第16話 魔法使いを手に入れた!



 ハルトが盗賊のアジトに踏み込む少し前のこと。



 腰砕けになった盗賊の案内を受け、たどり着いたのは古びた坑道だった。

 鉱石類は、すでにあらかた掘りつくされてしまったのか。



 放棄されて久しいそこは、【工兵】や【大工】の職業によって整備され、洞穴内住居という言葉がぴったりと当てはまるような仕上がりになっていた。

 案内をさせた盗賊については、身動きを封じてその辺に転がしておこうかと思ったのだが――



「ごぉぉぉ……」



 モコが何かに気付き、唸り声を出し始める。

 どうやら、何か怒っているらしい。



 モコが向いている方を向くと、あることに気付いた。



「……あれは?」



 そこは、坑道入り口から少し離れた場所。

 平坦に均された広場の一画が盛り上がり、藁のむしろがかぶせられ、辺りを蠅がたかっていた。

 そして、ほのかな腐臭。



 盗賊に訊ねると、怯えを含んだ声音が返って来る。



「あ、あれはヤったあとの女の死体だ。あとでまとめて処理するのに、ああしてまとめてるんだ」


「…………こういのはさ、俺みたいなのが怒るような筋合いでもないんだろうがよ」



 自分たちのいいようにした挙句、殺してしまう。

 そのうえ、弔いもせずに放置とは。



 ――これは、さすがに『気分が悪い』を通り越していた。



「おい! 敵だ! 誰か出て来い!」


「…………」



 こちらの気が死体に向いているのをいいことに、盗賊が仲間を呼んだ。

 大声に気付いた盗賊たちが、坑道の入り口からわらわらと出て来る。

 これは……手間が省けるというものだ。

 多勢であれば勝てると思ったのか。

 浅はかなことこの上ない。

 いまちょうど、苛立っていたのだから――



「モコ、ちゃんと掴まってろよ」


「もこっ!」



 モコにそう呼びかけ、盗賊たちに【武威】を放った。



 ※



 その後は、出て来た連中を含め、中に残っていた盗賊たちも倒した。

 殺すつもりはなかったが、だからと言って力加減に気を配るつもりもない。

 それに、この者たちはその末路に見合うだけのことをしているのだ。

 生きようが死のうが、そこまではあずかり知る範疇にない。



 廃棄された鉱山は、現在の男所帯と相俟ってひどい悪臭が漂う劣悪な環境だった。

 死体まで放置され、弄ぶ始末。

 どうしようもない奴らという言葉はこいつらのためにあるのだろうとそう思う。



 しかして、最奥に踏み込んだときの情景は、金髪ツインテの気の強そうな少女が、汚いおっさんにいかがわしい目に遭わされそうになっているところ、だ。

 その後は……紆余曲折いろいろあったが、頭目はきちんと死に、呪術印も譲渡された。



 ――【隷下の呪術印】。



 これはゲームにはなかった要素だが、ハルトも知識としてすでに持っている。

 奴隷に呪術印は、ほぼ付き物と言っていいもので、奴隷の話があれば、必ずこれが付いて回る。

 魔力によって他者を束縛するという、物語でよくありがちなものだ。

 念じると、対になる印章を持った対象に、強制的に言うことを聞かせられるという代物である。



 ともあれ、襲われそうになっていた金髪ツインテ少女。

 歳のころは現在のハルトと同年代程度。

 背の方はハルトよりも少し低いくらい。

 金髪はツーサイドアップ。

 翠の瞳はちょっとキツめで、勝ち気さを窺わせる。



 いまはシーツに身をくるみ、涙目になってハルトを睨んでいた。



「まあ……なんだ。よろしくな」


「なにがよろしくよ! アンタ! アタシをどうするつもり!?」


「どうってそりゃあ――」



 当然、しもべにした以上は、選択肢などそう多くない。



「好きに利用する。好きにこき使う。隷下に置いたんだ。決まってるだろ?」


「最っ低……!」


「そもそもこんな連中に捕まったお前が悪いだろ。というか話はまたあとな。さーて、おっかねーおっかねー」



 鼻歌混じりに、盗賊の荷を物色しに行く。

