第34話 バグってやがる!
この日ハルトは、メリルリース、モコと共に、とある場所を訪れていた。
それは、領都ザガンのとある酒場の地下。
奴隷オークションの会場である。
なんの変哲もない場所が、実はアンダーグラウンドの入り口というのは、なんともそれらしい造りだ。
デザインした人間はハードボイルド映画の見過ぎなのではないかというベタな感想が思い浮かぶが――ここを造った者にまでそういった思想が受け継がれているということはないだろう。
ともあれ通常、奴隷制があるこの世界で、奴隷の売買をここまでひた隠しにする必要はない。
大きな街には必ず一つは、奴隷を購入できる奴隷商会の会館があるし。
そこで奴隷を購入すれば、正規の手段に則って契約を行い、
普通の奴隷のみならず。
戦闘奴隷。
性奴隷。
用途はなんでもござれで取り揃えている。
そんな体制でも、こうして秘匿に力を入れる理由は、おそらく一つだろう。
認可されていない、認可されない奴隷の売買を行うからだ。
他国から違法に連れて来た奴隷。
違法な手段で奴隷にした、他種族の奴隷。
それらは取引が禁止されているため、奴隷商会では取り扱わないし、持ち込まれれば通報されるのだ。
だからこその、この気の揉みよう。
連れて来る新規は選り好みし。
同じような匂いのする人間にしか声を掛けない。
まったく念の入れようには恐れ入る。
立ち入る場所が場所だからか、メリルリースは不機嫌そう。
手に持ったトネリコワンドをパシパシと手の平に打ち付けつつ、落ち着かない素振り。
モコはフードを足場にして肩に掴まり、きょろきょろと周りを眺めている。
時折通りかかる給仕に向かって手を振り尻尾を振り、可愛らしく挨拶中。
……やがて現れた案内役の小男に連れられて、地下への階段を下りていく。
小男は取り入って甘い汁を吸おうとしているのか。
おもねるような表情を浮かべ。
腰をかがめて、揉み手も忘れない。
「いや、旦那のお噂はかねがね。なんでも、あの【
「こいつな」
「おお! この女でしたか! それはそれは……」
小男の手が、メリルリースの尻に伸びたの見逃さない。
見咎めてすぐ、伸びた腕を掴む。
「い゛!?」
「おさわりはなしだぜ? 俺は自分のものが他人に触られるのは嫌いなタイプだ」
もちろんベルベットだけだが。
「へぇ! すんません、つい……へへっ」
謝りつつ、誤魔化し笑いを見せる小男。
油断も隙もない。
いや、クセの一つ二つくらいはないと、こういうところではやっていけないのだろう。
こういった場所で生きていくには、狡く、賢しらに立ち回る必要があるのだ。
すると、メリルリースが何か文句があるらしく。
「勝手にアンタのものにしないでよ」
「じゃあ何か。こいつに尻触られたいって? お前ってホント特殊だな……」
「え? よろしいんで?」
「違うわよ! 特殊でもなんでもない! っていうかさりげなく触ろうとしない!」
「……お前さ、そういうとこだぞ?」
呆れ声で忠告する。
余計なことを言わなければいいものを。
なぜこう一言多いのか。
「しかし、旦那。なんで【
「ほんとよ。もっといいの装備させなさいよ。このドケチ」
追い打ちのように文句を言ってくるメリルリースに、じとりとした視線を向け、すぐに小男に答える。
「こいつぐらいのレベルなら、急いで揃える必要もないんだよ。とんでもない奴と戦う予定もいまのところないしな」
「そうなんですかい?」
「ああ。……もしかして懐具合の心配してるのか? そっちはちゃんと用意してるぜ。確認するか?」
「い、いえ。大丈夫でさぁ」
確かに、メリルリースの見た目を見れば、金銭的な不安もあるだろう。
だが、ハルトの方は、この世界の服と違って高品質であるため、見た目で懐具合の心配にはならないはず。
ふと小男は、他にも気になったことがあったのか。
「旦那。【
