第21話 ナイアルのステータス



 入り込んだ裏通りはひと気がなく、思った以上にひっそりとしていた。



 曲がりくねった細い道は、大人二人が横に並んで歩ける程度。

 両側には、モルタルや石造りの建物が隙間なく詰め込まれ、防犯のための鎧戸が続く。

 音はシャットアウト。

 日の光も届きにくい。

 薄暗がり。

 ベランダには洗濯物が干され、植木鉢もある。



 見た目は海外旅行をしたときに見た、トレドの裏通りが一番近いだろうか。

 ザガンは小高い丘を中心にして造られているためか、坂が多く、起伏が激しい。

 違いを挙げるとすれば、色味の使い方と、時折漂って来る下水臭か。

 生活感があるのに人の気配が感じられないのは、不思議なものだ。



 ハルトは周囲を見回す……必要も特にないのだが、辺りに誰もいないことを確認したあと、口を開く。



「ナイアル、出てきてくれ」


「――は」



 応じる声とともに、目の前に伸びた影法師が空気を含んだように膨れ上がる。

 それが人の形となったと同時に、影法師はナイアルの姿に変化した。



 ――固有スキル【潜影術シャドウダイブ】。

 周辺の影の中に空間を作り出し、そこへ入り込むという一風変わったスキルだ。

 彼しか持たない特別なスキルでもある。

 現れたナイアルは、すぐにその場で跪いた。



 ……これまであまり呼び出さなかったが、時折食事などで出てきてもらっていた。

 もちろん、メリルリースは彼のことを知らない。

 特に秘密にする理由もないのだが、



(その辺り俺もこじらせてるっていうかな……)



