第25話 メリルリース、ギルドへ戻る



 依頼を終わらせたメリルリースは、勇士隊ギルド、ザガン支部に到着した。



 着いて早々窓口に赴き、もう馴染みとなった受付嬢に声をかける。



「依頼、こなしてきたわ」


「お疲れ様です、メリルリースさん」



 労いの言葉をかけてくる受付嬢に、討伐の証を差し出す。



「はいこれ。ゴブリンの耳」


「はい、受領いたしました。報酬を用意しますので、少々お待ちください」



 受付嬢が係員に討伐の証を渡すと、係員は報酬を取りに奥へと入って行った。

 ふと、受付嬢が神妙な面持ちで口を開く。



「メリルリースさん。もっと難度の高いお仕事をお受けになられたらどうですか? メリルリースさんほどの使い手でしたら、もっと割のいい依頼をお受けすることもできると思うのですが……」


「それね。アタシのご主人様が禁止してるのよ」


「あの方ですか……」



 受付嬢が、遺憾そうに目を細める。

 気が付けば、ギルド内のほとんどの人間が、同情の視線を向けてきていた。

 最上位職業である【古代魔術師エンシェントメイジ】が隷下に置かれ、そのうえ粗略な扱いを受けているのだ。

 正道を志す勇士隊ギルドの人間であれば、同情の一つもするだろう。



 さていまの自分の立場が、本当に同情されるに値するものなのかは、甚だ疑問ではあるのだが。



 そんなことを考えていると、ふと背後から声がかかる。



「君」



 その呼びかけに振り向くと、一人の青年が立っていた。

 茶色い髪。

 茶色の瞳。

 青い鎧を着た剣士。

 その出で立ちには、見覚えがあった。



「ああ、ええっと……レクス、だったかしら?」


「覚えていてくれたのか」


「ええ、まあ」



 明るく微笑んだレクスに、微妙な返事を返す。

 覚えられていたことを喜んだようだが、たまたまだ。

 正直な話、最初のときは特に覚えるつもりなどなかった。

 こうしてなんとか思い出せたのは、以前にハルトが彼の名前を口にしたからでしかない。



 挨拶を終えたレクスが、真剣な顔で歩み寄って来る。

 真っ直ぐで屈託のない表情だ。

 真面目そのもの。

 また、しもべに関する話をしようというのだろうか。

 あまりに正論過ぎる話。

 一方的すぎる会話。

 裏側を見ようとしない。

 空気が読めない。

 そんなところが、辟易する。



 もちろん彼は、こちらの胸の内にも気付かない。

 うざったいと思いながらも、会話を合わせていると、



「そうだったのか……」



 はて、なんだったのか。

 レクスとの会話の内容を思い返す。

 確か、勇士になった経緯をかいつまんで話したはずだ。



「無理やり勇士として登録させられたんだろう? 登録を解除したいのなら、手を貸すよ」


「そう」



 そっけない返事をする。

 だがレクスは、その態度を呪術印の主に対する恐れとして受け取ったらしく、



「解除したいのなら正直に言っていいんだ。ここにはあの男はいない。あの男を恐れる必要はないんだ」


「そうね」


「くっ……あの男は君をそこまで追い詰めているのか……」



 レクスは苦虫をかみつぶしたような渋面を作る。

 やはりこの青年は、こちらのそっけない態度を別の意味に解釈しているらしい。

 自分がレクスのこと快く思わないのは、こうやって何事にも都合のいい解釈をしてしまうところだろうか。



 もうこれは、頭にお花畑が広がっているとしか思えない。

 ハルト曰く、脳内フローラだったか。



 そんな風に、レクスの情熱とは裏腹に呆れていると、ギルド入り口の扉が開かれる。

 現れたのは、赤髪の少年。

