第14話 丁度いい相手
――ふと、気配という存在自体が怪しい概念を感じ取ることができたのは、ここが異世界ゆえのものか。
これは【感知】スキルの賜物だ。
ゲームにも存在したが、対象が隠蔽系のスキルを持っていない、もしくは隠蔽スキルが【感知】スキルを上回っていない場合に限り、その接近を認知できるようになるというスキルである。
レベルに応じて感知できるようになる範囲も広がり、職業によっては低レベルでも広範囲を索敵できる、ゲームでは必須スキルの一つ。
ゲームプレイ時は空中にアラートが表示され、小マップに位置が表示された。
こちらでは違うようで、存在そのものを知覚できる仕様らしい。
(仕様って……俺も大概ゲーム脳だよな……)
ついつい胸中で呟いてしまった言葉にツッコミを入れる。
少し離れた場所に、人間が二人。
ゆっくりとこちらに近付いてくる。
足取りに迷いはないため、向こうもこちらの存在を察知しているのだろう。
だが、森の方からというのがこの話の妙なところだ。
道なりに歩いて来るのならわかるが、そうでないということは、何かある。
「主」
「ナイアル、お前はひとまず俺の影の中に入っててくれ」
「ふむ、よろしいのですか? 主を脅かそうとする障害ならば、私が討ち果たしますが」
「いや、まだはっきり敵だと決まったわけじゃないし、それならそれで俺も試したいことがあるしな」
「承知いたしました」
ナイアルは胸に手を当て、影の中に沈んでいく。
この辺りの演出は、ゲームと同じらしい。
ふと、モコを見ると、すでに防御態勢。
その場で身体を丸め、真っ白な毛玉になっていた。
「モコ、そんなとこで丸くなるなって。フードの中に入っとけ」
「も、もこもこもこ……」
しゃがむと、もぞもぞと身体をよじ登って来る。
モコをフードに納め、警戒していると、やがて森の奥の闇からハルトの【感知】スキルに引っ掛かった二人組が現れる。
どちらも、若い男。
といっても、いまのハルトよりも十は年上だ。
しっかりと武器や防具を装備しているが、全体的にみすぼらしさが目立つ。
おそらくは野盗の類なのだろう。
即座に【鑑定眼】を使う。
一人は
もう一人は
レベルに関しては……言うほどのものでもないだろう。
追い剥ぎにもかかわらず隠蔽系のスキルを使っていない時点で、ハルトにとっては超の付く雑魚なのだ。
男二人はハルトを視界に収めるなり、剣を抜いた。
にやにやしている姿に、やたらと嫌らしさを感じる。
首後ろにいるモコからは「ごぉぉぉ……」と、威嚇の唸り声。
男の一人が顎をしゃくった。
「おい」
「なんだ?」
「お前、ガキのくせにいい格好してるじゃねぇか」
「だろ? これ、お気入りなんだぜ?」
軽口を返すと、男は切っ先を突き付けるように差し向けてきた。
「俺たちに寄こしな」
「いますぐにな」
「つまりここで服脱げって? え? もしかしてお前ら二人とも、男好きなタイプのゲイ野郎ども? 脱いだらケツ差し出せって? それは断固拒否したいんだけどな」
「ちげぇよ! 身ぐるみ剥いで金に換えるんだっつーの!」
「知ってるよ。見た目と相俟ってワンパターンだよな」
ため息を禁じ得ない。
吐く台詞がお決まりすぎるのだ。
絵に描いたような小物ども。
まさか村を出てすぐ、こんな連中に出会うとは思わなかった。
さらに軽口を重ねたことで、男は苛立ったらしい。
「てめぇ立場がわかってんのかこのガキが。これが見えねぇのか?」
「剣だろ? そんなのが見えないわけないだろうがアホなのかお前ら? 台詞くらいもうちょっと捻ろよな」
「んだとぉ!? ここでぶっ殺して剥ぎ取ってやってもいいんだぜ!? おぉ!?」
男はやたらと威圧しながら、ガキ、ガキと言ってくるが――
(まあ、確かにガキだわな)
現在のハルトの歳は16。
背丈も160cm程度。
彼らからは、
強気に出るのもわかる。
子供が無防備に歩いているのもそうだが、一番の理由は戦闘職に見えないからだろう。
戦闘職に就いているなら、職に応じた格好をするのが当たり前だ。
防具だって揃える。
そのうえこの世界では、戦闘職とそれ以外の職とで、戦闘能力に大きな隔たりがあるのだ。
生産職ならば、器用さ以外のステータスが一桁だってザラなのだ。
すでに勝ったつもりでいるのだろう。
「……最後だ。寄こしな。そうしたら命だけは勘弁してやる」
