第2話 無職×勇者
職業選定の儀を受ける者たちは、まず精霊に祈りを捧げる『教会』に集まり、教会を訪れた精霊に直接職業を言い渡される。
選定の儀を迎えたこの日、ハルトとベルベットは、ともに村にある教会を訪れていた。
普段、村にある教会は、神父などは駐留せず、無人である。
だが、この日を含む数日だけは、儀式の準備のために村々を巡る神父が訪れる。
神父がいるせいか、教会の周囲はいつもより人が出向いており、ハルトたちのように選定の儀を行う若者の姿も、ちらほら見え始めていた。
「職業選定、楽しみだねハルト!」
「そうだね。どんな職になるんだろ」
「ハルトは、どんな職だったらいい?」
「僕は畑もあるし、【農夫】かな? あとは【細工師】ってのもいいなぁ」
職業を得られるか得られないかは、基本的に当人の才能に左右される。
しかし、職業に関連する作業をこなしたり、訓練したりしていれば、目当ての職業に就きやすくなるという話もあるのだ。
そのため、成人前の者は、まず自分が欲しい職業に狙いを付ける。
そして普段からその作業に従事し、欲しい職業を得られるように準備をしておくのだ。
そのためハルトは、農作業の他に、密かにではあるが小物を作る練習などもしていた。
【細工師】の職に就くことができれば、【農夫】よりも多く儲けを出すことができるから。
ハルトの話を聞いていたベルベットの顔が、ぱぁっと太陽のように明るくなる。
「【細工師】! もしハルトが【細工師】になったら、私に髪飾り作って!」
「いいけど……さすがに気が早いよ」
「えへへ……約束だよ!」
ハルトは性急なベルベットを諫めるが、彼女は笑顔を見せたまま。
髪飾りを作って貰ったときのことを想像しているのだろう。
そんな他愛ない話をしながら、教会の中に入って行く。
祭壇の前には、神父の他に精霊がいた。
青く長い髪を流した、ハルトたちよりも少し幼いくらいの少女。
清らかなドレスをまとい、周囲に小精霊と呼ばれる小さな光の玉を従え、人が決して持ちえない威光を放っている、上位の存在である。
彼女たち精霊は、人々に職業を与えるために世界中を巡回しているのだ。
いまアリウス村を訪れているのは、青い髪の精霊である。
名前はルー・ブルー。精霊の世界では、青を意味する言葉だとされている。
――なんか安直だね。
とは、初めて精霊の名前の意味を聞いたときにベルベットが口にした言葉だ。
そのときはハルトも一緒になって笑っていたが、いまは現金な話、心の中は尊崇の念でいっぱいである。
(精霊さま……どうかよろしくお願いします)
ハルトが一人念じていると、ルー・ブルーが微笑みかけてくる。
「アリウス村のハルト。もっと気を楽にしなさい。緊張したところで、何も変わりませんよ」
「は、はい!」
「では、前に」
精霊ルー・ブルーの言葉に従い、ハルトは彼女の前に跪き目を閉じる。
やがて精霊は何某かの言葉を呟くが……いつまでたっても精霊は職業を授けてくれない。
ハルトよりも前に選定を行った者は、ものの数秒で終わった。
にもかかわらず、いまはそれ以上に時間が経っている。
「……あの、精霊さま。僕の職業は」
「あなたの職業は……ええっと」
訊ねるが、何故か精霊ルー・ブルーは困惑している様子だった。
やがて彼女は、少しだけ困ったようにしながら、口を開く。
「その……ハルト。いまのあなたに職業を授けることはできません」
「え!? な、なぜですか!?」
「それは、私にも……おそらくは職業に必要な経験が足りていないのだと思います」
「経験が足りていない?」
これは不可解な話だ。
十五歳になれば、誰でも職業を授かれるはず。
成人の職業選定で職を得られないということなど、これまで聞いたことがない。
それは、精霊も同じだったらしく。
「私もこういったケースは初めてで……ただ、いまのあなたに職業を授けられないのは間違いありません。もしかすれば、年齢的な理由があるのかもしれません」
