第35話 また奴隷ですね。はい



「――ワインを頂戴。赤で」



 メリルリースが通りかかった給仕に、酒を頼み始める。

 しなやかな指を動かして、優雅な仕草で……というのはこの際置いておき。

 勝手に。

 なんの断りもなく、だ。



「自然に酒を頼むな。酒を」


「いいじゃない一杯くらい。これくらいじゃ酔いもしないわよ」



 そんなことをしれっと言ってくるお酒大好き女に、ジト目を送りつつ。



「……今日は飲みに来たんじゃないんだからな? ちょっとだけだぞ?」


「アンタって変なとこお堅いわよね」


「お前が自由過ぎるだけだっての」



 メリルリースのナチュラルわがままお嬢様ぶりに辟易としながら、丸テーブルの上に木皿と干し肉とモコを置く。

 モコは後足を投げ出して器用に座ると、小さな前足で干し肉を掴んで口に運び、もきゅもきゅし始めた。



 そんなことをしていると、やがてオークションが始まった。

 司会の声が会場内に響き、客たちがざわめく。

 前置きや前座の催し物もなく、すぐに本日の商品どれいの紹介が始まった。

 エルフの子供。

 お取り潰しになった貴族の令嬢。

 筋骨たくましいドワーフ。

 珍しいスキルを保有した少年。

 などなど。



 当然みな、盗賊や人攫いに捕まった者たちなのだろう。

 その不幸な境遇には同情の一つもしたくなるが、善い人をやっていてはキリがない。

 メリルリースが愚痴のようにこぼす「胸糞悪い」「反吐が出るわね」などの言葉を聞きながら、スキル【鑑定眼】を働かせていく。



 しかし、目当てのステータスを持つ者は出てこない。



「やっぱそうそうないかねぇ……」


「そりゃそうよ。そんな簡単に見つかるものじゃないから、こんなとこまで来て探してるんでしょ?」


「まあそうなんだがな……」



 それでも、期待くらいはかけたいのだ。

 ここまで漕ぎつけるのに、嫌な思いも多くした。

 労力はそうでもないが、出費もバカにならない。

 なら、結果は出て欲しいと思うのが人情だ。



 いますぐ欲しい職業は三種類、三人分。

 ステータスもバラバラであるため、どれか一つでも該当する者がいればとも思ったが……メリルリースの言う通り、そうそう簡単にはいかないらしい。



 やはり、この手のことは根気よく続けるべきか。



「あと、モコ。それは指を洗う水だからな。まあ飲んでも大丈夫だろうが」


「もこ?」



 フィンガーボウルの器を水飲み用の器と勘違いして、口を付けているモコに、そんなこと言っていた折。



 舞台上に、大柄な男性が連れてこられた。

 見た目も種族的にも一般的な奴隷のようにも思えるが。



 流れで【鑑定眼】を発動すると、ふとそのステータスにとっかかりを覚える。



「お?」


「どしたの?」


「ちょっと待て」



 メリルリースにそう言って、ステータスを詳しく確認すると。




 …………



 NAME:バルサス

 種族基礎Lv.10

 職業:【衛兵ガーダー】Lv.4【工兵クラフトアーミー】Lv.2

 総計Lv.16

 HP:618

 MP:381

 攻撃力:150

 耐久値:201

 敏捷:78

 器用さ:246

 特性:【耐久向上Lv.1】【即時補修Lv.2】



 …………




「これは……」



 魔力と耐久に上昇が偏ったピーキーなステータス。

 しかもちょうど、【衛兵ガーダー】と【工兵クラフターアーミー】まで持っている。

 どの職業を目指すかまるではっきりしないこのあまりに微妙過ぎるステータスの上がり具合は、間違いない。



(来たぞっ! マジか! 一回目から大当たりじゃないか! ついてるぞ、俺!)



