第18話 正義とか正論とかうっとうしいです



 現在、ハルトは乗り合い馬車に揺られていた。



 四頭引き。

 木製の幌馬車。

 いわゆるドラ〇エ風。

 完全に人を乗せることを目的としているためか、窓もある。

 馬車は満席、総勢八人。



 もちろん隣には、道中しもべにしたメリルリースもいる。

 ナイアルについては、いまだ影の中。

 モコはと言えば、馬車の窓に器用に掴まり、楽しそうに外を眺めている。



 すでに宿場町を三つ経由し、次は領都ザガンというところ。

 その区間は、乗り合い馬車が定期的に運航しているらしい。

 窓から外を見ると、馬車の周囲には護衛の兵士が付き従っている。

 彼らは盗賊や魔物モンスターに対する守りだ。

 大きな街道であるため、そういったものとの遭遇率は比較的小さい。



 だが、念には念を入れてということだろう。

 そのため運賃はそれなりだが、安心を金で買えるならば安いものだろう。

 ただ、一つ欠点を言えば、振動が尻に響くというところが挙げられるか。



 ハルトは戦闘職であり、レベルが高いことも加え、身体に影響が出ることはない。

 だが、乗り心地は最悪だ。

 他の乗客の何人かは、尻の下に柔らかい敷物を敷いている。



 すると、隣に座っているメリルリースが、



「ちょっと、クッションとか敷物とかないの?」


「ない」


「馬車に乗るんだからそれくらい用意しときなさいよ」



 いちいち文句を言ってくる、わがままお嬢様である。

 第一持っているなら、すでに渡している。



 ふと、彼女がモコの方を見た。

 じっとモコを見つめる彼女に、



「……おい、まさかモコの上に座るとか言うんじゃないだろうな?」


「も、もこもこっ!?」



 外を見ていたモコが、びくっとする。

 そして、メリルリースの顔を見て、首を勢いよくぶんぶん。



「もこぉ……もこぉ……」


「ちょ、いくらモコちゃんが柔らかくてふわふわだからって、そんなことするわけないでしょうが! おかしなこと言わないでよ! 悲しそうな顔してるじゃない!」


「も、もこ……」



 敷物にされるのを免れたモコは、ほっと安堵の息を吐いた。



 一方、メリルリースはまだぶつくさ独り言を言っている。

 そんな彼女に、



「そんなに文句があるなら歩けっての」


「ぐ……」



 呪術印をちらつかせると、彼女は黙り込んだ。



 そんな中、ふと乗客の一人が声をかけて来る。



「おい」



 飛んできたのは、友好的ではない声音。

 声の主は、同乗していた一人の青年だった。

 年のころは、ハルトたちと同じくらい。

 王国ではポピュラーな茶色い髪を短く切り揃え、清潔さを窺わせる。

 瞳は茶色。

 鼻筋は通っており、整った顔立ち。

 真っ直ぐな目をしている。

 それと相俟って、青い、若い、と言われそうな雰囲気があった。



 戦闘職なのか、鎧を着こみ、剣を持っている。

 装備は【シルバーズサークレット】【青鉄の上鎧】【守りの籠手】【炎獅子のマント】。

 ランクはどれもDからD++。

 なかなか良質だ。

 確か、同じ宿場町から乗って来たはず。



「……なにか?」



 聞き返すと、少年はメリルリースに視線を移す。



「彼女は、君のしもべなのか?」


「そうだけど、それが?」



 訊ねると、青年はむっつりとした様子で、



「解放してやれ」



 そんなことを口にする。



「……は?」


「聞こえなかったか? 僕は解放してやれと言ったんだ」


「いや、なんで?」


「なんで? そこまで言わなければわからないのかお前は?」



 青年から、露骨な嫌悪を向けられる。

 どうでもいいが、君からお前になった。

 奴隷を解放しろ。

 先ほど、呪術印をチラつかせたのを見たのだろう。



 要は、正義感だ。

 言いたいことはわかる。

 だがどうもこういった手合いには、ひねくれたくなるのがサガというもの。



「いや、俺はこいつを使う予定があるから」


「使うだって!?」


「ああ」


「お前っ! 人は道具じゃないぞ!」



 ハルトにとってもそれに関してはまったく同意するところだ。

 他人を道具として扱う人間には、反吐が出る。

 だが、それをわざわざ他人に言われる筋合いはない。

 青年は激情に駆られたのか、鋭利な視線を向けて来た。

 だが、昂る感情を抑え込んだか、彼は一転して落ち着いた雰囲気を取り戻す。



 そして、冷静そうな表情で、



「……僕の名前はレクス・イルティティ。勇士隊ギルドではB級に属する勇士だ」



 青年――レクスが自己紹介をすると、周囲から、「おお!」という感嘆の声が溢れる。

 いまの言葉には、なにか驚くような部分があったらしい。



 いや、そう言えば……、



「勇士隊ギルドって、あれか」



 この異世界グランガーデンにも、読み物によく登場する【冒険者ギルド】に似たような組織が存在する。

 成り立ちや仕事に関しては微妙に違うらしいが、それが【勇士隊ギルド】。

 レクスはそこでB級。

 この歳でそのランクなら、かなりのものだ。

 他の乗客も、それで驚いたのだろう。



「僕は名乗った。お前も名を名乗れ」


「え、やだよ。なんで」


「ふん。自分の名も堂々と名乗れないのか。それだけ自分のしたことが後ろめたいか」


「……勝手な解釈しないで欲しいんだが」



 このレクスという青年、どうにも決めつけがひどい。

 生活に支障が出ないのかと少し心配になるが、ともあれ。



「というか、別にしもべを持ってることは悪いことじゃないだろ?」


「心構えの問題だ! しもべを持っていたとしても、きちんと扱うのが主人の役目だろう!? それなのにお前は、呪術印を振りかざして力で押さえつけるような真似をして、人として恥ずかしくないのか!?」