「命は助けてくれるなんて、随分優しい追い剥なんだな」
「命はな」
片方がそう言うと、両方とも面白い冗談でも口にしたかのようにゲラゲラと笑い出した。
要は、命は助けるが、見逃してはやらないということなのだろう。
服と一緒に奴隷として売りつけようという魂胆なのだ。
「遠慮するわ」
「じゃあ仕方ねぇな……死に晒せやぁあああああ!」
「そんなのヤに決まってんだろ――」
男の一人が剣を振りかぶりながら、猛然と突撃してくる。
「食らえやっ、【ソードスラッシュ】ゥウウウウウウウ!」
木立の合間に、やたらと気合の入った声が響く。
武術スキル【ソードスラッシュ】。
以前、ベルベットが村で見せてくれたものだ。
剣士系の職業が最初に覚える武術スキルで、ハルトにとってはゲームプレイ時に散々目にしてきたものでもある。
大きな声で叫んだところは間抜けなような感じもするが、この辺りもゲームと同じだからなのだろう。
ゲームでは武術スキルも魔術スキルと同様、使用したいスキルの名前を口にしないと効果を発揮させられないという仕様だった。
音声認識の一種だったらしく、ゲームをプレイしていたプレイヤーたちはみんなノリノリで叫んでいたが、目の前の男のように間延びさせると、ひどく間抜けな感じがする。
その間にわかったことだが、どうやら男はかなりレベルが低いらしい。
下位の武術スキルにもかかわらず、ほんのわずかながらだが
だが、その後発動した【ソードスラッシュ】は、普通に剣を振るよりも速度、威力と共に増していた。
しかし、それでもハルトにとっては遅いのだが。
「残念。当たらないな」
「ちぃ!」
余裕を持ってかわすと、男が舌打ちをする。
そしてまたすぐに、武術スキルを使用した。
「【ソードスラッシュ】! 【ソードスラッシュ】! 【ソードスラッシュ】!」
ひょい。
ひょい。
ひょい。
そんな風に軽く跳ねるように回避すると、男が驚いたような顔を見せる。
「な、なんで当たらねぇ!?」
「なんでって、そりゃあそんな使い方してるからだって」
もちろんレベル差があり過ぎるからというのもあるが、スキルの使い方がド素人なのだ。
普通、スキルとは、ここぞというときに使うもの。
まず序盤はスキルなしで攻めて、敵の体勢が崩れたときに使うのが前衛プレイの常道である。
しかし、男はそんなことお構いなしに、スキルを連発。
これではまるで、ゲームを始めて間もない初心者プレイヤーだ。
ベテランプレイヤーとしては、かなり微笑ましいが――
「おい、何やってんだ?」
「こ、こいつがはしっこくちょろちょろしてるから……」
「まさか戦闘職持ちか?」
「っ、かもしれねぇな。おい、どうなんだ?」
「ああ、これでも一応戦闘職には就いてるぜ?」
「ち、武器を持たないところを見ると、
そう言うと、二人は警戒したように軽く後退する。
「さてと、じゃあ次は俺の番――あ、そういえば
初戦闘で一気に殲滅と意気込んだ折、スキルがないことを思い出す。
キャラシート記入時に剣士の装備を書いたため、スキルもそれに合わせようとして一つも書かなかったのだ。
そのときは、まさかこんなことになるとは思っていなかった。
ミスと言えば自分のミスだが、それでも致命的とは程遠い領域にある。
まあ別にいいかと思っていると、男たちは急に見下したように笑い出し、
「おいマジかよ? お前、戦闘職のクセにスキル持ってないのかよ?」
「戦闘職のクセに武術スキルを一つも持ってないなんてとんだ低レベル野郎じゃねぇか」
「…………」
スキルが重要視される世界であるということはわかってはいたが、まさかここまでとは。
派手で威力の強いものにばかり心が囚われ、完全に目が曇っている。
いや、スキルというわかりやすい力があるからこそ、その弊害が浮き彫りになったのか。
「おい、黙ってないでなんか言えよ? スキルも持ってない
「へっ、雑魚のクセに舐めた態度取りやがって」
その雑魚に剣撃をすべてかわされた人間が、一体どの口で言うのか。
「ま、確かにいますぐ使える武術スキルはないがよ――」
だが、それが弱者のそしりを受ける理由になるのか。
確かに武術スキルは強い。
動きが形式化されているため、スキルを発動すれば、意識せずとも複雑な動きを行える。
しかし本当にそれが、武術スキル以外の動きを下等と一蹴する理由になり得るのか。
