第4話 勇者を迎えに来た貴公子



「――私はエルブン王国の騎士ラケル。このたび魔王征伐の任に就かれた【聖槍騎士パラディンランス】、カリス・ドゥ・アーヴィング殿の先触れとして参った! この村の代表はいずこか! 私の声が聞こえたものは即座に代表を連れて参れ!」



 ハルトが二度目の職業選定の儀に臨んでから数日後のことだ。



 突然、ハルトたちの住むアリウス村に王国の騎士が訪れ、大声で村長を呼びつけた。

 やがて、騎士の言葉を聞きつけた村の人間が、村長を村の入り口まで連れて来る。



 白髪と頭頂まで禿上がった頭が特徴の老爺が、慌てた様子で騎士の前に駆け寄り、跪(ひざまず)いた。



「き、騎士さま。このような辺境の村にご足労いただき、恐悦至極に存じます。私がこの村の村長でございます。この度は一体どういったご用向きでこの村にお越しになられたのでしょうか?」


「うむ。まずは確認したい。この村に、勇者の職を授かった者がいるというのは本当か?」


「は、はい。その通りにございます。騎士さま」


「ならば、カリス殿がご到着になる前に、ここへ来ていただくよう、勇者さまにお伝えするように」


「は、は! かしこまりました!」



 村長は騎士の言葉に返事をすると、取るものもとりあえず、ベルベットを探しに動き出した。



 やがて、村の広場で剣の鍛錬をしていたベルベットを村の入り口へと連れてくる。

 説明もなく、とりあえずついて来いとだけ言われたベルベットは、困惑の様相を浮かべている。



「あの、村長。これは……」


「儂もわからん。ただ、連れて来いと言われたのでな。ハルトは少し下がっていなさい」


「はい」



 ハルトもベルベットと一緒にいたため、彼女について村の入り口まで来ていた。

 門の外を見れば、本隊が到着したらしく、騎乗の騎士たちや大型の馬車が何台も、村の入り口に停まり始めた。



 やがて幾人かの騎士を従えて、一人の少年がベルベットと村長の前に歩いてくる。



 金の髪と青い瞳が特徴的な、貴公子然とした少年だ。

 十人に十人が見惚れてしまうだろう外見である。

 表情は怜悧さの感じられる美貌。

 笑みはいささかもなく、まるで王者のような傲然さが感じられる。



 その少年は背中に巨大な槍を背負っており、他の騎士たちとは一線を画する優美さがある鎧と、白いファーコートを身にまとっていた。

 おそらくは、槍兵系の職業に付いているのだろう。

 少年の風体から権力と威儀を察し、ベルベットと村長が跪(ひざまず)こうとする。

 すると金髪の少年はベルベットが跪くのを手で制し、麗しい声を響かせた。



「訊ねたい。君がこの村で精霊さまより勇者の職を与えられた者か?」


「は、はい」


「証拠の印を」



 少年がそう言うと、ベルベットは彼の前に右手を差し出した。

 すると少年はまるで姫君を前にするかのように、ベルベットの前に跪いた。



「まずは非礼をお詫びします。初めまして勇者さま。私の名はカリス・ドゥ・アーヴィング。エルブン王国がアーヴィング公爵家の長子にして、【聖槍騎士パラディンランス】の職を受けた者にございます。精霊のお導きに従い、エルブン王国第一王子クライフス・フーズ・フィシャス・エルブン殿下のご下命を受け、あなたをお迎えに上がりました」


「迎えって、そんな……」


「勇者さま、私と共に王都へ参りましょう。あなたに与えられた使命を果たすために」



 金髪の少年――カリスは、ベルベットに付いてくるよう促す。

 しかし、ベルベットは首を横に振った。



「いきなりそんなことを言われても……」


「あなたが勇者であるということは、あなた自身がよくご存じでしょう。魔王を倒すべく、精霊の託宣を受け、日々、勇者としての鍛錬をしているはずです。その証拠に、あなたからは他の者とは違う力が感じられます」



 カリスがベルベットからそんな雰囲気を感じ取れたのは、彼女が鍛錬や魔物狩りで、勇者としての力を上げたためだろう。



「でも、私は魔王を倒せるほど強くはありません」


「ですからそのために私と一緒に王都へ行き、ここよりも良い環境で、勇者としての力を伸ばすのです。エルブン王国も、国を挙げてあなたの後押しをすることを決めました」


「でも……」



 ベルベットは戸惑った様子のまま、視線を地面へ彷徨わせる。



「戸惑う気持ちはわかります。ですが、あなたとて、わかっているのではないですか? 精霊さまの囁きを耳にするという、勇者であるあなたならば」



 カリスの迫るような声に、ふとベルベットがハルトの方を向く。

 そしてそのまま、彼女はハルトの元へと駆け寄った。



「わ、私は彼と結婚して、この村で暮らすんです。ですから、一緒には行けません!」



 すぐにカリスの視線がハルトに据えられる。



「そ、そうです!」


「…………」



 ハルトがベルベットの言葉を肯定すると、カリスは胡乱そうな表情を見せた。



 ――一瞬だけ、そうたった一瞬だけ、その表情に侮蔑にも似た色が浮かんだのは、気のせいか。



「……突然のことで、勇者さまは混乱しておられるようだ。――村長。我らは数日、ここに滞在するゆえ、兵に可能な限り部屋を用意できるよう手配せよ」


「は!」



 村長がまた慌ただしく駆けていくと、カリスはベルベットの元へと歩み寄る。

 そして、彼女の手を取った。



「勇者さま。我らは数日この村にいますので、その間によくお考えになって、答えを出してください」



 そう言って、カリスは引き連れてきた兵士たちをまとめるため、村の外まで戻って行ったのだった。



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