「こいつに関しては、拾い物でな。ちょっと運が良かったんだ」
「運ですか……いやぁ羨ましい。あっしも旦那の運にあやかりたいもんですよ」
「ははは! 俺なんかの運にあやかったらひどい目見るぜ?」
「これはこれはご冗談を」
などと、小男と冗談を言い合い、笑い合う。
だが、それは本心だ。
トラックに轢かれて死ぬわ。
クソ女神のせいで覚醒が遅れるわ。
拾った奴隷は超絶わがままお嬢様だわ。
これまでロクな目に遭ってない。
この小男がそんな不運にあやかったら最後、目も当てられない末路を迎えるだろう。
階段を降りていくと、石の扉に突き当たる。
扉の両脇には、屈強そうな男が二人。
小男が確認を取ると、やがて扉が開かれた。
「ここが会場でさぁ」
「ほう」
「広っ! あんな小さな酒場の地下によくこんな場所が」
小男に案内されたオークションの会場は、地下施設とは思えないほどに広かった。
まるで映画館や舞台を思わせる扇状の造りであり。
地下に降りたはずなのに、まさか二階席まで用意されている。
席も講演会でよくあるようなパイプ椅子を並べただけの簡素なものではなく。
革張りのシートが並べられており、両側との余裕も広く取られている。
通路には一張羅を着こなした給仕がちらほら。
酒やつまみを持ちながら、来場者をもてなしている。
「すごいでしょう?」
「ああ。これは期待できるな」
「ええ。ええ。期待してくだせぇ。今日も掘り出し物ばかりですんで……へへ」
小男は笑みを見せる。
オークションの規模が大きければ大きいほど、出品される奴隷にも期待ができるというもの。
良いステータスの奴隷もそうだが、珍しい種族、珍しいステータスのものなども出回るだろう。
そしてこちらにも、奴隷を探すのに宛てはある。
鑑定眼を使用すると、ある程度数値が可視化されて見えるのは知っての通り。
あとはこのオークションで目的のステータスを持つ人材を見つけて、確保するだけだ。
目的に沿う人物がいるかいないかは当然天運任せだが、その辺りは根気よく探すしかない。
ともあれまずは、席に目を向ける。
いるのはやはり、金持ちや貴族ばかりだ。
彼らにとっては、これも道楽の一種なのだろう。
席で上品に振舞っているが、どことなく下劣な雰囲気がにじみ出ているのは、やはり皮肉と言うべきか。
……ここにきている時点で、自分もそれと同類ではあるのだろうが。
ふと見回すと、二階席に一際目立つ一団がいた。
席の一角を大きく使い、高そうな酒、つまみなどをテーブルに並べている。
まさに「豪遊」という言葉がぴったり合う。
その中心は、若い青年だ。
切り揃えられた金の髪。
服装はごくありふれた、市井のもの。
しかしとこどころに見える装飾品など、細やかな部分に気を配っているためか、随分と浮いている印象を受ける。
十中八九、貴族の子弟だろう。
そんな青年は、半裸さながらの薄着をした若い女たちから、しきりにおもてなしを受けている。
あるいは口で。
あるいは胸で。
やがては跨り出す始末。
男としては、まあうらやましい限りである。
「なあ、あれは?」
「あちらの方は領主さまのご子息でさぁ。なんでもこの前、ここに大量に奴隷を流したとかで、デカイ顔出来てるらしいですよ?」
「ほーん」
適当な返事をすると、メリルリースがあからさまに顔を引きつらせる。
「りょ、領主の息子が奴隷売買って……どうなってんのよ王国は……それにここの領主って、評判良かったんじゃないの?」
「ええ。それはもう素晴らしいお方ですぜ。当然そいつは堅気の連中に限りますがね、へへへ……」
堅気でない人間がこう言うならば、領主自身はそれなりの人物なのだろう。
ということは、息子がだらしないだけか。
いや――
(そう言えばあのメモ……)
ふと、盗賊共のアジトで拾った、頭目が落とした紙切れのことを思い出した折――
