PHAZE5 BLAZE UP

『なんなのよ、まったく、とにかく、学校側の指示だから、近くのハッチに避難して。一番近いのは、ここから――って、ちょっと、未希⁉ どこ行くのよ!』

『悪い。先に避難してて、ちょっと用事があるんだ』


 緊急事態の警報を聞いて、他の生徒が何が起きているのか理解が出来呆然としている中、すぐさま未希は港の方面に向かって走り出した。

 それと同時に小隊の通信回線から離脱してしまった。


『なによ全く。何か知ってる風だったけど。NNNが出動するような事態ってコト?』


 緊急事態、そして、あの未希の慌てよう。

 声色だけでも日向は解った。あの日、自分の家族が殺された日と同じレベルの事態になっているということを。


「菊月、惜しいが。コレは避難訓練なんかじゃない。急ぐぞ」

「解っている。しかし、私は風紀委員だ。避難誘導に当たらねばならない。お前たちは先に避難しておけ」


 流石は風紀委員だ。状況整理が早いし、危機意識もある。

 だが、日向の懸念はそこじゃない。


「いや、俺も残って手伝う。日頃から見えない脅威への訓練されてるお前らの判断が早いのは確かだが、数が多い一般生徒全員の誘導に手が足りないはずだ。それに、一番怖いのは、平和ボケしてて危機感のない、俺と同時期に方舟に来てまだ一月も経っていない連中だ」


 日向が問題視しているのは、ほんの数週間前まで戦闘訓練も方舟という特殊な場所での避難訓練も受けたこともない高等部からの生徒達。

 今まで、『平和』に囲まれていた連中。日向もあの日まではそうだった。無限に続いてくれると信じて疑わなかった。あの停滞した日々を。

 だからこそ、迂闊な行動に出てしまう。


「お前らだけで避難誘導してたら時間が掛かる。それに避難誘導だけじゃだめだ、切迫した状況が伝わりにくい」

「……わかった、だが、私たちが避難指示を出したらすぐに行け」

「助かる」


 もう繰り返したくはない。その想いが日向を動かしていた。

 菊月と別れた日向はすぐさま花蓮と連絡を取る。


「花蓮、手伝ってくれ」

『言われるまでもないわ。もう既に各小隊の通信士の端末に最寄の避難経路の位置データを送信してる。それでアンタはどうするつもり?』


 日向ならそう言うだろうと思って花蓮は先回りして手を打っていたのだ。

 そもそも、未希が真っ先に動き出したことが何よりコトの重大さを表しているということも花蓮は直感していた。


「まだ実質的な被害が出ていないから危機感が解りにくい。だから、ちょっと危機感を憶えてもらう。桜、聞こえてるよな、お前に集めてもらいたいものがある」

「大体解ってるよ」

「うおっ!」


 通信機に話しかけていたと思ってたら、すぐ傍まで桜が戻ってきていた。


「ご所望の品はこちらですか、坊ちゃん?」


 演技掛かった恭しい口調が鬱陶しいが、桜も日向と同じコトを考えていたらしく、日向が待ち望んでいたものを持ってきてくれていた。


「未希から日向のこと頼まれてるしね。私だけ避難なんて職務怠慢はしないよ」

「よくやった、あとはコレを使えば格段に早くなる。桜、ここいらで一番人が集まってるとこまで誘導してくれ」


 それは身を持って体感した日向と桜だからこそ思いつけた作戦だった。



「おい! お前ら、早く逃げねえと危ねえぞ!」


 日向は汗水を流しながら、ちんたら避難している生徒たちの元に駆け寄る。


「なに、慌ててんだよ。何も起きてないし、どうせそういう訓練だろ」


 息を切らしながら走ってきた日向を怪訝そうに見る彼らに、表情の消えた(元々無い)絶望的な顔が映る。


「お前らを見てないのか?」


 彼らの中に不安の影が過り、まさか……といった薄い笑みを浮かべる。

 そしてそこに、地面を揺らすほどの爆発音と建物の影から鋭い光が漏れ出した。


「急いで日向! すぐソコまで来てる!」


 建物の影から転がるように出てきた桜は日向を見かけるとそのまま担ぎ上げて一直線に最寄のハッチへと駆け出す。


「お、俺たちも急いだほうがいいんじゃ……」

「ああ、何が起きてるのんのかわかんねぇけど、何かヤベェよ……」

「他の連中にも知らせないと!」 


 日向たちの慌てように倣って、他の生徒も急いで避難を始める。


「おっけ、上手く誘導できたね。あとはコレが上手く伝播すればいいけど」

『首尾は上々よ、噂は順調に拡散されてる『甲板部の不特定多数の地点で謎の爆発が発生中』ってね。目撃証言もあるからそれなりに信憑性の高い情報として認知されてるみたい。やっぱり、桜の足は優秀ね』