否、それは否だ。
反対に言えば、武術スキルは一度発動すれば、ある程度決まった動きしかできないという制限が発生する。
そのうえ、繰り出す技を自ら宣言しなければならないのだ。
宣言したスキルがどんなものか熟知していれば、回避することはそう難しくはない。
手慣れていれば、カウンターを決めることすら可能。
そして、いまの自分にはそれができる領域にいる。
レベルとしての強さだけではない。
日本人、線崎春斗としての格闘技の経験だ。
身体はなくとも、魂は覚えている。
繰り返した身体に覚え込ませた動きを。
練りに練った技のいくつもを。
格闘技好きが高じて格闘家になったのは伊達ではない。
巻き藁やサンドバッグを打った経験は嘘ではない。
仲間とスパーリングをした記憶はまぼろしではない。
リングの上で得た栄光は虚飾ではない。
空手、ムエタイ、中国武術。
思えば、ひとところに定着せず、つまみ食いのし過ぎであった。
だがそれゆえに、覚えた
「……俺の異世界の敵第一号のお前には……そうだな。
男が武術スキルを発動させるため、剣を振りかぶる。
そのタイミングを見計らい、身をかがめるようにして、右腕を左わき腹にしまい込む。
意識するのは、弩から撃ち出された矢だ。
大地を蹴り、おおよそ4メートルの距離を一息に詰めて、そのまま右の縦拳を男の顔面に叩き込む。
すると、男の頭部は難なく弾け飛んだ。
「ぱ、ぎゅっ……」
漏れたのは声――否、音か。
頭の中身が恐ろしい速度で吹き飛び、背後にあった木の幹を粘度の高い赤で染め上げる。
その場に残された身体からは力が抜け、膝から崩れ落ちた。
「あ……悪い、ちょっと力入れ過ぎたわ」
思いがけない威力を出してしまったことに、つい謝罪の言葉が出てしまう。
レベル総計80の力は、思っていた以上に途轍もないものだった。
もちろん普段はここまで力が入ることはないのだが、ひとたび攻撃に転じたとき、手加減を意識しないととんでもないことになるらしい。
ハルトが謝罪した相手はすでに他界。
頭の方はぐちゃぐちゃのみそみそだ。
そして、もう一人の方はと言えば……突然のことに呆然としていた。
やがて、やっと我に返ったのか。
「なっ、な、な…………なんで」
驚きが過ぎて、言葉にならないらしい。
「まあ、俺の方が強かったってことだろ?」
「おま、さっきスキル使えないって言ってたじゃねぇか!」
「いや、別にスキルは使ってないぜ?」
「嘘つきやがれ! そんなとんでもねぇ技がスキルじゃないわけねぇじゃねぇか!」
「……?」
はて、この男は震えながら何を勘違いしているのだろうか。
スキルを使うには、スキル名を口にしなければならないという原則がある。
もしかすればレベル差……ステータスに開きがあり過ぎて、度を超えた攻撃をスキルと勘違いしたのかもしれない。
まあ、とにもかくにも。
こっちもさっさと片付けようと思ったが、すぐに思い直す。
そう言えば、なぜこんなところにこんな連中がいるのか、聞き出していなかった。
この世界に生まれてからずっとこの辺りに住んでいるが、これまで追い剥ぎ野盗の類が出たという話など、まったく聞いたことがない。
となれば、この二人だけではない可能性がある。
「そうだな……レベル差があるなら」
そう言って、【武威】のスキルを使用する。
これは、ベルベットを追いかけて村を出た折、カリスたちに浴びせられたものだ。
目に見えないオーラのようなものを放射して、対象に様々なバットステータスを与えるスキルである。
レベルに差によって影響は様々で、ゲームではレベル差が大きいと【攻撃力低下】【恐怖】【鈍足】などの効果が付いたが、果たして――
「あひぇ……う、わ……そんな……」
ハルトがスキルを使用すると、男はたちまち腰砕けになった。
おそらくは【恐怖】のバッドステータスが付いたのだろう。
効果は、戦意喪失という形で表れるらしい。
【武威】を維持したままゆっくりと近付くと、男は剣を捨て、這って逃げようとする。
そんな男を追いかけ、その耳元に囁くのは、
「なあ、お前らのこと教えてくれよ。お仲間は、一体どれだけいるんだ?」
アジトに乗り込む気満々の、そんな言葉だった。
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