第17話 改めて、今後の方針を
女たちの
お金もお宝も入手、ついでに盗賊団も壊滅。
結果としては、良かったと言えるだろう。
だが、気になるのは、あの盗賊団の存在だ。
(メリルリースの話だと、あいつらはもともと帝国にいたってことだ。それが王国に入り込んでいるってのは……)
どう考えてもおかしい。
盗賊が国境を越えるということは、ない話ではない。
だが、問題の焦点はそこではないのだ。
盗賊団の人数が少数だったならならまだしものこと。
ハルトは少なくともあのアジトで五十人は手にかけた記憶がある。
それだけいれば、盗賊団としてはかなりの大所帯だ。
では、そんな大規模な集団が、そう簡単に国境を越え、他国にまで入り込むことができるのかという話。
(ということは、だ。入国を手引きしたヤツがいる? ……あーやだやだ。めんどくさい話になりそう。俺知ーらね)
そこまで考えて、これ以上考えるのはやめた。
こういった話に関われば、絶対に得しない。
お人好しは極力控えるよう、記憶を取り戻したときに決めたばかりなのだ。
そのせいで、一度目の人生を終わらせてしまったということもある。
不死となったいまでは、あまり関係ないのかもしれないが――
「…………そういや、結構殺したな」
死について考え始めた折、ふと、いまさらながらに思う。
人を殺したが、それに対して思った以上に罪悪感を抱いていないことに。
おそらく殺人に罪悪感や忌避感が浮かばないのは、この世界での生活があったためだろう。
すでにこの世界で十六年生きた自分には、この世界の価値観が植え付けられている。
こういった連中に慈悲を与えられるほど、この世界の人間には安全や平和の余裕はないのだ。
日本と違い、人は殺さなくてもバタバタ死んでいくし、殺さなければ死ぬか殺されるということがほとんど。
自分がカリスたちになぶり殺しにされたのが、そのいい例だろう。
もしかすればそのときに、大事な部分を留めおくタガやネジが外れてしまったのかもしれないが――やはり罪の意識は思っている以上に軽かった。
そんなことを考えていると、呟きを聞いていたメリルリースが口を開く。
「それ、いまさらじゃない?」
「いや、俺ってばつい数日前まで平和にぬくぬく暮らしてたからさ」
「なにその下手くそな嘘。あんだけの数をあれだけ手際よく殺しておいてよく言うわ。洞窟の中に転がってた他の盗賊だって一撃だったじゃない?」
「いや、嘘じゃなくて。それに、その辺りに関してはレベル差もあるからで――」
「なら尚更でしょ。そこまで強くなるまでに一体どんだけ戦ったのよ?」
「いや……」
それが嘘でないのは、事実だ。
村人のハルトはこれまで、血なまぐさいことになどほぼかかわったことはない。
あって獣を捌いたことがあるくらいで、争いなどまったくであった。
こうして戦えるのは、やはりキャラクターシートで割り振ったレベルの高さと、転生前の格闘技の経験だろう。
転生前は、空手、ムエタイ、中国拳法、柔術等々……趣味ということもあったが、有名どころは節操なくかじった。
その経験が、先ほどの戦いの手際だ。
盗賊たちは構成員から頭目まで、スキル一辺倒の戦い方だった。
戦う技術というものを考えれば、まるでないと言っていい。
そんな連中など、相手にすらならなかった。
だが、今回のことで良かったという点もある。
自分の力が、他人にどう影響するかがわかったからだ。
攻撃するという意思をもって、『配慮なく攻撃』すれば、相手は100%死ぬ。
それがわかっただけでも、かなりの収穫だ。
これで今後、手加減のやりようもある。
「ねぇ」
「なんだ?」
「さっきから気になってたんだけど、そのフードに入れてるものって、なに?」
「ああ、こいつは……モコー」
ずっと丸まっていたモコに呼びかけると、ぴょこんと頭を出した。
子オオカミと子ギツネを足して二で割ったような顔形、つぶらな瞳。
「もこ」
「は…………?」
メリルリースが、モコを見て呆然とする。
まさか、生き物だとは思わなかったのだろう。
そして、
「か、かわ……」
「もこ?」
「ちょ、ちょっと何この子!? すごくかわいいんだけどっ! なに!? なにこれ!?」
モコを見て、目を輝かせるメリルリース。
「もこもこ」
「ふぁああああ……」
もぞもぞと動くモコを見たメリルリースが、完全にやられきった声を出す。
確かに、モコを見ていると癒される。
心を射抜かれても、無理はない。
「モコだ。毛玉獣っていうセーターの天敵みたいな名前した動物だ」