 ハルトも、アニメだってゲームだって大好きだ。

 隠れたしもべというのが、なんとなく格好いいと思ってついつい言いそびれていた。

 跪(ひざまず)いたまま、指示を待つナイアルを見て、ふと思う。



 ――そういえば、ステータス確認してなかったな。



……………………



 NAME:ナイアル

 種族基礎Lv.52

 職業:暗影の騎士Lv.13、孤影将軍Lv.10

 Lv総計65

 HP:4158

 MP:1440

 攻撃力:2151

 耐久値:1400

 敏捷:2353

 器用:2900



 特性:【黒き男】【下位魔術スキル使用可】【職業固有スキル使用可】【全戦士系武具装備可】。

 保有スキル:【潜影術シャドウダイブ】【隠遁術ハイディングレベル4】【万軍指揮レベル10】【範囲攻撃】【グラビティフィールド】【武威レベル5】【感知レベル3】



……………………




 レベルの総計は65。

 職業レベルは、持っている中で一番高いものが加算される。

 職業【暗影の騎士】は【黒き男】のみが持つ専用の職業。

 一方、職業【孤影将軍】は【将軍】系列の指揮官系職業だ。

 RvRにおいて、万単位のNPCをペナルティなしで指揮できる【将軍】の中で、暗殺者系職業および隠密系職業に就いている者に与えられる。



 そして、



 ――種族、黒翼。



 ステータスの最後に、そんな単語が表示される。

 特殊なアイテムで召喚、しもべとなるNPCは、すべて特別な種族となる。

 グランガーデンにおいて一般種族である、人間やエルフ、ドワーフ、獣人に比べ、ステータス値が圧倒的に高い。



 ナイアルの場合が、この【黒翼】という種族だ。

 ステータスの伸びは、種族間でも一、二を争う。

 ハルトよりもレベルが低いにもかかわらず、彼に匹敵するステータスを持つのがその理由である。



「悪いな、いろいろ不自由させて」



 影に入れたまま、これまでろくに指示も出していなかった。

 それについて謝罪すると、ナイアルは首を横に振る。



「いえ、黙して付き従うのも、忠義と心得ます」


「あ、ああ……」



 忠義と言われても、どうもしっくりこない。

 それを向けられるようなことをしてきたわけでもないため、違和感があるのだ。

 そういうロールしているのだと割り切るべきかと考えていると、



「私から、主にお伺いしたいことがあるのですが、認めていただけますでしょうか?」


「え? ああ、かまわない」


「では、主の目的をお教えいただければ」


「そういや言ってなかったな……」



 主の目的が不明瞭。

 確かにしもべとしては、落ち着かないだろう。



「俺の目的は……こう改めて人に話すのはなんか恥ずかしいんだが、国に……貴族たちに連れて行かれた婚約者を取り戻すことなんだ」


「婚約者様……ですか? 主ほどのお力があって、なぜそのようなことに? いえ、責めるような口調になってしまい申し訳ありません」


「いや、かまわない。そのときは例の転生の影響で記憶も戻ってなくて、力も発揮できない状態だったんだ」


「記憶と力を失われていたのですか……それは、不自由をされたのですね……くっ」



 ナイアルが沈痛な面持ちを見せ、目がしらに指を当てる。

 自分の主人が大変な目にあったことを思い浮かべているのだろう。

 そう言えば、ナイアルはなぜか涙もろい性格だった。



「……我が主。いくつかお伺いしてもよろしいでしょうか?」


「ああ。訊きたいことがあるなら、遠慮せずになんでも訊いてくれ」


「では……主がいますぐ攻め込むという手段に出ないのは何故でしょうか?」


「まず一つ。俺が現在のいろいろなことを詳しく知らないからだ。この世界のこと、俺の知らないアイテムの有無、そして相手の強さ。それをするには不確定要素が多すぎる」



 ナイアルが頷くのを見て、次の理由を口にする。



「そしてもう一つ。これが重要なんだが、俺の婚約者が【勇者ブレイバー】でな」


「【勇者ブレイバー】……確かニールと同じ職業ですね」



 ナイアルが【勇者】や【ニール】という単語を知っているのは、記憶があるということで予想できていた。

 ニール・オスマインはゲームのグランガーデンに登場する有名なNPCであり、シナリオのバックボーンだ。



 ゲームでの彼女は、仲間のNPCとグランガーデンを自由に動き回って、敵を倒したり、アイテムを手に入れたり、プレイヤーと交流したりするという役割を与えられていた。

 仲間にはできないが、プレイヤーの楽しみ方は、彼女の行動だ。

 彼女にも自立学習型AIが搭載されており、最初は魔王を倒すために冒険しているなどとしか言わなかったが、サービスの後半になって来るとプレイヤーとの交流も相応にしており、会話に興じられるほどになっていた。



「そうだ。ニールと同じで、ベル……ベルベットは魔王を倒す使命にあるらしい。精霊から遠隔で囁かれるみたいだし、魔王からも狙われる可能性がある」


「覚えがあります。以前ギルドで魔王の手先からニールを守る依頼を受けたのを」


「そういえばそんなこともあったな」



 ナイアルが口にしたのは、定期的に発生するニールの襲撃イベントだ。

 プレイヤーがニールの近くにいると、クエストボードにニールを守る依頼が貼り出され、それをプレイヤーが受けると、プレイヤーがログインしている間に、ニールがモンスターに襲撃されるというものだ。



 金銭、アイテム等の報酬の他に、一定以上受けるとNPCであるニールに名前を憶えてもらえるということで、数あるクエストの中でも屈指の人気を誇っていたが――ともかく。



「そういうわけで、ベルが魔王軍と戦わなきゃならないのはほぼ確実なんだ。そのうえで、たとえばの話いますぐに奪還するとしようか。首尾よく奪還できたとしても、すぐに王国に狙われる可能性が出てくる。そこに魔王軍のことが加わると」


「確かに、厳しいですね」


「だから、差し迫った状況でないうちに、諸々必要なものを集めなきゃいけないんだ」


「理解しました。それでは次なのですが」



 彼の言葉に頷くと、



「現状、この世界のことがわからないのであれば、コールをしてみてはいかがでしょうか?」


「こ……ああ、GMに訊けってか」



 GMコール。

 オンラインゲームではサポートセンターへの連絡に並んで、ポピュラーな不具合や問題の解決手段だ。

 もちろんゲームのグランガーデンにもGMは投入されており、ハラスメント、迷惑行為への対応、不具合解消、初心者への説明対応も行っていた。

 彼らのことについてはNPCもきちんと認識しており、プレイヤーの同士のもめごとやおかしな現象を解決できる公正な存在として覚えられている。

 仮想現実に没入するタイプのゲームが主流になるにつれ、必ず一定数のGMが常駐しなければならないという法整備もなされたため、彼らにとってはどこにでもいるから、接触すれば話が早いという認識なのだろう。



 ちなみにだが、

 GM。

 PC。

 NPC。

 などなど、ゲームを仄めかす用語は沢山あるのだが、NPCに取ってはあまり気にならないらしい。



「GMはいないんだ」


「彼らもですか……」



 ここは異世界だ。

 もちろんそんな役割の者がいるはずもない。



「どうやら当時とは状況がかなり変わっているようですね」



 当時……つまりゲームをプレイしていたときのことを言っているのだろう。

 なんとなく不思議な気分になるが、認識しているならそれでいいか。

 ともかく、



「アイテムや装備品、人材の確保が俺の当面の目的だ。ナイアルには、情報収集とか、周囲の警戒とかを主にやってもらいたい。…………隠密みたいなことってできるよな?」


「もちろん、可能です」


「よし。それにあたってだ。装備品はどうなってる? 以前持ってたものってどうなってるんだ?」


「それが……申し訳ありません。すべて失われています……」



 ナイアルはそう言うと、心苦しそうに俯いた。



「いやぁ……そんなに気にしなくてもいいんだが」


「いえ! 主には以前より、私の装備を整えるために、多大なご苦労をかけしました! それをすべてなくしてしまうなど、しもべにあるまじき失態! しかもそれを伏して詫びることしかできない自分が情けなくっ!」