 気分は上々。

 これが、盗賊のアジトに踏み込んだ目的だ。

 現在の手持ちは金貨一枚分。

 正直、心もとない。

 ならば、『盗賊から奪ってしまおう』『ついでに叩き潰しておこう』と考え、あの盗賊の片割れに案内させたのだ。

 その過程でいろいろあったが、とにもかくにも。

 当面の生活費がなければ、今後にっちもさっちもいかなくなる。



 はっきり言って、裸の女よりも重要だ。



「…………」


「おーお、こりゃかなりの量があるな。なるほど奴隷にしたヤツらを売っぱらった金ってことか」



 荷を改めると、かなりの金貨や銀貨が袋に詰め込まれていた。

 これをすべて頂くのはゲスい振る舞いだが、売られてしまった奴隷に関しては、もうどうしようもない。

 盗賊どもの贅沢に使われるよりはマシだろう。

 しかも残されていた装備品に関しても、かなりのものだった。



 評価ランクB++、【虎王ベルガの大剣】【ミウジムシールド】に、ランクB【ハンマースマイトガントレット】【溶解獣の毒牙】ランクC+【聖鉄盾兵防具一式】。



 ゲームでもそこそこレアな装備がザクザクである。



(……つーか、こいつらが本腰入れて暴れ出す前に叩き潰してホント良かったんじゃねぇか? 近隣の街や村、だいぶ救ったろこれ?)



 盗賊自体も脅威だが、所持していた装備がかなりマズい。

 評価ランクB++の装備は、ゲームでも有用なものが多かった。

 いまここにあるどの装備にも【固有スキル】が付与されており、その脅威は普通に製造された装備の追随を許さない。



 たとえば【ミウジムシールド】などはゲームの方のグランガーデンの設定を見ると、【生命力回復効果毎時(大)】のスキルが付与されている。

 装備者を傷つけても、これを装備している限りは傷が勝手に治っていくという、ゲームではありがちな自動回復というヤツだ。



 これを持った敵と遭遇すれば、おそらくは、中級、上級職を集めなければならない。

 そんなのがそこらの村にいるわけはないため、最低でも領軍が動かなければ、まず近隣の村々は瞬く間に焼け野原だ。



 おそらくだが、装備条件が設定されているタイプの装備品はすべて金に換えられたのだろう。

 やたらと金があったのがその証拠だ。

 総額およそ1300万金貨。



(よし、結婚費用確保! これならそれなりの街に俺とベルの豪華な新居も買えて、家具も揃えられて、そのうえお釣りまでくる――いや、それはさすがに気が早いか)



 思考が暴走してしまうのを終盤で押さえつつ、冷静さを保とうとしていると、背後から声がかかる。



「……ねぇ」


「ん? なんだ? いまちょっと忙しいから待っててくれよ」


「アンタ、アタシに何かする気ないの?」


「なにかって?」


「それはその……こいつみたいにいやらしいこととか」


「なに? して欲しいの? え? お前ってばあれ? 無理やりヤられたいタイプのマゾヒスト的な変態さん?」


「違うわよっ!?」



 金髪ツインテ少女はツッコミを叫ぶ。

 そんな彼女を、改めてまじまじと見る。



「ほ……」



 山賊の頭目はろくでもないロリコン野郎かと思ったが、金髪ツインテ少女の出ているところは出ていて艶めかしく、年のころにしては色気も十分だった。



 だが、



「まあ、確かに美人だし? 身体付きはすっげーエロいけどよ。こんな死体のある場所でってのはさすがに萎えるって」



 そもそもだ。

 そもそもハルトにそんなつもりはまったくない。

 婚約者ベルベットがいるのに浮気など、間違ってもする余地などないのだ。

 頭目から【隷下の呪術印】を譲り受けたのは、今後の行動の幅を広げるためでしかない。

 最上位職がいれば、いざというときの保険になる。

 カリスを含め、自分を嬲り殺しにした者たちはすべて最上位職に就いていた。

 いくら【不死身の戦王ジークフリートウォーロード】が神話級の職業と言えど、ゲームのグランガーデンと同様の世界である以上は、戦術によっては敗北してしまう可能性が否めないのだ。