「けだまじゅう……聞いたことないけど、触っていい?」
「……どーぞ」
メリルリースに背を向ける。
やがて、フードが軽くなった。
「すっごいふわふわ……やば」
「も、もこ……」
メリルリースはモコを抱きしめ、頬ずりをする。
モコはと言えば、いささか気圧され気味だ。
だが、可愛いものを抱きしめた女の子は、お構いなしである。
そして、唐突な文句である。
「……っていうかなんでアンタみたいなのがこんな可愛い子飼ってるのよ。似合わないわね」
「余計なお世話だ。文句あるなら返せ」
「やだ。もうちょっと触らせて。ねー」
「もこ……」
メリルリースは、モコに呼びかける。
同意を得ようというのだろうが、メリルリースに慣れていないモコは困っている様子。
しばらくして、モコを返してもらうと、
「それで、これからどうするのよ? どこに向かうかくらい教えてくれたっていいんじゃない」
「まずは街道に出て、宿場町を目指す。そのあとは、一番近い都市――ここならマーシール伯爵領の領都であるザカンだな。そこに向かう」
「……で、アタシはそこで売るの?」
「折角の【
「……そうね、アンタの道具で、慰み者ってワケね」
「そういうことそういうこと」
メリルリースはモコを抱いていたときとは一転して、仄暗い表情を浮かべる。
正直な話、説明とかもろもろが非常にめんどくさいので、適当に答えた。
どうせいまは、何を言っても疑うだろうし、いずれにせよ、ある程度は言うことを聞いてもらうのは確定なのだ。
いいところを見せて取り入るつもりはない。
すると――
「もこっ! もこっ!」
モコが突然、後ろから肩をペシペシと叩いてきた。
会話を理解しているため、怒っているらしい。
モコ的に、「そんなのダメ!」とでも言いたそうだ。
そんなモコに、小さな声で、
(……んなことしないよ)
(……もこ)
囁くと、モコは「良かった」という風に目を細める。
かわいい。
(……そういやメリルリースのレベルっていくつなんだろ?)
そう考えて、メリルリースに【鑑定眼】のスキルを使う。
それは、メリルリースにもわかったらしく。
「……なに? アンタ、鑑定のスキルまで持ってるの?」
「まあな。どれどれ……お、うまく見れるみたいだ」
この鑑定眼というスキルは、相手の基礎レベルが高い場合は上手く効果を発揮しない。
誰にも彼にも使えるようなものではないが、どうやらメリルリースは対象内だったようだ。
……………………
NAME:メリルリース・ラーン・エルトリシャ
基礎Lv20
職業:【
HP:513
MP:860
攻撃力:154
耐久値:103
敏捷:92
器用さ:232
特性:【
保有スキル:【魔力攻撃】
……………………
ステータスを見て、感嘆の声を上げる。
「へぇ、レベル総計31か。すごいな」
この年齢で30を超えているというのは、とてつもないことだ。
たとえて言うなら、王国兵の精鋭やベテランとほぼ同等。
「当たり前でしょ。アタシは直接精霊さまから【
メリルリースは自慢げに胸を張る。
張らなくてもすでに強調されてるとは、言わなくてもいいことか。
ともかく、彼女の言う通りであれば【
それにしても、
「直接かぁ……」
この世界は下級職や中級職をすっとばして、上位の職業を直接言い渡されることがあるらしい。
ゲーム感覚で言えば、いわゆるステータスの初期値が高いというものだ。
ゲームのグランガーデンでは、下級職から地道にレベルを上げて昇職しなければならない。
そのため、この辺りは少しだけズルい気もする。
だが、これがゲームと異世界の違いというものなのだろう。
もちろん初期で上級職を得られたからといっても、ボーナスは序盤だけのものでしかない。
ステータスはレベル帯のものに収束される。
それゆえ、レベルが上がるにつれ伸びが悪くなる傾向にあるらしい。
しかし異世界はゲームと違って、もともと上級職などには昇職しにくく、上位職自体少ない傾向にある。
ゆえに、そういった者たちは天才や早熟とされ重宝されるとのこと。
このメリルリースという少女も、おそらくはそんな手合いなのだろう。
基礎レベル20に対し、職業レベルが11とはかなりバランスが悪いが――
(職業レベルを優先的に上げてるタイプなんだろうなー)
これは、スキルを早く覚えたいプレイヤーにありがちなレベルの上げ方だ。
確かに彼女のように基礎レベルをおろそかにして職業レベルを優先的に上げれば、その職業のスキルは早く取得できる。
しかし、それでは基礎レベルが職業レベルに追い付かず、適正レベル未達となり、ステータスが関連する使用条件に引っかかることがままあるのだ。
