第11話 旅路前



 村長と共に家を出る。

 出しなに、村長の奥さんのメルダに礼を言うのも忘れない。



 村を出て行くと口にしたとき、彼女も心配してくれてはいたが――彼女の見せた不安の大部分は、自分を助けたことで起こるかもしれない騒動に関してだろうと思われる。

 平民など、生かすも殺すも貴族の胸三寸。

 彼らがその気になれば、こんな辺境の村などひとたまりもないのだ。

 助けたことが知られればと思うと、気が気ではないのだろう。



 去り際に口にした



「出て行くなら、早めに出て行きなさい」


「その方があなたのためだから」



 という言葉には、多分に裏があったことが窺える。

 ともあれ、外に出るころにはすでに夜になっていた。



 辺境のアリウス村において、夜間の光源は獣の油を利用した簡素なランプか、星や月の明かりぐらいのもの。

 一応は電灯の代わりになるものは存在するものの、あるのは基本的に都市部や宿場町だけで、このような辺境では手が届かない代物だ。



 目がある程度闇に慣れるまでは、歩きにくい。

 自分の家に向かう途中、ある一軒の家から、明かりが漏れていることに気が付いた。

 贅沢に火を灯しているのか、景気がいい。

 誘蛾灯に惹かれるかのように、とりとめのない足取りで近づくと、中から嬉しそうな声が聞こえてくる。



 ――いままで育ててきてよかった。


 ――これでかけた分の金は取り返せる。


 ――このまま貴族に見初められれば、私たちも貴族になれる。



 どれも、欲にまみれたそんな声だ。

 それだけで、どんな会話をしているのかが、わかるというもの。



「……相変わらずですね。あそこの家も」


「ベルの両親か。そう言えば自慢げに話しておったな。ベルを送り出したことで、貴族から援助してもらえることになったと」


「自分の娘が危険な目に遭うかもしれないのに、心配の一つもしないとは」


「あの者たちは昔からああじゃよ。あの夫婦にとっては、我が子も金の卵を生み出す雌鶏めんどりにしか見えないのじゃろうな」


「…………」



 それを考えると、改めてベルベットのことが不憫に思えてくる。

 あんな親のもとに生まれ、金ヅルとして育てられたあと、責務という名のもと、村を出て行かなければならない。



 そして行く先に付いていくのは、あの連中だ。

 故郷には容易に戻ることができず、進む場所にも味方はいない。

 少女に課すには、あまりに厳しすぎる責務なのではないか。

 さすがに、腹が立ってくる。

 これに関しては「誰が」と特定できるものではないが。



 やがて、自分の家の前に着いた。



「儂はここで見張っているゆえ」


「はい」



 戸口を開けて、家に入る。

 十六年過ごした木造の家屋は、やけにがらんとしていた。

 使い慣れた家具が見当たらない。

 おそらくはベルベットを追いかけていなくなったときのどさくさで、村の誰かが持っていってしまったのかもしれない。



 この村の連中はそういった人間ばかりだ。

 誰も彼も、自分のことだけ。

 自分が良ければいい。

 都合がいい。

 田舎の助け合いなど幻想だ。

 身内まで、容赦なく切り捨てる。

 まともなのが、村長夫婦とベルベットくらいのものだ。



 何か残っていないかと、部屋の中を見回すと――



「……これだけは手つかずっていうのは、それなりに仏心があったのかね」



 家の中で一つだけ、ぽつんと取り残されていたのは、質素な小箱。

 亡くなった両親が、それぞれ大事なものを入れていた思い出の品だ。

 もともと中身など入れてはおらず、箱としても何の変哲もない品であるため、誰も見向きもしなかったのだろう。



 …………ハルトの生まれた家は、ごくごく一般的な家庭だった。



 父は【農夫】母は【細工師】の職を持ち、朝昼は畑仕事に従事、空いた時間に、母が少しずつだが小物を作って家計を助け、つつましやかだが幸せに暮らしていた。

 他の子供よりも発育が遅かったハルトのことも、疎まずに変わらず愛してくれた。

 二人とも、転生前の両親と同じくらいに優しかった。

 だがその暮らしも、長くは続かなかった。

 それは、村を流行り病が襲ったときのことだ。

 村の人間のほとんどが病に冒され、多くの者が危機に陥ったことがある。

 薬代は高額で、簡単に手が出せるようなものではない。

 ハルトの家も金銭的な余裕はあまりなく、薬代に当てる金銭が二人分しか捻出できなかった。

 ハルトの両親は、ハルトとベルベットを優先したのだ。

 子供たちの未来を思って。

 そして最期まで、ハルトを一人残すことを案じていた。



「……もし記憶が戻ってたなら、楽させてあげてたんだがな」



 親孝行ができなかったのは、ハルトにとって大きな心残りだ。

 何かを返してあげたかったというのが、子供心というもの。

 だが、その相手はもういない。



(思い出は……アイテムストレージがあるからある程度は持っていけるな)