「ごぉおおおおおお……」
ふと、モコがそんな唸り声を上げる。
「どうしたモコ?」
「もこ、もこ!」
尻尾をわしゃわしゃと動かしながら忙しなく、領主の息子に向かって爪を立てたり、手を振ったりしている。
唸り声を上げたり、目に見えて敵意が感じられる挙動を取ったりするときは、モコが警戒している証だ。
ということは、領主の息子に警戒心を向けるに値するなにかを感じ取ったのだろう。
「何かヤバいのか?」
「もこ」
モコが頷く。
すると、他の二人が、どこか呆れたように、
「領主の息子がこんなとこにいる時点でヤバいけど」
「それはあっしもそう思います」
同意する小男。
なかなかノリがいい。
一方で、モコは臨戦態勢を続けたまま。
さながらその動きは、シャドーボクシングをしているかのよう。
随分とまあ、やる気である。
「よし、モコ。悪を懲らしめてこい」
「もこ! …………もこぉっ!?」
モコは一度勇ましく頷いて……すぐに言葉の意味に気付いて振り向いた。
「も、もこ! もこ! もこ!」
そして、「いまのなし!」とでも言いたげに手をバタバタ。
「なんだ行かないのか?」
「もこー! もこもこー!」
「だっていま行くって頷いたよなー」
「もこぉおおおおおおおお!!」
首をぶんぶんと横に振るモコ。
目を(><)にして、「違うのー!」とでも言っているかのよう。
おもしろかわいい。
すると、見かねたメリルリースが、
「ちょっと、いくらモコちゃんが可愛いからってイジメちゃダメよ」
「いやぁ、つい」
「もこ……」
涙目になるモコ。
お詫びに頭を撫でてあげると、安心したのか元の位置に戻った。
だが、モコがこれほど敵意を示すのは意外だ。
相手が魔物、もしくは敵意を向けて来る人間ならまだしも。
相手はただ豪遊しているだけの放蕩息子。
しかもこちらに気付いている素振りさえない。
「…………ちょっと調べてみるか」
そう呟いて、【鑑定眼】を発揮させる。
…………
NAME:ウェイド・ドゥ・ザん・マーシーたsぇぞふヶ
基礎レベル:※ぞ7
職業:【■■■■■■】
Lv総計:鏤炊サ・Lシ・披 ケΤ6・・ア#・障ア8!!!
HP:?≫u2??±?・?????1!!!
MP:?¶???≫? ̄?μ??
攻撃力:サU垠Zアュアウアツアアレアオ!!!
耐久値:[SQ0W0f0D0~0Y0! !
敏捷:¢??・!!!
器用:????臣鞁臣
特性:譁?ュ励さ繝シ繝峨?逶ク驕慕ュ峨↓繧医j諢丞峙縺励↑縺?。ィ遉コ縺ィ縺ェ繧九%縺ィ縲√≠繧九>縺ッ縺昴?繧医≧縺ォ隕九∴繧狗憾諷九r謖?☆縲
…………
(は? なんだあいつ? ステがバグってやがるぞ?)
【鑑定眼】を使用したことによって見えたステータスは、何故か文字化けのような状態になっていた。
常用でない難しい漢字が並び。
言葉に記号まで混じっている。
完全にバグの現れだ。
【鑑定眼】が使えない相手……ということはない。
そうであった場合、見えるのはバグの文字化けではなく、黒く塗りつぶされたものになるからだ。
そこで、ふと気付く。
確か、前にゲームをプレイしていた際、似たようなものを目撃したことがなかったか、と。
(なんだったかなぁ…………あれ、すげぇ重要なことだったはずなんだが)
なんとか思い出そうと天井を仰ぐが、記憶の引き出しから取り出せない。
「どうしたの?」
「いや、なんでもない」
「そう……」
メリルリースは席に腰かける。
すると、小男が、
「そろそろ始まりますんで、おかけになってお待ちくだせえ」
そう言って、次の客の案内に向かって言った。
「……ま、気にしてもしょうがないか。いまはそれよりも人材確保人材確保」
メリルリースと同じように、席に腰かけたのだった。
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