第19話 まずはお買い物



 乗り合い馬車に揺られて到着したのは、ハルトが最初の目的地と定めた都市。

 四周を石造りの城壁で囲まれた、領都ザガンである。



 ここはいわゆる城郭都市で、四角形の敷地に、三重の城壁が建てられている。

 一つ目の城壁の外側には、街に入ることのできない貧民のバラックが乱立。

 その内側には、市民権を得た住人が住む市街があり、二つ目の城壁の内側に富裕層や城代の子爵の屋敷がある。



 三つ目の城壁は領城の守りだ。

 壁の背も高く、十メートルを超えるほど。

 四隅には物見塔。

 正面へと向かえば、落とし格子付きのゲートハウスに迎えられる。



 ハルトたちは門で通行料を支払ったのち、まずは物資を調達するべく、ザガンにある商店を回っていた。



 そして、初めにメリルリースの服を用立てたのだが――



「ねえ、もっといい装備にしてくれたっていいんじゃないの?」



 とは、メリルリースの言である。

 いまはハルトのお下がりから代わって、着ているのは安物のローブ。

 黒いローブである【メイジの法服】。

 フリルの付いたスカート。

 初期装備よりもちょっとだけいい【トネリコワンド】。

 他には抵抗アクセサリーをいくつか。



 装備品としては程度の低い、FからEランク相当のものばかり。

 最低限、格好だけは揃えたという具合である。

 もともとCからBランクの装備を持っていた彼女にとっては、気に食わないのだろう。



「そうわがまま言うなよ」


「言わせなさいよ。どうせアタシのことは、しもべとしてこき使うんでしょ? 装備くらいは文句言う権利くらい当然あるわ。お金だってアイツらからちゃんと回収してきたんでしょ?」


