第5話 貴公子の裏の顔とその仲間



 村の入り口で起こった騒ぎのしばらくあと、ベルベットに跪いた公爵家の跡取り、【聖槍騎士パラディンランス】カリス・ドゥ・アーヴィングが、彼の仲間と共に村の宿屋兼食堂の一室に入った。



 カリスの仲間――彼と共に【勇者】を支えるため、第一王子クライフスや王国四騎から直々に選りすぐられた者たちだ。



 【剣聖ソードマスター】ケイ・ドゥ・カーレンカスター。

 

 【最上位魔術師アークメイジ】イッド・ラーン・グルマール。

 

 【隠の弓王アルテミス・オブ・ハイディア】シェリー・ニース。

 

 【聖人セイント】ラミュル・アレイアード。



 この四人である。

 部屋に備えられた椅子に一同が腰を下ろした折、この中ではリーダー格であるカリスに、視線が集まった。



 先ほど、ベルベットと相対していたときは無表情を貫いていたが、いまは何もかもに倦み飽きたような、あらゆるものを見下した冷たい視線を向けていた。



 やがてカリスは、部屋を見回し、吐き棄てるように口にする。



「粗末な部屋だ。さすがは辺境の村と言ったところか。高貴な者を逗留させるために必要な最低限の調度品もないとはな」



 カリスに答えたのは、表情にどこか軽薄さを窺わせる少年【剣聖ソードマスター】、ケイ。



「反吐が出るって? 仕方ないだろ? これも殿下の命令だ。我慢しようぜ?」


「ふん……」



 諫めの言葉をかけて来るケイに、カリスは不服そうに鼻を鳴らす。

 そして、



「勇者さまの雰囲気は、なかなかのものだったな。だがなにゆえ精霊さまは勇者を平民としたのだろうな。貴族が平民に頭を下げねばならんのは、面倒な話だ」



 カリスの誰ともない訊ねに、答えを返したのは、枯れ草色をした髪を後ろで縛る少女【隠の弓王アルテミス・オブ・ハイディア】のシェリー・ニース。



「あら? 平民を勇者にしたじゃなくて?」


「シェリー。勇者とはすでに選ばれている存在だ。いわば我ら貴族と似たようなもの。平民が勇者になったのではなく、勇者が平民にされたのだ」


「ふうん。まあ、そんな理屈で納得してるんなら、それでいいんじゃない?」



 面倒な議論をするつもりはないのか、シェリーはぞんざいな返答をする。



 すると、修道服をまとった少女【聖人セイント】ラミュル・アレイアードが口を開いた。



「それも精霊さまの試練なでしょう。彼女たちは、我ら人間に苦難を敷きますからね」



 そこでふと、【最上位魔術師アークメイジ】であるイッドが口を開く。



「それは、なにを思ってのことなのかな?」


「もちろん、私たちのためでしょう」


「ためになるのかな? 僕は疑問に思うけど」


「当然ですよ、イッド」



 【最上位魔術師イッド】と【聖人ラミュル】がそんなやり取りをしたのち、カリスが【隠の弓王シェリー】に訊ねる。



「シェリー、勇者さまのご両親は?」


「ああ、あれね。最初は手放すのを渋ってたけど、お金を握らせて、今後もお金を融通するって言ったら、すぐに手のひら返したわ。どうぞ連れて行ってくださいってね」


「意地汚いことだ。絵に描いたような俗物ぶりだ」


「でも、勇者さまはそれを反面教師にしてたみたいよ。あまりに物や金に執着するからって、そうならないようにしてたみたいだし」


「当然だろう。あの方は勇者なのだからな」



 そう口にした折、ふとカリスが思い出したように口にする。



「そう言えば、さきほどいたあの下賤な者は?」


「下賤な者? どれのこと? いっぱいいたからわからないんだけど」


「勇者さまと結婚するなどと抜かしていたあの分を弁えぬ男だ」



 カリスはハルトの存在を頭に思い浮かべ、機嫌悪そうに眉間にしわを寄せる。

 すると、【剣聖ケイ】が口を開いた。



「ああ、あれか。あのパッとしないのな。騎士に聞かせにいったらな、なんでもあの男本当に、勇者……さまの婚約者らしいぜ?」


「あんな男が婚約者か……ハッ!」



 カリスが、一際侮蔑に満ちた表情を作り、鼻で笑う。

 それにつられるように、シェリーが忍び笑い漏らした。



「笑っちゃうわよね」


「ふん、呆れを通り越して腹立たしい。なにゆえ勇者さまの婚約者にあのような男が据えられるのだ」


「こんな何もない村だからなぁ。男の良し悪しも選べなかったんだろ。嗚呼、勇者さま、おかわいそうだぜ……はははっ!」


「でも、二人の仲はいいらしいわよ? もしかしたら勇者さま、ほんとに付いてこないかもしれないわね」


「ふむ。それはいけないな」



 考え込むような素振りを見せたカリスに、ケイが神妙な面持ちで訊ねる。



「どうする? 無理やり連れて行くか?」


「いや、クライフス殿下には勇者さまは丁重にお迎えしろと言われている。それに勇者さまはこれから我らの仲間となるのだ。無体な真似はできない」



 カリスに、【最上位魔術師イッド】が訊ねる。



「それで、勇者さまをどう説得するんですか? カリス」


「勇者さまには、我ら人類を導く者として立たねばならないと訴えかける。あとは、このままここにいても、村人が魔王に狙われて危険な目に遭う、とな」


「あの様子じゃそれでも後ろ髪引かれそうね」


「魔王を倒せば帰れると言えばいい。なに、王都で歓待し、贅沢な生活すれば、すぐこんな村になど帰りたくなくなる」


「そうね。こんな質素な村。なんの魅力もないもんね」



 ふとカリスが目を細める。



「だが、それでもあの婚約者の男は邪魔だな」


「どうするんだ?」


「そんなの決まっているだろう?」



 その言葉で、その場の者は全員察したか。

 ケイ、イッド、シェリーが、嗜虐的な笑みを浮かべる。



「あら、楽しみね。それ、私も交ぜてくれるの?」


「もちろんだとも」


「俺もいいか? 新しい剣の切れ味を試したい」


「簡単には殺すなよ?」


「僕も気分転換に魔術を撃たせてください」


「それはいいがイッド。極力、下位の弱い魔術にしろ。使ってもバロン級か、強くてヴァイカウント級までだ」


「長く苦しめるためですね。ヒヒッ」



 不穏なやり取りが終わると、カリスは一人黙ったまま静かにしているラミュルに声をかける。



「聖女さまはどうする? お前は弱者へいみんを痛めつけるのは性に合わないか?」



 すると、ラミュルはその天使の慈愛とさえ称えられる穏やかな表情を、悪魔がするような酷薄なものへと一変させる。



「まさか。勇者の出立に反対するということは、精霊さまのご意向に従わぬということ。その平民(ゴミクズ)には、相応の罰を与えるべきでしょう。罪深き者に鉄槌を与えるのも、我らの仕事ですからね」


「ふん……恐ろしい女だな。これで【聖人セイント】なのだから恐れ入る」



 そんなやり取りを経て、カリスたちの意思は一致したのだった。



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