要するに、スキルを覚えても使うことができないものが出てくるという事態に陥る。
スキルの使用条件は、戦士系なら必要攻撃力値や敏捷値が設定されているし、生産職についてはそのほとんどに器用さのステータスが大きくかかわってくる。
生産職に関しては、職業レベルさえ上げていれば必要なステータスも上がるという例外もあるが、それはともかく。
メリルリースの場合は魔術師系であるため、最大MP不足が挙がるだろう。
たぶんだが、空間転移系――移動系の魔術が使えないはずだ。
(このゲーム、バランスが独特なんだよな……移動に関するスキルがダメなのは
彼女が【
本来ならば、基礎レベルは職業レベルの三倍~四倍程度が安定している。
だが、それでもメリルリースがかなり強いことに間違いはない。
もちろん一般と比較しての話だが。
それでもこのレベルであれば月並みな話、勇者のパーティーに大手を振って迎えられることは疑いようもないだろう。
「……というか、ミドルネームのラーンってなんなんだ?」
そう言えば、カリスの仲間の一人にも、ラーンのミドルネームが付いていたと記憶している。
「は? アンタなんで知らないのよ? アンタも魔術スキル使えるでしょ?」
「そうだが?」
なにかあるのか。
「アタシがその顔したいくらいなんだけど……」
「まず教えてくれよ」
「……ラーンは魔術師の称号のことよ。【
「へー、じゃあその気になれば俺も名乗れるってことか」
「そうよ。っていうか職業貰った時に精霊さまや司祭さまから説明なかったの?」
「俺の場合はそこんとこちょっと特殊でさ。説明とか受けなかったんだ。はー、でもミドルネームね。もともと姓のない俺には関係ないか」
「姓、名乗りたかったら勝手に名乗ればいいんじゃない? ある程度レベルが上がると、姓なしじゃ格好が付かないからって名乗り出すヤツもいるくらいだし」
「まあ、いまのところメリットは感じられないからいいや」
「……変わってるわね、アンタ」
というかこの少女、しもべにされているにもかかわらず、結構喋る。
かなり気が強いタイプなのだろう。
「ちなみに訊いていい? ザガンに行ってアンタ何をするの? そこで悠々自適に生活するってわけでもないんでしょ?」
「ザガンに行ったらか……」
それについては、すでに答えは出ている。
ある程度は、話しておくべきか。
「当面の俺の目的は、必要な人材と必要な物資、あとは金を手に入れることだな」
そう言うと、メリルリースは首を傾げる。
「お金はともかくとして、人材なんて集めてどうするのよ?」
「それは……ま、そのうちな。その辺りまだ情報不足で定まってないんだ」
「……?」
今後の予定。
それがいま自分の頭を悩ませているのだ。
一番の目的は無論のこと婚約者であるベルベットを取り戻すことで決定している。
だが、まだ情報が少ない。
先ほどメリルリースに訊ねたように、この世界の常識については村にいる範囲で得られるようなものくらいしか持っていないし、自分の力やそれを振るう世界のシステムについても未だ不明瞭だ。
おおまかに言えば、物理法則にゲームの要素が追加されたもの。
ほぼゲームのグランガーデン準拠であることに間違いなさそうだが、何事にも例外は存在する。
これを完璧に把握することも重要と言える。
そして何より一番はベルベットが今後、エルブン王国でどう動かされるかだ。
これがわからなければ、方針が決めにくい。
以前考えたように、レベルとスキルに物を言わせて力ずくで取り戻せばいいというのは、やはり安直と言わざるを得ないのだ。
もちろん、それができないわけではない。
職業【
その気になれば、カリスたち最上位職をまとめて蹴散らすことも可能だろう。
この世界の常識だが、レベル40~50あればほぼ最強として君臨できる。
しかし、ゲームのグランガーデンと似ているならば、単純な力を覆すスキルやアイテムはいくらでもある。
奪還に当たって不安要素は残るのだ。
こういうゲームにはよくありがちだが、グランガーデンも状態異常、魔術による封印、拘束が猛威を奮うタイプのゲームであるため、よってたかってスキルを行使され、封印系のアイテムを使用されれば、たまったものではない。
しかも向こうは魔王を倒すために国家のバックアップを受けているのだ。
ヤバいアイテムを所持している確率は、かなり高い。
そしてもっとも重要なのは、ベルベットを取り戻したそのあとのことだ。
ハルトとしてはもちろんのこと、彼女と平和に、穏やかに暮らしたい。
