第24話 メリルリースの困惑
――メリルリース・ラーン・エルトリシャは、ひどく理解に苦しんでいた。
彼女が勇士隊ギルドに登録してから、もうすでに一週間以上は経つ。
その間、彼女はハルトに言われるがまま、ギルドのボードに貼り出された依頼をこなしてきた。
誰でもこなせそうな素材の採取に始まり、ザガン近辺に出没する魔物の討伐、紛失物の捜索なんてものまでなんでもござれ。
それらの仕事にただ一つ共通していたのは、どれもメリルリースの職に見合わないほど簡単なものということだ。
素材であれば、薬草の一つである【
魔物であれば、雑魚魔物の代名詞【ゴブリン】や【ねとねとさん】の討伐。
紛失物の捜索に至っては、語るまでもないだろう。
もちろん報酬は、どれもこれも安い。
(なんなのかしら、アイツは?)
わけがわからない。
なぜ、このような駆け出しがやるような雑事を、自分のような最上位職やらせるのか。
金のためでもない。
欲しい素材のためでもない。
レベル上げなど、当然あり得ない。
それでも、やらせる。
意味がわからない。
仕事とは、利を求めて行うことだ。
だが、ギルドに舞い込む低難度の依頼をいくらこなしたところで、ハルトの利益にはならない。
だから、こうして頭を悩ませているのだ。
……煩悶としながら、今日もザガン近辺に出没する弱い魔物の討伐をこなし、街への帰路に就いたころ。
同じザガンを本拠とする勇士たちが、慌てた様子で街道を駆けてきた。
速度は――速い。
どうやら下位の敏捷強化魔術スキル、【
――怪我人の運搬か。
いや、見たところ誰かを背負っている様子はない。
――ならば獲物が近くにいるのか。
いや、この辺りはすでに領都守備隊の巡回ルートであり、魔物は間引かれている。
――ひどい汗だ。
勇士の取り乱しようも尋常ではない。
おそらくは、何かから逃げているのだろう。
街道を歩いていた他の人間も、のっぴきならない様子の彼らに気付き、何事かと騒ぎ出す。
やがてこちらを見つけた勇士たちが、息せき切って近付いてくる。
そして、立ち止まるや否や、切迫した表情で訴えかけてきた。
「おい、あんたたち! 近くに【
――【
それは名前の通り、アンデット系の魔物だ。
形は人型。
大きさは、大きくても成人程度。
動きは遅いが、体力、耐久力が高く、身体の一部である死蝋を攻撃として遠距離へと飛ばすことができる。
そのうえ、スキル【強毒】を持つ。
スキル【強毒】は、対象に毒を与える能力を得る特性スキルの中でも、かなり強力な種類に分けられるものだ。
解毒には一番安い解毒アイテム、【
勇士の間では麻痺系のスキルに続いて、特に恐れられているスキルだ。
それゆえ、【
彼らが焦って逃げてきたのも、無理はない。
街道を歩いていた者たちが、強力な魔物が現れたことを知って騒ぎ出す。
「なんだって!」
「どうしてこんなところにアンデットが!」
「領軍は一体何をしてるんだ!」
この魔王が跋扈する時代に、何を暢気な……と思う者もいるだろうが、この反応も当然だ。
ザガンはマーシール領の中心。
国境や、魔物が多く出没する場所ならばともかく、この辺りは整備も行き届き、魔物も定期的に間引かれている。
こんな魔物が現れるなど、誰も夢想だにしないのだ。
周囲がにわかに混乱している中、魔物の出現を告げた勇士に訊ねる。
「【
「そうだ! もうすぐそこまで来ている!」
勇士が向いた方向に視線を向けるが、その辺りに魔物の影はない。
ならばその奥、街道脇の林にいるのかもしれない。
「足の速いヤツはギルドに報告しに行け! あと近くにいる高レベルの勇士や城門から衛兵に声をかけろ! 手の空いている奴は避難を手伝ってやれ!」
リーダー格の勇士が、他の勇士に指示を飛ばす。
自分の身の安全よりも、都市のことや他の人間の避難を優先しているのはさすが勇士と言ったところだろう。