 日向たちは甲板部の各地で不審な爆発が発生していると触れ回っていた。

 当然、口だけなら法螺でしかないし、余計緊張感が無くなる。

 だから、未希が用意していたスタングレネードの余りを拝借したのだ。

 実質的な被害が発生せず、なおかつ「なんか、ヤバイ」と漠然とした危機感を与える道具として使えることを、日向と桜は身に沁みて理解していた。


「五分で五ヶ所、そこそこの間隔を空けてるつもりだったが。早く終わったな。菊月たちも心配だし一度合流してから俺たちも避難だな」

『了解、帰りを待ってるわ』





「お前たち何をやったんだ? みるみる内に生徒が避難した。高等部に上がって人も増えたというのに訓練時の倍近い早さで我々以外の生徒の避難が終わったぞ」


 初めに会敵した地点で菊月、そして同隊として協力していた司馬と状況の報告のため合流していた。


「大したことはしてねぇよ、それよりホントに俺たち以外は避難し終わったのか?」

「ああ、方舟の内部に入るときに情報スキャンが入るし、生身の人間による各クラスごとの点呼も済んでる。他の風紀委員も撤収したようだ。俺たちも向かった方がいいだろう」

「そだね、何が起こってるのか分かんないけど、ホントに危なくなる前にね……どったの日向?」

「いや……」


 日向がわざわざ、こんな場所まで戻ってきたのには菊月たちとの合流以外の目的もあった。

 警報が鳴って、すぐに港に向かった未希のことだ。


(鳴ってすぐに動いたってことは、初めから港で何かがあるって分かってたのか?)


 それに――


(どうして、動いたのがドクターだけなんだ? 生徒全員を避難させるほどの緊急事態なら教師や方舟に詰めてるNNNの魔術士が出動するはずだろ)


 日向が見ていないだけかもしれないし、避難が完了してから動くのかもしれないが、それにしても静か過ぎる。


「ホントに俺たちは避難するだけでいいのか?」

『アンタ、何を言って――』


 『逃避』が果たして正しい選択なのか、そんな不安から日向はつま先を港の方向に向けていた。



「なんだよ、人っ子一人いないと思っていたが。まだいるじゃないか」



 それはおかしなことだった。

 甲板上にいた生徒はここにいる面子以外はすでに避難を終えている。第三者の声など聞こえるはずもないのだ。

 その声は日向が体を向けた先から。


「どうやら、ここの学生は皆優秀らしい。緊急時の対処が早い。まあ、全員が全員とはいかないらしいがな」


 もう一つ新しい声、二つ、人影が現れる。

 どちらも男性のように見える。


「何者だ? お前たち」


 菊月はすぐさま槍を構え臨戦状態に入る。

 いるとすれば、NNNの魔術士か教師。

 だが、教師と接することの多い菊月もその顔に見覚えはなく、NNNの構成員ならば所属機関をあらわす紋章エンブレムがあしらわれた制服を着用しているはず。

 そのどちらでもない一般人が今現在甲板上に出ていることはあり得ない。


「おいおい、物騒だな。コレが目に入ってないのかな?」

「それは……蔦原!?」


 菊月の言葉に日向たちは二つの意味で驚きの気持ちを共有していた。

 謎の人物に抱えられているものが蔦原であること。そして、蔦原の存在を忘れていたことに。


「人質って、やつさ」

「あくまでも保険みたいなもんだったが。こうも少ないと花がないからな少しでも賑やかにしとかないとな」


 穏やかじゃない言葉が聞こえた。

 そして、その二人に共通するものが性別以外にあった。


「そのマークは……!」


 白い円の中に小さな黒い円、金環日食をモチーフにしたシンボルマーク。

 菊月はTVやらの情報媒体で、日向と桜は現物をその目に焼き付けていた。


「クソたっれの『黄金の環』!」


 それは日向の忌むべき『殺したい』と、心底願うほどの、忌むべき明確な殺意の対象だった。



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