 いや、むしろ用心の度合いを考えれば高いとさえ言える。

 その辺りこれからどう詰めて行こうかというところでの、これだ。

 まさに幸運としか言いようがない。



 当然協力してもらうかどうかに関しては、また別に話し合いの場を設けるべきだろうが。



 ふいに、金髪ツインテおっぱい少女は警戒を強めた。

 先ほどの台詞で、ヤる気自体はあると思ったのだろう。



 まあ、その辺りどうでもいいことなので、無視して物色を続ける。

 それよりも、金とアイテムである。

 ノリノリで物色を続けていると、ふと幾分毒気の抜けた声がかけられる。



「ねえ」


「今度はなんだよ? 俺はいま忙しいから急ぎじゃなきゃあとにしてくんね?」



 声掛けがしつこいせいで、ついつい苛立った声を出してしまう。

 すると、



「……服、欲しいんだけど」


「じゃあ買いに行けばいいだろ? 近くの宿場町になら売ってくれるヤツも逗留してると思うぜ?」


「この格好で行けるわけないでしょ!」


「なら、山賊のおっさんが着てた服いただけば? ベッドにあるヤツ」


「そんなの嫌よ! 臭そうじゃない! ううん、絶対臭いわ! そうに決まってる! 汚らしい中年オヤジの脂汗と加齢臭に身を包むなんて絶対絶対嫌よ!」


「お前結構わがままなのね」


「ちょっと、アンタが漁った荷物になんか服とかなかった? ……ううん、アタシの杖とローブがあったんじゃないの!?」


「んー、一通り見たが、それらしいものはなかったな。たぶん自分たちで使えそうな武器以外はまるっと売っちまったんじゃね?」



 そんな風にほぼ確定的な予測を口にすると、金髪おっぱいツインテ少女は絶望したような表情を見せる。



「そ、そんな……うそでしょ……みんな、みんな苦労して手に入れた上位装備なのよ? 評価ランクBとかCの装備なのよ?」


「あー、それは……なんだ。元気出せ、いつか必ずいいことある。うん」


「なんでアンタに同情されなくちゃならないのよ!」



 だって可哀相だ。

 ゲームをやっていた身としては、装備をロストすることの辛さは身に染みてわかっている。

 金銭の使い道にある程度の目途がついたら、お金の一部は返してあげようなんて思ってしまうくらいには、ハルトにだって良心は備わっているのだ。



「でもさすがに素っ裸で外歩かせるわけにはいかないか」


「当然でしょ!? アタシを何に目覚めさせるつもりなのよ!」


「だよな。いくらマゾでも野外羞恥プレイに目覚めた高度な変態を職業にするのは嫌だよな」


「アタシを変態にするな!」


「あ、マントならここにあるぜ? これ着ればいちおうは――」


「アタシを春先に出てくる変質者にするつもりかおのれはぁああああああ!!」



 やはり、露出狂はお気に召さないか。

 それにしても、いいツッコミを返してくれる少女だなぁと思う。



「冗談はさておき、俺のお下がりでいいならあるぜ?」


「……仕方ないわね。それで我慢してあげるわ」


「……しもべなのに態度デカいねお前」



 金髪ツインテおっぱい少女の態度の大きさに呆れつつ、ストレージに入れておいた服を取り出して投げ渡し、物色に戻る。



 すると、



「え? なにアンタ、いまどっから出したのよ? え?」


「どっからって、アイテムストレージに決まってるだろ。いいからさっさと着替えてくれ」


「アイテムストレージ? なにそれ? そんなアイテムなんかあるの……?」



 金髪ツインテおっぱい少女は、何かブツブツと呟いていたが、いまは物色優先。

 お金と装備品、アイテム。

 あらかた物色も終わり、振り向くと、歳不相応にダイナマイトなボディが、少し前まで自分が着ていた服に収まっていた。



「うおっ」


「なによ?」


「いや、胸部の破壊力がすさまじいなって」


「この変態」


「えー、それお前に言われたくないんだけど」


「だからアタシは変態じゃないって言ってるでしょ! どうやっても変態にするつもり!?」


「じゃなかったらドスケベだな」


「~~~~!?」



 金髪ツインテおっぱい少女は声にならない声を上げる。

 やることも終わったので、まずは、だ。



「俺の名前はハルト。お前の名前は」


「…………」


「おい、おっぱい。喋れ」