「……いや別に」


「最低な人間だなお前は」



 唐突に最低認定された。

 さっきのはひどい扱いだったのだろうか。

 ちょっとしたわがままを窘めただけだろうに。



 そう思いながら、メリルリースを見る。

 そういえば、レクスが話し始めてから、一言も声を出していない。

 気の強い彼女なら、彼に同調して文句を言ってくるかとも思ったのだが、そう言ったことは一切ない。



 メリルリースは表向き普通にはしているものの、レクスに冷めたような視線を向けていた。

 これはどういった心境なのか。

 ともあれレクスは、それに気付かないらしく。



「君もその男に言うんだ。君にはその権利がある」


「え、あ、うん……そうね」


「大丈夫だ。君は呪術印を危惧しているのかも知れないけど、そんなものを恐れることはないんだ」



 レクスはメリルリースのぎこちない返事を、主人への怖れと受け取ったらしい。

 そもそも何を根拠に恐れる必要はないと言っているのか。

 呪術印を使用した命令には、絶対服従なのだ。



 メリルリースもレクスの言葉に困惑している。



「解放しろと言うだけでいい」


「それを言ってどうなるんだよ?」


「決まっている」


「おいおい馬車の中だぞお前……」



 力ずくで解放させようというのか。

 レクスは剣の柄に手を伸ばす。

 他に客もいる中で、随分無茶なことを考え男だ。



 他方、御者は気が気ではないようで、焦った表情をしながらこちらをチラ見している。

 危ない気配を察したモコが、毛玉化して丸まった。

 もちろん乗り合い馬車の中は、妙な空気である。

 それもそのはず。

 この世界では、しもべを持つことに関してはさほど忌避されるようなものではない。

 地域によっては、それがステータスであるというところさえあるくらいだ。



 ただ、人というものは生活が豊かになると、心も豊かになりたがる。

 こうやって、他人に手を差し伸べたくなるのだ。

 せめて事情を伺ったり、周りを見たりすればいいものを。

 なぜこういった手合いは、やたらと視野が狭いのだろうか。



 ――微妙な空気でも和ませるか。



「いやね、こいつは命令されるのが大好きなド変態でさ――」


「だからやめろって言ってんでしょうが! そこまでアタシを変態扱いしたいか己は!」


「いや扱いも何もお前って」


「違うわよ! いい加減にしろ!」



 目を三角にしてキーキーと抗議するメリルリース。

 これで、彼女が主人を怖れているという部分は解消されるだろう。



「ほら、元気だろ? 大丈夫だって」


「いまのはお前が無理やりそう言わせただけだろう。姑息な男だ」


「えぇ……」



 他の乗客も、レクスの言い様に目を丸くさせている。

 そしてレクスは、何かを力説するように、



「お前は! 奴隷にされた者の気持ちがわかるか!?」


「それは……わかんないな。俺は奴隷にされたことはないからさ」


「自分がそうなったときのことを考えてみろ!」


「ま、そりゃあ嫌だな。他人にアゴでこき使われるのはさ」


「なら!」



 解放してやれと続くのだろう。

 話はわからないでもない。

 だがそれは、扱い次第とも言える。

 もちろん本人の同意は必要かもしれないが。

 そもそもいまの自分には、手段を選んでいられる余裕はない。



「……別に。俺は俺の目的を叶えるためなら、悪魔にでもなってやるさ」



 そう陰気に言葉を零すと、レクスは、うっと言葉に詰まる。

 なにかに、怖気づいたのか。

 別に【武威】などで威圧したつもりはないのだが。



 気付けばメリルリースを始め、他の客も顔を青くさせていた。

 周囲が水を打ったように静かになった折、モコが頭を出してきょろきょろする。



 そんなモコをメリルリースに預け、馬車の前方を向いた。



「……御者さん、そろそろか?」


「へ、へえ! もう間もなく、ザガンの城壁が見えて来るころでさ」



 ハルトが御者に訊ねると、思っていた通りの答えが返って来る。



 ふと、メリルリースが窓の外に顔を向ける。



「塔が近いわね」


「塔?」


「あれよ」



 そう言ってメリルリースが馬車の窓から指さしたのは、森や山々のあるさらに奥。

 ずっと遠間に見える、一本の塔のようなものだった。

 天へ杭打つ階。

 てんへくいうつきざはし。

 スカイパイルラダー。



 異世界グランガーデンの中心に聳え立つ塔であり、ゲームでは高レベルダンジョンとして登場した場所だ。

 その高さは雲を突き抜け、一番上を肉眼で捉えることはできないという。

 なんでも製作陣は、軌道エレベーターをイメージしてデザインしたらしい。

 階層は軽く宇宙まで続いており、その階数は3万階。



 もちろん、3万フロアまるまるあるわけではなく、実質は2百階程度に落ち着いているが。



「あれ、珍しいのか」


「帝国の首都は大陸の中心から外れてるから、こんな近くじゃ見れないのよ」


「なるほどね」



 ――いつか行ってみるのも、悪くないか。



 ハルトがそんなことを考えていると、御者が到着した旨を告げて来た。

 食って掛かってきた青年は、最後までハルトのことを睨んでいたが。




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