 そのある程度も、ほぼ持って行かれてしまい、ないのだが。



「そういや……モコはどうした……? おーい、モコー」



 小さな頃から一緒に暮らしていた家族に呼び掛ける。

 すると、部屋の奥の隅、家具と家具の隙間で、何かがモゾモゾと動いた。



「もこ?」


「そこにいたか」



 隙間にいたのは、真っ白いふわふわの毛玉。

 まんまるフォルムから、ぴょこんと頭が飛び出した。

 子オオカミと子ギツネを足して2で割ったような、愛らしい顔の作り。

 ウサギのようなつぶらな瞳。

 リスのような身体。



 ――【毛玉獣】。



 ゲームのグランガーデンではレア生物に分類される中立MOBで、仲間にできるタイプの生き物だ。

 尻尾を身体に巻き付けて、丸まって小さくなっていたらしい。

 モコは毛玉状態を止め、腕や足を出す。

 後ろには三つの大きな尻尾がゆらゆら。

 ふかふかでとても柔らかそうである。



 モコは、ハルトが小さな頃に、ベルベットがどこかから見つけてきたのだが――



(あの親に反対されて、ウチで飼うことになったんだっけなぁ)



 動物を飼えるような余裕はなどないと親に言われ、ベルベットが大泣きしたのを覚えている。

 それから、ハルトの家で飼うことになっていまに至るのだ。

 村長の家にいる間は、おそらく家の備蓄を食べたり、水がめの水を飲んだりして過ごしていたのだろう。

 人間の言うことを理解している節があるし、かなり頭がいい。

 かがんで両手を差し出すと、モコが飛びついてくる。



「もこもこもこもこっ!」


「それにしてもお前、なんでそんな隅っこにいたんだ?」


「もこ、もこぉ……」



 涙目になってしがみついてくる。

 怖い目にでも遭ったのか。

 飼い主も帰ってこない。

 部屋も他人に荒らされる。

 それが怖かったのだろう。



「モコ、今日からお出かけだからな」


「もこぉ?」



 どうして? と首をかしげる素振りをするモコ。

 その頭を軽く撫でて、モコお気に入りのスカーフをその腕に巻き付けてやる。



 ふとアイテムストレージのことを思い浮かべると、目の前の景色にストレージ内の物品がダブった。

 キャラシートに記入した服や装備だ。

 取り出したいものに手を伸ばし、取り出すような動作をすると、転生前に着ていた服がたたまれた状態で手の上に現れた。



 白のライダースジャケット、薄手のパーカー、黒のパンツ、ミリタリーブーツ。

 転生前とは体格が違うため、かなりぶかぶかだったが、着替えると丁度良い大きさに変わった。



 ――異世界グランガーデンにある一定の防具は、所有者の体格によって大きさを変えるという特殊な性質を持っている。

 主にネームの付いた装備品がこれに当てはまる。

 せっかく苦労して手に入れた装備品が、サイズの不一致で装備できないでは、お話にならないからだろう。

 これも、ゲームと似たような世界であるというところが、影響しているのだろうと思われる。



 着替え終わると。



「もこもこ」


「どうした?」


「もこっ」



 ふと、モコが首筋に向かって手を伸ばす。

 どうかしたのかと思い、かがむ。

 すると、モコが身体を登って、パーカーのフードの中に入り込んだ。



「うおっと……」


「もこっ、もこっ!」


「そこがいいのか?」


「もこ!」



 いつもは肩の上に乗るのだが、納まり具合のいい場所だったらしい。

 首筋に掴まって、顔にすりすりしてくる。



 可愛いやつである。



 着替えが終わったので、今度は真っ当な装備品である剣と盾もストレージから取り出した。



 異形の白剣【ソード・オブ・グラム】。

 自分の身の丈を超える巨大なもので、形状はうねるような曲線で構成されている。

 まるで花弁が開いた白薔薇のようにも見えるデザインは、ゲームをプレイしているときに見たものとまったく一緒。



 もう一つは、【賽の盾】だ。

 羊の祖先が持っているような大きな黒巻き角が付いた、小振りの盾だ

 見た目は相手の武器を受け止めやすい形状をしているが、ゲームではそういった細かい部分が省略されていたため、そういった効果はなかった。



 だが、ここは異世界。

 ゲームとは違うため、これからこういった部分も加味して戦っていかなければならないだろう。



「やれやれ、装備出来たら興奮の一つもするんだろうなって思ってたんだが……」



 まったくそんな気分でないところが、腹立たしく思う。

 これも全部あの自称女神のせいだろう。

 家の中では具合を確かめられないため、一旦外に出る。



 すると、家の外で待っていた村長が驚いた顔を見せた。

 突然武器を持って出て来たためだろう。



「ハルト、それは……?」


「これですか? これは神を名乗る悪魔からもらったものですかね?」