 呪術印の主である、ハルトだった。

 いつものようにポケットに手を突っ込み、いまは敵地に等しい勇士隊ギルドへと乗り込んでくる。



 後ろのフードに乗ったモコが、こちらを見るなり手を振って来た。

 かわいい。



 一方レクスは彼を見るなり、敵意をむき出しにして睨みつける。

 ハルトはそんなレクスの態度にもお構いなく、気軽な様子で挨拶をした。



「よ」


「お前、聞いたぞ。彼女を無理やり勇士にして、金稼ぎをさせているらしいな」


「ん? ああ、そうだな」


「しもべに不当な労働を強いて、お前はなんとも思わないのか!?」


「いや、全然」



 ハルトは飄々とした態度で肩をすくめる。

 彼は不当だとは思ってはいなのだろう。

 しかして、彼のそんな態度が、レクスの怒りに火をつけた。

 怒気を露わに、怒鳴りつける。



「――っ、お前は人間のクズだ!」


「はいはい。クズクズ。俺はクズでーす」



 ハルトの返事はやたらと適当だ。

 他人にどう思われようと、彼からすればどうでもいいことなのだろう。

 どうでもいいことには、とことんどうでもいい態度を取る少年だ。



「――お、これが今日の取り分か?」


「ええ」



 ハルトが、カウンターの上に置かれた報酬を見つけ、手を伸ばす。

 そのまま、持っていた袋にすべて突っ込んだ。

 まるで、嫁の稼ぎを取り上げるろくでなしの所業である。



 受付嬢を含む周囲の人間が、非難の視線を向けるが、



「なんだよ? これは俺のしもべが稼いだんだ。俺のモンだろ?」



 ハルトは、見せびらかすように報酬の入った袋を掲げ、周囲を見回す。

 悪態や、侮蔑の視線が向けられるが、勇士たちはそれ以上何もできない。

 ハルトは最後に、受付嬢に訊ねる。



「いいよな?」


「…………そうですね」


「そうそう……ほら、行くぜ」



 ハルトはそう言うと、横柄な態度で背中を叩いてくる。



 だが、これらはすべて彼の演技だ。

 一緒にいてわかったことだが、この男の性格はかなり誠実な部類に入る。

 こちらが女であるにもかかわらず、手を出すことはないし、まめな気遣いも忘れない。

 服も装備も買ってくれるし。

 食事だって三食きっちり。

 化粧品まで買ってもらったのには驚いた。



 それに、彼を真人間だと思うのは、盗賊のアジトでの一件がある。

 この少年は、打ち捨てられていた女たちの亡骸を、時間をかけて丁重に弔った。

 利益ばかりを気にするような人間なら、時間と労力を無駄にはしないはず。

 ハルトの行動には、確かに情が存在した。

 人の心が荒んだこのご時世には、珍しい人間だとさえ言えるだろう。



 だが、周囲の人間はそんなことを知る由もない。

 こうやって外面を悪く見せているため、印象は最悪だ。

 レクスのように正義感の強い者や、境遇に同情的な者は、みなこの少年を悪党……小悪党だと思っている。

 いまでは、『しもべにされた悲劇の【古代魔術師エンシェントメイジ】と、下衆なその主人』として、ギルドはおろか街中でも有名だ。



 なぜ、そんな悪名を高めるような真似をしているのかは、いまだ不明だが。



「――なんだよ? なんか文句あるのかよ?」



 レクスたちや他の勇士が剣呑な気配を放ったせいか、ハルトが大仰な態度であおり始める。



「やる気か? いいんだぜ? 俺はこいつに相手させればいいだけだからな? どうだ? 【古代魔術師エンシェントメイジ】さまと戦う勇気のあるヤツはいないのか? そんなヤツこんなところにいるわけねえよな。はははは!」



 煽りに煽り、高笑いである。



(よくもまあそんなゲスい台詞スラスラ思い付くわねコイツは……)



