第3話 無職でも結婚したい!
ある日の午後、ハルトは自分の婚約者であるベルベットの姿を探していた。
しばらく村の中を歩き回ったハルトは、彼女が村はずれにある木立の中にいるのを見つける。
ベルベットは緑と風の中で、心を落ち着けているらしい。
目を閉じて、静謐な表情を作っていた。
ハルトは、そんな彼女の元へと歩み寄る。
「ベル、なにしてるの?」
「あ、ううん。なんでもない……よ?」
ハルトの存在に気付いたベルベットは、そう言いつつも、手に持っていたらしき何かを背後に隠す。
だがそれは、彼女の身体には収まり切るような大きさのものではなかった。
腰元から、切っ先と柄頭がはみ出ている。
「剣?」
「……うん」
「練習してたんだ」
「……そう、なの」
ベルベットは素直に認めるも、どこかぎこちなく、居心地が悪そうにしている。
「どうしてまた剣の練習なんか」
「精霊さまが、剣の……ううん。戦うための鍛錬をしなさいって。あなたは勇者となるべく生まれたのだからって」
「勇者……」
――職業選定の儀が行われたあの日、ベルベットの右手の甲に、勇者の証である紋章が浮かび上がった。
それにはもちろん、ハルトを始め、村の人間すべてが驚いた。
まさかこのような辺境の村から勇者が現れるとは、と。
しかもそれが、年端もいかない少女であるとは、と。
それゆえ、ハルトは気が気ではなかった。
もしかしたら、ベルベットが英雄譚にある勇者【ニール・オスマイン】のように、魔王を倒すため、ハルトを置いてこの村を出て行ってしまうのではないかと。
そんなハルトの気持ちをベルベットもわかっているからこそ、気まずそうにしているのだ。
「結構、使えるようになったの?」
「い、一応ね」
「少し、見せて欲しいな。どう?」
「うん、いいよ……」
乗り気ではないのか。それでもベルベットは剣を構えて、武術スキルを発動する。
「【ソードスラッシュ】!!」
ベルベットが剣を一閃する。
彼女の前方にあった木々が、いくつも綺麗な断面を見せて切断された。
「いまのが【ソードスラッシュ】。【
ということは、他の者が使うと、そこまでの威力ではないということか。
「すごいね。剣を持ってから一年しか経ってないのに」
「……ハルト、知ってたんだ」
「うん。そりゃあね」
ベルベットは【勇者】となった日から毎晩、棒や剣の素振りをしていた。
それ以外にも、ハルトが農作業をしている間に、村の猟師に付いて近隣に出没する魔物と戦っていたことを、ハルトは知っている。
当然ハルトもそのことを気にはしてはいるが、それを表に出して、彼女を困らせるわけにはいかなかった。
「すごいや。僕はどれだけ練習しても、こんなことできないだろうなぁ」
「ほ、ほら。私の場合は精霊さまが教えてくれるからだから!」
「そうだね。さすがは勇者さまだよ」
「も、もう! 変なこと言わないでよ!」
「あはは!」
ハルトは頬を膨らませるベルベットの様子が面白くて、悪いとは思ってもついつい笑ってしまう。
……その笑顔も、正直な話、空元気だったのだが。
ふと、ベルベットが何かを思い出したように声をかけてくる。
「そうだ! ハルト、今日の職業選定の儀、どうだった?」
「……それが、さ」
「もしかして」
「……うん。ダメだった。今年も職は貰えなかったよ」
「ら、来年! また来年があるよ!」
「…………」
ベルベットはいつかのように、あきらめるなと励ましてくれるが、ハルトの不安は拭い切れない。
もしかすれば、精霊は自分に職業を授けてくれないのかもしれない。
そんな気すら、湧いてくる。
そう考えると、だんだんと不安と弱気が強くなる。
まるで出口のない迷路に迷い込んでしまったかのように。
もともと内向的な性格というのに加え、励ましてくれるのはベルベットくらいしかいないということも、それを助長していた。
「戻ろっか」
「……うん」
ベルベットに促され、村に戻る。
二人で村の中を歩いていると、周囲から聞きたくもないひそひそ話が聞こえて来た。
「おい、無職のハルトだぜ」
「なんでベルはアイツにばっか構うんだよ」
「あんな無能。あのままだったら、いつか村を追い出されるのによ」
そんな口さがないことを囁き合うのは、ハルトとベルベットの関係を良く思っていない連中――村の少年たちだ。
みな、ベルベットのことが好きで、ハルトのいないときを見計らっては、彼女を口説こうと熱を上げているほど。
そんな彼らが、ベルベットの婚約者であるハルトのことを目障りに思っているのは、言うまでもないだろう。
……いや、快く思っていないのは、村のほとんどの人間がそうだろう。
ベルベットは村一番の美人であり、他の誰もが及ばない才気を持つ。
幼いころから、周囲の人間に期待されてきた才女だ。
対照的に、ハルトはあまりパッとしないため、彼女には不釣り合いだというのも、耳にタコができるくらい聞いた話だ。
それに加え、いまのハルトには職がない。
職がないということは、労働力に喘ぐ辺境の村では足手まといだ。
周りからごく潰しと疎まれても仕方がないし、村の人間はそういった者には冷ややかに接するのが当たり前。
たとえ自分の食い扶持を稼いでいても、この有り様だ。
そしてそれは、ベルベットの両親も同じである。
もともと、ベルベットの両親はハルトと彼女の結婚には賛成だった側だ。
どちらかといえば、彼女の家の方から、許嫁にしてくれと請われたほどだ。
だが、ハルトの両親が亡くなり、そしてハルトが職を授かっていないことがわかってからは、彼女の両親は手のひらを返したように彼のことを煙たがった。
それは、ハルトとベルベットが結婚するメリットがなくなったからだ。
村での結婚とは、家と家のつながりを重視するもの。
結婚によって縁者が増えれば、自然合議制を取る村では発言権が強化され、相応に重んじられる傾向にある。
だが、両親のいないハルトと結びついても、ベルベットの家の発言権が強化されることはないため、結婚のうま味がない。
そのうえハルトに職業が与えられないとくれば、強い反対もやむなしだった。
だからハルトは、弱気にかられて、こう言ってしまうのだ。
「……あのさベル。昔の約束なんて、気にしなくていいんだよ? 許嫁の話は親同士が決めたことなんだから、もしベルが嫌ならさ」
「ハルト、なに言ってるの……?」
「だって、僕なんかと結婚しても、ベルにいいことなんてないよ。それなら……」
ずっと考えていたことを口にすると、ベルベットは泣きそうな顔になって怒り出す。
「バカ! ハルトのバカ!」
「ベル……」
「利益とかなんて関係ないの! 私がハルトのこと好きだから、婚約の話はそのままなの! ハルトだって私のこと好きでいてくれるんでしょ!?」
「……うん」
「いい!? またそんなこといったら、もう二度と口利いてあげないんだから! わかった!?」
ベルベットは悲しそうに怒鳴りながら、ずいと胸元に迫って来る。
そして、とどめのふくれっ面だ。
了承しろと言うように縋り付く。
そんな彼女の迫力に押され、ハルトはぎこちないながらも頷いた。
「う、うん……」
「ハルトは私と結婚するの! 私の旦那さんになるの! 大丈夫、全部私がなんとかするから!」
「ベル……ごめんね」
ハルトは、弱気になったことを素直に彼女に謝った。
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