「そうだが、今後の用途を考えていまは節約だ」


「納得いかない。もっと豪華にしてよ」



 メリルリースが口をとがらせる。

 可愛らしい仕草だが、節約は必要だ。



「レベル高いんだから大丈夫だろ?」


「それはそうだけど」


「……余裕ができたら用意してやるからいまは、な?」


「じゃあそれで我慢してあげるわ。まったく、吝嗇なご主人さまね」


「…………」



 この少女は本当にしもべなのか。

 態度が大きいし、わがまま極まりない。

 しもべにされたことへの精一杯の抵抗なのか。

 それともこれが『地』なのか。



 ぎこちなさがないため、後者である確率は高いだろう。

 そんなことを考えつつ、いくつかの店を巡る。



「もこもこもこもこ!」



 ふいに、フードに入ったモコが肩を叩いた。

 首を後ろに傾けると、横合いにある店に手を向けている。

 若干興奮気味。



 店を見ると、干し肉をぶら下げている。



「肉食べたいのか?」


「もこ!」


「よしよし」



 モコの要望を聞き、屋台に向かう。



「お? いらっしゃい! 何をお求めで?」


「干し肉を五つくれ。柔らかめ、味薄め、油少な目で」


「まいど! ……なんだ、兄ちゃんずいぶんと可愛いの乗せてるな」


「こいつがおっちゃんとこの肉食いたいんだと」


「もこ」


「それはありがてぇな、ほら」


「じゃ、これで」



 肉と銀貨を交換する。

 モコに買った干し肉を一枚渡すと、すぐにフードの中で肉を貪り始める。



「もきゅもきゅ」


「へぇー、モコちゃんってお肉食べるんだ」


「キツネっぽいからな。あと木苺なんかも好きだぞ?」


「もこっ」


「……癒されるわねぇ」



 メリルリースは、後ろを見ながら干し肉を食べるモコを見てなごなご。

 ご満悦の様子。

 ふと周りを見ると、周囲の女性や子供も、モコの可愛さに目が釘付けになっていた。



「かわいー」


「おにくたべてるー」


「もふもふだぁー」



 聞こえてくるのは、そんな声。

 気付いたモコが、その小さな手を振ると、子供たちが歓声を上げる。



 ともあれ、次の目的地は、大店だ。

 華美な装飾の玄関をくぐると、凝った内装のロビーに出迎えられる。

 少々派手さが目に厳しいが、これが高額商品を扱っているというアピールなのだろう。



 店に入ってすぐ、身なりの整った男性が近付いてくる。



「お客様、何かご入り用でしょうか?」


「キャンプアイテムを売って欲しいんだけど、あるかな?」



 訊ねると、男性の顔に、わずかだが胡乱さが滲む。

 なるほどキャンプアイテムは、ゲームでも高額に設定されていた覚えがある。

 飛び入り客であるため、冷やかしと勘違いされたのだ。



「……失礼ですが、ご予算の方は」


「馬車の一つや二つ買うくらいの予算はある。見せようか?」


「いえいえ結構です! 失礼いたしました! いまいくつかお持ちいたしますのでお待ちください」



 自信たっぷりに言ったのが良かったのだろう。

 手持ちを十分持っていると認識した男性は、店の奥へと引っ込んでいった。

 その間に、ロビーに展示された他の品にも目を向ける。

 見覚えのあるアイテムもいくつかあるが、そのほとんどがゲームの値段設定と変わっていた。



 特に目を見張るのはポーションだろう。

 体力の三割を回復する【回復薬ヒールポーション】。

 回復アイテムの中では【煎じ薬】の次に安価で、効果も低い。

 それでも、もとの値段の二倍から三倍高額に設定されている。

 これだと庶民はおいそれとは手が出せないだろう。



 ――公式ぼったくり乙!


 ――庭師の懐具合舐めんな!


 ――運営はクソ!



 そんなプレイヤーたちの声なき声が聞こえて来る。

 これは、異世界の生活基盤が加味されたことにより、価格設定が変動したためだと思われる。

 もしかしたらレアな装備などは需要に見合うほど出回らないため、もっと高額になっているかもしれない。



 やがて、男性店員が店の奥から出て来る。

 手に持っていたのは、お目当てのキャンプアイテムだ。

 これらは完全に【アイテム】に分類されるもので、使用すると即座に設置される。



 異世界であるため、人力で設置されるものも当然のように存在するが、アイテム化されたものを持ち歩く方がかさばらないし、何より設置の手間がない。

 途轍もなく便利だが、その分値段は相応である。

 ほとんどはテント型やゲル型で、変わり種でトレーラーハウス型、サーカス型、世界観ぶっ壊しの【近未来核シェルター】というものも存在するのだが、そちらは超レアアイテムであるため、店でお目にかかることはないだろう。



 【一人用テント】。


 【騎士の天幕】。


 【ジンマクハウス】。



 などが続々と提示され――



「そしてこちらはつい先日手に入ったレアものでございまして」


「レアもの?」


「とあるダンジョンから見つかったものでして、収容人数は十数人規模、モンスター除けの効果が付与され、内装は貴族様方がご逗留するようなものと遜色ないという代物でございます」


