第28話 ええ、スキルじゃない方の闇討ちです



 情報を集めるために酒場を訪れ、予期せずザガンでの目的一つが達成されたそのあと。



 酒場も閉まる頃合いとなり、ハルトはメリルリースを連れて酒場をあとにしたのだが。



「うー、もう飲めないのー」



 宿への途上、後ろから聞こえてくる陽気な声は、もちろんメリルリースのものだ。

 酒場でしこたま酒を飲みまくった彼女は、すでに酩酊状態。

 いまは酒も回りに回って、いい気分でいるらしい。

 ハルトに背負われながら、眠っているモコに頬ずりをしつつ、鼻歌を歌っている。



 頭の中は天国だろう。



「そりゃあんだけ飲めばそうなるだろうよ」


「でも飲みたいのー」


「このうえまだ飲み足りないと言うのかこの少女は。



 ハルトはもはや呆れて声も出ない。

 だが、今後この少女に酒を飲ませるときは、最大限、気を付けた方がいいだろう。

 今日のこれが日々のストレスのせいならまだいいが、常時これとなると手が付けられない。




 ハルトが疲労で占められたため息を吐いたそんな折、ふと、彼の【感知】スキルが反応する。

 村付近の森のときのような、人が近づいている感覚だ。

 まだ距離があるため、足音や物音は聞こえてこない。

 数は一人二人ではなく、複数人。

 このままだと、路地の前と後ろを塞ぐような配置になるだろう。



 それがわかったと同時に、横合いから気配と声。



「――我が主」


「ナイアル。お前も気付いたか」


「は」



 不審者たちに気を配りつつも、ナイアルに返事をする。

 すると、真横の暗闇から、ナイアルがその姿を現した。



 ふいにメリルリースが、怪訝そうな声を上げる。



「あれー? どちらさまー?」


「私はハルト様のしもべですよ」


「はぁー!? まーたしもべなの!? アンタも懲りないわねーほんと!」


「…………」



 しもべ、奴隷等々の話を聞いたためだろう。

 メリルリースがまたぎゃあぎゃあとクダまき始めた。



 一方ナイアルといえば、彼女の酔っぱらいぶりに苦笑を見せる。

 ふと、そんなナイアルの片手に、見慣れぬものが握られていることに気付いた。



「ナイアル、それは?」


「これは、その、先ほどの酒場で購入しまして……」


「なんだ、晩酌でもするのか?」


「は、はい……」



 ナイアルはいつになくしどろもどろ。

 若干照れている様子である。

 酒。



(酒? あー、そういや……)



 そう言えばナイアルには、ゲームプレイ時の時点でも酒好きの設定が備わっていた。

 自立学習型NPCのキャラ付けか何かなのかは知らないが、こういった個性のようなものが結構ある。

 勇者ニール・オスマインなら、【ドジっ娘】。

 塔の主アウリエルなら、【裁定者】【お祭り巡り】。

 そしてこの【黒き男】ナイアルは、【酒好き】だ。



 ゲーム【グランガーデン】はNPCが各自の判断でアイテムを使用するのだが、ナイアルはその【酒好き】の設定があるせいか、やたらと酒関連のアイテムを優先して自分に使用する傾向にあった。



