PHAZE1 リハビリテーション
1
「起きなさい、もう昼休みよ」
机に突っ伏している日向の頭上から、聞き慣れた声が掛けられた。
「相変わらず、つまらなそうにしてるわね」
頭を上げ、寝起きの目で捉えたのは先程まで夢に出てきていた少女が成長した姿。
腰まで伸ばしたミルクチョコを彷彿とさせる生来のダークブラウンの髪と、意思の強さを感じさせる大きな釣り目が特徴的な女の子、それが花蓮だった。
見た目的には昔とあまり大きな違いはないが、日向が一目で成長した今の花蓮だと見抜けたのは、真新しい
「少し昔、三年くらい前の夢を見てた」
「あ、そ。そんな昔のことより今の昼食よ。アンタ、弁当持たずに寮を出たでしょ、預かっておいて上げたわよ」
背は伸びてないのに三年でこうも成長するものか、と感心していた日向の前にハンカチに包まれた弁当箱が置かれる。
「
日向の言う『アイツ』に心当たりのある花蓮は少し考える素振りを見せたあと、こう提案してきた。
「それじゃあ、カフェテリアのテラスに行ってみましょ。地元の中学じゃあんなの無かったし、今なら中庭の桜が咲いてるだろうし、お花見気分も味わえるしね」
きっと他の生徒も似たようなこと考えてるだろうし、席はもう埋まってるだろうなと思ってはいるが、日向としてはとりあえず教室の外に出ておきたいためその案に乗ることにして、花蓮に付いて行く。
三年前と(一部を除いて)様変わりしない花蓮と見比べて、日向は劇的ビフォーアフターを遂げていた。
背が伸びたというよりは、全体的に一回り大きくなっており、細かった腕や足には筋肉が付き、肌も少し焼けていて『健康的』に見える。
中でも大きな変化は頭。彼の象徴とも言える鳥の巣のような天然パーマは日に焼けて傷んだ赤茶色になっており、以前が黒檀製の高級感漂う鳥の巣だったのに対し、今は乾燥したセコイアで出来ているようだった。
同系色でありながら艶のある花蓮の髪と並べると、一層傷んでいるのが目立つ。
ただ、力ない微笑みを浮かべていた顔からは表情が一切も感じ取れず。鋭い目つきも合わさり、無愛想を通り越して、常に怒ってるようにも見える。
「まさか、アンタと一緒に学校に通える日が来ようとはね。アイツにはなんだかんだ言っても、感謝しないとなのよね」
たしかに、三年前では考えられなかっただろう。徹底して人から遠ざけられていた日向がこうして大人数と共に教育を受ける高校に通うなど。
それも二人知る『アイツ』の功績なわけで、日向もそのことに感謝しているが、体調が芳しくない今、アイツに会うのは避けたかった。
持ち前のポーカーフェイスで花蓮には隠し通せても、例のアイツには筒抜けになってしまうから。
「わかってはいるが、今は会いたく……な……」
言ってる傍から、カフェテリアに入る前に、そこに備え付けられている自販機の前にいるその姿を二人は遠目に見つけてしまった。
おそらく、普通の人間であれば、人相を特定できないほどに離れている距離ながら、それでもアイツだとわかるわけは、それほどまでに特徴的な姿をしているから。
濃紺のブレザーで統一されている生徒の群れの中にいる白衣、理系の教師の多くは白衣を着ているが、あそこまで小柄な教師はこの学校にいない。
そして、何より目を引くのは肩まである
おまけに、自販機の上の方に届かなくて飛び跳ねているせいでひょこひょことした動きで余計に目立っていた。
「やべっ……」
反射的に回れ右して逃げ出す日向だが、思わず呟いてしまったのがまずかった。
「馬鹿ね……」
地獄耳のアイツは間近にいた花蓮ですらうっすらとしか聞き取れなかった日向の呟きをしっかりと拾っていた。
自販機に集中していたが声を認識し、走り去ろうとするその背中を捉えた灰銀、だが、追いかける素振りを見せなかった。それが無駄であることを知っているから。
落ち着いた様子で逃げ去る方向に目をやり、パチンと指を鳴らす。
すると、誰もいなかった隣に、音もなく一人の少女が現れた。
その少女に何か一言告げると、その少女はカフェテリアの人の群れを跳び越え、日向の背後に着地した。
そして躊躇することなくその背に飛び掛り、体格差のある日向を体重を使って押さえつけると、片手で両手を絞り上げ、空いたもう片方で頭を床に押し付けた。プロの特殊部隊も目を見張る鮮やかな流れの拘束術だった。
「桜ァ! てめぇ、俺の護衛だろ」
「そだよ」
「わかってんなら、どうして逆のことをやってんだよ!」
頭を押さえつけられているので、言葉に詰まりながら、自身を押さえつけている少女、
「確かにわたしは日向の護衛だけど、日向にわたしへの指示権限はないんだよ。わたしへの命令権限を持っているのは護衛主任の権利を委譲された未希だけ。アナタにわたしの護衛の仕方を口出しする権利はない」
どこか幼さの残る少女は曇りの無い無垢な瞳で日向を見据えながら、淡々と事実を答える。
「よくやったね桜、ご褒美だ」
ゆっくりと穏やかな微笑みを携えながら歩いてきて白衣からポップキャンディーを取り出して桜に手渡したソイツは、
白雪 未希、それが灰銀の医者の名前だった。
男女の判別が付かない顔たち、東洋人にも西洋人にも見えるが美しく整った形でまさに、
与えられたキャンディーを美味しそうに頬張る桜の頭を撫でながら、未希は地面に打ち付けられた日向に微笑みを絶やさず語り掛ける。
「ちょうど、キミと花蓮に用があったんだ。場所は確保してある、お昼でも食べながら少し話でもしよう――桜、連行して」
未希の指示で日向の背から退き、押さえつけている手をどけた桜だが両手を絞り上げたまま容易に逃げ出さないようにして歩かせる。
どうやっても逃げ出せないと観念した日向は憂鬱な足取りでなされるがまま歩いていくのだった。
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