第29話

「ようこそお嬢さん、我が城へ!」


 学園中央にある一際高いビル、その最上階で一際いい笑みを浮かべた狂人に出迎えられた。


 ――よし、帰っていいか。


 と、凄く言いたい所なのだが、身体的にも状況的にもそういかないのが悲しい所。

 肩を竦め、既にツッコミどころが点在する室内を見渡す。


 地下からのエレベーター直通で辿り着いたのは、執務室とするには少々だだっ広い部屋であった。部屋の内装は学園の事務作業をここでする場所と言うより、ビジネスの為の部屋というイメージが強い。

 部屋の中央には商談用だろうソファとテーブルがあり、奥には如何にも社長とか会長とかそんな役職の人間が使っていそうなデカい机が鎮座している。どれも高級そうなのは一目瞭然で、俺自身は一生使うことはないだろうレベルの代物だ。


 壁際には法律関係の書物が詰められた本棚が並んでおり、しかし使用された形跡はない。あれもビジネスの為の小道具といったところか。

 他にも色々とインテリアはあれど、観葉植物や食器、こういう部屋にありがちなトロフィーや賞状の類は一切無く、暗色系の色合いで統一されていたりと静かな威圧感に満たされている部屋だ。


 ……まあ、今は少々中和されているようだが。


「あれ、くーちゃんだ?」


 さて、何故さも当然のようにいるのか、かなめ嬢よ。

 見たところ制服姿のまま、鞄も手元にあるから授業が終わってから呼び出されたらしいというのは分かる。

 ただ、ここで平然と菓子食ってるとかちょっと意味不明ってか君の器のデカさに戦慄を禁じ得ないのだが、そろそろ危機感持とうぜ頼むから。


 なお、くーちゃんとは誠に遺憾ながら俺のことである。名前が"くずは"だから"くーちゃん"とのことだ。


(この天然ちゃんを学園で護衛かー……実は難度高くね?)

『本格的に、前に誘拐された影響で器に穴開いた可能性があるのじゃが』

(今回は穴どころか器が大破してそうなのがもう一人いるけどな。すっげえ無視したいんだがどうしたらいい?)

『諦めろ』


 可能ならそのままスルーしておきたかったのだが、呼び出された一因でもあるだろうから放置もできない。

 何故ならこの部屋に入った時から、かなめ嬢が座るソファの対面で、無駄にキメたポーズを取っているのだ。一応、多分一応、相手は子供なのだから、挨拶程度はしておくべきだろう。


(それ以前に会話が出来るか、だが)

『もはや基準がおかしくないかの?』


 そこはかとなく嫌な予感しかしないものの、仕方なく謎ポーズを取り続ける少女に歩み寄ると、どうやら相手も俺が反応したと気づいたらしい。謎ポーズを止めてこちらに向き直る。

 うーむ、"コレ"に関しては先日写真で見ただけであったんだがな。しかし、実物を見るとやはり色々と認識を改めざるを得ない、か。


 体格は俺より少し高いぐらいで、その容姿は既に美しさを備えており、将来が楽しみと言うよりは末恐ろしいと表現するべきだろう。年齢は俺やかなめ嬢と同じとあった通り……のはずなんだが、同年代と比較すると明らかに異質な存在だ。


 相手の事なぞ全てお見通しと言わんばかりの眼光と、ニタリ・・・と笑うその様は、まるで悪事を企む"悪党"にしか思えない姿である。

 だが、外見が"そう"なのに、内面を見ようとすると悪意や害意は一切感じない。その見た目と内面のギャップのせいか、どこか超然とした雰囲気を放っているという摩訶不思議な少女であった。


(流石、爺の孫ってか。世も末だな)

『これは何とも、この歳でこれか。こやつ、将来は傾国と呼ばれても可笑しくはなさそうじゃな』


 なるほど、身内にすら容赦がなさそうな爺が手元に置く訳だ。

 今までは"爺の孫"というカテゴリで警戒していたが、更に個人として危険度を上げておく。

 まあ兎にも角にも挨拶の一つはしておくか――と手を差し出しかけたのだが。


 眼前の少女は何故か踵を鳴らし、フィンガースナップを響かせ、また謎ポーズを決めて、待ってましたと言わんばかりに口を開く。


「はーはっはっはっ! よく来たな、このボクの新しい下僕よ! 盛大に歓迎しようじゃないかっ!!」

「――――――」

「ふっ、感動して声もでないかい? 仕方がないさ、なぜならこのボクだからね! このボクだからねっ!!」


 ……おい、爺。

 思わず半目で元凶を見て、そこにはいい笑顔でサムズアップしている狂人が一人。

 マジかオイ。


(へいへいへい、どこをどう鑑みても螺子二、三本どころじゃなく外れてる気配しかねえんだけどぉ!?)

『まさかとは思うのじゃが、孫の相手とは……再教育?』

(……この仕事、どー考えても無茶だろ)


 前みたく一時的な護衛なら兎も角、年の半分以上、しかも年単位でこの二人の護衛をしろと言うのはいくらなんでも無理がある。

 護衛対象が一人ならまだ何とかなるかも知れないが、残念ながら俺は一人なのだ。分身の術なぞ前も含めても身につけちゃあいねえ。そういや妹様は……なんか増えた瞬間に分身同士が同士(?)討ちを初めて、それはそれで被害が酷かった記憶があるな。今はくっそどうでもいいが。


 更には今日、俺自身を狙う輩が近くにいると判明しており、難易度が跳ね上がるとかレベルではない。

 それぞれ厄介な相手に狙われていそうな二人を相手に襲撃を警戒し続けと、とは無謀という言葉も軽く思える程だ。


(その程度の事なんざ爺も分かってるはずなんだがねー……。ここに呼ばれたそもそもの経緯も、ダイレクトアタックしてきた阿呆の事が伝わったからだしな)

『となると、普通に考えれば、単なる無茶振りとは考えにくいと言う訳じゃな』

(普通に考えれば、な。この爺とこの孫の時点で残念な感じしかしねえよ!)

『いやいや、流石に自身の命やらが関わればおかしなことにはならぬじゃ、ろ……う、うむ、たぶんのう』


 未だに自分に酔っているというか浸っているアホの子は放置し、今度は爺に向き直る。

 さて、そろそろ呼び出した訳を話してくれよ。どうせ、孫の紹介とか、たかがそれだけではないんだろ?


 そんなこちらの内心を読んだのか、ふっ、と爺が笑い、手元にあったベルを鳴らす。すると後ろの扉が音もなく開き、何やらポットやケーキが乗ったカートを引いた妙齢のメイドが現れた。このメイド、一切気配がしねえんだけど、また濃いキャラが出てきたな……。


「ま、立ち話もなんだね。お茶でもしながら話そうじゃないか。――ところでお嬢さんはコーヒーで良かったかな?」


 こりゃ、本格的に帰りは遅くなりそうだ……。

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