「年齢……」
職業を授かれる条件の『成人』というのは基本的に目安だ。
だいたいその年齢になれば、職業を得られるだけの力を持つだろうと見做される。
そして当然のように誰でも職を得ることができる。
それゆえ授かれないということは、何らかの理由で、当人の年齢が間違っていたということであり、経験が足りないということなのだろう。
こんなことはいままで聞いたこともない。
精霊も初めてのケースだと言ったように、ハルトが初めてなのだろう。
いまは授けられないと言われれば、ハルトも引き下がるしかなかった。
「ハルト。あなたの職業は?」
ベルベットにそう訊ねられたハルトは、当然首を横に振るしかない。
「え? うそ……」
「おかしいですな。成人になった者には、例外なく福音が与えられるはず……」
神父も、これは初耳らしい。
「精霊さまが言うには、年齢が未達という可能性も考えられる、と」
「なるほど。では来年もう一度受ければ、何か職業を授かることができるかもしれませんね」
神父が安心したように言うと、ベルベットも一際明るい声を出す。
「ハルトって、年下だったんだー」
「いや、まだそれが事実かどうかは」
「でもなれなかったってことは、そう言うことだよね? うん、そういうことそういうこと! 私の方がお姉さんだったてことだよ! そうだよねー。昔からそうなんじゃないかって思ってたんだよー」
年上だということを強調するベルベット。
彼女なりに、元気付けようとしてくれているのだろう。
「大丈夫だよ! 来年また受ければ、今度はちゃんと職業を貰えるから!」
「ベル……」
「元気出して! ね?」
「……うん、ありがとう」
励ましてくれる婚約者の優しさに、自然と目頭が熱くなる。
ベルベットは何かあると、いつもこうして明るく元気づけてくれるのだ。
ハルトも、それにいつも助けられている。
彼女の機微にはいつもよりも陰りがあるようだが、自分の婚約者が言ってくれているのだから、しゃんとしなければいけないとハルトも思い直す。
「ベルベット、では、そろそろ」
神父が促すと、ベルベットは少々緊張した面持ちになった。
「じゃあ、次は私の番だから」
「いい職業になるといいね」
「うん。…………そうなると、やっぱり【裁縫師】とか【料理人】とか、稼げそうなのがいいなぁ」
ベルベットは祭壇に向かって歩きながら、ぶつぶつと独り言を口にしている。
やがて、ハルトと同じように精霊の前に跪いて、祈りを捧げ始めた。
ハルトも、彼女の選定が上手く行って欲しいと、まるで自分のことのように思っていると、
「――おめでとうございます」
祭壇の方から聞こえてきたのは、どこか事務的な響きを持った声音。
その主は、精霊ルー・ブルーに他ならない。
「え? え? えぇえええええええ!?」
しかしてベルベットは、何故か困惑している様子。
精霊から職業を授かると、頭の中にスキルが思い浮かぶと言う。
驚いている、困っているということは、意外な職業を授かったということになる。
いまだ驚きで自失に近い状態になっているベルベットに、神父が駆け寄った。
すると、
「こ、これは!? まさか!?」
「あの、神父さま。これって……」
「はい。精霊さまが仰せになられた通りでしょう」
二人のいる方を見ると、何故か神父もベルベットも彼女の手の甲を凝視している。
「……ベル?」
「は、ハルト! わた、わたわた、私!」
「どうしたの? 落ち着いて。深呼吸深呼吸」
ハルトが平静になるよう促すと、ベルベットはスー、ハー、スー、ハーと大げさな呼吸を繰り返す。そして、
「私、勇者になっちゃった!」
「ゆ、勇者ぁ!?」
そう、これが当代において魔王を倒す【勇者】ベルベットの誕生であり。
そしてこれが、【無職】であるハルトへの、死亡宣告だった。
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