「身体の一部分で呼ぶな!」



 ならちゃんと答えろよ、と言いたい。



「えー、正直に白状しなさい。あなたは何者で、どこの国の人間なんですか? これは命令でーす。えーっと【印章スタム】」



 面倒くさいので、命令する。

 すると、一瞬金髪ツインテおっぱい少女の身体が固くなり、そして、



「メリルリース・ラーン・エルトリシャ。ラビリア帝国出身の魔術師メイジ


「ラビ……そう言えば言ってたなさっき。……所属は?」


「アタシはフリーなの」


「は? フリーランスってお前……」



 珍しいというか、まずフリーランスで通用するということが不可解だ。

 国が【古代魔術師エンシェントメイジ】などという貴重な職を放っておくなど、考えられないからだ。



「まあいい。んで、そのフリーの魔術師メイジさんが、どうして王国の山賊にとっ捕まってたんだ?」


「……別に自分からそういうプレイをお願いしたわけじゃないわよ」


「自分で言うなっての。というかもしそうだったら俺の手には負えんて」



 あんな毛むくじゃらにお願いしたとかそんな話だったら、ド変態過ぎて手遅れである。



「……経緯についてはほとんどさっきそいつが言った通りよ。ラビリア帝国が魔王討伐に乗り出して、私もそれに参加してたの」


「で、部隊は壊滅。ズタボロになって敗走中に、盗賊こいつらが現れたと……ん? ということはこいつら帝国の?」


「そうよ。【軽脚かるあしの盗賊団】って聞いたことある?」


「全然知らねぇ」


「帝国じゃあそれなりに名前が通った盗賊団よ」


「つーことは結構悪さしてた奴らだと」


「人をさらったり村を焼いたり、やりたい放題してたらしいわよ」


「それはそれは……」



 やはり、全滅させておいて正解だった。

 これは一人たりとも残しておくわけにはいかない類の連中だ。

 あのままにしていたら、アリウス村も被害に遭っていただろう。



「んで、話は戻るが。帝国軍は魔王軍との戦闘で消耗してたから、難なく捕まってしまった。つまりそういうことか?」


「ええ。そういうことよ」



 そもそも退路はどうなっていたのか。

 普通はしっかり確保しているはずだ。

 それもそうだが、



「……というか帝国の指揮官アホだろ。まず最上位職をしっかり逃がすのが先決だろうが。どうなってんのよそこんとこ」


「みんな自分の血縁が大事ってことよ。【古代魔術師アタシ】なら、どうにかなるだろうって思ったんじゃない?」


「あー、うん。気持ちはわからないでもないけどよ。なんだ、うん……残念な感じだな、帝国って」



 要するに、どいつもこいつも軽い気持ちだったのだろう。

 魔王軍を倒せば、名声は思いのまま。

 身内に武功を挙げさせて、箔をつける。

 結局その割を食ったのが、この少女だったというわけだ。

 想像すると、いろいろな情景が目に浮かんでくる。



「自分と身内のことしか考えないようなクソみたいな指揮官に、進言して進言して、突っぱねられまくって、結局どうしようもなくなって少数で突撃するしかなかった……とかな」


「まるで見てきたような感じじゃない」



 やっぱりか。



「話聞くだけで見えるって。だからって同情して解放するってことはないんだけど」


「アンタもクソよ」


「いまさら言われなくてもな」



 その辺りはあの女神に毒されたのかもしれない。

 苦笑していると、ふと一枚の紙きれが目に入る。



「……ん?」



 それは、先ほど倒した頭目の着ていたらしい服の間からはみ出たもの。

 ずっと身に付けていたのか。

 それを拾い上げる。



(……値段が書かれたなんかの名簿? それにどっかの紋章……これはあれか? 奴隷の受領書の控えか何かか? つーかこんなの普通残しておくか? ――いや、何かあったときのための保険でこいつらが先方に用意させたってのも考えられるな。なるほどなるほどキナ臭いわ)



 いま壊滅させたのが帝国の山賊で、帝国の人間を奴隷として王国で秘密裏に売り払っていた。

 場所は目的地である、マーシール領ザガン。

 これはひと波乱ありそうな予感しかなかった。


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