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春先の朗らかな陽気は外での昼食には最適といえるだろう。さらに、満開の桜を望んでとなれば言うことはない――手錠で拘束などされていなければ。
「悪かった……悪かった……逃げたのは謝るから、公衆の面前で椅子に手錠で縛り付けるのはやめてくれ……ドクター」
後ろには日向が逃げ出さないよう念のために桜が控えていおり、まるで尋問されているような状態だった。
そんな様子を花蓮は呆れ顔で眺めていた――というか今日一日その顔しか見てない。
「反省してるなら、どんな罰も甘んじて受け入れられるよね?」
満面の笑みを浮べるのは、日向がドクターと呼ぶ少年未希。
未希の制服の胸元にはリボンが結ばれており、スカートを履いているが、その口調は中性的で、アルトボイスも相まってよりその性別を不明瞭にしていた。
ちゃちい玩具の手錠なら破壊するのは日向にとっては容易いだろう。しかし、日向を捕らえてるのはそんな生温いモノではなく、対魔術使い用拘束具として全国の警察及び魔術使い自治組織『NNN』の正規装備品に登録されている純銀製の手錠だ。
銀という物質は人体よりも魔力との親和性が高いため、肌に密着させる形で取り付けると、魔術を行使するための魔力が流出してしまうのだ。
こんなモノが用意できるのは、未希がNNNの正規メンバーだからだろう。
未希は三年前、突如として日向の前に現れた、魔術を医療に使うことが許された医師、治療術士だ。
経歴不詳、性別不詳、年齢(自称)18歳と謎だらけの存在だが、ただ一つ、日向が分かっているのはNNNお抱えの衛生兵だということだけ。
三年前、飛び級でドイツの大学に留学していたが治療術士になったから帰国した、と聞いているがそれも真実か怪しい。
それでも、その腕は確かで当の本人の人当たりの良さが経歴の怪しさを払拭し日向も信頼を置いていた。
未希は中学を卒業してから留学した(ということになってる)ため、高校に通ってなかったので、日向が高校へ進学したのを期に未希も高校一年から学校に通っている。
「キミが僕と
方舟、その名の通り、彼らがいる場所は巨大な艦の上、東京湾に浮かぶ都市母艦『方舟』。
NNNが運営管理をしている魔術使い育成機関だ。
葵家の屋敷のある滋賀からすれば東京など海外に等しいほど距離が離れている。当然、実家から通いというわけにはいかず、日向たちは方舟甲板部にある居住区の学生寮で寝食を共にし、この中高一貫の私立魔術士育成学校『方舟学園』に通っている。
もはや日向は三年前と違い、未希と桜同伴であれば地方の離に囚われることはなくなっていた。
それが、望まぬ形であったとしても。
「僕が治療を開始して三年、キミの生来の病弱さはある程度のレベルまで克服できた。しかし、キミの体質である『無念無想』に関しては大きな成果が上がっているとは言い難い」
感情を持つことで熱が出てしまうあの体質のことを、未希や日向の祖父は『無念無想』と呼んだ。
未希に聞かされて日向もその仕組みを知ったのだが、感情によって生まれる脳の動きが魔力に変換されるのが原因だという。この体質は日向に限らず葵の源流である薊一族の男子は皆生まれ持つらしい。
だが、日向はこの無念無想の制御が上手くできず、感情のほとんどが魔力に変換され、過剰に生産された魔力が体内に募りオーバーヒートしてしまうのだという。
今のところ未希が考案した処置は、どれも一時しのぎ程度の効果しか得られていない。
「少し荒療治だったが、日向の心の動きを鈍くする……いや言葉を濁しても仕方ないか、無感動にすることで、ある程度生産される魔力量を絞ることに成功した」
未希の言うところの荒療治、つまるところ投薬により、感情までの心の触れ幅が広くなった。と言える状態になっている。
「これはあまり喜ばしい状態ではない、現にキミの体調は少しずつ蝕まれている。早いこと処置を施さないと、また隔離生活に逆戻りだ」
「……」
未希に指摘された通り、『あの日』を境に日向の取り戻していた体調は徐々に調子を崩していた。足取りが重く感じたり、思考が安定しなくてボーっとしたり。
「自覚はあるようだね、そこで、キミにはその体質を克服するために『リハビリ』を受けてもらう」
白衣に隠れた腰に装備されている救急道具が詰まったポーチから、小分けにされた錠剤を取り出す。
「効能を少し弱めている。これで感情は押さえにくくなる。その状態で、キミには僕が指定する期間までに、あることを完遂してもらう」
未希から笑顔が消え、真剣な顔になる。
「あること、って?」
これには思わず日向も口を出してしまう。
未希は日向の前に親指を曲げた小さな手の平を突き出す。
「四人だ」
「は?」
「今日から二週間後に予定されている春季考査、大規模演習の日までに新しい友達を四人作るんだ」
ここ方舟学園では毎年、新しい学年が始まる時期に高等部の生徒の力試しに、甲板部分すべてを使って開かれる大規模演習を催す。
三日にわたって行われるそれは、この学校で行われる最初のイベントだった。
「「無理でしょ」」
未希が提示した課題に思わず声を上げたのは、日向ではなく見物していた女子二人だった。
「はいそこ、どんなに望み薄でも最初から諦めない」
「だって日向よ。目つき悪いし、愛想ないし、会話は受身だし、話を広げようとしないし、趣味は爺くさいし」
「本人を前によくそこまで言えるもんだな……」
「未希、人は生まれながらにして平等じゃないんだよ……できるできないで優劣をつけるんじゃなくて、個性として受容することが大事なんだよ」
「おい桜、憐れんだ目で見てんじゃねぇよ」
周りからの評価は散々なものだった。
「そんなことは百も承知だよ。何も一人でやれなんて言ってないさ、これはあくまでも『リハビリ』だ課題とか試験とかと違って日向を試すものじゃない。目的は現状改善。だから花蓮も桜もある程度までならサポートしてくれても構わない。ただ気をつけて欲しいのは、『日向の友達』を作るってことを忘れないで欲しい。花蓮と桜の共通の友達なら問題はないが『花蓮と桜を介した友達の友達』では意味が無いからね」
未希が日向に課した『リハビリ』の目的は身近な人間だけでなく色んな種類の人間と関わらせることで本当の意味で心の許容領域、懐を深くするところにある。
関わる人間はより密接であればいいが、より親しい人間を中添えにした関係というものは希薄だ。そんなものに大した効果は期待できない。
「最初は上手くいかないだろうが根気よくね、三人で力を合わせて目標を達成して欲しい」
「三人で? 未希は協力してくれないの?」
「ごめんね桜、そんな悲しい顔しないで。僕は僕で他の仕事が立て込んでいるんだ。後のことはキミに任せたよ」
真剣な表情が解け、いつもの優しげな顔になった未希は話に区切りをつけるように両の手のひらを打ちつける。
「さて、話すこと話したし、お昼にでも――と、はぁ……まったく間の悪い……ごめんね、仕事の電話だ。先に食べておいて」
弁当箱の包みを開けようとしていた未希は、突然のコールに心底うんざりした様子で席を外した。
「おう――っておい待て、せめて手錠を外してからどっかいけよ! おい!」
「花蓮ちゃん食べさせてあげたら?」
「面白そうね桜、それ採用」
「待て、なにも面白かねぇよ。こんな人目のある場所で、どんな羞恥プレイだ」
薬を使ってなければ、恥ずか死してもおかしくないほどの精神的なダメージを日向が受けてる様子を見ながら、未希はゲラゲラ笑いながら戻ってきたのであった。
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