ、零距離で放出させる。
それは薊一刀流とは別に日向が習得していた単純な仕組みの攻撃魔術。
「バーニング・ハート――
雄叫びのように声を張り上げて、怒りとそして、強い『今』を守りたいという思いをダイレクトに力に変えた全霊の一撃を放つ。
「何が覚悟だ。自分の願いを通すんだ、誰かの願いとぶつかって打ち倒されることくらい覚悟しておけ、クソ野郎」
いつもよりどこか感情的になっている日向は地に臥している男に親指を指し下して恨み言を吐き捨てるのだった。
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