 つい興奮して膝を叩いてしまう。

 これまでの不運を一気に取り返すほどの運気が巡って来た。

 すかさず手を挙げて、司会に奴隷購入の意思を伝える。

 入札開始価格は金貨20枚から。

 周囲を見回すが、手を挙げている者はまったくいない。

 奴隷は男で、歳はおそらく三十代後半。

 職業は二つあるが、どちらもありふれたもので、特筆して職業レベルが高いわけでもない。



 正直な話、ステータスが見えなければ、どこにでもいるような労働奴隷だろう。

 しかも紹介がひどく雑で、数合わせに用意されたというのがすぐにわかるほど。

 こんなところまで来て、彼を欲しいと思うような人間はいないだろう。

 ……自分以外は。



「ねえ? アンタが欲しいのって」


「そうだ。あれはこれ以上ないステータスだぜぇ……。やっと運が巡ってきやがった……」


「……全然強そうには見えないけど? レベルも低そうだし」


「レベルなんざどうでもいいんだよ。要は目的の職業を目指せるステータスの振り分けになっていればいいんだ」


「は? はぁ……」



 その辺り、メリルリースはよくわかっていないらしい。

 もともとこの世界の職業についての考え方は、なりたい職業の練習をしていれば、その職業に就けるかもしれないといった曖昧なものなのだ。

 基本的に、職業は精霊NPCから貰うものという認識がまかり通っている。

 細かいステータスへの割り振り。

 昇職に必要な装備品の有無。

 討伐数、使用必要回数など、特殊な条件を満たす。

 それらのことをまったく知らない以上、メリルリースのこの反応も頷けるというもの。



 やがて、落札者がハルトで確定する。



「…………よし!」



 レアドロップがあったとき並みの、渾身のガッツポーズを決めてしまう。

 それに胡乱げなまなざしを向けて来るメリルリース。

 モコは小さな前足で拍手をしてくれる。空気を読むかわいい動物。



「ではこの奴隷は、あちらの方の所有となりました。では次は――」



 オークションが終わると、今度は引き渡しだ。

 やがて現れた係の者に案内され、ハルトは舞台裏へと案内された。



  ●     




 ――【グラウンドクラフトガーダー】が欲しい。



 これは、ハルトがベルベットを取り戻す過程にあって、まず思い浮かべた事柄だ。

 それ自体がベルベットを取り戻すことに必要なものではないのだが、今後、魔王の軍勢と戦う可能性を考慮すると、どうしてもこれが必要になってくる。



 この【グラウンドクラフトガーダー】というのは、武器やアイテムではなく、職業だ。

 普通の職業ではなく、グランガーデンに十四あるユニーク職の一つ。

 一人で簡易陣地の作製を行うことができるという変わり種のジョブである。

 言葉で表すならば、スキルを用いてその場に簡易の防壁や砦、陣地を作り出せる工兵のようなもの……とでも言えばいいだろうか。



 普通のRPG視点で見ればなんのこっちゃという職業だが。

 戦争があるグランガーデンでは、この能力は馬鹿にならない。

 戦場で戦いつつも、その場で簡易に陣地の作製をする。

 兵士を守るための拠点を作り出せるため、その場で戦う兵士の損耗を格段に減らすことが可能で、かつ攻撃のために拠点にもなるのだ。




 今後ハルトが進むべき道には、多くのものが立ちはだかる。

 ベルベットを連れて行った者たちや。

 もしかすれば、王国を敵に回す可能性だってなくはない。

 そしてもし仮に、魔王軍の一角と戦わなければならなくなったとき、軍対軍の戦闘をしなければならなくなる。

 そのときに、この【グラウンドクラフトガーダー】がいれば、そういった状況にも対応できるというわけだ。



 そのための、今回の奴隷オークション。

 目当てのステータスを持つ人間が出品されるかどうかはわからないが、こういった場所に案外掘り出し物がある。

 【グランドクラフトガーダー】への転職に必要なものは多々条件があるが、最低限、【工兵クラフターアーミー】と【衛兵ガーダー】、そして一定以上の魔力を持っていることが望ましい。