「……? もとから家にあったものなのか?」


「いえ、俺の所持品ですよ」



 村長が、眉をひそめる。

 質問しても、ちゃんとした答えを返さなかったためだろう。

 どうせ説明してもわからない話だ。

 有耶無耶にするに限るというもの。



 村長の方も、それについてはあまり気にならなかったようで、すでに剣と盾の方に目を奪われていた。



「神聖な輝きじゃ……まるで勇者の武具ではないか」



 確かにこれらは、ゲームでは十個しか存在しない、神宝アーム・オブ・ゴッデスの内の二つだ。

 転生前に【グランガーデン】をサービス終了間際まで、ギルドのみんなでやり込んで、この二つを入手したのもいい思い出だ。



 そのせいで、他のプレイヤーたちからは【プロの庭師】なんて呼ばれる羽目になったが。



 この異世界グランガーデンという、ゲームと似て非なる世界では、確か――



「オスマイン英雄譚に出てくる、軍を破する剣と、生を黄泉から守る盾ですよ」


「聖剣グラムと塞の盾…………」


「ええ」



 【オスマイン英雄譚】。

 異世界では有名なおとぎ話のことだ。

 約千年前に実在したとされる勇者【ニール・オスマイン】が五柱の魔王を倒すため、仲間たちと共にグランガーデンを旅するというものである。



 彼女については、ゲームでも協力的なNPCとしてよく登場していたため、よく覚えている。

 ステータスは高いのだが、戦闘時によくミスを出すため、プレイヤーからは、



 【ドジっ娘ニール】


 【空振りの勇者】



 ……などと言われていたが。



「それは、装備できるのか?」


「ええ。いまの俺は戦士職ですから」


「ん? だがお主、さっき魔術を」


「村長、職業には戦士職と魔術師職を兼ね備えたものもあるんですよ。【魔法剣士】とか【魔闘士】とかね。俺はそのどちらでもないんですが」



 【不死身の戦王ジークフリートウォーロード】は、ほとんどの武器や防具を装備できる戦士職だ。

 転生前、ゲームではモンク系であったため、剣と盾については使ったためしがないのだが、おそらくは大丈夫だろう。



 だが、この二つは見た目もかなり目立つため、当分はアイテムストレージに仕舞っておくことになる。

 下手に持ち歩いて目を付けられては、トラブルのもとになりかねない。



「ハルト。お主、これからどうするのじゃ?」


「……どうしましょうね。まずは、金銭的な余裕が欲しいですかね」



 そう言うと、真面目な村長は、



「それだけのものがあるんじゃ、人助けとかはせんのか?」


「――あ、それはやめておきます。そのあたり推奨されてないんで」


「は?」


「前の前の俺と、前のぼくと、いまの俺は、ちょっと違うってことですよ。他のヤツだって好き勝手やってるでしょ? 俺も見習って好き勝手やるってことです」


「……ハルト、お主……そうか。これまでのお主の苦悩よ。そう思うようになっても仕方あるまいな」


「あ、えー……」



 村長は何か勘違いしているらしい。

 どうやらこれまでの出来事のせいで、心が歪んでしまったと思われたのだろう。

 確かに村ではやっかみや無職を理由にイジメられていたし、カリスたちには嬲り殺しの目に遭わされた。



 土下座までしたのも、かなり屈辱的だった。



(伊達に不遇を託ってたわけじゃないけどよ……)



 生活はいろいろとひどかったが、いつもベルベットの優しさに救われていた。

 彼女はやはり、自分にとって天使であり女神だった。

 ここで女神というと、ベルベットをひどく性悪に貶めてしまうような気がしないでもないが――



「だがなハルト、精霊さまは、人の行いを見ておるぞ」


「え? あんな学習型のNPCでもないシステム的な連中が――」


「……?」


「失礼。なんでもないです」



 あまりメタ的な話をしてもわからないだろう。

 咳払いをして気を取り直し、口を開く。



「大丈夫ですって。どうしょうもない悪党になるってのは俺も気分悪いんで。利口に立ち回るようにするだけです」


「そんなことをしていたらベルから嫌われるかもしれんぞ?」


「そうですね。それで振られたら、すっぱり諦めますよ。…………諦め、ます、よ……うう」


「……それは絶対に無理そうじゃな」



 顔を真っ青にしたことで、村長は呆れたような息を吐いた。

 フラれたときのことを考えると、気分がひどく落ち込んで死にたくなった。



 やはり自分にはベルベットが必要なのだ。



(俺は婚約者(ベルベット)をヤツらから取り返す。絶対。絶対だ)



 そう決意を新たにして、ハルトはモコをお供に村を出たのだった。



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