「もしかして、【アクバルの大天幕】か?」


「おお、ご存じでございましたか!」



 以前……と言ってもゲームプレイ時によくお世話になった品だ。

 確かに、中は広々としており、内装の方もやけに豪華だった記憶がある。

 使い方によっては、疑似ストレージの役割も果たすという代物だ。



「これはいくらになる?」


「そうですね金貨で600枚はいただきたく」



 600は、高い。

 盗賊から奪った金の約半分。

 だが、旅をする中で快適な寝床は必要だ。

 もちろん、ダンジョンに潜るときにも必要である。

 それにモンスター除けの効果はなかなか得難い。

 安心と安全を買うと思えば、悪くない出費と言えるだろう。



「ねぇ」



 モコに残りの干し肉をあげていたメリルリースが、話しかけて来る。



「なんだ?」


「それ買うんなら、装備整えた方がよくない?」


「お前って、野宿に耐えられるタイプか? フィール……外とかダンジョンとかで結構する予定あるんだぞ?」


「う……」



 それを言われると弱いのか。

 メリルリースが声を呑み込む。



「折よく街や宿に到着できても、宿がいっぱいってこともない話じゃないぜ?」



 ゲームでも、空室や満室なんていう要素があった。

 それがめんどくさいと言うプレイヤーもいたが、それゆえキャンプアイテムの需要も多かったように思う。



「しかもこれなら、そこらの宿よりも快適に生活できる」



 それがとどめになったらしく、メリルリースはしぶしぶと頷いた。

 やはり装備品に未練があるのだろう。

 できるだけ早く装備品を整えたいのは、こちらも一緒。

 気持ちは痛いほどわかる。



 確かに彼女の言う通りキャンプアイテムとしては途轍もなく高額だが、これは必要だ。



「よし、買った」



 そう言って、必要分の金貨をストレージから取り出した。

 突然虚空から金貨の詰まった袋を取り出したことで、店主が目を丸くする。



 一方、メリルリースが怪訝そうに眉をひそめた。



「この前も思ったんだけど、それ一体なんのスキルなの? アイテムや物をしまったり、出したり」


「いや、そもそもスキルじゃないんだが? お前使えないのか?」


「そんなの使えるわけないじゃない。どこにともなく持ち物を出し入れできるなんて」


「あー」



 異世界ではそうなのだろう……というか当たり前か。

 この【アイテムストレージ】という存在は、近年のRPGではおなじみのものだが、確かに異世界の誰もが持っていたらとんでもないことになる。

 荷物の問題が解消されるだけで、物流関連がヤバい。

 そう考えると、自分という存在はかなりゲームに偏っているのかもしれない。

 もちろん、アイテム化できるものしか出し入れできないという制限はあるのだが。



 金貨を一括で払ったおかげか、男性店員はホクホク顔。

 こちらも予定外に良いものが手に入ったためwin―winである。



 店を出た折、メリルリースが話しかけてくる。



「次は?」


「まずは宿を取って、そのあとは勇士隊ギルドかな」


「勇士隊ギルド? もしかしてさっきのヤツ……なんとかってのにお礼参りでもするつもり?」


「なんでそうなる。というか一応かばってくれたんだから、名前くらい覚えてやれよ人として」


「アンタに人の道を説かれたくないわよ。っていうかアンタは覚えてるの?」


「レクス・イルティティ」


「そう言えばそんな名前だったわね」


「…………」



 そっけなく言い放ったメリルリースに、胡乱な目を向ける。

 やっぱりこの女の方が人でなしではないのか。

 なんかいろいろおかしい気がしてならない。

 ともあれだ。



「俺はあいつ、そんなに嫌いじゃないぜ? いや、勝手な正義感で食って掛かられるのは確かにイラっと来るけどよ」


「はい?」


「俺はあいつの言うことは正しいと思う。そうだろ? 人間は道具じゃない。ま、あいつの場合正義感が行き過ぎてるような節はあるけどさ。ああいう風に公然と言えるってのは、そこまで悪いことじゃないだろ?」


「…………」


「あんなヤツが勇者やればいいんだよ。ただ単に魔王や魔王軍倒すだけなら、あいつみたいなのがやった方がずっといい」



 ふと、独り言のようになってしまっていたことに気付く。

 メリルリースの方を見ると、わずかに驚いたような顔をしていた。



「意外ね。あんなこと言うヤツに好感持ってるなんて」


「なんかひどい物言いに聞こえるが……もしかしてお前あいつのこと嫌いなのか? かばってくれたのに?」


「アタシはああいう現実見てないのが嫌いなのよ」


「ほ?」


「いちいちいちいち正論ばっかり振り撒いて、人生そんな簡単にいくかっての。いくら聞こえのいいこと言ったって、実際は言うとやるとじゃ全然違うのよ。それをうまいことできるように、みんな小賢しく動くんじゃない。それを悪い部分だけ切り取って、ネチネチネチネチネチネチと……」



 どうやら彼女は、かなりのご立腹らしい。

 お嬢様のようにわがままだが、意外とその辺り色々なものを見ているようだ。

 確か前に、フリーランスと言っていた。



 苦労はそれなりにしているのだろう。



「それに、奴隷の気持ちがわかるかってアンタに言ってたけど、アイツだって奴隷になったことないじゃない。それなのによくそんなこと言えるわね」


「わかるのか?」


「わかるわよ。アンタも見た? アイツが綺麗な肌してたの」


「男の肌を積極的に見る特殊な趣味はないが、言いたいことはわかる」


「それなのに。それなのによ? あんな自分はさも知ってるなんて風吹かせて。そりゃあアタシだって隷下に置かれてから長く過ごしたわけじゃないけど。……一応、悲惨さくらいは知ってるわ」


「……あの盗賊のところか」



 そう言うと、メリルリースは頷く。



「……結構な数、奴隷にされたわ。もともと奴隷だった子もいた。ひどいのは傷だらけで、誰も彼も、絶望して死んだ魚みたいな目をしてた。昨日話してた女の子が、次の日には姿を見せなくなったり、ね……」



 メリルリースの場合は、盗賊の頭に目を付けられていたのが幸運だったのだろう。

 その分、自分に目を付けられてしまったのは、彼女にとって幸運か不運かは知れないが。



「お前はそういうの、あのレクスってヤツみたいにどうにかしたいと思うか?」


「奴隷とかしもべとかなんてどうにもならないわよ。奴隷が必要にならないくらいの労働力が広まらない限り、人は奴隷を使うわ。いくら正義や慈愛を説いたって、生活は楽にならないもの」


「ああ……確かにそれは真理だわ」


「……話を戻すけど、ギルドに行って勇士にでもなるつもりなの?」


「ああ、お前がな」



 そう言って、メリルリース、モコと共に、勇士隊ギルドザガン支部へと向かったのだった。




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