 役者……とまではいないが、なかなかに小悪党を演出できている。

 感心なのか呆れなのかわからない感情を抱いていると、レクスが肩を震わせ、低い声を出す。



「……おい、いい加減にしろ」


「ん? しなかったら、どうするって? お前がメリルリースの相手をするのかよ?」


「その前に、お前を斬る!」



 レクスは怒りが限界に達したらしい。

 その場で剣を抜き放った。



 一方ハルトは、やれやれと困ったように頭を傾ける。

 危険を察したモコが、こっちに飛び移って来た。

 直後レクスから放たれる【武威】。

 スキルが発動した瞬間、レクスの足元から縄のようなものがまとわりつくように伸びていく。

 これは、【武威】の見せる幻影だ。

 見たところ、レベル2相当。

 なかなかのものだが、ハルトには通じない。

 レベル3相当の【武威】ですら、バットステータスを与えられなかったこの少年だ。

 この程度の【武威】など、それこそ屁でもないだろう。



 だが、そんなことを知らないレクスは、勝ち誇ったような表情を見せ、



「どうだ!」


「どうだって言われてもな……」


「ふん。余裕を見せているようだが、やせ我慢しているのが見え見えだぞ? 僕の【武威】に威圧されて、身動きを取ることができないんだろう?」


「……ほんとなんでそんな都合のいい解釈ができるんだよお前ほんと脳内フローラすさまじいな」


「黙れ。もう一度言うぞ? 彼女を解放しろ」


「いや、だからしねぇって」


「そうか。ならばもう言うまい」


「おいおいマジで斬りかかってくるのかよ……」



 レクスは本気で刃傷におよぶつもりらしい。

 周囲の勇士たちはどうするべきか、二分している。

 レクスの立場に同調し、見て見ぬふりをしようとする者もいれば、

 レクスの行為があまりに行き過ぎているため、止めようと声をかけている者もいる。



 受付嬢が視線を寄こしてくる。

 それには「困った」という心情を表すように、適当に肩をすくめておいた。

 どうせハルトのことだ。

 自分をけしかけることはないだろうし、そもそもレクスではハルトに敵わない。

 もしかすれば、かすり傷一つ負わないかもしれない。

 レクスがじりじりと間合いを詰め、ハルトに剣撃を行うとした、そんなとき。



「――やめろ」



 ギルドの入り口の方から、野太い声がかかる。

 偉躯。

 強面。

 黒い服。

 見れば、ザガン支部のギルドマスターがそこにいた。

 直後、場を制するようにギルドマスターから【武威】が放たれる。

 レベルは3相当。

 自分よりも強い相手からの威圧に、レクスの身体が硬直した。



 そして、



「っ、ギルドマスター! どうして止めるんですか!」


「ギルド内での荒事は禁止だ。それにお前のやっていることは不当行為に当たる」


「僕の行為がなぜ不当なのですか! そもそも苦難に喘ぐ人々を助けるのが、勇士としての……」


「しもべを持つことは権利だ。それがどんな人間であろうとな」


「ですが!」


「ここは抑えろ」



 ギルドマスターはそう言って、意味深に首を動かす。

 その方向には、一人の紳士が立っていた。

 中年男性。

 綺麗に切り揃えた髭。

 身体をすっぽりと覆うマントは、見るからに高価そう。

 身なりがいいということは、貴族なのだろう。

 背後に装備の整った兵士を引き連れているため、間違いない。



 その男性は、ギルドにいる全員に挨拶をするように、一歩前に出る。



「私はマーシール伯爵閣下の使いで参ったバスク・ルアと言う。王国では子爵位をいただき、閣下のもとで家令を務めさせてもらっている」



 伯爵という言葉が出たためか、ギルド内がどよめく。

 しかもその家令ということは、実質この領内の№2だ。

 そんな人間がなぜ……と、みな思っているのだろう。

 いきり立っていたレクスも、いまは呆気に取られている。



 ふと、バスクが周囲を見回すと、ギルドマスターがハルトを指し示した。

 そして、バスクは、



「【古代魔術師エンシェントメイジ】をしもべにしている男というのは、君かね?」


「そうですが? 子爵様が、俺のような男になんのご用件で?」


「無論世間話をしにきたというわけではない。弁えて欲しいものだな」



 バスクはそう言って、肩をすくめる。



 一方でハルトは、表情そのまま。

 普通ならば貴族に対して委縮するものだが、そんな気配は一切ない。



「――本題に入ろう。速やかにそのしもべを引き渡せ」



 バスクは穏やかそうな態度から一変して、そんな高圧的な声を放った。



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