 これは元プレイヤーとしてではなく、この世界を生きている者の感覚となるが。

 転職に必要なステータスは、レベルを上げて。

 それに似通った仕事をすれば転職できる可能性があがる。

 あとは、装備枠など、特殊な条件を揃え。

 教会の職業選択の儀で、精霊に自己申告でもすればいいだろう。



 裏手に案内されると、買い取った奴隷が引き連れて来られる。

 男性、名前はバルサス。

 見上げるような背丈。

 金の髪は、長く切っていないのか伸ばし放題。

 顔立ちは悪くなく、かっこいい中年といったところか。

 年齢のせいか、働き盛りの若々しさに、渋さが混在している。

 体格はかなりいい。

 口は真一文字に結ばれており、寡黙さを感じさせる。

 奴隷の呪術印があるにもかかわらず、手錠がかけられているのは、引き渡しの際に暴れられるのを避けるためだろう。



 彼を連れて来た係りの人間と金銭のやり取りを行ったあと。



「この奴隷をこちらの方に譲渡します。印章スタム


再印章リ・スタム。確かに受け取った」



 腕に印章が追加される。メリルリースと合わせて二つ目だ。

 係りの人間が離れていくと、ふとその男、バルサスが口を開く。



「……なぜ俺みたいに半端な人間を欲しがる?」



 声質は年相応の、しかして若干暗めのトーン。



「半端な人間?」


「俺はここで売られていた他の奴隷たちとは違う。どんな長所も特徴もない、何者にもなれない人間だ」


「あぁ……」



 確かに彼の言う通り、このステータスではどっち付かずというか、半端という表現が相応しい。

 それを本人もきちんとわかっているのだろう。

 だからこそ、なぜ欲しがるというこの疑問だ。



 ふとバルサスは、メリルリースに視線を向ける。



「それに、あんたの隣にいるのは」


「アタシはこれでも、【古代魔術師エンシェントメイジ】の職に就いてるわ」


「なら余計俺が必要だとは思えない」



 そう思うのも当然か。

 こんなアングラまで来て、雑用のための奴隷を買う人間などいるわけがない。

 だが、



「いや、必要だぞ? というか重要度はおっさん、あんたの方がずっと上だ」



 そう言うと、バルサスは驚きで目を瞠る。



「……冗談だろ?」


「いやいや全然冗談じゃなくてさ」



 そんなやり取りをしていると、ふとメリルリースが肩をつ突いてくる。



「ねえアンタ、ずっとそうだけど【古代魔術師エンシェントメイジ】の評価低くない?」


「【古代魔術師エンシェントメイジ】ってのは、探せばいる。むしろ最上位職だから名を売って有名になるヤツが多いんで、探すだけなら楽だ。だけど、おっさんのステってのはスゲー特殊でな。戦士職なのに、攻撃力よりも、耐久力と魔力と器用さの方が高いだろ? そんなのは意識して上げない限りは滅多にないんだ」