イチャイチャしたい。
子供も欲しい。
だが、安易に突撃して取り戻しても、王国の人間がベルベットを再度奪い返しに来るという可能性は十分にある。
王国だって魔王軍に滅ぼされないよう命懸けなのだ。
勇者を奪ったあと追われる生活を送らなければならないなど、それこそ堪ったものではない。
その上、ベルベットは勇者であるため、魔王を倒す宿命にある。
魔王を倒せと精霊からせっつかれるだろうし、その力を危惧する魔王に狙われるということも十分あり得るのだ。
魔王の軍勢に王国と、巨大な勢力に狙われることになる。
もしかしたら、帝国だって首を突っ込んでくるかもしれない。
それを回避するためには、どうしても各勢力の力を削いでしまわなければならないし、状況によっては自分たちがそれらの勢力に対抗できるように戦力を整えなければならなくなる。
(ほんとめんどくせぇ。なんで結婚するだけなのに、国とか世界の脅威とかのこと考えなきゃいけないんだよ……好き合ってるんだから穏やかに一緒にさせてくれよ……)
だが、ベルベットを諦めるという選択肢はない。
リアル、お前のためなら世界を敵に回したって構わない状態だ。
二度目の人生、それくらい無茶苦茶やってもバチは当たらないだろう。
ともあれ、それに当たってハルトは、必要な職業を持つ者たちを仲間に集め、必要なアイテムを手に入れなければならないのだ。
すると、メリルリースは何を考えたのか。
「要は、アタシの【
なんかよくわからない強がりを見せてはいるが、
「え? いや、別にそんなことはないぜ? 確かにいればありがたいけど、絶対に必須ってわけじゃないし」
「え!? ちょ、ハァ!? 【
「目的に沿うかどうかって言えば、違うし。どっちかって言えば【
「なにそれ! っていうか何その職業聞いたことないわよ!?」
「え? ないの? 【
「……絶対にないとは言わなけど、少なくともアタシは聞いたことないわ」
「…………」
これが、怖いところだ。
ゲームそのままではなく、こういった違いが出てくると、計画に狂いが生じてしまう。
やはり、その辺りもよく調べなければならないだろう。
必要な職業が集まらないようであれば、ベルベット奪還計画および幸せ新婚生活計画を練り直さなければならない。
「なによ。急に黙り込んで」
「いや……」
「大きな教会に行けばカタログもあるし、それ見ればいいんじゃない?」
「確か、職業が書かれたものがあるんだったな」
「それを見れば一発よ。……まあ一応、それに書いてないのもあるらしいし」
「ふむ……」
「っていうか、その【
「職業のランク的には、お前の【
「そうなの?」
「お前さ。魔王軍と戦ってみて、どうだった? 相手の物量任せの進軍に、攻撃の手が間に合わなかったんじゃないのか?」
「……ほんと見て来たみたいな言い方するわね。……そうよ、アンタの言う通り、手が全然回らなかった」
だろう。敗走した、そのうえ魔導砲兵も知らないでは、負けはほぼ確実だ。
グランガーデンの
それができなければ、まず魔王軍のような物量押しの軍隊には対抗できないからだ。
「最初は善戦してたのよ? でも、倒しても倒しても、地平線の向こうから黒い波が際限なく押し寄せて来るの」
普通の戦術は効果があるが、当てにならない。
基本的に職業を組み合わせて考えなければいけない仕様になっている。
「あれだな。バカ正直に【普通】の最上位職だけを集めて前線に固定。周りを他のオーソドックスな職で固めてた、と」
初心者プレイヤーたちがハマる手だ。
グランガーデンの職業の戦略性を見ずに、目に見えて強そうなファンタジー色の強い最上位職ばかり集めて挑む。
それが、大抵の人間がハマる落とし穴だ。
そこで、戦争には合わない職だということを知ることになるのだが。
「この世界の戦争は甘くないぜ? 基本的に
「アンタ、もしかして魔王の倒し方とか知ってるの?」
「確実じゃないが、上手く戦えるようになる方法くらいは知ってると思う。それも、俺の持ってる職業の知識が正しいってことが前提になるけどな。――ま、それはどうでもいい話だ」
もちろん、いまは、だが。
「アンタねぇ……いまは世界の危機なのよ? なんでそんなに他人事なのよ?」
「なんだよ? お前ってばそんな正義感強いのか?」
「うっさいわね! どうだっていいでしょ!?」
「なんでそこで怒るのよ……」
どうやらメリルリースはやたらと気が強い手合いらしい。
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