彼らが忙しなく動いている間に、前に出た。
「おい! なにしてるんだ!」
「アタシに任せなさい」
そう言葉を返して、魔術スキル【
これは、周辺に生物がいるかどうかを調査するスキルだ。
使用すると、【感知】スキルでは把握しきれない範囲の情報も知ることができる。
目の前に魔法の光が浮かび上がり、大まかな周辺の情報と、生物のアイコンが窓枠内に映し出される。
青のアイコンは生物や未敵対の人間。
赤のアイコンは魔物もしくは敵対行動を取る人間だ。
窓枠内には、赤のアイコンが三つ。
アイコンに指を当てると【
やはり、林から。
「さ、三体もいるのか……」
後ろから窓枠を覗いていた人間が、ひどく怯えた声を出す。
それだけ【
だがそれは、周囲の……いや大抵の勇士や兵士がレベル20にも満たないからというだけの話。
しかし、こちらのレベルは31で、職業は【
距離が離れているなら、その程度の相手、倒す手段はいくらでもある。
やがて、視認範囲内に【
まるでミイラを思わせる、爛れた茶色の身体。
浮き出たあばらと、そこかしこに飛び出した骨。
唇は削げ落ち歯は剥き出し。
目玉は溶け落ち、眼窩は空虚な黒を覗かせる。
聞こえてくるのは、精神を侵食するようなうめき声。
目玉もないのに、もうこちらの存在を見つけたらしい。
覚束ない足取りにもかかわらず、着実に近づいてくる。
やがて漂って来る、アンデット独特の腐臭。
その臭いに耐性のない者が、吐しゃ物をぶちまけた。
そろそろ、【強毒】の乗った死蝋を飛ばしてくる距離。
もちろんこちらも、魔術スキルが当たる距離だ。
「――【
まず使用したのは、使用する魔術スキルを一時的に強化する魔術スキル。
その中でも、中位強化の【
足元に二重の魔法陣が描かれ、すぐにその効果が表れる。
本来ならさらに防御系の魔術スキルを用いるのだが、相手の攻撃を受けない予定であるため、それは省略。
そして、使用するのは、
「――【
対アンデット用の火属性と光属性の両方の性質を持った古代魔術スキル。
それも強化系の魔術スキルを使ったうえでのものだ。
威力は
【
手のひらを対象に向けると、それに合わせて魔法陣が浮かびあがる。
強い輝きを放つ炎が噴き出し、周囲を渦巻く。
発動まで、あと2秒。
周囲を渦巻いていた炎が空へと昇り、収束。
巨大な槍の形状へと変化し、
「いっけぇええええええええええ!!」
空気の悲鳴を従えて【
直後、巨大な爆発。
巻き込まれた【
そして、黒と紫が混じったような煙となって消えていった。
(……アンデットの持つ特性スキルの発生もなし。よし、と)
脅威が完全に去ったことを確認すると、後ろから感嘆の声が上がる。
「すげぇ……魔術スキル一発で」
「ま、こんなもんよ。他の勇士や守備兵を呼びに行くのはやめた方がいいわね。嘘つきと思われるわ」
「あんた一体何者だ!? こんなすごい魔術スキルが使えるなんて」
勇士の一人が、興奮気味に訊ねてくる。
「アタシは【
「え、【
「おい! あんたまさか、最近ザガン支部で勇士になったっていう、あの!?」
「あ! あれだ! 確か、その、しもべにされてるって話の……」
「いろいろあるのよ」
群がって来る周囲の者たちに適当な返事をして、帰路に就く。
「それにしてもなんでこんなところにこんな強力なアンデットが……」
歩き出したところで、背後から聞こえてきたのはそんな呟き。
他にも討伐に関する報奨金の話が投げかけられたが、面倒なのでそのままにしておいた。
正直な話、どうでもいい。
いま自分が気にするべきは、報酬よりも、モンスターよりも、あの赤髪の少年が何を考えているかなのだから。
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