 バルサスのステータスは、意識して上げたものではなく、たまたまだろうが。



「…………」


「こういう特殊なステータスの人間が必要だからこそ、俺は奴隷オークションに手を出す必要があったのさ。まさか一回目で引き当てることができるとは、思わなかったけどな」


「つまり、あんたは俺のステータスが見えていて、そのうえで俺が欲しいと? 特殊なスキルも持っていないのにか?」


「そうだ。大当たりだよ」



 表情に動きはないが、バルサスは困惑しているらしい。

 これまで必要だと言われたことがないのだろう。

 バルサスの目を見る。

 こういった境遇にある者は、大抵は目の奥まで淀んでいるはずだが、思った以上に澄んでいる。

 何か理由でもあるのか。

 ただ、なんとなく、目の輝きや会話から、誠実そうな人間であるように思えた。

 ともあれ予定通り、腕の印章を露出させる。



 そして、



「この男を呪術印から解放する。印章スタム


「なっ――!?」


「は!? ちょっとアンタ何してんのよ!?」



 解放の文言を口にすると、バルサスの手から呪術印が消え去った。

 ……呪術印が消えれば、彼を戒めるものは何もない。

 もう無理やり言うことを聞かせることもできないし、周囲からも奴隷としてもカウントされなくなる。

 突然のことにメリルリースは口をパクパク。

 こればかりバルサスも驚きを隠せなかった。



「さ、これでおっさんは自由だ」



 そう言うと、バルサスは怪訝そうな視線を向けて来る。



「……一体なんのつもりだ?」


「見たまんまさ。おっさんを解放したくなったんだよ」


「解放したくなったって……」



 そして、



「――そのうえで、おっさんに頼みたい。俺の目的のために、手を貸して欲しい」



 目を真っ直ぐそう見詰めて、頼み込む。

 一方バルサスは、戸惑ったまま。

 解放から妙な頼み事と、まずあり得ないことが立て続けに起こったたため、理解が追い付いていないのだろう。

 やがて落ち着いたバルサスは、大きく息を吐く。



「さっきの質問は一度脇に置いて、まず聞きたい」


「なんだ?」


「解放した瞬間、俺が逃げるとは思わなかったのか?」


「逃がすと思うか? そもそもおっさんのステじゃ、俺からはどうしたって逃げられない。俺の敏捷は1993だぜ?」


「せっ、せせせ、せんっ!?」



 ステータスの一部を口にしたことで、メリルリースが慄いている。

 それはともかく。



「ハッタリじゃないぜ? 試してみるか?」


「……いや、いい。会ったときからビリビリ来てるからな。俺よりも遥かにレベルが高いことはわかっているつもりだ」



 バルサスはそう言うと、神妙な面持ちを見せ、



「……俺の力が本当に必要になるのか?」


「それについてはまだ確証がない。もしかしたら、おっさんのステで俺の目的は達成できないかもしれない。そのときはそのときで、自由にしてもらうさ」


「自由に?」


「正直に言うとな、これからかなりきつい戦いが待ってるんだわ。目的の職になれないなら、連れてったってしょうがないしさ。おっさんだって嫌だろ無理やり戦わせられるとかさ」


「はいはーいアタシも嫌でーす!」



 そんな声が聞こえて来る中、バルサスはメリルリースに視線を向け、



「そっちの【古代魔術師エンシェントメイジ】の女のように、無理やり言うことを利かせればいいんじゃないのか? 俺のステータスは、特殊なんだろ?」


「そうだな。そっちの方が利口かもしれないが……あんまり下僕を持って無理やり命令させるってのはな」


「ちょっと! それならアタシはどうなのよ!? アタシは!?」


「いや、これでも目的のためならどんなことするのもやぶさかじゃない覚悟なんだぜ? 一応は」


「だから聞きなさいよ! 無視すんな!」



 モコが「まあまあ」と前足で宥めてくれている間に、



「こういう場合、俺は雇うって形がベストだと思ってる。おっさんだって、この状態ですぐ放り出されたら結構困るだろ? それなら、自分の能力が必要とされて、きとんとお金もいただける職場があるってのはかなり魅力的だと思うけどな」


「もし俺が目的を達成できなかったら?」


「もちろん動いてもらった分の支払いはする。前金だって払ってもいいぜ? んで、そのあとはさっきも言った通り、自由だ」



 それを聞いたバルサスは目をつむってしばし黙り込み、やがて片目を開け。



「……騙してるわけじゃないよな?」


「ここで騙してどうするんだよ? 俺がおっさんを騙す必要性がないぜ?」


「話が出来過ぎてる。悪魔に囁かれてるって言われても信じられるぞ」


「じゃあどうする? 俺の提案を拒否してまた奴隷に戻るか?」



 そう言うと、バルサスは大きなため息を吐く。



「……本当に悪魔だな」


「ああ。悪魔だぜ。それはこのあと散々思い知ることになるだろうよ」



 くくく……と不気味に笑う。

 正直な話、悪魔なのは当たりだ。

 もしかすれば、奴隷でいるよりもひどい目に遭う可能性があるのだ。

 魔王軍と戦わせられるなどというのは、その最たるものだろう。



 ともあれ、バルサスの答えは、



「わかった……旦那の言う通りにしよう。俺には選択肢はない」



 ふとバルサスは、むくれているメリルリースを見る。



「そっちも同じようにしてやればいいんじゃないか?」


「こいつは性格上、解き放ったらすぐ逃げるだろうからな。なんていうかこう、人に縛られたくないって感じがバリバリするし」


「当然でしょ」


「お前は一応保険なんだ。相手方の戦力が俺の予想を超えるってこともないわけじゃない。だからこそ、最上位職業はあるだけありがたいんだ。あとは敵にメイジ系の最上位、【最上位魔術師アークメイジ】がいたときのカウンターだな」


「……さっきもきつい戦いとかなんとか言ってたけど、アンタみたいな化け物と敵対してるようなアホがいるの?」


「きつい戦いはそれとは別なんだが……まあ、戦う予定自体はあるってことだ」


「ということは、アンタがケンカ吹っかけにいくってわけね?」


「そういうことそういうこと」


「なんかそいつが気の毒過ぎて同情するわ。つまり確定で死ぬってことでしょ?」


「さてな」



 そう適当に濁して、再びバルサスに視線を向ける。




「――つーわけで、バルサス。あんたにはとある職に就いてもらいたいんだわ」




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