 これは、それが反映された形なのだろう。

 これなら良さそうな酒があったら買ってあげると喜ぶかもしれない。



 ハルトはそんなことを考えつつ、フードの中にいるモコに声をかけた。



「モコー?」


「もこー、もこー……」


「あー、モコも起きそうにないなこりゃ」



 モコはぐっすりすやすや夢心地。

 酒場でヒマワリのタネをお腹いっぱい食べて、夢見もずいぶんといいのだろう。

 ともあれ酔っ払いメリルリースを背から降ろして壁にもたれさせ、お休み中のモコを彼女に預けた。



 そして、



「ナイアル、メリルリースとモコを気に掛けてやってくれ」


「承知いたしました」


 軽く拳を手のひらに打ち付けたと同時に、路地奥の闇から溶け出すように、黒ずくめの男たちが現れた。



     ※



 時間はハルトたちが気配に気付く少し前にさかのぼる。

 夜のザガンの街中に、複数の影が降り立ったのは、夜も更けてきたころ。

 その一団は、明かりの届かない路地や屋根の上を、人目を忍ぶようにして走り始めた。



 みな先頭を走る男の動きを窺いながら、悪い足場をものともせずに、付かず離れず付いて行っている。

 一様に全身黒ずくめ。

 大きいのも小さいのも、関係なし。

 全員が身体のどこかしらに、武器を携帯している。

 統制の取れた動きが、この者たちが訓練を積んだ集団だということを如実に示していた。



 さて、この集団を率いる男の名を、仮に【痩せ狼】としよう。

 この【痩せ狼】は、もとは王国中を股にかける名うての暗殺者で、現在はマーシール伯爵家を主と定め、一団を率いている立場にある。

 今回、この【痩せ狼】にもたらされた仕事は、平民の暗殺とそのしもべとなっている魔術師メイジの少女の回収だった。



 命令を下したのは伯爵家の家令を務めるバスク子爵。

 この日の昼間に、少女を取り込もうと一計を案じて赴くも、簡単にあしらわれてしまったらしい。

 それが彼にとっては堪えがたい屈辱だったようで、すぐさま呼び出されて、この任が与えられたというわけだ。



 子爵の腹の虫の調子など【痩せ狼】にとって至極どうでもいいこと。

 だが、それが仕事とあってはやらぬわけにもいかない。

 それに、標的マトはたかが平民の小僧。

 たとえ魔術師メイジをけしかけてきても、職業の相性を考えると、こちらが有利。

 仕事の難度を勘案すれば、ほぼほぼ雑事のようなものだ。



 まず手始めに部下に調べに向かわせると、彼らの情報はすぐに手に入った。

 つい最近ここザガンに来たこと。

 勇士隊ギルドに魔術師メイジの少女を登録させたこと。

 少年の方は、働きもせずふらふらしていること。

 そのためか、悪評ばかりが高まっていること。

 いまはギルドを出たあと、しもべを連れて、職人街の酒場で飲んでいるらしい。

 絶好の機会だ。

 店を出た標的が人気のない場所を通ればしめたもの。

 平民の住む地区はほとんどが整備されておらず、夜はどこも暗がりばかり。

 しかも、宿に向かうにはかなりの確率で路地に踏み入らなければならない。



 案の定、平民の少年と魔術師メイジの少女は閑散とした路地に入っていった。

 話を聞くに、魔術師の少女はかなり酔っているらしい。

 警戒してそれなりの数を連れてきたが、その必要はなかったようだ。

 部下の何名かに、回り込んで退路を塞げと指示を出す。



 やがて位置に付き、相手の動揺を誘うため姿を見せるが――予想に反し、少年は驚きもしなかった。

 身構えることもなく、その場に無防備に立っているのみ。

 まるで展開こうなることがあらかじめわかっていたかのように、少女は石壁を背もたれに座らせられていた。



 そのうえ、先ほどの報告にはなかった人間が一人いる。

 一体どこから迷い出て来たのか。

 騎士のような風体をした、肌の浅黒い男。

 黒々とした髪を持った、精悍な顔立ち。

 立ち姿からも、強い威厳が垣間見える。



 ふと、標的の少年が、前後を見回すや否や口を開いた。



「――なんつーかさ。わかりやすい格好してるな」



 口ぶりから察するに、どういうことかは理解できているのだろう。

 こんな風体の人間に囲まれているのだ。

 どんな目に遭うのかは、一目瞭然だろう。

 だが、この落ち着きようだけは、至極不可解だった。



 不審な点は多いが、ともかく。



「その女を引き渡してもらおうか」



 まずは用件を告げると、少年はすべて察したようで、



「あー、なるほどなるほど。お前らアレか。昼間来た領主の小間使いの雇われなのか」


「そんなところだ」



 少年の軽口に応えると、それを聞いていた魔術師の少女が怒鳴り出す。



「アタシはー! そんなところになんか行かないってのー! このボケー!」


「だそうだ」



 子爵が交渉したときと同じで、返事の方は変わらないらしい。

 単に酔いが回って状況が理解できていないだけなのかもしれないが、だ。



「領主につけばいい暮らしが約束されているというのに、なぜそれを断るのか理解できんな」


「そこは俺の人望ってヤツかな」


「そういうものとは無縁そうな人間に見えるがな」


「ほんと俺もそう思うよ。だからなんでなのかスッゲー不思議でさ。普通は持ちかけられた時点で興味示すだろ? だけどこいつ、まったくだったし」



 標的の少年はそう言って、へらへらと笑い出す。

 その様はまるで、友人と気軽に話でもしているかのよう。

 見た目素面にしか見えないが、この少年も酔っているのだろうか。



「お前は、この状況をちゃんと理解しているのか?」


「あれだろ? 前も後ろも【中級暗殺者ミドルアサシン】に囲まれて……お、あんたは【闇夜の殺し屋ダークヒットマン】か、結構いい職就いてるな。ま、そんな物騒な連中に囲まれてる状態だな」


「なら、絶体絶命という言葉を知ってるか?」


「ああ知ってる。日本じゃ有名な四字熟語だ。いまのお前らを指す言葉だな。つーかよく知ってるなって俺の方が言いたいわ」



 言っていることはわからないが、状況についてはしっかりと理解しているらしい。

 それでもこの余裕とは……やはり魔術師メイジと騎士風の男の存在があるからなのか。



「お前はその魔術師メイジやそちらの男を頼みにしているようだが……女の方はそこまで酩酊していればけしかけることもできまい」



 指摘すると、少年は魔術師メイジの少女に視線を落とす。



「だなぁ。呂律も回ってないし、呪文も口にはできないだろうな。おーい、メリルリースー?」



 少年は呼びかけるが、返って来たのは睨みつけるような視線。



「ああん? 別にアタシがやらなくてもアンタがやればいいでしょー? アタシ知―らなーい」


「知らなーい……ってなお前当事者だぞ?」


「どうせアタシがなにかしなくても全員ぶっ殺すんでしょー」


「いやまあ、結果そうなるんだろうが、それでも危機感ってモンをさ……」



 その危機感を一番持っておかなければいけない者が、さも平然としていることがおかしいのだが……ともあれ。

 魔術師メイジの少女は使い物にならない。

 あとは騎士風の男だが、この数であれば問題なく処理できるだろう。



 ふと、標的の少年が口を開く。



「なあ、取り引きしないか?」


「取り引きだと?」


「そうだ。お前らが俺たちに手を出さないでこのまま帰るって言うなら、全員見逃してやるよ」


「…………」



 この状況下でよくもまあそんなハッタリをかませるものだ。

 しばし呆気に取られてしまう。



 一方であまりにおかしな物言いを聞いた一部の部下が、笑い声を上げ始める。

 それを咎めることはできない。

 本気で冗談にしか聞こえなかった。

 だが、少年は至極真面目に言ったつもりのようで、路地に響く笑い声に困惑している。



「冗談のつもりで言ったんじゃないんだけどな」


「なればこそだ。それが取り引きの条件になると思っているのか?」


「……ならないよなぁ」


「当たり前だ」



 もう、いいだろう。



「――お前に恨みはないが、死ね」


「月並みな台詞をどうもありがとう」



 手を挙げて合図をすると、部下たちが一斉に動き出した。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る