PHAZE1.5 Dr.未希の診療記録
幕間
昼休みが終わり午後の授業中、閉鎖されているはずの扉の南京錠が開錠され、屋上への道が繋がっていた。
そこには白衣を身に纏った学生、白雪未希がスカートで胡坐を掻きながら今時珍しいキーボード入力の端末を駆使して作業をしていた。
さらにその周りにはこれまた時代を遡った紙媒体の資料が散らばっていた。
お気に入りのメーカーのポップキャンディーを頬張り、一心不乱に画面と資料を交互に見やりながら、高速でタイピングする姿は鬼気迫るものがあった。
「やっぱりここにいやがったか、Dr.アート」
授業中のこの時間帯なら誰にも邪魔されることは無いと思っていた未希は闖入者の来訪に僅かに戸惑うが、声で個人を特定できていたためとくに取り繕うことなく、作業を続けながら、声だけで返事をする。
「その名前は今の僕にふさわしくないよ。今は白雪未希学生だ。立場と状況を考えて発言したほうがいい、三角先生」
「へーへー、その自覚があんなら、ちゃんと学生らしく授業に出てくれると助かるんだがね。白雪生徒」
「今の僕は『若干十五で博士号を取得した天才医師』って肩書きなんだ、高等教育を受ける必要はないよ」
「何のために学校来てんだよお前」
三角と未希、二人はNNNの同僚で方舟に来るより以前からの知り合いだ。
三角は方舟内部で未希がNNNの構成員で要人警護、つまり、日向の護衛任務に付いていることを知っている数少ない人間だ。
「無論、日向の護衛だよ」
「の割には別行動が目立つんじゃね?」
「こと方舟の中で外傷の心配はない。それに、四六時中僕が傍にいては彼も気が休まらないだろうさ」
作業の手を休めるどころか、未希は三角の方を見向きもしない。
「それで、何やってんの?」
「方舟内での安全が保障されているのなら、もっと広い視点での危険に対策しておくべきだろう?」
ここでようやく、未希は作業の手を止め、三角に作業中の画面を見せる。
「何だこれ、方舟の見取り図?」
「そうだ。それでこの辺に散らばっている資料は各施設の詳細情報だ。人員、敷地面積、設置目的、その他諸々のね」
「こんなん集めてどうすんだ」
「今度の休日に現地調査を行なう。その際のチェック項目のリストアップさ」
マウス操作で、見取り図の上にチェックボックス付きのリストを表示させる。その項目は優に千を超える量だった。
「いまいち話が見えてこねぇ。方舟の調査と葵の護衛がどう関係するんだ」
「情報共有は済ませているだろう」
嘆息して呆れたように三角を睨む。日向たちには決して見せることのないNNNとして、いや、『Dr.アート』としての未希の素顔なのだろう。
「――『黄金の環』の活動再開、奴らの次の目標の候補に方舟が数えられていることが、先日の三機関会議で話された」
過激派魔術使いによって組織された、魔術使い差別撤廃を目的としたテロ集団『黄金の環』。この二十年息を潜めていた組織だったが、つい先月、活動を再開した旨がNNNから発表されていた。
当然、そのことは一戦闘力である三角が知らないわけがない。だが、未希がもたらした情報は初耳だった。
「あくまでも複数上げられた候補の一つに過ぎないけどね。僕は最有力の候補地点はここだと思ってる」
「根拠は」
「葵邸襲撃事件。記憶に新しいだろ?」
それは、黄金の環の再始動の狼煙だった。
三月中旬、葵家の総本山、滋賀の石山寺がたった一人の魔術使いによって壊滅させられた。
総勢十二名の死者を生んだそれは、数字上では大きな数ではないかもしれないが、その十二人は日向が苦楽を共にした薊一刀流の門下生と最愛の祖父だった。
さらに、現役時代NNN最強の名を誇っていた葵瀧貴を一騎打ちで負かした。という箔を黄金の環は掻っ攫っていった。
日向は現場に居合わせた未希の判断で退避させられ、襲撃事件の生き残りとなった。
襲撃者の男をNNNでは、事件の引き金『トリガー』と呼ぶことにしていた。
「事件当時現場で、トリガーは黄金の環の目的として以外に、個人的な葵家に対する恨みを持っていたように見受けられた」
甘い飴を舐めているはずなのに、未希の表情は苦虫を噛み潰したようだった。
「情報が秘されていたはずの石山寺は絶対安全とは言えなくなったから日向を方舟に来させることになったわけだけど、何らかの形でその情報を入手していたとしたら、日向を狙って黄金の環はやってくる」
次点で日向の父親がいるアメリカのNNN第二機関本部が挙げられている。
なんにせよ、会議ではそれぞれの現地にいる面子で対処に当たることになっているため、未希は方舟の警備強化に尽力するしかないのだ。
「今回の調査は潜入経路。防備の薄い場所などの洗い出し。設計上の弱点やらを把握しておかないといけないからね。方舟の防備強化は、結果として日向の護衛に繋がる、傍にいてやれない代わりに、僕が出来るのはこのくらいさ」
未希は力ない自虐的な笑みを浮かべると再び、チェックリストの作成に乗り出した。
三角はそれ以上なにも言えなかった、現場に居合わせながらこれほどまでの犠牲を出してしまった。そんな苦しみは当人にしかわからない。
そして、どこまでも献身的で利他的な未希が身を粉にすることなど、今に始まったことではないことを彼は知っていたから。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます