第20話 勇士隊ギルド



 場所は、ザガンのメインストリート。



 目の前には、西洋漆喰でコーティングされた白い建物が陣取っている。

 わかりやすさのためか、剣と盾が組み合わさった紋章が描かれた看板を掲げ。

 二階建て、広々としたバルコニー付き。

 無骨な扉を開けると、小奇麗なロビーと待合に、それぞれ案内の職員が立っている。



 ハルトはメリルリースとモコを連れ、勇士隊ギルドを訪れていた。



 ……ちなみにモコはお肉でお腹いっぱいのため、現在フード内でお休み中である。



「へー、意外と綺麗なものなんだな」


「どこもこんなもんよ。っていうかアンタ一体どんなのイメージしてたのよ?」


「……もっと武骨で、あらくれどもが集う場所とか?」


「勇士隊ギルドがそんな掃きだめみたいな場所なわけないでしょ」


「確かにそうだな」



 とは、ロビーに入ったハルトとメリルリースのやり取り。



 ――勇士隊ギルド。

 有り体に言えば、いわゆる派遣タイプのなんでも屋といったところだろう。

 住民や商会、稀ではあるが貴族が依頼を出して、ギルドに登録した勇士が依頼をこなしてその報酬を受け取る。



 ただ、普通のなんでも屋との違いは、組織の活動範囲が世界規模である点と、国家や貴族の権力に負けない【武力】を持っているという点だろう。

 勇士隊ギルドとはそんな、ファンタジーを題材とするゲームや読み物ではありがちな組織である。



 ハルトも例にもれず、ギルドと言えばいわゆる【冒険者ギルド】を思い浮かべていたのだが、メリルリースの話を聞く限り、どうやらそれとは微妙に違いがあるらしい。

 勇士隊ギルドはもともと【オスマイン英雄譚】に登場する英雄群の活動をもとに発足したもので、英雄譚に登場する彼らに倣って、地域の人々の生活を第一目線に活動しているのだという。

 基本的には都市周辺に出没する魔物を狩るのが主な任務。

 依頼も、貴族の出すものよりも圧倒的に平民のものが多いのだという。

 人探し、必要な素材の調達。

 ときには貴族の利権に真っ向から対立するようなものまで様々だ。



 それゆえ、地域住民を迎え入れやすいよう、建物は外見も中身も小奇麗で職員も丁寧なのだという。



(不思議だよな)



 そう、それで運営が成り立っていることに、違和感を覚える。

 勇士隊ギルドは、あまりに存在意義が正道過ぎるのだ。

 国家や貴族に対抗できるという話は、抱える武力の大きさゆえ、なんとなく理解できる。

 だが、人助けという正道を掲げて、金銭が回収できるのか、という疑問。



 勇士の働きに見合うだけの報酬を払えるのか、という疑問だ。

 もちろん、パトロンの存在もあるのだろうが、伊達や酔狂では飯を食っていけない。

 そんな存在理由があってなお、運営し続けていられるのは、やはり不思議だった。



 疑問を抱きつつも、ハルトは受付へと向かう。

 途中待合に目を向けると、ザガンで活動している勇士たちなのか、椅子に座って会話を楽しんでいる。

 行儀もよく、格好も清潔にしており、荒くれという印象はまったく受けない。

 もちろん金稼ぎをメインに登録しているものもいるようで、ボードに貼り出された依頼の品定めをしている一団も見受けられた。



 窓口に歩み寄ると、エプロンドレスを着た受付嬢がにこやかに出迎えてくれる。



「本日はどのようなご用件でしょうか?」


「勇士として登録したいんだけど、そういうのはここで受け付けてくれるのか?」


「はい。こちらで問題ありません。勇士登録は、お二人だけでしょうか?」


「いや、登録したいのは俺じゃなくて、こいつ。俺のしもべの魔術師メイジだ」



 そう言って、メリルリースを指し示す。

 すると、受付嬢は軽く首を傾げた。



「は、はぁ……わかりました」



 首を傾げたのは、しもべだからか、それとも一人だけだからか。

 いや、どちらもかもしれない。



「新規の登録となりますので、お名前と職業、レベルを教えてください」



 受付嬢が、紙をインク、ペンを持って訊いてくる。



「名前はメリルリース・ラーン・エルトリシャ」


「はい。メリルリースさん……ですね」


「職業は【古代魔術師エンシェントメイジ】、レベルは31よ」


「はい。【古代魔術師エンシェントメイジ】ですね。あの最上級職の…………あの最上級しょ……」



 動きが止まった。

 というよりは硬直した。



 ピシッ……という石化のバステを思わせる幻聴と共に。

 メリルリースが声をかける。



「どうしたの?」


「え、ええええ!? 【古代魔術師エンシェントメイジ】でレベルが30越えですかぁあああああ!?」



 受付嬢が突然、大声で叫び出した。

 周囲の視線が一斉にこちらを向く。



「あの」


「し、失礼しました! さ、最上位職で超高レベルの方が登録に訪れるのは珍しくてつい…………ええと、確かしもべと初めに」


「……そうね」



 メリルリースが肯定する。

 一方受付嬢は、どうしてそんなレベルの高い【古代魔術師エンシェントメイジ】が隷下の呪術印を受けているのかと、困惑している様子。



 ハルトに訊ねるような視線を向けて来るが、



「個人的なことだ。踏み込まなきゃ登録は出来ないのか?」


「いえ、そういうわけではありませんが……」


「じゃあ奴隷が気に食わないって? ここで仕事させるんだからいいと思うが?」


「それはそうですが」


「じゃあ、職務を全うしてくれ」



 そう言うと、受付嬢は引きつった笑みを浮かべる。

 態度がやたらとデカいからだろう。

 これで第一印象は最悪だ。



「お、奥で手続きをしてまいりますので、少々お待ちください……」



 受付嬢はそう言って、奥に引っ込んでいく。

 先ほど受付嬢が叫んだせいで、ほとんどの視線がこちらを向いていた。



 やはり、【古代魔術師エンシェントメイジ】の存在が珍しいのだろう。

 ふと、メリルリースが腰元を小突いてくる。



「ねぇ、アタシを勇士なんかにしてどうするつもりよ」


「そんなの勇士として活動してもらうからに決まってるだろ? しばらく滞在するから、これから毎日適当な……小遣い稼ぎ程度の依頼をこなしてくれ」


「お金あるのに?」


「ガチで金が欲しけりゃ、俺も登録して難しい依頼受けるさ。いいから言う通りにしてくれ」



 ハルトがそう言うと、メリルリースは額に怪訝なしわを深め、



「……アンタ一体何考えてるの?」


「いろいろな」


「…………」


「そう心配すんなって。悪いことさせるわけじゃないし、お前の名誉も貶めるつもりもないから」



 そう言って、メリルリースを窓口で待たせ、ハルトはロビーの一角へ向かう。



 そこには、世界の詳細な地図が貼り出されていた。

 これも、ハルトが冒険者ギルドを訪れた目的の一つだ。

 アリウス村の村長から地図は貰ったが、それは一地域の大まかなものであるため、わからないことも多い。



(さて、ここは本当に俺の知ってるグランガーデンなのかねぇ)



 貼り出された地図を見る。

 大陸の形については、ほぼ記憶している通りだ。

 ゲームプレイ時に、腐るほど見た全体マップそのまま。



 そして、各地に点在する特殊な地形もほぼ同じ。



(シャムシュの古代林。氷雪砂漠。風の嘶く山脈。腐り落ちた大地、リブラの大塩丘……この辺りもそのままだな。あとは天ツ盃だが……地図には記載されてないし、やっぱりここは発見されてないのか?)



 そんな風に、情報と記憶を照合していく。

 地図に記載されているものを見るに、ダンジョンの位置もほぼ一緒らしい。



 問題は――



(存在する国家がゲームで設定されていた国とまったく違うってことだな……)



 ゲームでも、世界観のバックボーンとして、人間の国家もいくつか設定されていた。

 だが街を訪れたときやクエスト時に名前が出る程度で、国家の特性特色などは皆無。

 ゲームプレイに大きくかかわるということはまったくなかった。

 一方、異世界グランガーデンでは、大まかに言って二つの国家が存在する。

 東にエルブン王国。

 長い歴史を持ち、肥沃な領地をいくつも抱える豊かな国家。

 西にラビリア帝国。

 歴史は比較的浅いが広大な領土を持ち、多くの民族や属国を抱える国家。



 どちらも大陸の覇権を懸けて、幾度も戦争を起こした歴史を持つという。

 現在は魔王の台頭もあって、人間同士の争いは控えているらしい。

 動向を気に掛けておかなければならないのは、主にこの二つだろう。



 他にエルフやドワーフの住む大きな共同体や、地図の南端には蛮族が住むと言われる国家もあるが、これらがどの勢力にどう介入するのか、そもそも魔王軍と戦っているのかも判然としない。



 取り急ぎ調べる必要のあるのは、行かなければならないダンジョンが、現在どの国の領地にあるか、どの貴族が占有しているかだ。



「……ゲームやってるときはそんなの気にせず行けたんだけどな」



 もちろん狩場を占有していたギルドなどもいたが、当時はギルメンとみんなで蹴散らしたので、そういったものについてはあまり障害ではなかったが。

 異世界では国家というものが大きくかかわっているため、思っていた以上にハードモード。

 見ればどのダンジョンも、国家の首都や貴族の領都に置かれている。

 王都帝都はもちろんのこと、王国に属する公国にあり、帝国に属する各藩王国にありと、必要なアイテムを手に入れるためには何度も国家間を行き来する必要があるだろう。



 そう言えばと、気になる場所を見つける。

 メリルリースを呼んで、指し示してみると、



「ここはどうなってるんだ?」


「ここって?」


「ほらここ。帝国の首都の少し北の」



 そう言って、地図の一部を指し示す。

 大陸の東半分。

 帝都の北にある空白部分。

 グランガーデンのプレイヤーにとって、特別な場所だ。



「そこって……【ガディナの聖地】のこと?」


「【ガディナの聖地】? なんだその呼び名は?」


「アタシに呼び名のこと訊かれてもわからないわよ。っていうかそこが一体どうしたのよ?」


「いや……どういう認識なのかなって」


「英雄譚に出て来る英雄群の聖地でしょ? 大昔にニールと共に魔王を倒した英雄群【ガディナ】はみんなここから現れて、大陸のいろんな場所に向かったって」



 メリルリースが言った通り、ハルトが指差した場所は、いわゆるプレイヤーの初期地点であり拠点だ。



 第一精霊都市サークシュレーム。

 グランガーデンの初期プレイ時には必ずこのポイントに飛び、ゲームのチュートリアルを受ける。



(ふむ……)



 【ガディナの聖地】。

 大昔にニールと共に魔王を倒した英雄群。

 もしかすれば、彼女の言う英雄群とは――



「お前か、勇士になりたいというのは」



 ふいに背後から、野太い声がかけられる。



「もこっ!」



 そして、モコの驚く声。

 起きてしまったのか。

 振り向くと、大きな身体を持つ男がいた。



 ……ハルトの現在の背丈は160センチメートル程度。

 自然覗き込まれる形となり、多少威圧感を感じるが、それはともかく。

 ギルドの職員だろう。

 なかなか強面で、起き抜けのモコが首にしがみついて、涙目になってぷるぷる震えていた。



「いや、勇士になりたいのは俺じゃなくて、こっち。俺のしもべ」


「なんか、アタシらしいわね」



 おかしなやり取りだったため、職員の男は変な顔をする。



「……まあいい。勇士になる前に確かめることや教えることがある」


「【古代魔術師エンシェントメイジ】の実力を疑うつもり?」


「最上位職の実力は疑うべくもない。だが、そういった嘘をついて登録する者も少なくはないのだ。なに、それに関しては【武威】や魔術スキルを見せてくれればすぐ終わる」


「わかったわ」


「いってらっしゃい」



 メリルリースに手を振って送り出そうとすると、



「……君はいいのかね?」


「俺は勇士になる気はないから」



 そう言うと、職員の男が怪訝な顔を見せる。



「なんのために彼女を勇士にする」


「金」



 端的に言うと、男は呆れと苛立ちをかみ殺したような顔をする。

 そして、説教臭い顔をして、



「……この勇士隊ギルドは、もともと千年前の英雄群【ガディナ】の功績を……」


「あー、そういうの、いちいちあっちの奴らにも言っているのか? どう見ても同類じゃないかあれ?」



 ボードの前で物色している勇士たちを示す。

 すると、説教をしようとしていた職員の男はぐっと言葉に詰まる。



「む、それは……」


「それも、うちのしもべにしといてくれ。俺はちょっと用があるから」



 そう言って、再度の説教が始まる前に、早々に勇士隊ギルドから退散する。



 ……やはり、なにかいびつだ。

 理想を旨とする者と、金銭を稼ぐ手段としか見ていない者が混在する組織。

 いや、もともと理想を目指して立ち上げられた組織が、人員や予算の不足のため、いつしか俗っぽいものに変わっていたというのはない話ではない。



 現在のギルドは、いろんな部分に妥協して、理想のない者たちを迎え入れた結果なのだろう。



 そんなことを考えながら、ハルトは路地裏へと入って行った。



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