「……あー」



 ナイアルはつまり、ゲームプレイ時のことを言っているのだろう。

 ナイアルもそうだが、NPCは装備できるものの幅が広い。

 苦労をかけたと言っているが、実際はそうではない。

 あのときは自分のしもべを強化するのが、それはもう楽しかったのだ。

 装備の組み合わせを作ったが、おそらくそのバリエーションは自分のものよりも多かっただろう。

 装備集めに多大な時間を割いたことを、ナイアルは自分のために苦労をかけたと受け取っているのだ。



「何度も言うが、それについては気にしなくていい。あのころとはいろいろ状況が違うからな。装備が失われていることも仕方ない」


「申し訳ありません……」


「それで、まずこれ。【溶解獣の毒牙】を渡しておく」


「これは……主、お気遣いありがとうございます!」



 盗賊の荷にあった装備を渡すと、ナイアルは深々と頭を下げた。



「そんなに嬉しいか?」


「主から武具を下賜されるのは、忠を尽くすしもべにとって喜びにございます」


「……えっと、他の装備は、何か良さそうなものが手に入ったらその都度渡すっていう方針でいいかな?」


「はっ。このナイアル、創造主ハルトに変わらぬ忠義を」



 ナイアルはさっきから、忠義忠義と連呼している。



(そういや、こんなキャラだったっけなぁ)



 ナイアルは自立学習型NPCだ。

 そして、ハルトのギルドでは初めて面倒を見る自立学習型でもあった。

 それもあってか、ギルドの仲間から、いろいろと吹き込まれたのを覚えている。

 この忠義の言葉もそうだ。

 空想戦記作家だったギルドマスターの【ヤンヤン】さんが、



 ――仁、義、礼、智、忠、信、孝、悌! ナイアルには八徳を覚えさせるべきです!



 とか突然言い出して、他の仲間と共にノリノリで吹き込んだ結果である。

 自立学習型NPCはそれぞれに個性があり、興味の向くものが違うらしい。

 ナイアルには忠義の言葉が響いたらしく、プレイ時もやたらと使っていたのを覚えている。

 涙もろくて、義侠心に篤い。

 そんな、一昔前のアニメの主人公っぽいのがこのナイアルというNPCなのだ。

 うん、全部ギルマスのせい。

 これも、ギルメンが事あるごとに口にした言葉でもある。



「主、もう一つ、質問が」


「なんだ?」


「勇士隊ギルドでしたか、あそこではどうして、あのような振る舞いをなさっているのですか?」


「ん? ああ」



 要は、勇士隊ギルドで見せた小悪党っぽい態度のことを言っているのだろう。



「あれは目的のためなんだが……俺があんな態度取ってて幻滅したか?」


「いえ……ただ以前はもっと人助けに積極的でしたので、いささか違和感が湧きまして」


「俺が人助けを?」


「ええ。主だけではなく、他の方々もですが」



 確かにリアルではお人よしと言われる程度には、いろいろとやってきたが、ゲームにまでそれを持ち込んだつもりはない。

 それに、他の方々とは、どういうことか。



「たとえば?」


「よく人を助ける依頼を受けたり、護衛の依頼を受けたり、でしょうか」


「人を助ける? 護衛? ……ああっ!」



 ナイアルの言っているのは、ゲームのクエストのことだ。

 グランガーデンでは、他のMMORPG同様、金策やアイテム入手などに、いわゆるお使いイベントがいくつも当て込まれている。

 当然それらにはテーマがあり、人助けなどが多かった。

 ナイアルはグランガーデン内の存在であるため、おそらくそれらのことをちゃんとした人助けだと認識しているのだろう。



 その証拠か、ナイアルが自分を見つめる目に、尊敬が含まれている。



(う……なんかアイテムのためとか金のためとか言いにくいなぁ)



 やはり、罪悪感を覚えてしまう。

 それゆえ、



「俺ってそんな良い奴じゃないんだぞ?」


「そんなことはありません。先日、盗賊団を倒したときも、打ち捨てられた女たちをしっかりと手を尽くし、弔っていたではありませんか」


「まあ……あれはな、そのまんまはいかんだろ?」


「その通りでしょう。放置しておくのは不憫にすぎます」



 ナイアルは感じ入ったようにしている。

 そんな彼に、



「……ナイアル、ちょっと頼みがあるんだが」


「なんなりとお申しを」


「俺が何かおかしなことしそうになったときは止めてくれ。度が過ぎて悪いこととか、人道に外れることとかな」


「主がそのようなことをなさるとは思えませんが…………承知いたしました」


「ああ」



 自分でも思うが、ハルトと春斗が混ざっているため、かなり価値観がごちゃごちゃになっている節がある。



 もしそのせいで混乱してしまったとき、止めてくれる、ブレーキ役が必要なのだ。



 ……その後は、再度確認したあと、ナイアルには再び影へと戻ってもらった。




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